神様がくれた休日 (ホッとしたい時間)


神様がくれた素晴らしい人生(yottin blog)

小学校6年生の文集

2024年12月19日 21時07分59秒 | 雑記
 外はパウダーを撒いたように薄く白い世界が広がった
11月末から今日までずっと雨、雪、曇りの灰色の世界、晴天はわずか1日半
去年と比べてもちょっと異常な天候だ、体もなにもかもしけっぽい。

とうとう認知症検査の通知が来た、来年は75歳の免許書き換えだからだ
何よりもその対象年齢になったことが驚きだ、まさか75とはね
ちょっと前までの75歳のイメージはずばり老人だったけど、なってみるとそんな気がしない、だけど去年は温泉で他人の子供に「おじいちゃんが来たよ」と言われたからなあ、まちがいなく老人なんだ
ただ、今は長生きの時代だから75歳は高齢者の中では若いと言われれば若い
ゴルフだって(私はやめたが)バリバリやっているし、いろんなところに出ていくし、私も車の運転なら1日300kmは平気だし
それに80代、90代でも元気な人が大勢いるので、70代ははなたれ小僧なんてよく言われる
今朝も新聞のお悔やみ欄を見たら106歳なんて人もいたから、75なんてほんとはなたれ小僧か・・・

でもねえ、足腰が少しずつだるくなったり、痛くなったりしてきて、今はまた正座が出来なくなっている
歩くには不自由はないのだけどね、どこかどこかが悪くなっていくのは否めない

今日はね、小学校6年生の時の文集を引っ張り出して読んでいました
62年前です、物持ちが良いのが私の特技といいましょうか
人の心の中と言うのはわからないものですが、作文を読むと(ああ、この人にも心や感情があるんだ)と思いますね
おかしな考えですが、モテてモテて困るような美人同級生とか、ちょっとお高く留まっているのだとか、あるいは片思いしたあの子なんかの心の内を見ることができるんですね、作文は
中学時代にちょっと憧れていた女の子は洋画ファンで、私もそうだったから話したいと思ったけど、プライド高そうで近寄りがたく話しかけれなかった
眉毛が濃くて目がぱっちりしていて、えくぼがあってメキシコの少女みたいな雰囲気の子だった
でも今日、その子の作文を読んだら、「私は一年生の時、臆病者で隣の席に座った子にいじめられるような気がして逃げ出したくなった、自転車や自動車が怖くて道路で泣いてみんなに見られて恥ずかしかった」なんて書いてある
まあ小学校一年生の時だからなあ、中学生の時はそんな感じはなかったが、昼休みはいつも独りで月間スクリーンを読んでいた。
小学時代にしろ、すこし心の中を見た気分で今になってもほのぼのする、もう60年以上顔をみてないんだなあ、どこでどうしているのかなあ?
などと、昨日まで何も考えていなかったのに、今さら思い出して懐かしがっている。


愛の讃歌 淡谷のり子


もしも英語が話せたら

2024年12月06日 20時29分03秒 | 雑記
 私もそうだが日本人は英語を話せない人が多い
もちろん話す人は難なく普通に話してしまうが、10人中9人は全く話せない、せいぜい片言か、日本弁の英語を話す程度である。
それじゃ近隣の中国語、ロシア語、朝鮮語、韓国語を話せるかと言えば、英語以上に話せない
即ち、日本人の大部分が日本語しか話さないということなのだ。

それは一体どういうわけだ
私ごとで恐縮だが、①話す必要がない②話す相手がいない(外国人と話す機会がない)この二つが理由で英語を学ばない。
世界を見渡せば、英語が母国語の国は当たり前だが、欧州諸国(EU)かって英国の植民地だった国、フィリピンなどアメリカが統治していた国などは英語が第一外国語であろう
それは当然としても、個人で海外旅行する中国人や、韓国人、ロシア人まで英語をペラペラ話すのには驚く
まさに英語は国際語なのである
戦争で占領した国の国民に自国の言葉を学ばせるのは常套手段で、日本も朝鮮や台湾、南の島々で日本語教育を起こなった
日本でも占領されてから中学校から英語学習があったが、それは全く的外れな教育で英会話ができる生徒はほぼいなかった
どうも日本人は英語に対して抵抗感があったみたいだ、まあ米英に占領されて英語を習得できなかったのは日本人くらいであろう
そのくせ、アメリカの文化やファッション、車、音楽には夢中になったのだから面白い。

英語を話すような人は、まずは大卒以上で、あるいは英語塾なり専門学校で学んだ人であろう
英語とはいったいどんな言葉なのだろうか、また日本語同様に話せる人がいるが、あれは単純に頭が良い人だからできるのだろうか
もちろん仕事で必要な人、欧米人と接触する機会が多い人が話せるのは当然であろう
それにしても外国人も日本人が英語を話せないことは承知なようだ
世界の中でも経済大国なのに英語を話せない国と言うのはちょっと特異であろう
まあ、なんといっても使う機会がないのが一番話せない理由なんだろう
弟は大学で第二外国語でフランス語を学んだが、今になってフランス企業とパートナーになったので学んだ甲斐があったというものだ

田舎に住んでいると出会う機会が多い外国人は中国人、フィリピン人、韓国人
だから英語よりは韓国語の方に興味が行ってしまう
やはり外国語を知っていれば幅も広がる、世界が広がる
いまさらだが、それは思う。





衆議院選挙 自民党敗北 そして妄想

2024年10月28日 07時54分16秒 | 雑記
 昨日最大のニュースは衆院選挙と大谷翔平のケガ
大谷は盗塁失敗したとき不用意に手をついて、肩が外れたと言っていた
「ハイ、入りましたよ」で済むとは思えない
少なくともニューヨークの三連戦は大事をとって休養するのではないだろうか
ちょっと下手なスライディングをしてしまったという感じ、一番恐れていたケガをやってしまった
今や野球の大谷、相撲の大の里は、それぞれの業界の看板スター、ケガをしてはいけない存在だ、軽症であることを祈る。

衆院選は自民191(ー56)、立憲148(+50)、維新38(ー5)、国民28(+21)
公明24(ー8)、れいわ9(+6)、共産8(ー2)、参政3(+2)社民1(ー)
諸派3(+3)無所属12(ー10)となった
無所属には自民党から公認を外された平沢、萩生田など自民党籍議員がいるから、これは自民に追加されるだろうから自民は実質195前後か

自民、公明与党は過半数に届かず、政権運営の為、国民民主党に接近が予想される、国民も今は売り手市場で与党に加わるチャンスを得た
立憲は国民は双子のように言っているが、あきらかに国民は与党志向だろう

それにしても大敗と言えども単独政党で見ても自民党は強い、第二党の立憲に45前後(無所属復活含めて)の差をつけている、野党も追いきれていない
そうなると野党連合、与党連合となって国会を支配しようとする
これには無理がある、もともと主義主張が違うから違う政党なのであって、それが一緒になっても細かい部分で少数政党は我慢して自党の主張をしまい込まざるを得ない
例えば原発問題、防衛問題、対米、対ロ、対中でも違いが出てくる
それを連合だからと言って一つの考え方に仲間の政党が全て同じ主張に納めるのはどうかと思う

例えば第一党が政権党になって、国家の代表として政権運営を行い、国会で取り上げられる諸問題は各政党がそれぞれの主義主張を堂々と述べて、国会で採決すべし
野党議員であっても国家運営に立派な主義主張をもち行動力があれば、その専門能力の部署に限り政府の大臣職に迎えるくらいの度量の広さも必要だ
名前だけの大臣になっても知識もなく学ぶ気も無く、国会答弁であたふたして官僚頼みでは国民も吉本新喜劇を見ているようで吹き出してしまう

優れていても所属等が弱体で埋もれてしまう立派な議員もいるだろう
大谷がエンゼルスで埋もれていたのが、ドジャースで花開いたのと同じこと
日本国の中では与党も野党もあるまい、優れた人物は国政に役立てるべきだ
政権与党にもくだらない議員はいくらでもいる、名誉欲だけで何の役にも立たなくても地盤、看板で国会議員になっているのは最悪だ
今回自民党が負けたのは「奢る平家は・・・」に違いないだろう
何をやっても国民は俺たちを選ぶという錯覚が招いた敗北だ

重要問題はテレビで最後まで放送して、国民もこれを真剣に見るべきだ、そして次の投票に生かせばよい
国会は日本人の命と生活が懸かる案件を論争する場である、投票率が50%以下の現状を見れば、政治に興味が無いでは済まないだろう
独裁政権が誕生しても、それは権利放棄した国民が招いたことになる
だが逆に考えれば、政治に関心がある人だけが投票しているともいえる、其の方が投票率に関係なくより濃い一票なのかもしれない

とは言え、政治に関心がある人というのは、それだけの知識を持った人であるし、生活環境もおそらく良い方に属するのではないだろうか
だとすれば、投票しない人には生活困窮者、身体的ハンディを背負った人の割合が多いのではないだろうか(選挙どころではないよ)とか(政治家はどれもろくでなしだ)(金持ちの政治家におれたちの苦境がわかるか)
そんな気持ちで投票しない人もいるだろう

日本の選挙制度は世界の中ではクリーンで立派だと思う、だが弱者を置き去りにしている部分も感じる
例えば、精神障害、知的障碍の人は政治に興味はないかもしれない、だがこうした障害に真剣に取り組んでいる政治家もいるだろう
だとしたら、彼らがそんな議員に投票する仕組みはできないだろうか
難病に苦しむ人々もしかりだし、九州に拉致被害者救出に真剣に取り組んでいる議員が居れば、日本中どこからでもその議員に投票できるシステムにならないだろうか、ふるさと納税のような。

国民の命と生活は国際政治、安全保障といった全体主義的なセーフティと、個人が抱える個人の命のセーフティの二つがある
そして選挙は前者の為の選挙の意味が大きい、どうしても後者の意見は国政に反映しない、後者の意見が選挙を左右するくらいにならないと陽の当らない人たちはいつまでも幸せになれない。

大阪では19区すべて維新が勝利した、しかし隣の兵庫では勝てない
農業県新潟では立憲が5戦5勝のパーフェクト勝利、角栄さんなどの自民党王国がどうしてこうなったのか?
地域によって政党の片寄りが見えている、地域格差を訴える地方議員も出て来た、一極集中を懸念する
例えば首都圏が大災害に見舞われたら日本の機能は停止するだろう、人口密度の高いところゆえ人的被害も膨大なものが予想される
長野県に首都機能移転なんて話もあったが実行されなかった、主要な省庁は全国に平等に振り分けて、人口100万くらいの地方行政都市を10ほど作れば、人口も分散され、田舎も減少するのではないか
例えば旭川、盛岡、長岡、郡山、松本、福井、静岡、松山、熊本、松江など
北海道は広いから函館、帯広、北見あたりにも必要
それに現行の地方大都市にも分署を設けて、主核が機能停止の時には副核が即時機能するようにシステム化すべきだ
もちろん国会機能は東京にそのまま置くが軽量化する、大阪に国会関西を設置
第一副総理を置く
副核には副大臣とサブ的な有能官僚を配置する、これは国土防衛システムも同様にする、もっとも自衛隊は既にそうなっているが。

今のままでは、そのうち富山県、石川県の国会議員は1人、長野県、新潟県の大きな県でも2人なんてことに、そして東京が100人・・どう思いますか
やはり地方分散は必要でしょうね。

我が祖国 (ピーター・ポール&マリー)







温泉覚書

2024年09月24日 08時21分33秒 | 雑記
10代から温泉を覚えて温泉好きになった
とはいえ湯もいいが、昭和の時は温泉で泊まっての夜の宴会が楽しみだったと言う方が正しい、90%は魚屋組合とか、旅館組合などの親睦団体旅行だった
私は組合では10年以上旅行部長を担当して旅行者の人たちとも顔見知りになって、個人旅行でも便宜を図ってもらったりと役得もあった(バブル時代のいやらしい奴だったのです)
仕事でも、関東甲信越の旅行業者の会の担当を任されて営業をしたこともある
フィリピンへ行ったのも、この会の親睦旅行だった
当時は、今は廃業された山代温泉百万石の社長さんが会長をされていた。

群馬県や長野県の海なし県に、市の観光協会、市観光課、商工会議所のPRキャラバンで何度も出向いた
板前稼業のほかにも、こんなこともしていたのでしたっけっ。

湯治だとか、秘境の温泉でのんびりと言うのは当時は興味なかった
だいたいは有名温泉郷の300~600人くらい収容の大きなアミューズ的温泉旅館がほとんどだ
加賀屋、百万石、ゆのくに天翔、瑠璃光、高州園、藤井荘、法師、銀水荘、ニュー銀水、八幡屋、泉慶、萬國屋、ゆめつづり
ホテル浦島などなど
思わず出てくるフレーズ「あの頃は良かった」時代は高度成長からバブル期、日本中浮かれていた時だった、少しランクを上げれば一泊3万円が普通だった時代
年間400万人観光客を誇った加賀温泉郷もバブル崩壊で、今はあの賑わいは落ち着いたし、所によっては寂れてしまったし、閉館した宿も多い
特にバブル期には平均180万人だった片山津温泉は平成20年前後には3、40万人にまで落ち込み仕事にあぶれた仲居さんたちは山代温泉などに移っていったと言う話を聞いたものだ。

平成に入ってからは2~10人くらいの気が合った友達との旅行が増えた、家族、夫婦の旅行もあった
近年は格差社会が温泉旅館にも顕著で、一泊5万円、10万円の高級温泉旅館も珍しくなくなったし、手軽な1万円そこそこの宿までと幅広い。
バブル期は一部の高級旅館は別として、13000円クラスか、3万円クラスかの二択が多かったと思う。



どこへ行ったのか? どうでもいいことだが記憶をたどって思い出してみた
自分の備忘録として
◎=5回以上行っている温泉 〇回数は行った回数 太字はお気に入り

北海道、青森、秋田はゼロ
岩手県、花巻温泉
山形県、湯の浜温泉、蔵王温泉、上山温泉、天童温泉、温海温泉②、銀山温泉
福島県、岳温泉②、常磐ハワイアンセンター③、母畑温泉②、東山温泉②、
飯坂温泉②
宮城県、鳴子温泉、作並温泉
茨城県、北茨城大津港
栃木県、日光東照宮門前、那須湯本温泉、鬼怒川温泉③、湯西川温泉
群馬県、◎伊香保温泉草津温泉③、四万温泉水上温泉③、磯部温泉

新潟県、弥彦温泉、◎月岡温泉、蓬平温泉、湯田上温泉②、◎湯沢温泉
岩室温泉②、鵜の浜温泉③、赤倉温泉、桑どりゆったり村、
高柳じょんのび温泉、笹倉温泉、焼山温泉、◎姫川温泉、島道鉱泉、
梶山新湯蓮華温泉、佐渡

長野県、◎白馬温泉(平岩)、◎小谷温泉、大町温泉、上山田温泉②、
湯田中温泉、上諏訪温泉、下諏訪温泉、◎蒲原温泉、馬曲温泉、
南木曽温泉③、別所温泉、蓼科温泉②、奥蓼科温泉②、白骨温泉、栂池高原、木崎湖温泉、葛温泉、七福の湯(上田)、志賀山田温泉

富山県、宮崎鉱泉、◎小川温泉、◎小川温泉元湯、◎宇奈月温泉、
庄川温泉②、金太郎温泉

岐阜県、長良川温泉③、平湯温泉
千葉県、木更津温泉、鴨川温泉
東京都、台場大江戸温泉物語
埼玉県なし

山梨県、石和温泉②、河口湖温泉
神奈川県、箱根湯本温泉②

石川県、◎片山津温泉、◎山代温泉輪島温泉③、◎和倉温泉粟津温泉
福井県、芦原温泉③、小浜の温泉、敦賀の温泉民宿

静岡県、熱海温泉、稲取温泉②、舘山寺温泉、堂ヶ島温泉
愛知県、三谷温泉
滋賀県、雄琴温泉
京都、大阪、なし
奈良、市内の温泉ホテル
三重県、湯の山温泉、長島温泉
和歌山、白浜温泉②、勝浦温泉
兵庫県、宝塚温泉②、有馬温泉、淡路島の温泉
四国、中国はゼロ
大分県、別府温泉
その他の九州と沖縄はゼロ。 思い出したのは以上だが、漏れているのは当然あるでしょう、個人記録なのでスルーしてください。

宿泊ゼロの道県は、北海道、青森、滋賀、愛媛、徳島、高知、岡山、広島、山口、鳥取、島根、鹿児島
観光もしたことが無いのは北海道、愛媛、徳島、広島、山口、鳥取、島根、鹿児島の8道県。



時間の合間に

2024年09月11日 10時06分36秒 | 雑記
 抗がん剤点滴のあと、三日間は頭もボ~として、目も時々霞んだりする
そんなに深刻ではないけどね、今日も好調とは言えない状況なので、「甲越軍記」は一日休みますね。

新聞を読んでいると、少し世間が賑やかになりだした気がする
まずは自民党総裁選&立憲民主党代表選がつぎの選挙に向けて動き出した
それよりもアメリカではトランプの共和党、ハリスの民主党が五分五分の勢力で大統領選を争っている。

日本にとってはアメリカの大統領選は、安全保障、軍事、貿易経済に大きく影響する
共和党と民主党、トランプとハリスでは対日政策は違ったものになるだろう
トランプは一度やっているから前例がある、あの時は安倍総理がかなりプライドをもって毅然とトランプと友好的にやっていたのは、小泉元総理の姿を見て来たからではないだろうか
ポチ外交であることは変わりないが、安倍元総理は太郎ならぬジローくらいの外交姿をマスコミに表していたと思う
軍事面ではトランプによって大幅な「おもいやり予算」の倍増を押し付けられたが、アメリカも世界中にあれだけの軍事費用を垂れ流していれば「取れるところから取らなきゃ」になるだろう。

当然ながら、アメリカには一歩も二歩もへり下った外交であるが、あまりにもわかりやすいポチ外交は国民まで情けなくなる
自民党総裁選には8とも10とも手があがったようだ
私の選考基準は、外国首脳にはったりが効く堂々とした態度、有無を言わせぬ政策通、外国の裏をかけるしたたかさ、外交手腕、そして見た目(身長、体格、表情)がある人に総理になってもらいたいが
メンバーを見て・・・? 私は日本の近未来は国力が低迷して世界30位目前まで堕ちてしまったGDPをどうベスト10まで回復させるか、ひとりあたり所得を年700万円まで持って行けるか、それは国際貢献、国交、経済、貿易、軍事の堂々とした外交政策で発言力を増すことが大事だと思う
第二政党の立憲民主党は今はコップの中の嵐程度、誰がなっても国民生活に影響はないだろう、国民の政党支持率が30%を越えたら注目しよう。

我が国はどうしてもEU、米、中、露に毅然と物が言えない
日米地位協定も70年以上前のままで自分の国を思い通りに使えない、沖縄のような米軍犯罪が起きても日本警察が逮捕できないなどジレンマがある
これは全て昭和20年にこれらの国を相手に戦争をして完膚なきまで叩きのめされ無条件降伏(何をされても抵抗しません)となったことが今に続いている。
同じように負けたドイツが今、日本と比べて自国と戦勝国の間でどんな地位にいるのかは興味深い
ドイツはEUの中でも、NATO軍の中でもかなり発言力を持っているように見えるが・・・。

小泉は未知数でわからない、外務、財務、防衛、北海道・沖縄担当などで経験値を上げて、もう一・二回後でもいい気がする
もっとも安倍元総理が一回目の総理で失敗した経験が二回目に生きたこともあるから、出てみても良いかもしれないな。
河野が一番外交面ではやってくれるんじゃないかと思うが、やりすぎて勇み足も多い、墓穴を掘らなければ良いが
石破は国民の間では人気が高いが自民党内では今一、ムーミンパパみたいなスローとした感じだがどんな外交、経済、社会保障をやってくれるんだろう
女性が二人立候補した、アメリカも五割の確率で女性大統領が生まれる可能性がある、日米で女性がトップに立てばどんな外交になるのか
今まで私たち昭和の人間は、女性は穏やかな者、しずかな者、政治に興味ない者として考えてきたが、平成辺りからは法律もできて、女性の社会進出が当たり前になった
私も女性との個人的付き合いは多いが、誰と話しても男女の別感は全くない
むしろ、男は関係性を重視して口を閉じていることが多いが、女性は譲らない、言ったことは断固とした言い張る
むしろ(あえて比喩として言わせてもらえば、もともと女性の方が「男らしさ」が備わっていたのではないだろうか

女性はもともと、こういう性質があったのに昭和時代が終わるまで、法律も家庭環境も女性の経済自立を押さえつけて自ら収入を得ることがならず(家事、子育て)家に閉じ込めた
当然ながら自立した女性も明治からいたが、数少ない上流階層の女性で、大学や留学にやらせてもらったり、良い学校で学んでそれぞれの求める学業、芸術
の道に存分に活躍できた人が多い
「光る君へ」のまひろも、清少納言らも朝廷に仕える上流子女であった

女性大統領と女性総理誕生は、ちょっと興味深い、どのような外交になるのか
どこまで政府内でトップの考えが通じるのか
ベテラン外交官、したたかな官僚、党内の老ボスの存在、この中で大きく国を変えることはできないだろう、またヒットラーのようにとんでもない国家に変えられるのも困る。

素人の考えはここまでにして、やはり今の私の興味は「ドジャース優勝」「大谷新記録」「大の里、琴櫻の同時横綱昇進」






温故知新

2024年08月27日 21時03分16秒 | 雑記

 ずっと酷暑で散歩を中断していたが、今日は夕方すこし涼しかったので17時半に散歩に出かけて1.5kmくらいだが歩いてきた、かなり速足で歩けたので未だ健在と安心した。

 勝海舟(かつかいしゅう=勝麟太郎)と言えば江戸時代末期の動乱期を生き抜いた徳川幕府の軍艦奉行、生粋の江戸っ子だが、代々の幕臣ではない

アメリカ使節団として福沢諭吉らと咸臨丸で太平洋を横断して、アメリカを目で見て来た

世界観を持っていて、尊王攘夷派の坂本龍馬、西郷隆盛などの傑物さえも唸らせる大局観や度胸をもっていて江戸の町を戦火から守った、江戸の町火消の親分、新門辰五郎をも手の内に取り込める侠気も持ち合わせていた、江戸時代の終焉を予測して無血開城を推し進めて成功する。

いつも危険と隣り合わせであったが、坂本龍馬が用心棒にと勝に送った岡田以蔵(人斬りの異名在り=後に刑死)に助けられた。
無事に幕末を生き抜き、明治になると新政府の要職について伯爵となる
中国との交渉などにも同席して中国通でもあった。

勝海舟は明治32年に 77歳で亡くなったが その前年あたり海舟の弟子や知人などが赤坂氷川町の勝海舟の家に集まり海舟語録をまとめたのが 「氷川清話」である、お釈迦様の弟子がお釈迦様の生涯の教えを語り合って仏典を編纂したのに似ていて興味深い

 私の 座右の 愛読書として 時々見ているが、なかなか 現代に通じる 言葉も多くあって予言書のようで面白い

その中から政治や政治家についての考えをいくつか書いてみたい、今に通じる諫言のようなものもあるから興味深い。

〇政治家の秘訣は何もない ただただ「誠心誠意」の四字ばかりだ。
この四字によりてやりさえすれば、たとえいかなる人民でも、これに心腹しないものはないはずだ。 またたとえいかなる無法な国でも、故なく乱暴するものはないはずだ。
ところで見なさい、今の政治家は四千万、五千万のたらずの人心を収攬することのできないのはもちろん、いつも列国の為に、恥辱を受けて、独立国の体面さえ全うすることができないとは、いかに歯がゆいではないか。

〇今も昔も人間万事が金というものがその土台であるから、もしこれが無かった日には、いかなる大政治家がでても、とうていその手腕をほどこすことはできない。(中略)
財政が困難になると、議論ばかりがやかましくなって、何の仕事もできない
そこへ付け込んで種々の魔がさすものだ。(中略)
金はない、力は弱い、そして人心は離反している。 その隙を、見込んで外国の奴らが付け込んでくるという風で、(中略)
しかしながら一時しのぎに外国から金を借りるということは、たとえ死んでもやるまいと決心した。(中略)借金の為に抵当を外国にとられるのが実にたまらない、よしまたそれを耐えるとしたところで、借金を返す見込みがないから仕方ない。 これが一家や個人の事なら、どうなっても大したことは無いが、なにしろ一国の事だから、もし一歩間違えれば、何千万人と言う人が子子孫孫までたいへんなことになってしまうのだ。

〇それから軍備拡張の事だが、それはもとより、できることなら拡張もしなければならないだろうが、しかし法外なことをしてもらっては人民が困るよ。
軍艦が一マイル走ると、もうざっと千両が金がかかるのだからなあ。
日本でも人民が裕福になりさえすれば、一外国について二艘くらいはいいが、いまのような貧乏な時は一外国一艘ぐらいの割合でたくさんだよ。
軍艦というものは、たとえ運転せずにつないでおいても、ただすてておくわけにもいかないから、相応に金がかかるよ。 それに艦数を増せば、それに乗せる人間も増すし、少しの金ではなかなか間に合いはしないよ。(中略)
英国などでもなるべく始末して、軍艦の多い外国の方へは、良い軍艦を向け、少ない外国へは、悪い軍艦を向けておくよ、たいてい皆そういうふうにするよ。

〇日本のただいま不景気なのも、別に怪しむことはないのだ。 とにかく経済の事は経済学者にはわからない。 それは理屈一方から見る故だ。 世の中は、そう理屈通りに行くものではない。
人気というものがあって、何事も勢いだからね。

〇外交の極意は「誠心誠意」にあるのだ、ごまかしなどやりかけると、かえって向こうから、こちらの弱点が見抜かれる。
維新前に岩瀬、川路の諸士が、米国と条約を結ぶときなどは、世界の形勢が、諸氏の胸中によくわかっていたわけでなく、ただ知ったことを知ったとして、知らぬことは知らぬとして、誠心誠意でもって、国家のために譲られないことは一歩も譲らず、折れ合うべきことは、なるべく円滑に折れ合たものだから、米国公使ハリスも、つまり、その誠意に感じて、後には向こうから気の毒になり、相欺くに忍びなくなったのさ。

〇世の中は、ますますつまらなくなって、新聞紙も、政論家も、時勢遅れの空論ばかりにて日を暮らしている。
およそ、この空論ほど無益なものは、世の中にまたとない。
いくら新聞記者や国会議員が、毎日がやがやといったところが、軍艦一艘できはすまい。
出来ないのみならず、国はいよいよ貧乏するばかりだ、そして貧乏すればするほど空論は盛んになってくる。 いや実に困ったものさ。









 

 

 


もう一度、お盆になって考えたこと

2024年08月15日 20時12分57秒 | 雑記
 今頃になって気づいたけれど、終戦の日は「お盆」だったのですね
昭和20年のこの日、生き残った国民は終戦と先祖が戻ってくるお盆とを、どんな気持ちで迎えたのだろうか
思うほどに複雑な気持ちになります。

人類の歴史はいつからか、build&scrap 作っては壊し、壊しては作るの連続
それが戦争と平和のサイクル、賽の河原、満れば欠ける、欠けては又満る
平和が続けば、人は満ちてあふれ出す 人があふれれば飢餓が起こる
飢餓が起きれば、死を待つか略奪するかの二つ一つ
戦争は大量殺人と略奪しか目的はない、いくらきれいごとを言ってもその二つしかない
自分と同胞が生き残るために、その他を滅ぼすのも必要悪と割り切る
獣の世界、畜生の世界と何ら変わらない人間界
生きるために殺すことは悪なのか それは人間が持って生まれた業であるから仕方がないことだと言う
故に「悪人こそが第一に救われるのだ」と親鸞さんは言う
たしかに生きるために他を殺すのは最も悪いことであるが、殺さなければ死ぬとなれば、ましてや我が子が死ぬとなれば、他を殺すことは悪と言えるだろうか
それは悪に決まっている、決まっているけれどみすみす目の前のわが子の死ぬのを見ているのは辛い
すなわち人間は生まれてきたこと自体が悪であり、生まれて来た人間が悪人とは言えないのだ。
これは動物の世界が顕著だ、ライオンは他の動物を襲って食べてしまう、食べられる方に同情するが、農業が出来ないライオンは生きるためには他の動物を襲うしかない、子を育てるためにも他の動物を殺さなければならない
そんな生きざまに作った方に罪があるのではないだろうか、あるいはライオンを懲らしめるためにライオンに生まれさせたのだろうか
いずれにしてもライオンには罪はない

悪人でないのに悪なのは生まれてきたことに、生まれる自然の摂理にこそ否がある、悪とわかって生まれさせる天には、いかなる意図があるのか?
天は人を救い、そして苦しめもする、この矛盾の中で愚かなる人間は何もわからぬまま生まれて死んでいく
人生で苦労を重ねて築いた物もすべて置いていかねばならない、これほどの無駄はない
こんなことを思うと、やはり行きつくのは「人は何のために生まれて来たのか」というところにたどり着く
しかし、いくら考えても答えは出ない、その答えを得るために大昔、釈尊など一部の人たちは仏門に入って命がけの修行に励んだのだ
そんな仏門の修行も現代の仏教のなかには微塵もない、観光ルートになった有名な寺院では若い修行僧が札勘定を観光客から見えるところでやっている
どうかと思うが、それも現実だ。
僧侶に現金、どう考えてももっとも似合わない組み合わせに見える。
せめて見えないところでやってほしいものだ。






季節と暦が一致しない

2024年07月29日 10時41分41秒 | 雑記
 この頃、自分の中で暦と季節が一致しなくなってきた
梅雨の季節が頭にあって、梅雨と言えば6月末のイメージが焼き付いている
だからジトジト雨で蒸し暑い季節は夏の前と思ってしまう
私の中で夏のイメージは青い海、高い入道雲、暑い日差し、夏祭りと花火、麦わら帽子、かねタライで冷やしたスイカ、アイスドリアン、盆の墓参りと提灯

暦を見れば間もなく8月、今が夏でなければいつ夏なんだ?
梅雨は明けたのか? 近くの県まで明けたと聞いたが
だから私の頭の中の季節感がくるってしまう、まして日曜日しかないカレンダーで生活しているから尚更だ。
7月が悪い、大雨が降ったりでカラッとしないから夏らしくない
たぶん連日猛暑の今が夏真っ盛りなんだろうけど、なんかせわしなくて夏の気がしない
きっとこれも時代なんだな、何事においても季節感が無くなっている

そんなわけで、のんびりやっていて気づいたら、母の祥月命日がもうかなり近いことにようやく気付いて、数日前になってようやく住職に電話して祥月参りと盆参りの予約をした。
月日の経つのが早いのに、自分の行動はどんどん遅くなっていく
そのギャップが暦と感覚の違いを生んでいる






自然と生きる漁業者

2024年03月27日 20時35分17秒 | 雑記
 漁師が漁をするのも、私が干物を作るのも風と天気に左右される。
漁師などは「船板の下一枚地獄」というように嵐に出会えば、命さえ左右されるから、今の時間の天候もさることながら、この先何時間後の天気にも気を配る。

カレイを捌いて、塩水につけ夕方から2時間干したけど、雨模様で湿度が高い上に風もさほどなく失敗。
朝は5時半から、もう一度干した、風は結構あるが湿度高く、8時には雨の予想なので7時までが勝負。
干物失敗ので、から揚げ用にして冷凍と相成る。

北海道では昨年来イワシの大群が押し寄せる現象が起きている
記憶が確かなら年末にも海岸に上がったとか・・・そして大地震
富山定置網にもイワシが大量だった、けっこう大きめでそれなりに脂がある、5~6匹おすそわけいただいて食べてみる。

縁あって漁師の手伝いをすることになったが、長年の私は魚屋さん、料理人として漁師の魚を市場で競り落とす側だったから、今は提供者側にへんし~~~んしたわけで、人生の奇縁を思う。
魚屋には魚屋の苦労と工夫あり、漁師には漁師の苦労と工夫がある
いろいろ新しい情報や人間関係を知ることが出来て、3時起きも苦にならなくなった。
港にいると漁師同士の会話が聞こえてくる、一番多いのは「網」と「潮」
「何網を何百mに刺したが坊主だ」とか「今日は四つ刺したがカニはまったくいない」とか「網幾つ上げた」
「潮がよくない」「潮は悪くない」「潮が早い」「なになに潮だ」「うねりがある」「潮がぶつかる」「潮を見んとわからん」
この二つが漁には重要なのだろう。

近年はレーダーや魚深を装備しているから、昔みたいに星を見たり、陸を見たりとかは言わなくなった、昔の漁師はよく「天気が悪て、岡(陸)が見えん」などと話していたものだ、そんな言葉は今の漁師からは聞こえない。
「月夜がに(カニ)は身が無い」というのは魚屋の会話、魚屋は魚屋で、魚の良し悪しに関する言葉が定着している。
立場立場で、それぞれの生活の知恵があるのが面白い。

天地真理 ☆ 愛の渚



神様がくれた休日

2023年05月17日 11時34分49秒 | 雑記
以前も書きましたが鎌倉時代~室町時代の臨済宗の高僧、夢窓礎石(夢窓国師=1275~1351)の著書「夢中問答集」の第一章は「今生の福報」須達長者の福報
という話が書かれてある。

夢窓国師と足利尊氏の弟、足利直義(ただよし)との禅問答を書いた本である
「庶民の苦を取り除き楽を与えるのが仏の大慈悲ではないか、なのになぜ仏法では庶民が福を求めることを戒めるのか」と直義が問う

「あらかたの人間は、その人生の大半を福を求めて様々な生業を営むが、そのどれもが福を得るために知恵や謀を張り巡らして、ただただ体も心も疲れさせるばかりで得るところは少ない。 多くを得るものは、人以上に悪行もまた多いものだ、そのように欲にまみれた人生を送ったところで死ぬときには得た福の一粒も持ってはいけない、それどころか福の為に悪行を犯した者には地獄が待っている。
また働いても働いても福を得ない、何をやってもうまくいかない、誰それが悪いから自分が不幸だとか人に騙されると嘆くが、そのような者は前世の悪行の報いを今生で受けているのだと知るがよい、来世もまた同じことを繰り返すだけだ、
嘆いても求めても福は身につかない、ゆえに苦しみしかない人生になるのだ、今生の悪行で福を得たとしても来世は必ず報いを受けて不幸な一生を送る、どうすればよいか・・・
最初から無欲清浄になって、福を得ようなどと思わぬことだ、そうすれば自ずと清らかな福が身につくものだ、それゆえに仏の教えでは福を求めることを禁ずるのだ」と国師は答えて、寓話を話して聞かせる。

「昔、インドに須達長者という大金持ちが居たが次第に家運が傾き、財産は無くなり奉公人も皆去って須達長者夫婦だけになった。
いよいよ多くの倉の中にも何もなくなってしまい、それでも何かあるかと探し回ったら、香木で作った米桝が出て来た
これを売れば4~5日生きるだけの米が買えると歓び、早速売って米四升になった
須達が外出して妻だけになった屋敷に仏弟子がやってきて食料を求めたので、妻は一升を渡した、すると今度は仏弟子二人がやってきてまたしても食料を求めた
妻は一升あれば今日一日は生きられる分があるからと二升を差し上げた
すると今度は釈迦如来が求めて来たので、最後の一升も差し上げた
さすがにすべてを無くしてみて、いくら仏様とはいえ自分たちが飢え死にしてまで差し上げて良かったのか、夫に申し訳ないと泣き崩れた
そこに夫の須達が戻って泣いている妻から話を聞いた、そして『儂らが飢え死にしようとお前のしたことは仏法僧の教えに適っている、それは良いことをした』と妻を褒めた
それでも何か残っていないかと倉を開けてみると、すべての倉からあふれ出るほどの金銀財宝が満ち満ちていたという、須達は元のように長者になった

これは四升の米の代わりに仏が財宝を与えたと言うことではなく、夫婦の無欲無心の心根からくる仏心を讃えた話である
すなわち無欲無心であれば無限の福徳が自ずと身につき訪れるのだと言うことだ。 楽を得ようと思っても福を得ることはできない
須達のような清浄で無欲であればこそ福を得ることが出来るのだ。」と

これは金銀財宝で豊かさを表しているが、本当は心の満足を財宝に置き換えているのだと思う。
全ての欲心を捨て去ったときに、心の平安が訪れるということだ
この話は今のわが身に照らし合わせてみても理解できる

70を過ぎても毎日現場で14時間働いて、その合間に堕落的な生活をしてみたり
かなわぬ夢を追ってみたり
だが成果として何も残らなかった、そしてコロナがやってきていろんな方面を恨んでみたりしたが良くなりもせず
まさに夢窓国師が言った通りの欲の皮人間、前世も同じことして因果応報
だが思い切ってすべてを辞めてみた 夢も希望も
全てを捨ててみた・・・結果 今日の暮らしがある
先祖のおかげか、神仏のおかげか

断食が終わった後、空気までもが美味しく感じるという、あの感覚と同じである。

そんな風にして得た今の時間を「神様がくれた休日」と呼んでいる。

「今日もこうして生かせてもらったことに感謝 ありがとう」