神様がくれた休日 (ホッとしたい時間)


神様がくれた素晴らしい人生(yottin blog)

「源氏物語」を読む

2025年01月30日 16時44分55秒 | 読書
 「光る君へ」の影響で「源氏物語」を読み始めて2か月近くありますが、ゆっくりゆっくり少しずつ読むので、ようやく「賢木」を読み終えるところです。

光源氏さんは、私が想像していたのとは、かなりイメージが違っていて好感度を持てるキャラクターでした、しかも出生もご身分もとても尊いお方なんですね
時代劇に出てくる、「将軍のご落胤」みたいな立場、けれど悪人を成敗するなんて荒々しさや殺伐とした描写は一切なく、ただただ宮中の雅やかな中の物語
「光る君へ」そのまま、静かなる権力争いもあり栄華盛衰も描かれていて、早くも源氏の君や左大臣家は今や冷や飯食いに
とはいえ源氏の君も、左大臣の子息、頭の中将も権力など鼻にもかけず、面白おかしく遊びまわり、宮中の花の間を飛び回っている

源氏の君は、危ういスリリングな恋をもして危機一髪の場面もあるが、その美しさと育ちの良さが身を助ける
大臣と言えども簡単には咎めることができないのが、この物語を安心して読み進めることができるのだ
10巻のうちの2巻を読み終えていないのに、すでにこれだけの恋を見て、この先いったいどんな体験をするのやら、ほとほと疲れるのでした。



白い色は恋人の色 ベッツィ&エマ

ムーミンの原本を読み始めて

2024年10月02日 06時57分30秒 | 読書
 トーベ・ヤンソン フィンランド、首都ヘルシンキ生まれ(1914-2001)
1939年11月ソ連(現ロシア)の一方的な侵略戦争に巻き込まれたフィンランドは、英、仏、スウェーデンなどの援助を受けて激しく抵抗するも圧倒的な軍事力と兵力の差で5か月で負けてカレリア地方を始め国土の一部を奪われ、そのほか30年間の租借地など不平等条約を押し付けられる。(ソフィン戦争)
2か月後の1940年6月には、ドイツがロシアと戦闘状態になったのを機に失地回復の戦争を仕掛けて失地の多くを取り返した(継続戦争)
しかし1945年、ドイツは米英ソなどの連合軍に負けて、指導者ヒットラーは自殺した、フィンランドにもソ連軍が攻め込んできて、ついにフィンランドは二度目の敗北を喫した。
フィンランドは日独伊の枢軸国連合には加わらなかったが、ドイツへの便宜を図り、ドイツと戦ったソ連と戦ったので、戦後は枢軸国(ドイツ側)とされて指導者は軍事裁判にかけられた。
本来はソ連の侵略に対する抵抗戦争だったが、ドイツを助ける形になって枢軸国とされたのはフィンランドは納得できなかっただろう。

ソ連のフィンランド侵攻は、現在のロシアのウクライナ侵攻と重なる
当時も英仏、スウェーデンなど多くの国がフィンランドの資金や武器を支援したが、ドイツが共通の敵ソ連と戦争になったために、ドイツと敵対した米英がソ連を支援する形になり、フィンランドは孤立した上に、ドイツの味方とされてしまったのだった。
この戦争でフィンランドは約7万の死傷者を出したが、ソ連軍の死傷者は33万人に及んだと言う、しかし圧倒的な兵力で押し切ったのだった。

そんな戦火にさらされたフィンランドの画家、ヤンソンは北の方に疎開して暮らした、そこは美しいフィヨルドの島と森が点在する地方だった
ヤンソンは戦争を憎み、スターリンとヒットラーを憎んだ
戦争が終わり、傷心のヤンソンは小説を書き始める、この美しい地方を描き、ムーミン一家という架空の生命体を主人公にしたファンタジー小説である
海、山、洞窟、森、魔法使い、妖精、個性的な生き物たちがおりなすムーミン谷の冒険の物語
ムーミンの原型は、子供の頃、トイレに書いた落書きの小動物だそうだ。

日本でもテレビ漫画で放映されて人気を得た、私はテレビで見たことがないが子供向けのアニメらしい
小説の中のムーミンはネズミ程度の大きさで、登場する多くの生物もみな小さい
ムーミン一家は、人間の家の暖炉の裏に住んでいた設定になっている
その後、大洪水で住まいを失って、消えてしまったムーミンパパをムーミンママと息子のムーミントロールが探しに出かけるところから、第一巻が始まる
小説は優しい語り口で書かれているが、内容は大人たちへの警告も多い
単なるお花畑の童話ではない、読んでみて引きづりこまれた、一週間の間に三巻まで読み終えた
あと6冊も、今月半ばには読み終えそうだ。






Tanoshii Moomin Ikka 1990 - 夢の世界へ (Yume no Sekai He) [Japanese Opening #1]



大江健三郎「奇妙な仕事」

2024年05月08日 19時16分15秒 | 読書
 大江健三郎の本は文学全集の中の一冊として、私の本棚にもう55年以上鎮座している。
それなのに開いたことが一度も無かった、聞くところによれば大江健三郎の作品は意味不明の難解風変わりなのが多いらしい。
それが先入観になっていて買ったまま放ってあったのだ、だがしかし百聞は一見にしかず
この目で読むのが正しい、それで今日のたったさっき本を開いた
文字の細かいのに辟易した(読めるのか?)
20歳前後には、これを普通に読んでいたのだから老眼とはひどいものだ
今は本や新聞を読むのは裸眼が一番だが、乱視もあるのですらすらとはいかない、ただ読書は入り込んでしまえばすべてを忘れて一気に読める、そこまで集中するのが大事なのだ。

とりあえず巻頭の長編は辞めて、短編から始めた
その短編の一番にあったのが「奇妙な仕事」だ。5ページほど読んでみて、これは読めると感じた。
150匹の「犬を学問の研究のために殺すのは残酷だ」と外国人女性から反対と抗議が起り、実験に使わず殺処分に(結局殺すのだが、殺し方で彼女は納得なのか?)
犬を棒で殴り殺して皮を剝ぐ、から処理までを行う屠殺人のプライドは「毒殺しない」、自らの手で撲殺することで犬との一体感を持てると
それを手伝うアルバイターの三人の学生の話、主人公はふぁ~とした無機質な感じの学生だが、それなりに悔いとかを持っている
なるほど、これが大江ワールドなのか。

文字の羅列の奥に潜むものを推理しながら読むのは楽しい、自分の拙い経験と知識に照らし合わせて答えを探していく
答えの正解は、大江の中にあるから私には正解はわからないが、自分なりの正解にたどり着ければ、この本を読んだ価値はある
価値というのは時間を浪費するのではなく、有意義であったということだ。






夏目漱石「こころ」 文学と本のこと

2024年03月09日 08時41分04秒 | 読書
ドラマ「舟を編む」だったと思うが、夏目漱石の「こころ」のことが語られた
キーワードは「三角関係」それで興味を持って読み始めた、文字が細かくて難儀している
調べたら漱石の「それから」「行人」などいくつか三角関係の小説があるらしい、「行人」も収録されているから読んでみよう、きっと漱石さんは体験をもとに書いたんだろうな。
私も22歳ころに三角どころか四角関係を体験したことがあるから、その頃の心境になるのか?
「甲越戦記」訳もまだ始めたばかりだし、しかもまた別の長編を書きたくなって、これは忙しくなるぞ。

実は「新潮日本文学」全60何巻かのうち「石原慎太郎」「夏目漱石」「大江健三郎」「安倍公房」「北杜夫」「遠藤周作」「三島由紀夫」「川端康成」「井上靖」の9冊だけ買って未だに持っている
夏目漱石は昭和44年(1969年)に買った本で、9冊の中では最も厚くて重い
1050ページほどあって、本の厚さは6cmある、定価は1000円(消費税なし)
一番薄いのは石原慎太郎で厚さ3cm、450ページほどで700円だ。


これは昭和38年初版で。重版を42年に買ったもの、約680ページと厚い「石坂洋次郎」しっかりしたケース入り、これがびっくりの「サービス価格390円(消費税なし)」



値段と厚さとページ数ばかり書いて、肝心の内容を書いてない、それもそのはずで、この中で完読したのは北杜夫だけで、井上靖は半分くらい、あとは買っただけでほとんど読んでいない。
本棚の中で55年間ずっと立ち続けているだけだったのだ、読まないと申し訳ないと思うが視力が落ちてきて細かすぎる文字はキツイ、ルーペが必要だな。
でも集中できるのだろうか?


沢村貞子 「五黄の寅」

2023年12月12日 07時46分27秒 | 読書
 同級生友達のチコちゃんの旦那様が亡くなって、つーくんと通夜に言って来た。
旦那さまは病気がちで、彼女は20年以上もずっと面倒見やら看病やらを献身的に続けて来たのだった。
彼女も我々も昭和25年生まれの「五黄の寅」、36年に一度訪れる星だ。
五黄の寅と丙午(ひのえうま)の女は亭主を食い殺すと言われてきたが、周囲を見るに、たしかに気が強く前向きで活きが良く、辛抱強い女性が多いが、昔の女ながら、亭主の後ろで静かにしているようなタイプは少ない、バリバリと家庭の切り盛りをやっていく
けれども亭主を食い殺すどころか、とても大事にしている。

 沢村貞子さんの「私の浅草」を読んでいる、沢村さんは五黄の寅ではない
私の父よりも16歳も年上の明治41年生まれだから、このブログをご覧の皆さんの半分は知らないかもしれない。

私が子供の頃には、よくテレビに出ていた女優さんで、浅草生まれだから生きのいい江戸弁で話す人だった。
ネットによれば、父親の竹芝傳蔵(本名 加藤伝太郎)は歌舞伎作者、母は一般女性で、兄、國太郎は歌舞伎役者、弟は名俳優の加藤大介
俳優の長門裕之(妻は南田洋子)、津川雅彦(妻は朝丘雪路)は國太郎の息子で、貞子の甥になる。

父の伝太郎、兄の國太郎、甥の津川雅彦はいずれも花筋が通った美男子で女性にもてまくったそうだ。
そんな家系にあって、加藤大介さんは俗にいう小太りの「ずんぐりむっくり」で顔立ちはふっくらで目がパチリ、きれいな顔立ちだ
戦争中は南洋の島にいて部隊ごと孤立、日本軍は撤退、アメリカ軍は素通りしたから平和ではあったが、食糧不足、マラリアで命を落とす兵隊も少なくなかったと言う。
そんなみんなを元気づけるために、内地で役者だった加藤さんは軍隊劇団を作って毎日部隊内で公演したと言う
それが「南の島に雪が降る」という小説や映画になった
そういえば聞いたことがある、これを思い出したので、今度小説と映画を見てみたいと思うようになった。

沢村貞子さんは1996年に88歳で永眠されたが、俳優の他、随筆家でもあり、「私の浅草」はその中の一冊、少女時代の浅草生活の思い出が詰まっている。

私の父の叔母も明治生まれで、浅草に住んでいたので同年代かと思い興味を持った次第である。
そして知るにつれ、親しみを感じて来た、父の叔母さんは明治40年生まれ、沢村さんは41年生まれと1歳違い。
住まいは、叔母さんは浅草象潟町、沢村さんは浅草猿若町で距離にして400mあるかないかの近く、道すがら、あるいは浅草寺境内や仲見世で何度もすれちがったことくらいあるかもしれない。
叔母さんは浅草で昭和20年の大空襲で亡くなったが、沢村さん一家は京都に疎開していて助かった。
だが大正12年の関東大震災では、お互い酷い災難を被った。

沢村さんの姉は、幼いうちに伯母さん宅へ養女に出されたそうだが、名前はせい子さん、父の叔母もセイという名なので、ここにも意味のない共通を見つけて嬉しがっている。

本の中で「五黄の寅」という記事を見つけた、「父はそれは女性にモテモテで、そこらの役者より、よっぽど人気があった、浮気のお相手も粋筋の女性ばかりで競って父に熱を上げていた」と言う。
しかし齢を取って仕事が干上がってからは、金の切れ目が縁の切れ目で全くもてなくなった。
関東大震災では焼け出されて、すっかりしょげかえっていて気丈な母の世話になりっぱなしだったそうだ
「かあちゃんにゃあ敵わねぇよ、なにしろあいつは、五黄の寅だからな・・
俺は七赤の兎と来てやがる」
五黄の寅は相手を食い殺してしまうほどに強いのに、七赤の兎は、気が弱く優しい星だそうだ。(色男 金と力はなかりけり)を地で行っている。

なるほど、ここでも五黄の寅の女性の逞しさが描かれている
同じ五黄の寅でも、男どもは空威張りでからっきし意気地がない、七赤の兎とあまりかわらない、五黄の寅の特性は女性だけに当てはまるようだ。










青春小説

2023年01月11日 09時44分05秒 | 読書
年が明けても雪降りらしい「雪の日」はまだない
昨日は短い時間、忘れられない程度降って見せたが、それも地面を白くすることはなく。 午前は晴れ、午後は小雨のような日が続いている、もちろん町の中はどこも雪が無い。
今日は朝から関東並みの快晴で、青空が眩しい。 青春小説の書き出しに良いような気持のよい爽やかな朝。
この頃は戦争とか、社会問題とか殺伐とした本を読むことが多くなった、老後の生き方とか、時代資料、昭和戦争の背景とか、夢も希望もない本ばかり読んでいる。

 そうか「青春小説」とは、しばし忘れていたなあ、戦国時代にのめりこんだのは成人してからだから、高校生まではずっと青春小説にハマっていた。
石坂洋次郎の小説はテレビでもドラマ化されて、スグロホマレ、オオゾラマユミなんて俳優が出ていた記憶が。 「陽のあたる坂道」もあったたな、吉永小百合で映画化されたような気がする、裕次郎だったかな・・・忘れた。
あと石原慎太郎のラグビー小説「青春とはなんだ」なんて何回か読みかえしたなあ。 青春時代からはもう50年も過ぎたが、どこかにまだ青春は残っている。 そうだ高校生頃に買った本がまだあるはず、ようやく時間を好きなように使えるようになったんだから、もう一度読んでみようかな。
小説書いたり、日記の整理をしたり、小雪読んだり、散歩したり、DIY、あるようでない時間、こりゃ忙しくなるぞ。