これまで50年以上にわたってモーツァルトの音楽を鑑賞し、同時に文献を読み漁ってきたので、自称「モーツァルティアン」としての「愛好ぶり」については誰にも引けをとらないつもり。
ん、「モーツァルティアン」って?
ほら、ワーグナーの音楽の熱狂的なファンを「ワグネリアン」と呼ぶが、それと一緒です。
で、先日出かけた図書館の新刊コーナーで目に触れたのがこの本。
著者の「高橋英夫」さんといえばモーツァルトの愛好家兼研究家として名前だけはよく存じ上げているが、たしか7年ほど前にお亡くなりになったはずなので遺稿集のようだ。
「上から目線の物言い」でまことに恐縮だが、モーツァルトに関して知らないことはないと自負しているので、どうせ目新しいことも書かれてないだろうから借りようか、どうしようか・・。
一応試しに本を取って「目次」をぱらぱらとめくってみたところ、「私のモーツァルト・ベスト5」という項目があった。
ウ~ム、どれどれ・・。
その人の好みの曲目を見ればほぼ「愛好度のレベル」がわかる。
もし「ピアノ協奏曲」などであれば、自分の「物差し」ではまあアウトですな(笑)。これら一連の協奏曲を聴くたびに、つい「才能の無駄遣い」という言葉を思い出す。
で、その順位とは次のとおりだった。
1 「魔笛 K620」 ベーム/ベルリンフィル
2 「ヴァイオリン・ソナタ K526」 シェリング/ヘブラー
3 「交響曲25番 K183」 ワルター/コロンビアpo
4 「デュポールのメヌエットによる変奏曲 K573」 ハスキル
5 「春への憧れ K596」 シュワルツコップ/ギーゼキング
ウ~ム、「魔笛」が1位とは・・、お主(ぬし)なかなかできるな!(笑)
「音楽&オーディオ」の先達だった「五味康佑」さんの「好きなクラシック・ベスト20」の中でも「魔笛」が一番だった。
ただし、ほかの曲目はいいには違いないがベスト5に入れるほどではないと思う。
で、自分のベスト5は次のとおり。
1位 「魔笛」 ハイティンク指揮/バイエルン放送交響楽団
2位 「ドン・ジョバンニ」 フルトヴェングラー指揮・ベルリンフィル
3位 「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 K364」 五島みどり/今井信子
4位 「踊れ、喜べ汝幸いなる魂よ K165」 コープマン指揮
5位 「ディヴェルティメント K136」 コープマン指揮
誰が何といおうとこれで決まり!(笑)
モーツァルトの音楽にほんとうに親しもうと思うのなら第一にオペラを好きにならないと話にならないし、それには「魔笛」と「ドン・ジョバンニ」は絶対に外せない。
ある専門誌に「どうしようもないモーツァルト好きはオペラ・ファンに圧倒的に多い」とあったが、まさにその通り。
とまあ、いろいろ言ってみても「魔笛」が1位とは一目置きたくなるし、うれしくなったので借りてじっくり読むことにした。
以下、記憶に残った個所を記録しておこう。
173頁「私の実感ではモーツァルトはどんな気の合った仲間でも、いかに親密な相手でも人と一緒になって心を合わせて手と手を握り合って聴く音楽ではない。ひとりで聴く音楽、それがモーツァルトの音楽のように思われる」
※ これには思い当たる節があって、オーディオ仲間と試聴するときに自宅であろうと相手宅であろうとモーツァルトを聴くのはどうも気が進まない。なぜだかわからないが、自分の殻の中にひっそりと閉じこめておきたい音楽だといえばいいのだろうか・・。
201頁「もっとも短くて見事なモーツァルト論は僅々600字余りからなる林達夫の「遊戯神通(ゆぎじんつう)の芸術」という文章である。
これは中央公論社から出たレコードの「モーツァルト大全集」の内容見本に寄せられた推薦文だが、林達夫が現代芸術批判から入っていって、一息でモーツァルトを言い切っているのに感嘆する。
だがこの文章は単行本に入っていないので断念し、代わって西欧人が達成した見事な典型としてカール・バルトの本を挙げてみることにした」
202頁「神学の大家バルトは毎朝まずモーツァルトを聴き、それから神学の著作に向かうと述べていたし、”重さが浮かび、軽さが限りなく重い”のがモーツァルトだとも言っていた」
※おいらも毎朝起きぬけに「モーツァルト専門チャンネル」を聴いてまっせ~(笑)。モーツァルトの音楽の変幻自在で霊妙な佇まいを「軽さと重さ」で逆説的に表現するのは新鮮な印象を受ける。
211頁 「先生は弦の組み合わせの曲がお好きなんじゃないですか」と訊かれた評論家小林秀雄はこう答えている。
「そうかもしれないね。カルテット、クィンテットに好きなものが多いな。変わったものじゃヴァイオリンとヴィオラの二重奏曲など好きだなあ、弦楽器というのは本当に人間的な感じが強いものだ。それにくらべてピアノは機械的すぎるんじゃないかな」
※ ヴァイオリンとヴィオラの二重奏曲「K423」と「K424」は完全に盲点だった。さっそくネットで注文したところなんと発送が5月6日の予定だって! もしお持ちの方があれば、こっそりとメール(メルアドは自己紹介欄)をいただけませんかね~(笑)。
212頁「僕(作家:大岡昇平)はモーツァルトが好きなことで人後に落ちないつもりである。個人的にはヴィオラの入ったK364がどうも好きだ。昭和12年ごろ、コロンビア盤をすり切ってしまったことがあるが20年経った今日でも趣味は変わらない」
稿を改めて「一番よく聴くのはK364である。初めて聴いたのはコロンビアの10インチ盤で緑のラベルが貼ってあった。演奏は忘れたがヴィオラはプリムロースだったはずである。これは小林秀雄が持っていた盤で、毎日少なくとも一度聴いていたらすり切れてしまった。(そのころ私は蓄音機を持っていなかったので毎日鎌倉の小林さんの家へ行って聴いたのである)」
※この曲目「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲K364」は自分でもベスト3にあげているほどで少なくとも毎日一度は聴いており大岡さんとはとても気が合いそうだ。
とまあ、以上のとおり小林さんや大岡さんなどかっての文壇の大御所たちのモーツァルトへの傾倒ぶりを知ることができて本書は予想以上の大収穫だった。
しかるに、現代の作家たちや評論家たちから「モーツァルトへの讃辞」があまり聞こえてこないのは淋しい限り。
まず百田尚樹さん、石田依良さんあたりが浮かんでくるが・・。
一般人ならともかく、「美意識」を生業(なりわい)としているんだからもっと多く居てもいいと思うんだけどなあ(笑)。