記者は政治家の代行業ではない
2022年4月9日
新聞協会賞も受賞している朝日新聞の著名記者の行動が批判の的になっています。安倍元首相の核シェア(共有)論を巡るインタビュー記事が絡んだ問題ですから、SNSやネット論壇でも賛否が沸騰しています。
ネット社会では断片的なコメントが飛び交います。ネット論壇のアゴラでも、ツイッターなどのコメントを集めて特集をしています。それを読んで、私の体験をもとに何か述べてみることも必要だろうと思いました。
私は新聞社、系列の出版社に在職した経験があります。新聞のインタビュー記事を取材相手と意見交換しながら調整したこともあります。月刊言論誌については、主なゲラには目を通し、チェックしておりました。業界紙のインタビューを受けた時は、ゲラをもらい全面的に手を入れました。
新聞、出版(特に雑誌)という紙媒体では、インタビューものに対する明示的ないし、あるいは暗黙のルールがあります。それを知らず理解不足のまま、編集権の侵害だとか、朝日新聞の処分はけしからんとか、議論が沸騰しているようでもあります。
安部氏は今月号(5月号)の文芸春秋でも、緊急特集「ウクライナ戦争と核」で「核共有の議論から逃げるな」を寄稿しています。編集側の質問(説明文)に安部氏が答えており、インタビュー記事の体裁をとっています。
「事前に編集側が質問事項を用意し、安倍氏に提示する」、「安倍氏が了解すればインタビューが行われ、ゲラを安倍氏に見せる」、「安倍氏側は本人ないし、ブレーン(相談相手)がゲラをチックする」、「訂正、書き足し、削除の要求があれば、出版社側はゲラの修正に応じる」というやり取りがあります。それが常識的な編集過程です。
インタビューを受けた人物が編集側にゲラを要求し、注文を付けることは、編集権の侵害でも検閲でもない。それを事前に約束するか、それが暗黙の了解事項になっているかの違いがあっても、通常のプロセスです。
口頭で質疑に応じ、文章化する過程では、説明不足、聞き間違いもあるでしょう。ざっとしゃべって、後で丁寧に仕上げる。対談ものでも同じプロセスをたどります。
編集権の侵害の問題が起きる場合は次の二つです。インタビューが記事の一部として構成されているにすぎないのに、「ゲラ全体を見せてほしい」、「記事の主旨を修正してほしい」という要求があった場合です。
これは拒否すべきです。基本的には、本人がしゃべった部分だけ相談に応じる。取材をもとに記事が出来上がり、記事全体のトーンが気に食わないから修正してくれというのは、編集権の侵害です。
もう一つ。今回のように、朝日新聞の峰村健司編集委員が間に入って、出版社側に「安倍氏の顧問を引き受けている。ファクトチェックを頼まれているので、ゲラを見せてほしい」と、直接、要求するのは間違いです。
安倍氏、安倍事務所側がゲラを受け取り、ブレーン(例えば峰村記者)にチェックしてもらい、安倍氏側が直接、出版社に何かを注文するのは構わない。雑誌を発行するダイヤモンド社側もそれに応じるが常識的です。
問題なのは、峰村記者が直接、ファクトチェックしたいと出版社に求めたことです。安倍氏側がゲラを要求し、峰村氏がチェックし、修正や訂正があるなら、安倍氏側が直接、出版社に申し入れる。それが正常なやり方です。
安倍氏は海外出張に出かける直前のことだったにせよ、峰村記者に「代行」を依頼したのは軽率でした。朝日の記者が「政治家代行業」のようなことを引き受けたのも間違いです。出版社側が怒るのも当然です。
なんでそんな軽はずみな行動をとったのか。安倍氏側、峰村記者の双方が問題です。朝日新聞が「取材先と一体化してはならない」などの記者行動基準に照らして、処分を下したことは正しい。
今回の件は、安倍元首相、核シェア、朝日新聞、朝日記者と、役者がそろったので、ネットが沸いたのでしょう。世間の話題にならないだけで、同じようなことが少なからず行われていると思います。
政治家と記者との関係には独特のものがある。それが騒ぎの背景でもあります。記者は政治家と一体化し、政治家のブレーン、秘書代わり、連絡役などになることが少なくない。それが社会通念を超えた関係になってしまうと、取材対象から独立したジャーナリズムの役割をこなせない。
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