★ 早朝のNHKラジオ、「今日は何の日」のコーナー。3月14日は、昭和の金融恐慌が起こった日だという。
★ その日1927年(昭和2年)3月14日、衆議院予算委員会では、政友会の吉植庄一郎が台湾銀行が所有する震災手形の金額を示すよう求め、銀行がつぶれるたびに国家がいちいち救済したのでは自由競争の原理がこわれると政府を追及していた。
★ これに対して片岡直温(なおはる)蔵相は「今日正午頃に於て渡辺銀行が到頭破綻いたしました」と発言してしまった。この失言(渡辺銀行はまだ破綻していなかった)で、取り付け騒ぎが起こり、渡辺銀行は翌15日に休業。取り付けは他の銀行にも飛び火し、預金を引き出そうとする多くの人が銀行に殺到、次々と休業に追い込まれる。
★ 1995年8月30日、木津信用組合(きづしん)が経営破綻したときの殺気立った光景が思い出される。
★ 今は一定額(1金融機関、預金者一人当たり1000万円)まで預金は保護される。ペイオフなんて言葉が一時期流行った。取り付けが起こりにくい仕組みになっているが、株価が連日、史上最大と銘打つ乱高下を繰り返す中、先が見えない人々の不安心理で、何が起こってもおかしくない気がする。
★ 参考文献、中村政則「昭和の歴史2 昭和の恐慌」(小学館)
★ 大臣の失言と言えば、森法相の、「震災の時、検事が真っ先に逃げた」発言。あまりに唐突過ぎて耳を疑った。
★ その日1927年(昭和2年)3月14日、衆議院予算委員会では、政友会の吉植庄一郎が台湾銀行が所有する震災手形の金額を示すよう求め、銀行がつぶれるたびに国家がいちいち救済したのでは自由競争の原理がこわれると政府を追及していた。
★ これに対して片岡直温(なおはる)蔵相は「今日正午頃に於て渡辺銀行が到頭破綻いたしました」と発言してしまった。この失言(渡辺銀行はまだ破綻していなかった)で、取り付け騒ぎが起こり、渡辺銀行は翌15日に休業。取り付けは他の銀行にも飛び火し、預金を引き出そうとする多くの人が銀行に殺到、次々と休業に追い込まれる。
★ 1995年8月30日、木津信用組合(きづしん)が経営破綻したときの殺気立った光景が思い出される。
★ 今は一定額(1金融機関、預金者一人当たり1000万円)まで預金は保護される。ペイオフなんて言葉が一時期流行った。取り付けが起こりにくい仕組みになっているが、株価が連日、史上最大と銘打つ乱高下を繰り返す中、先が見えない人々の不安心理で、何が起こってもおかしくない気がする。
★ 参考文献、中村政則「昭和の歴史2 昭和の恐慌」(小学館)
★ 大臣の失言と言えば、森法相の、「震災の時、検事が真っ先に逃げた」発言。あまりに唐突過ぎて耳を疑った。