5月の半ばにゲンジボタルが出て以来、夜になるとカメラを提げては出かけてきました。6月の中旬にはゲンジボタルがいなくなったのでしばらくお休みしましたが、下旬になるとまたヘイケボタルの時期なので、夜8時になると「ちょっと行ってきます」と言って出かける毎日でした。てかける場所は川とかため池の近くと言ってもほとんど人里の近くですから、人は周りに誰もいないとはいえ人間社会の中なので寂しさとか怖さはほとんど感じません。むしろだれにも邪魔されることなく写真が撮れるので気楽と言っても良いでしょう。ある時、どうして毎晩ホタルを見に行くのですかと友人に聞かれてすぐに答えられませんでしたが、それほど大した意味があるわけではなく蝶の写真を取りに行くのと変わらないと思います。でも毎晩出かけると言っても、飲み屋へ行くと言えばそれほど変じゃないかもしれませんが、ホタルを見に行くと言うのはやはり変わっているのでしょうか。夜であれ昼であれ自然と向き合っているのが好きなんでしょうね。でもホタルと言うのはとてもユニークな生き物でお互いの連絡信号として光を使うと言うのは珍しい生き物ですね。見ていてとてもきれいです。
ゲンジボタルとヘイケボタルとは子供のころから見慣れていますが、ことしは初めてヒメボタルを見に行ってみようと思い立ちました。ヒメボタルは陸生のホタルで里近くにもいますが山の中にいることが多いようです。幼虫が育つためには陸生の貝が必要なのでそんな場所を探さねばなりません。陸生と言っても貝は貝ですから乾燥しすぎる所は良くないだろうと見当をつけて嵩山へ登る林道を走ってみました。山頂より少し下の方で植林が比較的新しくてやや傾斜の緩い林にヒメボタルはいそうだと見当を付けたのが当たって、車を降りるとすぐに点滅する光が見えてきました。昔から見慣れたゲンジボタルやヘイケボタルのゆったりした光り方と違って鋭く点滅をしながら林の中を飛ぶのです。暗闇のなかで小さな光のフラッシュが点滅する様は普通のホタルと全く雰囲気が違います。しばらくは立ち尽くして眺めるほど感動しました。その情景を上手く写真に撮れるかどうか心配でしたが、夢中になりました。今まで経験したことのない山の中の暗闇もそれほど気になりませんでした。でも、道路を外れて林の中へ入ったり草地の中へは入れませんでした。道路は人間の世界ですが山の中は人間の世界ではありません。何がいるかわからない世界だし危険も伴います。物の怪の世界と言うか、魔界と言えば良いのか明らかに人間の世界ではありません。そんな闇の世界を小さな光が点滅しながら飛ぶのを見るとそれは尋常のものとは思えません。すばらしいものを見たという喜びは大きいものでした。感動は次の日にまで残りました。
さすがに次の日も出かけるのは気が引けたので家でおとなしくしていましたが、次の日にはもう少しあの場所を詳しく調べてみたくなり懐中電灯も二つ準備をして三脚も大きいしっかりしたものを持って出かけました。初めの日にはイノシシにも出会いませんでしたが、山の中にはきっと何匹もいます。イノシシたちとももめごとは起こしたくないので、対策は考えていました。ホタルが目的ですから大きな明かりを付けることはできません。明かりを点けて周りを明るくしておけばイノシシも寄ってこないだろうと思いますが、ホタルに明かりは禁物です。とすると大きな音を出し続けるのが良いかなと考えそのつもりで山の中の現場に行きましたが、ホタルに夢中になって車のラジオをつけておくのを忘れていました。二度目ですから場所にも暗闇にも慣れていろいろ調べていたのですが、突然背後の闇の中から「ブオー、ブオー」と言うイノシシの鳴き声が響いてきました。威嚇でしょうか。「やはり来たか。」とこちらも大きな声で咳払いをして存在をアピールしました。追っ払わないと落ち着いてホタルの撮影ができないので車のエンジンをかけてライトをつけ鳴き声のした方にライトを向けてパッシングをしました。それから車のラジオをつけてにぎやかにしておきました。これでイノシシはこちらにやって来ることはないでしょう。元々イノシシは憶病な動物です。こちらが存在をアピールすれば向うが避けてくれるはずです。そのあとはいろいろ不思議な生き物を見ることができてすっかり闇の世界の虜になりました。
山の中で光っているのはヒメボタルだけかと思っていたら、今まで見たこともない虫が光っているのを見つけました。それは陸生ホタルの幼虫であることは間違いないのですが幼虫が真っ暗の中を光りながら木を登って行く所は初めて見ました。暗闇の中でその幼虫の写真を撮るのは結構難しかったです。家に帰って調べてみた所オオマドホタルの幼虫ではないかと思います。光を放ちながら木に登るのは何の意味があるのでしょう。成虫が光って合図をし合うのは交尾のためですから意味がありますが、オオマドホタルの幼虫はなぜ光るのでしょうか。それから点滅しながら飛んでいるホタルの中にあまり点滅しないホタルが飛んでいました。あわててたたき落として明かりをつけてみると何とゲンジボタルのオスでした。水辺から何キロも離れている山の中をなぜゲンジボタルが飛んでいるのでしょう。風で飛ばされて来たのでしょうか。
このような人里を離れた山の中の世界とは本当に変わった世界でした。海の中の世界を覗くのも好きですが、こんな物の怪の世界があることも初めて知りました。魅せられたと言うか、夜の山の中の世界をもっともっと詳しく調べてみたいと思いました。山の中で見る星空はまた格別です。初秋の頃の空気の澄んだ季節になったら山へ星空を見に行くのもいいかもしれません。
ヒメホタルの住む林
木々の間から見える安下庄湾と竜崎温泉の明かり
暗闇で見つけたオオマドホタルの幼虫 お尻の所の白い部分が光ります。
こんな所にはいないはずのゲンジボタル
ヒメホタル
山から下る途中林道でイノシシに会いました。窓からのぞいてフラッシュをたいて写しましたがもう山の中へ消えていました。