自分の周りの空を写します
北東気流の街に生まれて
当事者研究全国交流集会浦河大会に参加しました
昨日浦河で当事者研究全国交流集会がありました。僕はポスター発表と分科会「おーい。老い」に参加しました。
僕の考えていることを話しました。そしてみなさんの感想、考えを聞きました。
僕はすごく温かい気持ちに成りました。
僕はみんなと上手くやらなくてはいけないとずっと考えていましたが、自分からボケる。自分から嫌われる老人に成るのもありなのかなと思いました。
暗く成りがちな老後の話もみんなと話すと温かい話し合いに成るのだなと思いました。
みなさんに感謝です。
今日はぱぴぷぺぽ劇団の発表をがんばります。
発表したポスターを載せます。読んでくださったらうれしいです。
べてるの家で経験した人づき合 いの苦労(浦河の知惠) 当事者研究的に考えてみました 大矢英明
浦河に来ました
僕は今まで千葉に住んでいて千葉、東京、神奈川の居場所 に行っていました。どこでも初めはニコニコおだやかにい られるのだけど、そのうち苦手な人が出来て嫌に成りその 居場所を去って来ました。
僕はここが最後の場所と思って浦河に来ました。でも浦河 でも苦手な人が出来て来た。さあどうするか? 何とかやっていかなければいけない。そんな気持ちで浦河 に居続けて2年に成りました。
Kさんとの苦労 その1
あいさつをKさんが返してくれないで嫌だった。
同じグループホームのメンバーと相談して僕は毎日Kさん に「おはようございます」と言ってKさんの反応を無視× うなずく△おうと応える〇で表に書いた。楽しく成って来 た。
Kさんと上手く行っているかをメンバーが頭をさわる合図 で聞いてくれたら僕が親指を上げるか下げるかで返事をし た。Kさんに会うのが段々楽しみに成って来た。
Kさんとの苦労 その2
ある程度Kさんとあいさつ出来るように成ったらKさんから 「千葉から戻って来るな。俺はお前が嫌いだ」と言われた。 「僕もあなたが嫌いです」と応えた。
その直後に僕はコロナにかかり部屋で1週間位待機。
コロナ明けに居場所に行ったらKさんが朝ミーティングで 「逆さ言葉を使ってしまった」とみんなの居る所で謝って くれた。僕もそれならと謝った。
KさんはSSTをして僕に謝る練習をしてくれたようだった。 べてるの場の力を感じた。
A1さんとの苦労
コロナが流行して他の住居の人が食堂に住むので、飼って いた金魚を部屋に持って行って欲しいと職員に言われた。 僕は住居の皆に相談した。するとA1さんが「金魚より人 間が大事でしょ」と言ったのが僕はすごく嫌だった。
みんなに相談して僕は態度保留で棚にその事を置いておい た。しばらくしてまあいいやに成って来た。
またA1さんと嫌なことが有ったけれど態度保留でその事 も棚に置いている。またA1さんと嫌なことが有った。
でもそのうちにまあいいやに成って来た。
A2さんとの苦労
A2さんが金曜ミーティング苦労人のコーナーで「ある人 に謝れと言われてキレられて気分悪いです」と言い、僕 が「それは私のことですか」と言い返してケンカに成っ た。 みんなに僕の言い分を聞いてもらったけれど気分が悪い ままだった。 それでも1か月位経って僕もA2さんもまあいいやに成っ たように思う。今は顔を合わすと意識してお互いに積極 的にあいさつしている。
K先生との苦労 その1
診察でK先生は僕の話を聞いてくれないと感じている。 「千葉からこっちに来たのは失敗だったと思っているだ ろ」と言われてすごく嫌な気持ちに成った。
以前には「かんちがいして浦河に来る人がいる」と言われ てその事が僕の頭に残っている。
それらの嫌なことで僕はK先生の診察を受けず薬の処方箋 だけもらっている。
べてるの職員さんに毎週ミニ当事者研究的をしてもらい診 察の代わりにしている。
K先生との苦労 その2
電話で診療所ソーシャルワーカーにK先生とのことを相談 しようとしたけれどろくに話を聞いてもらえなかった。 でも浦河には他の先生がいない。
3か月間処方箋だけもらっていたけれど、話を聞いてくれ そうなソーシャルワーカーを診療所で見かけたので声をか けて面談の予約をした。
僕の気持ち、言いたいことをそのソーシャルワーカーに話 した。しっかり聞いてもらえたと感じた。
まずは第一歩進めたと感じている
食堂で金魚を飼う事への対話
グループホーム食堂で金魚をみんなで飼っていたのだけど、 食堂にカビが生えたので水槽を部屋に持って行って下さい と職員さんに言われた。
メンバーと職員でリフレクティングを使って話し合った。
お互いの気持ち、考え方、事情を相手を攻撃することなく 分かり合えた。
現在は水槽を脱衣所に移動させて様子を見ている。
僕の住むオリーブハウスは研究するグループホームなのだ。
まとめ その1
その場で全て解決しようとしないで、困難をいったん棚に 置いてそのままにしておく。そして仲間や職員さんと話し 合いながら生活しているうちに自然と相手との関係が良く 成って来ると感じています
でも何も言わないと相手は何で僕が怒っているのか分から ないようだ。自分の気持ち、考えを上手く相手に伝える。 そこが僕のこれからの課題です。
これらのことを僕は浦河で実験、検証しながら学びました。
まとめ その2
それにしても浦河の人たちは仲直りが上手いと思います。 不満を言うけれど言い過ぎない。間を置く。
だから僕も今も浦河に居られるのかな。
長い年月の間に作られたみんなが排除されずに居られるた めの浦河の知惠だと僕は思っています。
そして言いたい事はある程度言ってそれで収める。そこが ポイントかなと思います。それが浦河の人たちの技かなと 思います。僕も浦河で学んでいます。
A1さんへの発見
A1さんは全力でボケていたのだ。
そこにツッコまなかった僕の力不足だった。
これからはボケてくれるA1さんにツッコみを入れる練習 をしよう。
否定しないツッコミ。目指すは漫才のぺこぱ。
僕の考えていることを話しました。そしてみなさんの感想、考えを聞きました。
僕はすごく温かい気持ちに成りました。
僕はみんなと上手くやらなくてはいけないとずっと考えていましたが、自分からボケる。自分から嫌われる老人に成るのもありなのかなと思いました。
暗く成りがちな老後の話もみんなと話すと温かい話し合いに成るのだなと思いました。
みなさんに感謝です。
今日はぱぴぷぺぽ劇団の発表をがんばります。
発表したポスターを載せます。読んでくださったらうれしいです。
べてるの家で経験した人づき合 いの苦労(浦河の知惠) 当事者研究的に考えてみました 大矢英明
浦河に来ました
僕は今まで千葉に住んでいて千葉、東京、神奈川の居場所 に行っていました。どこでも初めはニコニコおだやかにい られるのだけど、そのうち苦手な人が出来て嫌に成りその 居場所を去って来ました。
僕はここが最後の場所と思って浦河に来ました。でも浦河 でも苦手な人が出来て来た。さあどうするか? 何とかやっていかなければいけない。そんな気持ちで浦河 に居続けて2年に成りました。
Kさんとの苦労 その1
あいさつをKさんが返してくれないで嫌だった。
同じグループホームのメンバーと相談して僕は毎日Kさん に「おはようございます」と言ってKさんの反応を無視× うなずく△おうと応える〇で表に書いた。楽しく成って来 た。
Kさんと上手く行っているかをメンバーが頭をさわる合図 で聞いてくれたら僕が親指を上げるか下げるかで返事をし た。Kさんに会うのが段々楽しみに成って来た。
Kさんとの苦労 その2
ある程度Kさんとあいさつ出来るように成ったらKさんから 「千葉から戻って来るな。俺はお前が嫌いだ」と言われた。 「僕もあなたが嫌いです」と応えた。
その直後に僕はコロナにかかり部屋で1週間位待機。
コロナ明けに居場所に行ったらKさんが朝ミーティングで 「逆さ言葉を使ってしまった」とみんなの居る所で謝って くれた。僕もそれならと謝った。
KさんはSSTをして僕に謝る練習をしてくれたようだった。 べてるの場の力を感じた。
A1さんとの苦労
コロナが流行して他の住居の人が食堂に住むので、飼って いた金魚を部屋に持って行って欲しいと職員に言われた。 僕は住居の皆に相談した。するとA1さんが「金魚より人 間が大事でしょ」と言ったのが僕はすごく嫌だった。
みんなに相談して僕は態度保留で棚にその事を置いておい た。しばらくしてまあいいやに成って来た。
またA1さんと嫌なことが有ったけれど態度保留でその事 も棚に置いている。またA1さんと嫌なことが有った。
でもそのうちにまあいいやに成って来た。
A2さんとの苦労
A2さんが金曜ミーティング苦労人のコーナーで「ある人 に謝れと言われてキレられて気分悪いです」と言い、僕 が「それは私のことですか」と言い返してケンカに成っ た。 みんなに僕の言い分を聞いてもらったけれど気分が悪い ままだった。 それでも1か月位経って僕もA2さんもまあいいやに成っ たように思う。今は顔を合わすと意識してお互いに積極 的にあいさつしている。
K先生との苦労 その1
診察でK先生は僕の話を聞いてくれないと感じている。 「千葉からこっちに来たのは失敗だったと思っているだ ろ」と言われてすごく嫌な気持ちに成った。
以前には「かんちがいして浦河に来る人がいる」と言われ てその事が僕の頭に残っている。
それらの嫌なことで僕はK先生の診察を受けず薬の処方箋 だけもらっている。
べてるの職員さんに毎週ミニ当事者研究的をしてもらい診 察の代わりにしている。
K先生との苦労 その2
電話で診療所ソーシャルワーカーにK先生とのことを相談 しようとしたけれどろくに話を聞いてもらえなかった。 でも浦河には他の先生がいない。
3か月間処方箋だけもらっていたけれど、話を聞いてくれ そうなソーシャルワーカーを診療所で見かけたので声をか けて面談の予約をした。
僕の気持ち、言いたいことをそのソーシャルワーカーに話 した。しっかり聞いてもらえたと感じた。
まずは第一歩進めたと感じている
食堂で金魚を飼う事への対話
グループホーム食堂で金魚をみんなで飼っていたのだけど、 食堂にカビが生えたので水槽を部屋に持って行って下さい と職員さんに言われた。
メンバーと職員でリフレクティングを使って話し合った。
お互いの気持ち、考え方、事情を相手を攻撃することなく 分かり合えた。
現在は水槽を脱衣所に移動させて様子を見ている。
僕の住むオリーブハウスは研究するグループホームなのだ。
まとめ その1
その場で全て解決しようとしないで、困難をいったん棚に 置いてそのままにしておく。そして仲間や職員さんと話し 合いながら生活しているうちに自然と相手との関係が良く 成って来ると感じています
でも何も言わないと相手は何で僕が怒っているのか分から ないようだ。自分の気持ち、考えを上手く相手に伝える。 そこが僕のこれからの課題です。
これらのことを僕は浦河で実験、検証しながら学びました。
まとめ その2
それにしても浦河の人たちは仲直りが上手いと思います。 不満を言うけれど言い過ぎない。間を置く。
だから僕も今も浦河に居られるのかな。
長い年月の間に作られたみんなが排除されずに居られるた めの浦河の知惠だと僕は思っています。
そして言いたい事はある程度言ってそれで収める。そこが ポイントかなと思います。それが浦河の人たちの技かなと 思います。僕も浦河で学んでいます。
A1さんへの発見
A1さんは全力でボケていたのだ。
そこにツッコまなかった僕の力不足だった。
これからはボケてくれるA1さんにツッコみを入れる練習 をしよう。
否定しないツッコミ。目指すは漫才のぺこぱ。
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