前のお宅のご主人様の突然の訃報に驚き、未だに信じられない思いでいる私ですが・・・。
この度の事で私は、忘れられないある日の出来事が、思い出されて仕方がありませんでした。
風邪による肺炎の恐ろしさに、私自身が見舞われた時の事です。
Iさんのご主人さまも、風邪による誤嚥性肺炎が死因でいらっしゃいました。
ある日の出来事とは・・・。
次女が中学入試に臨んだ数日後の事です。
合格発表があり、無事合格したのを家族で喜んだのも束の間、今度は私が寝込んでしまいました。
恐らく、次女が受験当日から発症したインフルエンザが、私に移ったのでしょう。
受験当日の朝、次女の寝息の荒さで異変に気が付き、熱を測ったところ、39℃以上の熱。
私の仰天振りは形容しがたいほどでした。
その後は、只々夢中だった私。
たまたま住んでいた社宅の近所に、小児科の医院があったので、その門をたたき、
応急処置の注射と特効薬で熱を下げ、受験に臨んだものでした。
幸いにも、無事合格できたのですが、その翌々日あたりから、今度は私が寝込むことに。
母が郷里から上京していたので、家事は母に任せ、私は床に就いたままで数日が過ぎました。
医師から処方された薬を飲んでも、一時的に熱が下がるものの、また上がり、それを繰り返す内に、
次第に体が衰弱していくのが、自分でも分かりました。
ところがある日の夕方、急に気分が良くなり、食欲もわき、それなりの量をいただけました。
いよいよ回復の兆し、と喜んだのですが・・・。
その日の真夜中、目が覚めた時の事です。
私は虫の息で、異常な状態に見舞われていました。
息が止まる一歩手前、そんな感じでした。
私は横で休んでいた夫に、恐らく蚊の鳴くような弱々しい声だったことでしょう。
救急車を呼んで欲しい、とお願いしました。
さぞ夫は、慌てたに違いありません。
私はまだ意識はあったのですが、救急隊員が血圧を測ると、上の血圧が50以下だったようです。
その後、救急車で病院に搬送されてからは、数日間酸素マスクを取り付けたまま過ごし、
確か数週間入院生活を送りました。
私がそのあと思った事は、よく目が覚めたものだと。
恐らくそのまま昏睡状態に陥っていたら、私は死んでしまったのではないでしょうか。
母は、私が寝ているだけと思い、見過ごしたことでしょうから。
神様が起こして下った。
未だ小中学性の娘達と両親を遺して死ぬのは、まだ早過ぎます。
そう思われたのではないか、と。
あの時、目が覚めた幸運を、今でも奇跡としか思えない私です。
人生の最大の危機だった、と今でも思っています。
今はもう、肺炎で死ねるのなら、いつ死んでもいい、とさえ思える年齢になりました。
虫の息になった時、全く苦しくありませんでしたから。
私の理想は、老衰か肺炎で死ぬこと。
そう言っても過言ではないかもしれません。
何だかとんでもない展開に、話がなってしまいましたが・・・。
残り少ない人生、「今日が一番素敵」の気持ちで過ごしたい、
その思いは今も変わりありません。
前回の記事で紹介した書物、歎異抄です。
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