今日が一番素敵

丁寧な暮らしを心がけながら、日々、折々のの心模様を素直に語ります。
今が一番素敵との思いを込めて。

私の人生の最大の危機は恐らくあの日だった

2024-12-18 07:19:38 | 人生

前のお宅のご主人様の突然の訃報に驚き、未だに信じられない思いでいる私ですが・・・。

この度の事で私は、忘れられないある日の出来事が、思い出されて仕方がありませんでした。

風邪による肺炎の恐ろしさに、私自身が見舞われた時の事です。

Iさんのご主人さまも、風邪による誤嚥性肺炎が死因でいらっしゃいました。

 

ある日の出来事とは・・・。

次女が中学入試に臨んだ数日後の事です。

合格発表があり、無事合格したのを家族で喜んだのも束の間、今度は私が寝込んでしまいました。

恐らく、次女が受験当日から発症したインフルエンザが、私に移ったのでしょう。

 

 

受験当日の朝、次女の寝息の荒さで異変に気が付き、熱を測ったところ、39℃以上の熱。

私の仰天振りは形容しがたいほどでした。

その後は、只々夢中だった私。

たまたま住んでいた社宅の近所に、小児科の医院があったので、その門をたたき、

応急処置の注射と特効薬で熱を下げ、受験に臨んだものでした。

 

幸いにも、無事合格できたのですが、その翌々日あたりから、今度は私が寝込むことに。

母が郷里から上京していたので、家事は母に任せ、私は床に就いたままで数日が過ぎました。

医師から処方された薬を飲んでも、一時的に熱が下がるものの、また上がり、それを繰り返す内に、

次第に体が衰弱していくのが、自分でも分かりました。

 

ところがある日の夕方、急に気分が良くなり、食欲もわき、それなりの量をいただけました。

いよいよ回復の兆し、と喜んだのですが・・・。

その日の真夜中、目が覚めた時の事です。

私は虫の息で、異常な状態に見舞われていました。

息が止まる一歩手前、そんな感じでした。

私は横で休んでいた夫に、恐らく蚊の鳴くような弱々しい声だったことでしょう。

救急車を呼んで欲しい、とお願いしました。

 

 

さぞ夫は、慌てたに違いありません。

私はまだ意識はあったのですが、救急隊員が血圧を測ると、上の血圧が50以下だったようです。

その後、救急車で病院に搬送されてからは、数日間酸素マスクを取り付けたまま過ごし、

確か数週間入院生活を送りました。

 

私がそのあと思った事は、よく目が覚めたものだと。

恐らくそのまま昏睡状態に陥っていたら、私は死んでしまったのではないでしょうか。

母は、私が寝ているだけと思い、見過ごしたことでしょうから。

 

神様が起こして下った。

未だ小中学性の娘達と両親を遺して死ぬのは、まだ早過ぎます。

そう思われたのではないか、と。

あの時、目が覚めた幸運を、今でも奇跡としか思えない私です。

人生の最大の危機だった、と今でも思っています。

 

今はもう、肺炎で死ねるのなら、いつ死んでもいい、とさえ思える年齢になりました。

虫の息になった時、全く苦しくありませんでしたから。

私の理想は、老衰か肺炎で死ぬこと。

そう言っても過言ではないかもしれません。

 

何だかとんでもない展開に、話がなってしまいましたが・・・。

残り少ない人生、「今日が一番素敵」の気持ちで過ごしたい、

その思いは今も変わりありません。

 

前回の記事で紹介した書物、歎異抄です。

PVアクセスランキング にほんブログ村

PVポイントランキングのみ参加しています。

お立ち寄りくださいましてありがとうございました


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする