昼日中、普通に生活していて金縛りにあったことが一度だけある。
僕は、二十歳の頃は役者を志していて、仕事といえば声、今でいうナレーターのようなこともしていた。仕事のあるときは羽振りが良かったが、仕事がなければその日の飯にも事欠くような生活だった。
それでも、物欲にはそれなりに支配されていて、ことに古道具屋、今で言えばアンティークショップによく通った。ある日八王寺に用事があって行ったのだが、そこである古道具屋の店先から少し入った店内に、桐の箪笥があるのが見えた。なんということもない普通の引き出し式の桐箪笥。通常上下に分かれて六段という形なのだろうが、上なのか下なのか三段だけ置いてあった。これが、取っ手の細工が龍を象ったもので、なかなかの代物だった。
僕は店内に入ると、その前にじっと立って眺めた。ものの十秒も経たないうちに、厭だな、と感じ始めた。間もなく金縛りの状態になった。昼日中に立ったままの金縛りだ。そうこうするうちに、脂汗が背中を流れた。
すると、桐の箪笥の一番下の引き出しがスーッと音もなくあき始めた。これはやばいと思うのだが、ピクリとも動けない。引き出しの中から長い白いけむりか靄のようなものがするすると湧き出してくる。そして、その煙は僕の足元から、まるでとぐろを巻いて獲物を絞め殺す蛇のように、僕の体に巻きついてくる。
徐々に体全体が圧迫されるような息苦しさを感じ始め、とうとう靄が首の辺りまで来た。何とかしなけりゃと、焦りを覚えた瞬間、店の五十歳代半ばの主人が「どう? 結構いい細工でしょ?」と話しかけ、僕の肩に手を置いた。その瞬間に金縛りはとけ、靄は跡形もなく消え去った。引き出しも元の閉まった状態に戻っていた。
脂汗を流しながら、僕は一目散にその場から離れた。
さすがに日中の金縛りは、いくら慣れている僕でも、初体験であり、その気色の悪さといったらなかった。
<拙文『黄泉路のひとり歩き』より抜粋>
僕は、二十歳の頃は役者を志していて、仕事といえば声、今でいうナレーターのようなこともしていた。仕事のあるときは羽振りが良かったが、仕事がなければその日の飯にも事欠くような生活だった。
それでも、物欲にはそれなりに支配されていて、ことに古道具屋、今で言えばアンティークショップによく通った。ある日八王寺に用事があって行ったのだが、そこである古道具屋の店先から少し入った店内に、桐の箪笥があるのが見えた。なんということもない普通の引き出し式の桐箪笥。通常上下に分かれて六段という形なのだろうが、上なのか下なのか三段だけ置いてあった。これが、取っ手の細工が龍を象ったもので、なかなかの代物だった。
僕は店内に入ると、その前にじっと立って眺めた。ものの十秒も経たないうちに、厭だな、と感じ始めた。間もなく金縛りの状態になった。昼日中に立ったままの金縛りだ。そうこうするうちに、脂汗が背中を流れた。
すると、桐の箪笥の一番下の引き出しがスーッと音もなくあき始めた。これはやばいと思うのだが、ピクリとも動けない。引き出しの中から長い白いけむりか靄のようなものがするすると湧き出してくる。そして、その煙は僕の足元から、まるでとぐろを巻いて獲物を絞め殺す蛇のように、僕の体に巻きついてくる。
徐々に体全体が圧迫されるような息苦しさを感じ始め、とうとう靄が首の辺りまで来た。何とかしなけりゃと、焦りを覚えた瞬間、店の五十歳代半ばの主人が「どう? 結構いい細工でしょ?」と話しかけ、僕の肩に手を置いた。その瞬間に金縛りはとけ、靄は跡形もなく消え去った。引き出しも元の閉まった状態に戻っていた。
脂汗を流しながら、僕は一目散にその場から離れた。
さすがに日中の金縛りは、いくら慣れている僕でも、初体験であり、その気色の悪さといったらなかった。
<拙文『黄泉路のひとり歩き』より抜粋>
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