かぜねこ花鳥風月館

出会いの花鳥風月を心の中にとじこめる日記

紅葉前線は、まだやってこない

2020-09-28 18:58:31 | 日記

ウェザーニュース社の紅葉情報なんかをチェックしているが、見ごろなのは、北海道の大雪山系ぐらいで、あとは富山の立山や中央アルプスがやっと色づき始めたとある。だが、立山の今朝のライブカメラを見ても、色づいたというより、夏の濃い緑のシトネが色茶けてきた程度で、本格的に色づき始めるのは、まだ1週間先のようだ。

昨年歩いた北八ツの白駒池は10月7日あたりが最盛期だったようだったが、今年はそのころに色づき開始とある。やはり例年より1週間は遅れているのだろう。

東北は、どこも「色づきはじめ」が見られない。立山や中央アルプスに先を越されているのは標高のせいか。あてにしていた大人の休日パスは、他社エリアの立山や中央アルプスまでは行けず、このパスは10月6日までの利用期限なので、このパスを使っての紅葉狩り登山は、今年はあきらめた。

ちょっと寒くなったが、お月見と温泉行脚に目的を切り替えて、とりあえず出かけてみよう。北の大陸から高気圧が張り出してきたのだから

 

 

 

 

 

       

                  2019.10.7の白駒池

 

 

 

 

Weathernews情報

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体力の維持増強の秋スタート?

2020-09-26 19:01:18 | 日記

暑い夏も去った。もう、10月も間近だし、富士山に雪も降った。今日は、紅葉が始まったばかりの大雪山旭岳で雪が舞った。こうなると、季節が下降するのは速い。

来週からは、いよいよ「紅葉狩り」山旅が始まる。2、3週間かけてあちこちと行ってみたいし、紅葉が浮かんだ露天風呂で汗を流そう。

 

今週のNHKこころ旅の北海道の景色を見ていて、「そうなんだ、俺はまだ北海道に尋ね残した風景がたくさんある。こんなに早く老化していてはならい。」と焦ってきた。コロナが収束した来夏は北海道だ、思い残すことないように1、2か月ぶらぶら歩こう。南アルプス再訪も残っている。北海道も南も、北アルプスほど甘くないぞ。

そのためには衰えた体力の維持向上が必要。クリニックの医師には、「境界型糖尿病からの脱却のためには、生活習慣を改善すべし!」の指示があり、「1年前に辞めたランニングのせいでこうなったので、また始めます!」と返事をしたのはいいが、この1か月暑さのせいで口約束に堕していた。体重増も、病変のきざしも、山でのバテバテ傾向も、すべて「運動不足」なのは分かっている。月に数度の登山では効果なし、毎日のトレーニングこそ!

と、意気込んで今日からG3Ⅹは片手に持つものの、青葉城までの早歩きからスタート。半月後には、ゆっくりと走り始めたい。

青葉城のお堀では、ハクセキレイやカワセミの幼子たちも応援してくれていたよ。がんばります。

 

 

     

    置物のように近づいても池の手すりにじっと伏せていたハクセキレイの幼鳥。幼鳥は喉元が、ちょと黄色いとい

   う。 セキレイの仲間は、どこか物おじしないからかわゆい。

 

 

     

          瑠璃色の背中が鮮やかだが、どこか幼顔だ。カワセミ君♂だろう。

 

 

                  

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そこに立ち止まって、いつか見た風景の今

2020-09-25 16:35:43 | 日記

ライブカメラ、今日の立山室堂は、午前中は大粒の水滴が間断なくレンズに流れ落ちていたので、相当の雨が降っていたと思うが、眺めていたら、それでも何人か雨具を着込んで山に向かって行った。きっと、山小屋に予約していたので「仕方なく」歩いて行ったのだろう。

テント持参の場合には、高校合宿ではないのだから、大雨が降っていれば、誰もがテント場へは行かず、雨が止むまでターミナルあたりで待機するのだろうな。

立山は雪こそ降っていないが、2500m地点なら、平地と15度以上低いので、山は紅葉メカニズムスタートの目安となる7℃~5℃以下くらいに下がってるのだろう。この雨と冷気で、立山にも色づきの号令がかかり、茶色がかった山肌は、日ごと彩りを添えてくるのだろう。そろそろ、ライチョウさんたちも衣更えかな。

おもしろくて、立山のような高画質動画のライブカメラをYoutubeで探したら、上高地の河童橋、草津白根山の噴火用防災カメラ、河口湖駅前、宮古島の伊良部大橋前の映像を見ることができた。

いずれも、かつてそのカメラの近くに立って、山や海を眺めたところだ。

河童橋からの穂高、草津白根のお釜、河口湖の富士山、宮古島の実や紺ブルーの海。今日は、いずれも天気が悪く、ガスで何も見えなかったり、鉛色の雲が垂れこめているという芳しくない状況だが、明日、あさってと懐かしい山や海が輝きながら、登場してくれることだろう。毎日眺めていたいな。

午前中、上高地の河童橋を眺めていたら、雨具にザックカバーを付けた男女の集団が寒そうに行き過ぎていった。雨具の背中越しなので年齢はわからないが、多くが(自粛要請を解除された東京の?)男女の高齢者なのであろう。今夜は、涸沢の小屋泊まりであろうか、涸沢までの5、6時間秋の雨で辛いだろうが、いまごろ三密を避けながらも、ビールとおでんで談笑しているのかな。

などなど、各地のライブカメラをモニタールームの退屈な監視人みたいに点検しては、「想像のつばさ」を広げながら、秋雨前線が過行くのを待っている。

明日晴れたら、来週からの山準備はじめようか。

 

     

  2019年白馬岳のライチョウさん♀ そろそろ白装束の準備かな。まだ早いか、雪が降らないと。

 

 

 

 

 

立山室堂(富山テレビさん提供Youtube)

 

上高地河童橋(五千尺ホテルさん提供Youtube)

 

 

草津白根山(草津町防災カメラのYoutube)

 

 

宮古島伊良部大橋(宮古島市提供Youtube)

 

 

 

河口湖駅前から富士山(河口湖町提供Youtube)

 

 

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ライブカメラで感じる秋色

2020-09-24 10:14:38 | 日記

山のライブカメラを時折のぞいているが、どれもが1分おきであったり1時間おきであったり、静止画像が多く、いまいち臨場感に欠けるが、下記に貼り付けた富山テレビさんの立山室堂のライブカメラは、本物の動画のライブで、画像も鮮明で必見ものだ。

それも、つい1か月少し前に、あの室堂からみくりが池を経由して雷鳥沢に向かう遊歩道は、歩いてきたばかりなので、勝手知ったる俺んちの庭感覚で見ている。もちろん、ガスが湧けば、画像は真っ白であるが、雲があってもガスさえなければ、立山三山は見られないが、右手に剣御前、その左手に早月尾根から劔の山頂に到る稜線が垣間見られ、左奥には毛勝三山の山並みも見られて、なかなかのパノラマだ。

季節は、もう9月の下旬に突入しているが、立山の山肌にはほとんど秋色の兆しはない。今年の山岳地帯の紅葉は例年になく遅めの気配で、つい2、3日前に大雪山旭岳付近の紅葉が始まったという報道があったばかり。大雪山周辺は、来週あたりが見ごろだろうから、1週間から10日は遅いイメージだ。

若かりしころに北海道暮らしをしていたころは、敬老の日だった9月15日ころに、愛山渓温泉から朝日岳の麓の裾合平方面にのぼっているときに対座した愛別岳や比布岳の鮮明なナナカマドの「赤」とハイマツの「緑」をいまでも忘れえぬ風景として心に残っている。

それと、思い出すのは7、8前の10月5日ごろの涸沢カールでの、上のナナカマドの「赤」に合わせたダケカンバの「黄」と見上げた空の「青」。これも心に焼き付いている。

思えば、長いこと秋の山を歩いてきたと思うのだが、鮮明な紅葉の山にであった思い出といういうものは数えるほどもなく悲しい。

よく、紅葉の山を歩いていると、「今年は当たり年だ」、とか「10年に1度眼にする紅葉だ」などと周りの声を聞くが、上の涸沢カールなどは、そのような日だった。「数えるほどしかない」というのは、山域ごとに心底鮮明な紅葉は数日しかないのに、その日を外し、当たり年は数年に1度しかないというのに、その年を外しという歩き方をしてきたからなのだろうし、南西諸島に住んでいた延べ11年間は、旬の紅葉に駆けつけようにも駆けつけられない(そんな興味もなかったか)事情もあったので、やむを得ないか。

さて、失地挽回、今年の立山の秋色は、このライブカメラで味わわせていただくとして、今月末から来月半ばごろまでは、大人の休日パスや高速バスなど、格安かつ長距離ネットを張り巡らせて、満足の「赤」、「黄」、「緑」、「青」(「白」は寒いからいいや)の錦秋の浄土世界を「積極的に」尋ね歩こう。(70代になったら一人歩きを咎められる世界に生きているから、なおさら。)

 

 

立山ライブ(富山テレビ)

 

山のライブカメラリンクサイト  

 

     

       室堂から望む西の山並み 右から劔御前・劒・毛勝三山 2020.8.6

 

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澄み切った心に美しい言葉と筆あと

2020-09-23 12:16:14 | 日記

9月21日の賢治忌にイギリス海岸の海岸出現催事に出かけ、みごとに空振りを食らったが、気持ちは、その日のお天気のように澄み切っている。

 

何より、海岸出現を期待するまでの時間を使ってイギリス海岸から北上川と豊沢川のほとりを3キロ歩いて、賢治さんの亡くなったわずか3年後に建立された通称「雨ニモ負ケズ詩碑」に足を向けることができたこと。

そこは、下根子桜(しもねこさくら)という所在地に立てられていた羅須地人協会(宮沢家別宅)のあった場所。亡くなる直前の妹トシさんも療養した場所であり、賢治さんがチェロを弾いたり、レコードを聴いたりした場所。この小高い杉林の東の北上川河畔沿いには「下の畑」があって、麦わら帽子をかぶった賢治さんがトマトやジャガイモを育てていた場所。いわば賢治教徒の聖地。

建物は、現在の花巻空港近くにある花巻農業高校の敷地に移築されており、詩碑の前は空き地になっているが思っていた以上にこじんまりとていた。

しかし、狭かろうが広かろうが、この聖地に立つ碑はただならぬ気配を漂わせた価値あるオブジェ。

なにより「無名と評された」賢治さん没後わずか3年後の昭和11年に、宮沢家や高村光太郎さんをはじめとする賢治文学発掘人らの手によって国内で初めて建立され、かつ、碑の基礎部分のコンクリート空間には、賢治さんの遺骨の一部や経典、その年に発行された全集などが収められているということで、いわば聖地に立つ墓石でもあるのだ。

それと、この碑には「雨ニモ負けケズ」詩の後半部分「野原ノ松ノ林ノ~ソウイフモノニワタシハナリタイ」の文字が刻まれているが、この文字を書いたのは高村光太郎さんであることが、この碑の価値を大いに高めている。

碑を目の前にして、シゲシゲと光太郎さんの筆致を眺めた。なんと美しい漢字と片仮名文字。光太郎さんの書は昨年、同じ花巻市太田の記念館で目にして、その清楚で高潔な筆致に目を奪われていたが、この碑も「美しい!何と澄み切って、丁寧で、品格ある文字をなんだ!」とうなった。

オイラは、賢治さんの筆致も好きであるが、光太郎さんの筆致も大好きになっている。「澄み切った心に美しい言葉が生まれ、それが字体となって現れる」(ああ、比べるのもなんだがオイラの不浄な字体・・)

つくづくとかみしめた。

さらに、この碑を眺め、光太郎さんの美しい文字を美しいままに石に彫った職人の腕前にも驚嘆した。もちろん今と違って機械彫りのない時代。一字一句、光太郎さんの墨書をノミで削ったものと思われるが、美しい字体を美しいままに石によみがえらせた職人にも賛辞を贈ろう。

なお、この詩碑、序幕の後に原文にある数カ所の字が抜けていたことが判明し(光太郎さんのせいだろう)、10年後に、足場を組んで光太郎さんが追加文字を墨書し、石職人が足場の上から彫刻したらしいが、直立した状態でも何ら不自然なく石に刻んだ、たぶん同一の職人だろうが、腕前は凄すぎる。(写真の【野原ノ林ノ】の右わきの【松ノ】のように)

 

 

   

 

 

   

 

   

詩碑を鑑賞、一礼したあとに、「下の畑」方向を展望した。いまは、畑はないということだが、当時の面影が偲ばれる田園風景であって、目を細めた。たぶん、賢治さんが一番口ずさんだと思われるベートーベンの田園交響楽の第二楽章が聴こえてくるような緑の風景。もっと晴れていれば早池峰や薬師の山嶺も望めたのだろう。

 


イギリス海岸からの帰路、賢治さんの辞世の歌を詠んだ鳥谷ヶ崎神社を参拝した。社殿の目の前にその歌を刻んだ碑が立っている。比較的新しい石碑で、彫刻は機械か。できれば賢治さんの筆跡をそのままに写してほしかったが、駅へ歩きながらその歌を何度か繰り返した。

 

   

 

「方十里 稗貫のみかも 稲熟れて み祭り三日 そらはれわたる」

* 十里四方にわたって この地方だけに 特別に豊饒をあたえてくれたんだな 鳥谷ヶ崎神社の神様は

  お祭りの三日間は よく晴れてくれたなあ いがった いがった (かぜねこ訳)

稗貫は、ひえぬきと読んで、賢治さん当時の花巻の郡名。

「ほうじゅうり ひえぬきのみかも いねむれて みまつりみっか そらはれわたる」

「ひえぬきのみかも」は、八文字でミソヒトモジのリズムが整わない、字余りにも受け取れるが、「ひえぬき」を「ひぇぬき」と東北弁みたいに発音すれば、七文字に収まることを「発見」して、イギリス海岸のスカも忘れて、こころも晴れわたり花巻をあとにする。

 

 

 

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