東北本線「北上駅」の待合室に貼られた一枚のポスターを懐かしそうに眺める。
この秋も数日過ごした「夏油温泉」の古い写真だ。
昭和の何年頃の風景だろう。自炊宿の「夏油館」前から、同じ自炊宿だった「昭和館」と「薬師館」方向を写したものだ。
突き当りを左に降りていくと、この温泉の名物露天風呂「大湯」や「疝気の湯」がある。
今は、「昭和館」も「薬師館」も閉じられて廃れつつある建物だが、このポスター写真の当時は、「昭和館」もにぎやかに営業していたと見えて「入館料」や「てこねめし」などの看板も眼にすることができる。
この「父」と「母」は今も健在なのだろうか。そして真ん中の男の子は今現在いくつなのだろうか。ひょっとしたらオイラと同じ年ごろなのかもしれない。
この「父」と「母」にオイラの「父」と「母」を重ね、妙に目がしらに熱いものを感じた。何もかもが、遠い、遠いなつかしさに満ちた一枚の写真である。
谷村新司さんがこないだ突然旅立って、マスコミやネットから流れてくる彼の歌を、毎日のように聴くようになった。
カラオケにも何十年とご無沙汰しているから、谷村さんの歌詞もほとんど忘却化していたのだが、久しぶりに「昴」や「いい日旅立ち」の歌詞がよみがえりつつある。
だが、谷村さんの作詞という「サライ」は、24時間TVを視聴するという「こっぱずかしさ」もあり、あまりまじめにその歌に向き合ってこなかった。この歌を街中やカラオケで歌うにはやはり「こっぱずかしさ」があったし、職場の同僚たちも同じような偏見があるのか、いい歌なのだがカラオケで歌うことはなかった記憶がある。
オイラは、この秋夏油温泉に逗留しながら、いつもどおり「夏油三山」の森を歩いた。東北のどの山も同じ傾向がありそうだが、今年の森の紅葉は彩度が冴えなかった。だが、標高1000m近くまで上げると、いつものようにブナの森が黄金色に輝いていて、渇いた木の葉がつめたい風を受けて、最後の合奏を奏でていた。
いつもなら、これだけで安住してブナの森を歩くのだが、今年は毎日のように「クマ被害」が報道されているので、心中穏やかではなかった。「熊鈴」「ホイッスル」「百均の防犯ブザー(ランドセル装着用)」などを準備していたので、これらを時々鳴らしながら歩いたのだが、「そうだ、一人歩きだし、この山で誰にも会わないほど静かなんだから、大声で歌いながら歩こう。」という気持ちになった。
それで、時おり入る電波からYoutubの「サライ」をアップし、この歌を歌いながら歩いたら、なんと山歩きのスピードにも雰囲気にもぴったりした歌だと分かった。「クマちゃんにも聞かせようぜ。」という気分にもなって、気が楽になったが、如何せんこのところ大声で歌うことがないので、声帯がしわがれて思うように歌えなかった……(辛)
「サライ」の歌詞を、ブナの森でしみじみと歌いなぞってみたら・・・
この歌の後半部・・・にしみじみときた。(すばらしいので、一部引用させていただく、ごめん)
離れれば離れる程 なおさらにつのる この想い忘れられずに ひらく古いアルバム ♬
若い日の父と母に 包まれて過ぎた やわらかな日々の暮らし なぞりながら生きる ♬
まぶた閉じれば 浮かぶ景色が 迷いながらいつか帰る 愛の故郷(ふるさと)♬
サクラ吹雪の サライの空へ いつか帰るその時まで 夢は捨てない ♬
まぶたとじれば 浮かぶ景色が 迷いながらいつか帰る 愛の故郷(ふるさと) ♬
サクラ吹雪の サライの空へ いつか帰るいつか帰る きっと帰るから~♬
これを歌いながら、北上駅の待合室のポスターに写った「父と母」に出会った時と同じような感覚となり、少し熱くなって、時々立ち止まっては、また歩いた。「サライの空」とは、谷村さんが旅だった「永遠のオアシス」のことなのだろうか。
遠くでオイラのかすれ声をかすかに聴いた森のクマさんも、この夏離れた母グマのことを思い出したのかもしれない。
「一枚の絵葉書さん」提供Youtubから