徒歩30分圏内にある宮城県美術館で 開催されている東山魁夷さんの障壁画展を観覧。今度の日曜日で閉幕とのこともある平日、午後3時過ぎということで、密にならずゆとりを持った観覧ができた。
この障壁画には、4,5年前に愛知県の豊田美術館で開催されていたときに、一度お目にかかっているが、その時は一部の障壁画を欠いており、空間的にもやや広がりに乏しかった記憶があり(観客が多かったせいか)、今回の展示は障壁画はほぼ完全に展示されていたし、空間にも十分余裕があって、障壁画の偉大さを十分に味わうことができた。
奈良の唐招提寺境内の鑑真和上像が安置されている御影堂内に、魁夷さんが昭和50年から55年の間に収めた70面近い襖絵が、震災復興祈念ということで、この東北の地にわざわざやってきて、一堂に会しているだけでもありがたいのだが、普段は和上の命日前後の数日のみ開放される御影堂でもあるに加えて、そのお堂が2022年まで大修理のため入れないということでもあり、それらを考えるとさらにありがたい貴重な展示である。
障壁画は、大きく分けてふたつのグループ。
ひとつは、彩色による日本の風景グループ。「濤声」(とうせい・なみごえ)という海岸に押し寄せる波の絵と「山雲(さんうん・やまぐも)という霧に霞む深山幽谷とひとすじの滝の絵。「濤声」は、襖絵としては明るすぎるほどの緑青の青、反対に「山雲」は、墨画と間違うほどに色彩を抑えた暗い深緑の緑。
もうひとつは、墨画による中国の風景グループ。「揚州薫風」(ようしゅうくんぷう)という鑑真和上の故郷の絵と「桂林月宵」(けいりんげっしょう・けいりんつきよい)、「黄山暁雲」(こうざんぎょううん)という中国を代表する景勝地の絵。すべてモノクロの世界である。
会場に入ってまず眼前に広がる「濤声」。はじめ、ライトアップのせいで大きなスクリーンに映し出された映像かと見間違ったが、近ずくと間違いなく本物の襖絵である。大きい、広い、宇宙の果てから押し寄せてくるような白波のうねり波頭、波間から現れる黒い巌、波が数条の波紋となって砂浜に押し寄せる様子、もちろん静止画像ではあるが、見る者に波音となって聞こえ、それが繰り返し繰り返し押し寄せては引いていくリフレインとなって止むことはない。そんな絵だ。
第二順路「揚州薫風」この襖は鑑真和上像の厨子を囲んだ松の間に飾られているという。大きな白い湖面あるいは揚子江の川面。向こう岸にに中国風のお屋敷あるいは寺院、そして湖面の周りには幾本もの柳の木が生えていて、風に揺られている。湖面には、一隻のお舟も見えるが、広大な風景の中に人影はなく、ただただ薫風という風が吹いている、静止画像ではあるがたしかにさわやかな風が吹いていて、葉擦れの音までも聞こえてくる。その風も、永遠に止むことはないだろう。そして、モノクロだったはずの柳の葉が柔らかな草色となってきらきらと揺れ、遠くの寺院の壁が藍色に染まる。水面は光を帯びてやや水色を帯びてきた。そんな絵だ。
第三順路「山雲」。生まれては消える雲に針葉樹の森が見え隠れし、対岸の谷には白い大きな滝がひとすじ落ちる。ごうとした音が止むことはない。山鳩だろうか、一羽の鳥が森に消えていこうとしている。しかし、聞こえるのは、ただただ滝の音。そんな絵だ。
順路は、「桂林月宵」、「黄山暁雲」と続く。古生代からの途方もない時間に隆起し、浸食し、風化して現れた岩山を宵の光と暁の光が陰影をかたどる。全く音は聞こえないが、暁の光がさして、宵の影となり、闇となり、日が昇り、日が沈み、月がのぼり、月に照らされるという明滅が永遠に止むことはない。そんな絵だ。魁夷さんの墨画が大好きになった。
障壁画の展示は、豊田の会場ではお目に架かれなかった「揚州薫風」のアップされた柳の大木の絵を目の当たりにして終わるが、そのあとに魁夷さんが障壁を完成するまでの道程での様々な習作やオリジナル作品の展示となるが、ここでも墨画の完成度が素晴らしい。
会場を後にしても、耳奥に響き続ける波の音、風の音、滝の音。
魁夷さんは耳が不自由となった晩年の鑑真和上に聴かせたいと思って、この障壁画に渾身の力をそそいだのだろう。無理かもしれないが、欲すれば、2022以降、御影堂開陳の日に唐招提寺にお参りし、鑑真和上様の聴こえている本場の音や感じている風の肌触りを実体験したいものだ。
オイラにとって、いい風景画の条件は、聞こえない心地の良い音が聞こえ、見えない美しい色が浮かび、いい匂いがし、肌に触れる心地よい風が吹く場に臨場させる絵だ。そして、閑さ(静かではない)が永遠に続いていくというやすらぎを与える絵。魁夷さんの多くの作品が、この条件に適っている。
午後5時の閉館案内とともに会場を後にする。この建物を取り壊して移転するなどあってはならない。まだまだ元気だ。外には秋の光がやがて翳ろうとしていた。