心の色を探して

自分探しの日々 つまづいたり、奮起したり。
マウス画・絵及び文章の著作権は このブログ作者(けい)にあります。

春です

2014年04月03日 | ほんのすこし
どこを見ても春です♪
ここ数日 とても天気が良くて 朝からごきげんな気分になります。でも午後から崩れそうですが。早めに行動しようと思っています。
三日前から 母のところの手伝いをしていますが、昨日は20年以上もそのままの位置に置かれていた高さのある一枚板の(上下に分かれていると運びやすかったのですが)本棚を別の部屋に移動するという作業を頼まれました。さすがにこれはひとりでは運べないので ご近所さんにお願いしました。運ぶ先の部屋の別の棚を移動し 本棚の物を出して 手伝ってくれる方を待ちました。

誤算だったのが 本棚の高さ。襖(ふすま)より高かったので そこを出して運ぶのにずいぶん手間取りました。それでもさすが男性です。さっさと片付けてくれ とても助かりました。終ると 犬の散歩があるのか たったか帰っていきました。どんな仕事もさささとやってくれるので 母はとても頼りにしているようです。本当にご近所さんがいるおかげで母は助かっています。わたしも♪

本だなの中身を選別していると 高校の時の授業のノートやら 学生時代のものや あれこれと出てきました。学生時代に読んだ萩原朔太郎の全集や卒論に使った本やら 多分全部は読んでいないだろう格好つけの本(笑)なんかがあって しばし昔に戻った気分でした。父が何を思ったか 突然通販で注文した『戦後裁判記録全集』(タイトルうろ覚え)全5巻とかもあって、はたして父はこれを読んだのだろうかという疑問をいつも感じていたことを思いだしました。父は囲碁の本は夢中で読んでいましたが、そのほかの本を読んでいるのをあまり見たことがなかったような気がするのです。
父が何を思って この全集を手に入れたのか いまだにわかりません。いまだにわからないけどなんとなく想像できるような気もします。

予科練に入り 戦争に駆り出される前に終戦を迎えた父。すでにそのころには両親が次々に亡くなってずいぶん年月も経っています。二人の姉夫婦のお世話になりながら 生きてきた父がどんな気持ちで予科練を希望したのかなと考えます。戦争のことはほとんど話したことがない父です。父がどんな青春時代を過ごしてきたかも 聞く機会も聞こうと思ったこともなかったことが今となってはとても残念です。時折 母から父の結婚前のことを聞くことが唯一 昔の父の面影を想像する手助けになっています。

話がずいぶん逸れました。春が来たなぁと思えるここ数日、毎日 母の家の中のことを手伝っていて母に「明日は体が痛くなるんじゃないのか?」と心配させていますが、今のところ 痛みもなく順調です。もしかしてこの頃毎日やっている録画していたテレビ体操のおかげかな?と思っているところです。小学生のころに覚えたラジオ体操ですが、体はずいぶん年月が経っても覚えているものですね。知らない体操をやるよりもずっとすんなりできて 今のところこれが自分に一番合っていて 少し運動したという満足感を味わえていいのです。もちろん全然足りないとは思うのですけどね。録画していると一日のいつでも出来るので 時間を気にせず自分のペースでできるところが気にいっています。

今日も天気がいいです。午前中はこのまま天気が良さそうですので 母に頼まれた引き出し収納ケースを探しに行ってこようと思っています。今日も片付け三昧。そして車庫に置いてあるわたしの食器たちを点検。使わないまましまいこんでいる食器が多すぎて。これからは出して使おうと思います。
春になると いろいろやってみたくなりますね。だから 春っていいなと思うんです♪

天気が良かったので

2014年04月02日 | 母のこと
昨日は 天気が良かったので 母の手伝いをしようと思っていた。でも宅配が来る予定だったので 午前中は無理かなぁと思っていた。宅配が思ったよりも早く届いたので さてどうしているかなと電話してみようと思った矢先 携帯がブルブルと。
母が
「どうしてる?」と。
以心伝心(笑)これは手伝いに来てほしいのだなと思い
「今 行こうと思っていたところだよ。何かやったの?」
「うん ベッドの上の物を・・・」
「もう・・・何もしなくていいから。わたしが行ったらやるから。」
「頼むよ。ちょっと動かしたら あと無理で散らかしたままだから。」
「化粧してないけど マスクしていけば大丈夫だから」とわたしが言うと
「そういえばテレビで言ってたよ。今 マスクつけるのが流行っているらしいな。化粧しないで歩けるってことで」
と笑っていた。さすがテレビ通の母だ。

ということで急いでマスクをして母のところへ。
なるほど・・・母にやってほしいことを聞き ちょうどお昼近くだったので 先にお昼を済ませることに。
「母さん 昼ごはん食べたら いつものごきげんようとドラマ見たいんじゃないの?わたしに何から始めてほしいか教えて。」
そこでやる順番をしっかり聞いた。居間においてあるベッドを 仏壇の部屋に移動すること。移動する前に仏壇に敷いてあるカーペットの曲がりを直して くぎを数か所打つこと。それからベッドを移動すること。そうそう一番最初はカーペットに置いているソファを縁側に移動すること。そうしないとベッドの行き場所が確保できないから。
ふたりで昼食を取りながら 昨日のいいとも話をし 母がテレビを見て
「今日からこの番組になったらしいよ」
というのでわたしは
「へぇ ニュースもやるんだねぇ。バラエティなのに?」
「うん この人 前アナウンサーやってた人だったよ。」
?わたしの頭は?マークでいっぱいに。いかにもニュース番組って感じ。
「料理もやるらしいよ。さっき料理も入っていたから。」
ますます?マークに。
はっと気が付いて 
「母さん これ違うチャンネルじゃないの?」
よく見たら 違うチャンネルを見ていいともの後番組だとばかり思っていたらしい。すでに番組は終わりに近づき どんな内容だったのかさっぱりわからん(笑)

まぁいっか。
母が食べ終わるのを待ち 食後のデコポンを二人で分け。ごきげんようを笑って見て。のんびりした時間を味わった。ドラマが入ったが、わたしはこの手のドラマは苦手。前の「花嫁のれん」は面白かったのでときどき母のところにいるときは見たが、新しいのはどうもねぇ。なのでさっさと言われた指令を。
1 ソファの移動。2カーペットの固定 釘を打ちつける音が響くと母が「大工みたいな音になってる」と笑う。3 ベッドの寝具をソファに置く。4 コタツを寄せ 木製のベッドを運ぶ(重い・・・) 5 居間のカーペットを掃除。かなり時間がかかる。その間 母はベッドで横になる。 5 カーペットを固定。6 コタツを戻す 7 ベッドの寝具を整える 8 大きな一人掛けのソファを別の部屋から運びコタツの前に置く。9 車庫から脚立を持ってきて長いカーテンをはずす。かなり長く三段の脚立の一番上に立たなければはずせなかった。
埃も多く 天気も良かったので 汗だくになりながらやった。母は何もできないので 監督に。
それでも指示をするだけでなんか疲れるらしく 栄養ドリンクを飲んだ。わたしにも勧めたがわたしはあまり好まないので断った。何もしない母が飲んで 頑張ったわたしが飲まないことにふたりで笑った。

母がもう少し動けたはずなのに少しだけで疲れてしまうのはどうしてだろうと心配する。気分はなんでもできそうなのに 何かをやろうとしてもすぐ疲れてしまうのが悔しいらしい。
誰かに頼らなければ 何もできないことに苛立ちを覚えているのだろう。
でも もう頑張らないでほしい。なんでもやってほしいことがあったら わたしに言ってよと念を押した。
栄養ドリンクはいらないけど 汗をかいたので 温泉に行こうよ と誘った。
温泉に入ると 体全体にぬくみが沁み渡っていった。
大きな窓から青い空が見えた。ちょっと今日はお手伝い 頑張ったからねぇ。気分も爽快。

さて 今日は洗濯したはずの長~いカーテンを取りつけなくちゃ♪

泣けます

2014年04月01日 | ほんのすこし
このCM 泣けます・・・

音楽教室のCMらしいですが、まさかこんな内容とは思わず見てしまいました。朝からしみじみとした感慨を受けています。

涙腺緩い方は 無理かな・・・

東山堂 MUSIC CM 「披露宴」編

泣けると言えば 夕べのいいともグランドフィナーレ 途中から見ましたが、32年の間 子供たちがまだ家にいたときには 夏休みとか休みのときには昼は いいとも!だったような気がします。昨日 母も話していました。いいともファンだったそうです。最終回だからねぇと言い ふたりでお昼の最終回を見ました。たけしさんの話すことにわたしが笑うと 母は何を言っているんだか さっぱりわからないと首をかしげていましたが、それでも喜んでみていました。夜も放送されるよと教えたので もしかしたら見ていたのかもしれません。

わたしはといえば夜の放映は 最初からは見ないで 「鶴部の家族に乾杯」に嵐の櫻井くんが出るよと母に教えられ、そっちを優先してしまいました(笑)終ってからグランドフィナーレに変更。吉永小百合さんとの会話は見れませんでしたが、それでも参加している方々がたけしさんへメッセージを伝えるのを 食い入るように見ていました。久しぶりに涙腺がゆるみました。笑いもありましたが、なんだか皆さんが とても残念に思っていることが見える気がしました。

そしてタモリさんは 全然変わらないんですね。そりゃ頭のてっぺん 髪型はずいぶん32年の間に変動がありましたが、あのメガネの下にある口元 いつもゆるい笑みがこぼれている様子がちっとも変わっていない。あの笑顔についだまされて・・・というか 引き込まれて 番組を見続けた気がします。
どんなときも どんな人を相手にしても なんだか変わらない、タモリさんってプロだなと思います。
そういえば 亡くなった弟が以前とある温泉で働いていたときに おしのび?でタモリさんがやってきたことがあると聞いたことがあります。きっと骨休めのために のんびりしに来たのでしょうね。
弟が「タモリさんだって他の宿泊客は全然わからないよ。トレードマークのサングラスをはずしているとね。」と話していました。さりげなくやってきて さりげなく帰っていったそうです。人柄がわかるような気がしませんか?いかにも自分は芸能人だぞという尊大さを少しも出さない そういうところが素敵だなと思いながら聞きました。

グランドフィナーレ 沢山の人に囲まれ 沢山の言葉をいただき タモリさんが時折サングラスの奥にある目を拭く様子を見ながら わたしも沢山泣いていました。いいともから巣立って あるいはいいともを機会に伸びしろを広げて行った そういう方がたくさんいるということに改めて感銘を受けています。番組を作るスタッフの方々の努力もあるでしょうけど、タモリさんが休まずに出演し続けたということに一番 驚きます。本当にご苦労さまでした。
最後にたくさんの涙と笑いをありがとうございました♪
わたしも昨日はずいぶん昔まで振り返ることができて なんだか不思議と穏やかな気分になっていました。