心の色を探して

自分探しの日々 つまづいたり、奮起したり。
マウス画・絵及び文章の著作権は このブログ作者(けい)にあります。

コロナ禍で入院するのは辛いことです

2020年05月31日 | 母のこと
少し前まで、何度か母が「この時期に入院したくないね~」と話していました。何度も入院を経験している母にとって、わたしが面会して世話をしてくれることが安心につながるようでした。でも、今はコロナにかかっていなくても入院すれば家族も面会禁止です。だから、入院はしたくないという言葉が出たのでしょう。

でも、その不安が現実になってしまいました。
木曜日の朝。
母が最近はとても朝ご飯を気持ち良く食べていたのに、テーブルの上の食事を見ても食欲がわかず、後で食べるからと少し横になりました。顔色もすぐれないし。少し横になっていましたが、お腹が痛いといってトイレに立ちました。そしてトイレから来ると朝の薬を飲むためにほんの少しのご飯と梅干しを口に入れて、薬を飲みました。
まだ具合が悪そうだったので、血圧が低くなっているんじゃないかと思い、血圧を測りました。低かったです。

母は横になっていれば良くなるからと言っていましたが、またトイレに行きたくなって立ち上がろうとします。でもようやく立つ状態。トイレまで支えて連れて行きました。便座に腰掛け用を済ませたのですが、便座から立ち上がることができません。わたしが腰に手を当てていると母が「あれを持ってきてくれ」と言いました。
あれというのは、尿パッドだと気づき、普段は使用していないので捜すのに手間取りましたが、パンツにつけてあげ下ズボンもあげて腰に手を当て立ち上がらせようとしたときに、目が変だということに気づきました。視点が合わないし、受け答えが朦朧としているのです。しかも体には全然力が入らず、そのままトイレに足を投げ出しへたりこみました。
これはただ事じゃ無いと玄関にいた叔母を呼びました。
叔母に母を任せ、救急車を手配しました。
それでもわたしが救急隊員と電話で話していたときに、母は少し意識が回復したようで、叔母に
「トイレを流しておいて」と頼んだそうです。

そして、救急車で運ばれ検査を受けました。徐々に意識は回復し、お医者さんの質問にも答えることができるようになりましたが、血圧が下がった原因と貧血の数値の異常について疑問があり、そのまま検査入院となりました。
今は点滴を受けていますが、このたびのコロナの影響で、入院病棟の病室には家族でも入れない状態でした。着替えとか必要な物を届けたりはできますが、本人の顔を見ることはできません。
毎日、叔母やわたしと話をしたりしている母がずっとベッドにばかりいると認知症や運動(ゆっくりでも歩くこと)が出来なくなるのではないかとそれも心配になります。

昨日は着替えを持って行くバッグに手紙を入れてみました。テレビは見ることが出来ますが、たまには手紙を読むのもリフレッシュになるかなと思ったのです。今日も第二弾、入れて持っていこうと思っています。
叔母とふたり、こんな綺麗な青空を母にも外で見せてあげたいねと今日の空を見ています。
母よ、頑張れ、エールを空に。

目覚める

2020年05月25日 | 朝のことば&つぶやき
※※※

目覚める
体のそこかしこから
頭をもたげて
目に見えない細胞という細胞が

そこにいるのは昨日とは違う
新しい自分
一日で昨日の自分が入れ替わる

若い時期は細胞の入れ替わりが早く
年々そのスピードが衰えていく
昨日つけた傷跡が何日もかかって消えるように
年齢と共に入れ替わるのにも時間がかかる

でも確実に
昨日の自分とは違う部分が
今日のわたしにはあるはず

目覚める
まぶしい日の光が
新しい今日を与えてくれる

※※※

光の向こうにあるのは
未来なのか
見えない先にあるのは
少しの希望なのか

一抹の不安を抱えながらも
先に進むことを選ぶ
進んだ先に立つ自分は
どんな立ち位置にいるのだろう

今とは違うどこか
今とは違う自分
違うこともまた楽し
違わなくてもまた楽し

「進んだ」という自分の時間がそこに在るから

※※※

アクリル画。どこに紛れてしまったのか。整理の対象になるのかならないのか・・・

片付けていたら

2020年05月24日 | ほんのすこし
ただいまかなりの紙類を処分しているところですが、大きめの封筒から昔描いたハガキ裏に描いたパステルが何枚か出てきました。原画なので、ハガキに少しパステルが残っていました。
原画をデジカメで写し、それをここにあげていたのでしょう。原画は少し暗めのトーンのように見えました。

さて、これをどうするかな・・・どれも透明の袋に入っていて、もしかしたら販売しようと思ってラッピングしていたのかなあ。一緒にマウスで描いた小さいイラストを印刷した便せんも出てきました。便せんには10枚で○円というシールが貼ってありました。
ん?
遠い昔を思い出してみて、ようやくこれがなんなのかわかりました。
初めは知り合いがフリマに出したいと言うので、作った便せんでした。でもそのときは結局、企画が流れてしまったのでした。でも、自分のイラストを使って便せんを作ったり、ハガキに印刷してポストカードを作ったりするのが楽しいことに気づきました。
ここでも記念イベントとして知り合ったブロガーさんに送ったことがありました。

そういうこともしていたなあ。
そんな積極的な自分がいたということを思い出しました。整理をしていると色々とブログを通じて行ったことなども思い出されます。
パステル画は一時期だけ描いていたので、手元には何枚もありません。これからマウス画を描く機会はほとんど無くなると思いますので、今度はパステル画を描くことがあるのかなとも。手軽にすぐ出せて、場所をとらない、そういう楽しみがあればいいなと。

整理していると雑多に物がありあすぎることに気がつきます。母のところも物は多くて、二人分を一緒の家に置くとなるとかなり制限されます。まして収納が今よりずっと少ないので、そこは処分の対象になるものが多いでしょう。いつか使うものと思って取って置いた、そのいつかはこれからの生活に出てこないのだ、そう思うことにしようねと母と確認しあっています。

で、今日は仕事で残していた書類、紙類を処分しています。一応年月を確認して、最低限、保管しておいたほうがいいもの、ってあるのかしら。会社なら保管年数が決められているけど、個人が確認用に印刷して保管しておいたものなんて使い道はないでしょ。ということで、次から次と処分。なんだか気持ちがスッキリしました(笑)
退職して一年。「助さん、格さん、もう~いいでしょ!」水戸黄門様の決まり文句じゃないけど(最近、わたしは母にことあるごとにこの言葉を言って楽しんでいます)きっぱり昔とはおさらばじゃ。

明日はまだ残っている仕事関係のものを処分。そして自分の個人的に印刷しているものの整理に入ることにしよう♪
まだまだ大変だわ~

切り口が綺麗にできた

2020年05月23日 | ほんのすこし
豚肩ロースの薄切りに入れたのは、ニンジンとさつまいもとアスパラガス。

ニンジンをスープで固めに茹でて、取り出し。そのスープにさつまいもを入れてまた茹でて。最後にレモン汁をちょこっと入れて、取り出し。
アスパラガスは根元のはかま部分をピーラーで取り、少し水を差したラップでくるみ、1分少しレンジでチン。ほんとはもっと堅くてもいいのだけど、堅いのが苦手な母のため若干多めにチン。そうはいっても母は柔らかすぎてアスパラガスの食感が感じられないのも嫌みたいで、その柔らかさの加減が難しいところ。
チンしたアスパラガスたちの熱さをさまし、それを薄切り肉に三種類乗せてクルクルと。

クルクルしたものに小麦粉をふるい、少しの油を入れて周りを焼く。
全部に焼き目がついたら取り出しておく。

一度フライパンを洗い、そこにだし汁(今回は白だしにしました)とお酒、砂糖少し入れ、味見をして塩を足しました。そこにニンジンとアスパラガス、さつまいもの残りを入れ、さらに先ほどの焼いた肉巻きを入れ、蓋をして蒸し煮(あまり長く煮ない)。



中から取りだし、お皿に盛り付けている間に、フライパンに残っただし汁を煮詰める。最後にお皿にだし汁をかける。

形の綺麗なものを半分に切って盛り付けたら、今回は綺麗な三色に。
味もちょうど良くて、食感も良かったみたい。母が喜んでくれました♪

今週は行事があったりして、慣れないことに体も精神的にもくたびれていてました。ようやく今日からまた片付けに取りかかる気持ちになれました。少しずつこなしていくしかないです。でも、ほんっとに処分しきれないものだらけ!
15年溜めに溜めたって感じだわ・・・


開設から5656日かあ

2020年05月19日 | ほんのすこし
何気なくgooアプリを開いてダッシュボードなる場所をクリックしたら、ほぉ、今日は、ここを開設してから5656日かあ。

切りのいい番号というわけではないけど、ォイッチ、ニイ、サン、シー、ゴー、ロク、ゴー、ロク♪
まるで「人生は一日一歩、ワンツー、ワンツー、…」みたいな気分なり。
水前寺清子の方ね、間違ってもAKBの365日の紙飛行機じゃないよ。
365の数字に反応するのはやはり水前寺清子だね。
で、その彼女の歌のノリで今日の荒れた空のもと、ふんふん鼻歌混じりに「開設5656だよ〜ん」と自分を鼓舞するわたしなのだ。
まだまだ、6000日には遠い道のり、一歩ずつ、塵も積もれば山となる。諦めず
かといって焦らず、ただただマイペースで進んでいこう♪


スマホからのマイナンバーカード申請をやってみた

2020年05月13日 | ほんのすこし
5月いっぱいで通知カードが廃止になるというニュースを見て、詳しい内容を調べた。
住所変更とか今後何もなければ通知カードとしてこれまでのように使用はできるが、廃止後に住所変更等があった場合、通知カードで変更は出来なくなるとのことだった。それは困る。
今年は引越があるから、しかも母も一緒に引越することになる。引越が5月にあるのであれば大丈夫だけど、数ヶ月後だと全然間に合わない。

ということで、通知カードに入っていた申請書を調べた。その前にパソコンで郵送用の表書きとか一応ダウンロードしておいた。通知カードが送られてきたときの返送封筒はすでに期限切れ。だから、郵送料のかからないものをダウンロードしてみた。町の数カ所にある証明写真で写して送ろうと思った。
でも、母が問題だ。証明写真のあの場所で写すことができるのか? 大いなる疑問が沸いた。

そこで、スマホでも出来ると書いてあったので、申告書のはがき部分に書いてあったQRコードを開いてみた。ふむふむ・・・そうか。
いったん閉じて、自撮りに挑戦。
スッピンのまま。はっ、自撮りがうまく出来ない・・・というかやったことがないから、どうしても目線が・・・しかもスッピンはよくないだろう(笑)ということで薄く化粧してみた。久しぶりのファンデーション塗り。といってもほとんど塗っている感はないのだけど。それでも自撮りがうまくいかない。

ということで、最初に母を写すことにした。母を呼んで、背景に何もないような場所を選び、椅子に腰掛けてもらった。何枚か写して一番良さそうな物を選ぶ。そして今度はわたしを母に写してもらう。
ところが、母がわたしを写すということがなかなかうまく出来ない。つい連写してしまったり、カシャッて押すときに手を下げてしまってわたしの頭が切れていたり。何度かやり方を教えてようやくどうにかこうにか写すことができた。

母の分の申請をする。QRコードを読み込むとその人個人のIDナンバーが自動的に出てくる。後はスマホのメールアドレスを入力すると、すぐに手続きに入れるURLが送られてきた。
そこを開いて、写真をアップロード。
ただね、ふたりが写した写真が採用されるかどうかは疑問。なるべく背景が入らないように、とか、影がないように、とか気をつけてみたけど、やっぱり証明写真のあの場所のようには写らない。
もしかしたら、ふたりとも写真が駄目ということで連絡が来る可能性アリだね。
そのときは仕方ない、町の証明写真で写すしかないね。母をそこに座らせて・・・う~ん、出来るか?

まずは結果待ちってことで、備忘録♪

誕生日プレゼントです

2020年05月11日 | ほんのすこし
子供達から誕生日プレゼントが四月に届いていた。ここにアップしようと思っていて、なかなか書く機会を見つけられずにいた。
息子家族からはこの眼鏡ケース、ペンケースにもなる。結膜炎になって以来、コンタクトレンズはせず、ずっと眼鏡で通している。眼鏡になれてしまった感もある。コンタクトレンズはまだまだ在庫があるので、そのうち使ってみようと思っているのだけど、眼鏡の楽ちんさを味わっていると、そこから抜け出すのは難しいかもしれない。
それにこのコロナ騒動で、スッピンの毎日。お化粧しなくてよければ眼鏡もいい。お化粧するならコンタクトレンズの方がいい。(眼鏡にファンデーションとか付くのが嫌)

だからすごくピンポイントのプレゼントだった。革製でお洒落なケース。
でもね、なんだかもったいなくて・・・まだ使っていない。

娘家族からはアレンジメント。



このご時世なので、明るい雰囲気のものを、とお花やさんにリクエストしたよと連絡があった。玄関に飾っているとほんとうに明るい雰囲気がある。母も嬉しそうに見ている。
もちろん、水やりは頂いたわたしの担当だ。母がこれはお前が水をかけろと。ほかの鉢にはちゃんと自分で水をあげている。母なりに考えているのだろう。

そういうわたしは母の日にはカランコエの三種類の鉢が入っているかごを。
写すのを忘れちゃったので、後で写せたらアップしよう。
明るい話題があると、家の中も明るくなる。花があったり、ビデオ電話があったり。忘れていなかったんだねと嬉しさをかみしめて眼鏡ケースと花を見ている。そういうわたしは子供達の誕生日にはプレゼントを贈らなくなって久しい。悪いね・・・「おめでとう」の言葉をかけるだけ。
今は孫の誕生日プレゼントを考えるほうが多くなってしまった。子供達には悪いけど(笑)

しっかりひとつ年を取りました。年を取ったのに、なんだか今は何も出来ていないことに悶々とする日々。これからの人生、どんなふうに生きていったらいいのかと自問自答することが多くなった。でも、これだけは思い描く。
わたしより確実に年を取った老いた母となるべく同じ時間を過ごそうということ。
後悔しないために。

誕生日は自分をこの世に出してくれた親に感謝する日。
ありがとう、わたしに家族を与えてくれて。

インスタグラムで宇多田ヒカルのライブを見た

2020年05月10日 | ほんのすこし
今日は前から気になっていたインスタグラムのライブで、宇多田ヒカルのライブに中村倫也くんがゲスト出演する❗ これは見るしかない!って思って、毎日の日課、もみもみタイムを前倒しにしてもらい、ベッドの脇でスタンバイ。
でもインスタグラムのアプリを開いても一向にデテコナイ。
わからないので、お助けウーマンの娘にラインで問い合わせる。

あらら、わたしったら、肝心の宇多田をフォローしていなかったよ。
でも、彼女のアカウントがわからず。またまたお助けラインを。
聞きました❗
早速フォローして宇多田ヒカルの肉声を堪能、といっても、時々音声が…
それでも楽しめて最高です。
肝心のゲストはなかなか現れず。
それでもしっかりリモートしましたね。
宇多田ヒカルさんの流暢な発音を聞けて、最高でした。
他の言語を話せるってすごいなあ。羨ましいわあ…



星に願いを

2020年05月10日 | 朝のことば&つぶやき
このマウス画はここで何度かつぶやきに使用してきました。
色々なことばに使えるイラストだなあといつも思います。今日はこんなことばに添えて・・・

※※※

だれもが寝静まったころ
ふと 空を見上げると
あなたはだあれ? と
ささやく声がする

わたしは目をしばたたかせ
夢なのね、とつぶやく
そこにいないはずのあなたが
かすかに微笑んでいて
ただ 微笑んでいて

あぁ、わたしは空のあなたと
たったふたりでここにいるのね

その至福の時間が永遠ということばとはかけ離れているのだと
わかっていても
願わずにいられない
この夢が終わることのないようにと

胸のときめきが朝まで消えることがないようにと

※※※

願いを叶えることができる
一振りの魔法
真夜中の眠れないわたしに
たったひとつだけの願いをと

そうね
今は
このことだけ

早く早く
元のような朝が来てほしいの

一振りの魔法は
毎日願っていたら
少しずつ 少しずつ
朝の光に溶け込んで
やがて
叶えられる

だから
目を閉じていいのよ

※※※



リベンジするぞ

2020年05月10日 | ほんのすこし
庭にフキが育っている。
このフキは昔、母の義姉の親戚から送っていただいたものだという。この辺で売られている蕗よりずっとさわさわした感じで、とても美味しいのだそうだ。それなのに昨年はほとんど口にしないままに終わってしまった。
今、目に見える場所に植え替えたので毎日成長がよくわかる。そんな蕗を見ていた母から業務命令が・・・
「あの蕗、5・6本 切ってきて。切るときに周りの蕗を倒さないようにね」
ご丁寧にわたしがしそうな失敗を前もって指摘してくれた。ほぉ~、周りの蕗を倒すってこともあるのね。

で、蕗のそばにいき、大きめなものを下からはさみでチョッキンと。
5本か6本と言われたけど、切るのが面白くて10本ぐらいも切ってしまったけど。まあ、いいでしょ。

切った蕗はすぐ茹でないで、少し置いておけばしなってくるから、そうしたら茹でるそうだ。
二三日でしなってきた。わたしが母のところに行くと、母がすでに茹でておいてくれていた。
「茹でたけど、皮をむいていないから」と言う母。はい、わたしがむきますよ。
で、皮をむいて水にさらしておいた。母が言うにはそんなに晒さなくても料理に使えるくらいの蕗だとか。でも念のために次の日に料理することにした。

次の日、母が
「お前が片方だけしか皮をむいていなかったから、反対側をむいておいたよ」と言った。
えっ? そうだっけ?
そういえば、片方だけに切り込みを入れてぎゅーーっと皮をむいたんだった。なんたる不覚。
といっても、蕗の皮むきなんて年に一度やるかやらないかだから、もうすっかり忘れているのよ~。

そんな感じで斜めに薄く切り、ごま油で炒め煮。赤唐辛子をパラパラッと入れてね。



ところが・・・この日はなんだかいつもの味付けじゃなくて別のめんつゆを足してみた。母が食べたとたん、う~んと顔をしかめた。
わたしは「塩辛い」と言った。
「しょっぱいんじゃなくて、なんだか味がいつもと違うんだよ」と。
しまった、ばれたか。
母の口はとても肥えていて、味付けの微妙な違いをすぐわかる。いらぬことを付け足してしまったのがバレバレだった。

いい蕗を使っても最後の味付けがこうじゃね~
だから、今朝、リベンジのつもりでまた蕗を切ろうと思って玄関を出た。なのに、なのに雨!
リベンジは晴れてからにすることにした。トホホ。
しょっぱい蕗はわたしが責任を持って食べまする。