【田中敏恵著、小学館刊】
今年の正月頂いた年賀状の中に男性のツーショット写真があった。左隣に見覚えのある若い男性。あっ、ブータン国王だ!「10年前、縁あってロンドンで娘の結婚披露宴にご出席頂き懇親の場を持ちました。愉快で上品な素晴らしい方でした」。写真の下にこう書き添えられていた。ブータンのワンチュク国王は東日本大震災後初の国賓として11月に来日、爽やかな言動で熱狂的なブームを巻き起こしたばかり。国王は10年前、ちょうど英オックスフォード大学に留学中だったらしい。
大国インドと中国に挟まれたブータン。人口はわずか70万人で、西隣のネパールの40分の1にも満たない。その小さな国が「国民総幸福」という大きな理念を掲げ、世界から注目を集めている。そこからやって来た国王夫妻は被災地福島や京都などを訪れ大きな感動を残した。本書はブータン王室の素顔、日本皇室との交流、国民総幸福のことなどを、写真やエピソードを交えながら紹介している。著者はワンチュク国王の父、第4代国王が譲位を宣言した2006年からこれまでに8回ブータンを訪ね取材を重ねたという。
昨秋の来日は日本ブータン国交樹立25周年を記念したもの。国王夫妻はその1カ月前に結婚したばかりだった。ワンチュク国王31歳、ペマ王妃21歳。当初は昨年5月に国王1人で来日の予定だったが大震災のため延期になっていた。2人の仲睦まじいご様子が印象的だったが、出会いは国王17歳、王妃7歳の時だったそうだ。その時、王妃は「大きくなったらお嫁さんにしてください」と無邪気に話していたという。
ブータン王室は歴代、親日家として知られる。1989年昭和天皇の大喪の礼に参列した先代国王は帰国後1カ月間喪に服した。ワンチュク国王は英国留学中、自ら「日本ブータン協会」を設立している。来日中、国王は歓迎レセプションで数百人の参加者1人1人と握手し、JICA(国際協力機構)や青年海外協力隊のメンバーとの懇親会では「ブータンのどんな山奥に行っても、日本人ボランティアの方々に出会います」と挨拶。国王の気遣いに参加者はみんな感激していたそうだ。
国民総幸福は先代国王が初めて提唱した。40年近く前の1976年、国際会議での記者会見の席上「国民総幸福は国民総生産よりも重要である」と発言している。それを一言でいうと「ブータン人として生きることを誇りに思い、人生に充足感を持つこと」。ブータンでは教育費や医療費は無料。「登山永久禁止条例」というものもある。1980年代登山を解禁したところ海外から登山隊が殺到。ネパールのシェルパのような山岳ガイド兼ポーターがいないため農民が動員された。だが登山シーズンが農民にとって大切な農繁期に重なることから不満が続出。条例は農民からの直訴を受けて制定された。寺院の「内部撮影禁止」も国民の祈りの場として、観光資源という認識より重く捉えたための措置という。
ブータンでは意外なことに離婚率、再婚率が結構高いそうだ。筆者は「消費に関しても恋愛に関しても禁欲的というわけではない。では何が私たちと違うのか。それはやはり『幸福のあり方』ということになるだろう」という。「ブータンでは幼い頃から『隣人の幸福を妬むのではなく、良かったねと褒めましょう』と親に言われて育つ。他者を羨むわけではないから『それに比べて自分は』などと卑下するようなこともない」。チベット仏教の教えによるところも大きいという。ブータンでは家族や親戚の中に必ず1人は僧侶になった人がいる。僧侶は独身・無所有が原則。「僧侶たちの生活が人々の生活のお手本でもあり、価値観に大きく影響を与えている」。
国民の圧倒的多数が「幸福です」と答えるブータン。だが課題も。国家財政の3割は日本やインドなど他国に依存している。今も南部に5万人いるというネパール系ブータン難民の問題もある。インターネットやテレビ放送の解禁(1999年)で世界中から大量の情報も押し寄せてきた。困難も少なくないが、ブータンにはこれからも国民総幸福という理念を維持・発展させてほしいと思う。
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