私の町吉備津

岡山市吉備津に住んでいます。何にやかにやと・・・

宿禰は穴穂御子に謹んで申し上げます

2016-05-08 19:56:20 | 日記

 大前小前宿禰は、その主人、軽王に申上げます。
 「もう、どうしようもありません。弟君に掛け合って参ります。お命だけでも長らえていただきたく。あの妹君〈軽大郎女>も随分と気を病んでいらっしゃる事だと思います。先ずは、御命をお大切になさいませ。」
 と、何か言いたげな軽太子を尻眼にその場から退き、穴穂御子のいますその門前に馳せ参じます。そして、我が家門前に冰雨を退避している弟君に面会を請います。

 その時、まず、発した大前小前宿禰が言葉を「古事記」には、次のように書いております。

 “我天皇之御子”

 とです。普通なら、その時には、まだ、次期の天皇は決まってはいません。でも敢て、宿禰は、高らかに、

 ”我天皇”

 と呼びかけております。この宿禰は、どうにかして軽王の「お命」だけでもという考えがあったのでしょうか。考えて考え抜いた弟君と交渉の幕が切って落とされます。

 このような読みを私はするのですが、皆さんはどうこの物語を御読みになさいますか??_