時は、允恭天皇の十一年の春三月四日です。
天皇は「希」に訪れる郎媛の「茅渟宮」に幸<ミユキ>されます。その時に郎媛は歌います
”常(とこしへ)に 君も遇へもや 異舎儺等利<イサナトリ> 海の濱藻の 寄る時々を”
・「何時も何時も 貴方にお会いできるわけではありません」
「も」は言葉を柔らげ、「もや」は軽い疑問を表す助詞です。ということは、そんなに、度々、恋しい人に会えない事を、そんなには恨んではいない心を表しております。姉を思いやる心が衣通郎媛にあったのです。それほど控えめな優しい心の持ち主であったことが読みとれます。そんな心を姉である皇后も分かっていて
”妾如毫毛非嫉弟媛<ヤッコ スエバカリモ オトブメヲ ネタムニアラズ>”
と、皇后は、あえて、天皇に申上げたのではないでしょうか。
異舎儺等利<イサナトリ>(いさなとり)は海の枕詞で、
・「海辺に藻が寄るように、たまにしか、あなたは私の所にお立ち寄りになりませんね」
此の歌の中に、郎媛の優しい姉思いの心がいっぱいに詰まっており、しかも、その心の中には、とは言うものの、愛しい人に、もう少し、度々、来てもほしいと思う相反した心を誰かに聞いてほしいと想うやるせなさがつまった、何か淋しげな歌だと思えるのですが?????