このあたりで、本論???の吉備の稚媛に入りたいと思ったのですが、またまた、アーリーガーターイー御神託がありましたので、今、しばらくそのご神託に従って書いてまいります。
と云うのは、古事記の「衣通媛」である軽大郎女<カルノオホイラツメ>とその兄「木梨之軽王」の非恋物語について、
「おめえは しらんじゃろうけえ また おしえたらあ」
と、言うご神託です。書紀にもこの二人の恋愛事件を取りあげているのだそうです。折角のご指摘です。「むげに」と云う訳には行きませんので、それについても、しばらく書いてみますので、ご容赦を!!!!!!
允恭天皇の
”二十有三年春三月甲午朔庚”
二十三年三月七日の事だったと説明がしてあります。この年に天皇のご長男である木梨之軽王が、当然の如くに、太子<ヒツギノミコト>になられます。この御子
“容姿佳麗見者自感<ミカオ ウルワシ ミルモノ オノズカラメヅ>”
と書かれてあります。