昨夜は“中秋の名月”でした。我家でも老夫婦だけでのささやかなお月見をしました。近くのお山から
“萩の花 尾花 葛花・・・・”
の三種の草を取ってきて窓際に生けて名月を愛でました。
勿論、お酒を傍にしてですが・・・・
「名月」と云えば中国を初め、わが国でも、古来より多くの人々が親しんだ行事でもあったのです。何故に、八月十五日にお月見行事をするのかは、諸説ぷんぷんですが。あの兼好法師によると
「八月十五日は婁宿なり。この宿、清明なる故に、月をもてあそぶに良夜とす。」
とあります。
なお、我が町吉備津の偉大なる賢者「栄西禅師」は中国に渡る時に持って云ったと伝えられる「和漢朗詠集」にも、「八月十五夜 付月」として数種の歌が記されております。これも私の自慢本ですがお読みいただけると幸いです。
・金膏は一滴の秋の風の露 玉匣は三更の冷漢の雲
「満月は鏡のように澄んで明るいが その月の鏡を磨くあぶらは秋風に滴たり落ちる露と言ってもよく、その月を入れる箱は、夜半に冴えわたる空にかかっている雲のようだ。」
・水の面に 照る月なみは 数ふれば 今宵ぞ秋の 最中(もなか)なりける
“萩の花 尾花 葛花・・・・”
の三種の草を取ってきて窓際に生けて名月を愛でました。
勿論、お酒を傍にしてですが・・・・
「名月」と云えば中国を初め、わが国でも、古来より多くの人々が親しんだ行事でもあったのです。何故に、八月十五日にお月見行事をするのかは、諸説ぷんぷんですが。あの兼好法師によると
「八月十五日は婁宿なり。この宿、清明なる故に、月をもてあそぶに良夜とす。」
とあります。
なお、我が町吉備津の偉大なる賢者「栄西禅師」は中国に渡る時に持って云ったと伝えられる「和漢朗詠集」にも、「八月十五夜 付月」として数種の歌が記されております。これも私の自慢本ですがお読みいただけると幸いです。
・金膏は一滴の秋の風の露 玉匣は三更の冷漢の雲
「満月は鏡のように澄んで明るいが その月の鏡を磨くあぶらは秋風に滴たり落ちる露と言ってもよく、その月を入れる箱は、夜半に冴えわたる空にかかっている雲のようだ。」
・水の面に 照る月なみは 数ふれば 今宵ぞ秋の 最中(もなか)なりける