領土拡張を図って武力により吉備の地方を占有した吉備津彦命の功績を「吉備津神社記」には
"大吉備津彦命御兄弟の功や、実に偉大なりといふへし。・・・・・・されども、吉備津彦命は男子少くおはせしにや、葦北国造となり給えり三井根子命<ミイネコ>の外、聞く所なし。而して、其の後吉備の地方に藩衍せるものは、いずれも、命の御弟なる若日子建吉備津彦命の後裔に係る。而して是等のなかには、出でて朝廷に仕へ給ひ、国家に勲労あるもの少なからざりき。”
と、その功績の大きかったことを強調しております。その後は、先に書いた応神天皇と兄媛との出来事が詳しく述べられておるのです。その中で兄媛の兄の「御友別」と「仲彦命」が特に吉備津神社の中では高い位置を占めて祭られております。
まず、吉備津神社の神殿内部の一番奥の部屋です。見てもわかるように中央に「内陣」と「内々陣」の2つの部屋があります。
これも「比翼入母屋造り」と共に、他の神社には見られない吉備津神社特有の構造になっている造りです。どうして二部屋もあるのでしょうか???
写真にある一番内部にある「内々陣」に鎮座在します神は
大吉備津彦命
です。
では、その前にある「内陣」にはどなたがお祭りしていると思われますか???
"大吉備津彦命御兄弟の功や、実に偉大なりといふへし。・・・・・・されども、吉備津彦命は男子少くおはせしにや、葦北国造となり給えり三井根子命<ミイネコ>の外、聞く所なし。而して、其の後吉備の地方に藩衍せるものは、いずれも、命の御弟なる若日子建吉備津彦命の後裔に係る。而して是等のなかには、出でて朝廷に仕へ給ひ、国家に勲労あるもの少なからざりき。”
と、その功績の大きかったことを強調しております。その後は、先に書いた応神天皇と兄媛との出来事が詳しく述べられておるのです。その中で兄媛の兄の「御友別」と「仲彦命」が特に吉備津神社の中では高い位置を占めて祭られております。
まず、吉備津神社の神殿内部の一番奥の部屋です。見てもわかるように中央に「内陣」と「内々陣」の2つの部屋があります。
これも「比翼入母屋造り」と共に、他の神社には見られない吉備津神社特有の構造になっている造りです。どうして二部屋もあるのでしょうか???
写真にある一番内部にある「内々陣」に鎮座在します神は
大吉備津彦命
です。
では、その前にある「内陣」にはどなたがお祭りしていると思われますか???