昨日、夕方、呉の図書館で本とCDを借りてきました。その時の写真です。
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次から次へと体罰の問題があがってきています。高校に始まり柔道界まで。
僕自身がこれに驚くかというと、逆にもっとたくさんの実態があるように思います。
スポーツというのは本来、健全な精神でというイメージものもですが、日本のスポーツは
今は勝利主義が横行しているように思います。
僕が学生の頃にはスポーツ推薦というものは効いたことがありませんでしたが、今ではたくさんあります。
スポーツの成績によって大学に合格させたり就職させたりというのは良く理解できません。
病気をしない健康な身体という点ではいいのでしょうが、
本業で働いてこそ社会貢献できるのです。
多くのトップアスリートはテレビや取材に対し、誰も体罰は必要といいません。
逆にマイナスであったり貴重な選手を失うといいます。
その通りだと思いますし、指導自体できない人が指導しているということがたくさん起きています。
もっと理論がしっかりした指導の時代にしなければいけない時に来ています。
スポーツに関わって大切なのは、結果ではありません。世界のトップクラスの結果が出せた人は別としても
結果ではありません。
それよりも過程が大事です。どんな能力を見出せたのか、自分なりに最高のものを手に入れたのか、
チームメイトとの関わり、対戦相手や関係者色んな人間関係に学んでいくものです。
うちの息子二人は、小学生の時の野球で一時やめました。その後縁あって新しくできたチームで続けられたのですが、
あるとき、子供に聞いたことがあります。
そうすると、ノックを取れなかったら走らされるのです。とれた人はノックを続けるのです。
子供心にこれは納得いかなかったそうです。
取れる人は、次のステップとして走ってもいいのではないか、取れない人こそノックを続けるべきではないかというのです。
単純な疑問ですがまさにその通りです。子供にとってはこれも体罰なのかもしれません。
その意見を聞いてやめさせました。
もちろん、体罰は悪いことですが、子供の進路について各家庭でもっと考えるべきではないでしょうか。
極端に言うと、勉強で大学に行く、そのかわりにスポーツで大学に行ったり就職しようという考えが
多いのではないでしょうか。
現実にこれでは社会に貢献しにくいと思います。
マラソンのようにテレビコマーシャルになる形で走るのは企業にとっても効率がいいでしょうが、
仕事そのもので、それぞれの特徴を生かして社会にかかわっていきたいものです。
なぜその高校にいくのかといえば、強いからという答えが返ってきたりします。
強いから行くのではなくて強くなるのは自分であったり、そのスポーツが好きであることが本来ではないでしょうか。
ひとつの目立つ方法にならないように健全な精神とともに育ってほしいものです。
スポーツばかりしているのもいけません。勉強ができるからとそればかりもいけません。
それぞれに文武両道を目指している方が本人の色んな才能が伸びていくように思います。
この体罰はどうなのかという議論ではなく、日本でスポーツというものは・・・と議論する時が来ているように思います。
市民マラソンは各地で流行っています。
勝つことがすべてではないスポーツは、それぞれに楽しめます。
スポーツは勝ったり負けたり、次の目標があって目指したり楽しみ方はたくさんあります。
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呉市広にある腰痛、肩こりの整体院 身体均整 木村
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