朝寝-昼酒-夜遊

日々感じたことを思いのままに書き散らすのみ。
※毎週土曜更新を目標にしています。

松竹座七月大歌舞伎「柳影澤螢火」

2013年07月09日 09時53分46秒 | 歌舞伎・文楽
昨日は大阪松竹座へ。

元々、今月は夜の部の「一條大蔵譚」だけ見る心算だったのだが、
先日の夕刊でこの「柳影澤螢火」が取り上げられており、
面白そうだったので見てみることにした。

昭和45年の宇野信夫作であり、
上演そのものも37年ぶりとのこと。

内容としては、綱吉に可愛がられて出世し、
綱吉の死とともに没落した柳澤吉保の物語。
これを「吉保が将軍家を乗っ取ろうとした御家騒動」として、
吉保の側から描く。

吉保の居宅の変遷が、この人の出世を物語っている。
最初が本郷菊川町で浪人している際のあばら家、
桂昌院の居間の場面を挟んで
神田橋の邸の書院、
駿河台の邸の控えの間、
大奥やまた桂昌院の病間を挟んで
駒込六義園の書院・庭園。
「義」もクソもない行為をした挙句の「六義園」も皮肉で興味深い。
ここは最初の浪宅で「本を売ろうとしたが結局売らなかった」という
学問への思いが通貫しているところなのかも知れない。

「出世」をテーマにし
(それは最初の場面で、小坊主が「出世」という字を書いてもらう場面から)、
「出世」と「出世の為に犠牲にして良いのか」という、
まあ、ベタと言えばベタな話ではあるのだが、
最後のどんでん返しも含めて、非常に面白く見ることが出来た。
「歌舞伎」というより、
ダイレクトに心理描写や人物設定を表に出す近代の芝居っぽいところはある。

吉保の「出世」欲は浪宅で既に描かれているのだが、
父が「お犬様を殴った」「そのお犬様が桂昌院の寵愛を受ける護持院隆光の前で死んだ」
ということで犬役人に殺されることで強固なものとなる。
桂昌院の寵愛を受け、
さらに綱吉への隠れた忠誠が顕れたことから加増される。
「小姓」として献上した自分の元許婚が綱吉の寵愛を受け、
またそのお腹に子が宿っていたことからその子に継がせることで「御家横領」を企み、
将軍の寵愛が他の女性に移りそうになればそれを謀略で殺す。
その中で加増に加増を重ねていく。
この中で「人の気持ち」や「出世」といった言葉がダイレクトに語られるあたりが、
「歌舞伎」でなく近代的な演劇だと感じた点だと思う。

また、吉保の父弥左衛門の友人であり、
桂昌院が大奥に上がる前はその近所に住んでいた曽根権太夫が、
一つのポイントになっている。
常に酔っているのだが、何故酔っ払っているのか。
個人的には何となく、
桂昌院が大奥に上がった時既に桂昌院は子を宿しており、
それは実はこの曽根権太夫の子ではないか、という感覚を持ってしまった。
将軍綱吉は家光の子ではなく、この権太夫の子。
権太夫はそれを元に「将軍の父」となることも出来たのだろうが、
寧ろ好きな女性を権力に奪われ、しかし言うことも適わず、
その辺りの鬱憤で酒に溺れているのでは、と感じた。

桂昌院は桂昌院で、将軍の生母でありながら
「美男」好みで護持院隆光やら吉保やらを寵愛する。
そこにも何となく、出世やらその裏での鬱屈した思いやらがあるのでは、と感じた。

将軍綱吉は当初小姓狂いで子が出来ず、
護持院隆光・桂昌院経由の言葉に従って「鳥類憐れみの令」を出したりしている。
将軍に阿り、出世しようとする者に左右され、
最後は死んだことを隠されてしまう哀れな権力者と感じた。
このあたり、(出生の謎から)始皇帝の話と重なって感じられるなあ。

吉保(当初は弥太郎)は橋之助。
尾羽打ち枯らした浪人時代は、
風体は良いのだが発声がイマイチ。
出世し、徐々に「国崩し」の迫力が出てくるあたりは素晴らしい。
「実悪」の役者だった、と云う昔の歌右衛門の方向を目指しているのかも。

吉保の許婚であり、その後大奥に入った「おさめの方」が福助。
この人の声はあまり好きになれないこともあるのだが、
この日は娘や小姓姿、その声、
或いは大奥に入って自分も「出世」「寵愛」を求める女性になってからも、
その空気を出しており良かった。
最後の場面での吉保との会話、吉保に茶を勧める場面での思いなど、
良い雰囲気だった。

桂昌院は秀太郎だが、いやあ、これは怪演だわ。
護持院隆光が入ってきた際の招き方や表情、仕草、
「占い」の名目で手を握られる時の歓び方などの
女性の肉感的な淫乱さ、卑猥さ、
しかし将軍の生母として権勢を振るう人間の手強さなど、
「これが桂昌院なのだろう」と感じた。
若干、その淫猥さは「歌舞伎」の枠組から出てしまっているのでは、とも思うが、
この芝居ならばそれも良いのかも知れない。

将軍綱吉は翫雀で、
2月「GOEMON」の秀吉同様の「情けない権力者」の役。
最初の場面ではマザコンでありお小姓狂いであり、
後の場面でも「嫁さんの子が自分の子でない」と言われて半狂乱になったり
いざその女性を切ると切ったでまた茫然自失してしまう。
「この人の機嫌をとって出世しよう」と考える対象として心許ない、
しかしこんな人の機嫌をとらなければ出世は出来ない、
逆にこんな人だから、機嫌をとれば出世できる、と云う、
「出世」の裏側のような存在。
ニンに合っている役なのかねえ。
弥太郎の忠義心を愛でて「吉保」と名付けて帰る際、
花道から「弥太郎」と呼びかけていたのだが、
これは「吉保」が正しいのでは、と違和感を持った。
その前に「弥太郎、あ、吉保であったな」と訂正する台詞が舞台上である訳だし。

吉保のライバルとなる護持院隆光は扇雀。
この人の女形は練習不足を感じ、声も好きではないので、
美男子という設定のこの役は良かった。
最後の吉保と語り合う場面も、2人のズレや
出世欲・悪の染まり具合の違いが感じられ、面白く聞けた。


幕見と云いつつ、通し狂言で2幕分なので3600円かかったが、
それだけの値打ちはあった。
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伊達の十役@京都南座五月花形歌舞伎

2013年05月09日 15時48分33秒 | 歌舞伎・文楽


月曜は京都南座へ。
夜の部の「慙紅葉汗顔見勢(はじもみじあせのかおみせ)」俗に「伊達の十役」。
鶴屋南北作・現猿翁が復活上演した演目で、
今回は海老蔵が早替わりで十役を勤める。

ほぼ満員の入り。

幕が空くと海老蔵が座っており、
口上とあらすじの説明。
後ろに「善人方」「悪人方」として勤める十役の写真が貼ってあり、
それを指しながら説明していく。
分かりやすいと言えば分かりやすいのだが、少し野暮かな、という気もする。
「頑張って早替わりを見せる」てなことを言う必要はないのでは、と思うのだが。
上に松竹の紋と成田屋の三升の紋が交互に飾られていた。

発端は赤松満祐の幽霊が息子である仁木弾正
(ここに関係を持たせるのも荒唐無稽だが)に妖術を授ける段。
赤松満祐と言えば史実では足利義教を暗殺した大名であり、
ガマの妖術など様々な芝居で悪役と扱われるキャラクター。
この芝居では「ネズミの妖術」を仁木に授ける。
ここで「ネズミ」が出てきて、
満祐が「羽生村で鎌で殺された」という話になり、
何のことかと思っていたら「累」の話が重なってくる。

この場面の赤松と仁木、或いは絹川与右衛門(これも「累」に関わってくる)の
早替わりを見せる。
客席に顔を見せないところは吹き替えを使っているのだろう、と想像すれば
大体どのように入れ替わっているかは当たりが付く。
満祐はマイクか何か使っているようだったが、別に使わなくも、と感じた。
海老蔵の仁木はまあまあ。
与右衛門と満祐も少し違和感はあったが、そこまでおかしいという程ではなかった。

序幕は「花水橋の段」から。
この橋は元々の「伽羅先代萩」でも出てくるのだが、
まずは「生ならば大丈夫だが煎じたら毒になる」を持った医者を
侍が殺そうとしたが失敗したところ、
通りかかった「土手の道哲」なる悪い坊主が殺す場面。
この道哲も海老蔵なのだが、これはニンに合っていない印象。
発声方法、体の動かし方などが変で失笑が起こっていた。
足利頼兼はまあまあ。

元々仙台藩のお家騒動を描いた物語なので、
当然ここに三浦屋の高尾太夫が出てくる。
この高尾太夫の姉が腰元累であり、
累の夫が与右衛門である、というのが「累」の設定と重なってくるところ。
三浦屋では頼兼が入ったり高尾太夫が入ったり累が入ったり、と、
入れ替わりを見せる場面。
頼兼が「伽羅」の草履を脱ぐところ、「伽羅千代萩」に掛かっているんだな。

しかし早替わりは周囲の協力もあってこなせていると思うのだが、
高尾太夫にしても累にしても、それぞれの演技は全く満足できるものではない。
単に「早替わりしている」目先だけの芝居になっており、
それぞれの発声や足の使い方など、演技には見る意味がないくらい。
「早く替わってみせる」の繰り返しだけでなく、
それぞれの役についてもう少しは尤もらしく見せるべきではないだろうか。
徐々に失笑が洩れたり、
大向こうの声がなくなったり驚きの声が小さくなってきたのは、
この辺りが単に「早替わりする」目新しさ、
珍奇さを見せるだけのショーに堕してしまっていたからだと感じる。

返って奥座敷だが、
ここを舟のようにしつらえているのが趣向。
伊達の大名が舟で高尾太夫を斬ってしまった話が下敷きになっている。
ここでの土手の道哲と高尾太夫、累の入れ替わりは面白い。
それぞれの役は酷い演技だったが。

2幕目はこの足利頼兼のところに将軍家から姫君が輿入れしてくる場面。
土橋の堤の上でこの姫君を奪おうとしたり、
累に高尾太夫の亡霊が取り付いて姫君を殺そうとする場面。
(この姫君の輿入れがなければ、高尾太夫は殺される必要がなかった、という恨み)
ここで累が鎌を踏んだり歩けなくなったり、
顔が腫れたりするところが「累」とパラレルになっているところ。
だんまりや傘を使う累と与右衛門の絡み
(この二人もどちらも海老蔵であり、入れ替わりが発生する)など、
「累」と全く同じ。
ここでウケが徐々に小さくなるのも、やはり早替わりはしているが
それぞれの役の描写がいい加減で早替わりを見せるだけになっているからだと思う。

与右衛門と道哲の花道の入れ替わり(序幕だったか2幕目だったか)はスムーズ。
まあ、直前の与右衛門を二度目に見せる際に顔だけを見せているので、
下はその間に既に変えており、
花道で廻って変わる時にはあっさり替わり易くしているのだろう、と想像はついた。
傘には脱いだ服を隠しているようだし。

3幕目は「早替わり」メインではなく、
「伽羅先代萩」の「奥庭」と「床下」をほぼ忠実に写した幕。
「飯炊き」はなく、若君鶴千代と千松の空腹の話があり、
鳥で遊んでいたところに急に逃げたところから政岡が敵を見つけて落とし、
そこへ栄御前が入ってくる。
この芝居では栄御前は山名持豊(宗全)の奥方、という設定なんだな。
家橘の栄御前はまあまあだが、
右近の八汐が非常に憎たらしく、声の強弱、調子の付け方も良くて満足。

政岡は海老蔵だが、高尾太夫や累に比べると良かった。
確かに腰の動き、足捌きなどは粗も目立ったが、
2人の子に言い聞かせる際の「可哀想」という感情を籠めつつの諭し方、
実子が殺された際の一瞬の感情の爆発とそれを抑える様子、
栄御前に打ち明けられている際の体の形や
最後の我が子の死骸を抱いてのクドキなど、
ある程度糸にも乗ってきっちりと演じていたように思う。

床下に潜って男之助がネズミを踏まえ、
その後仁木に替わってすっぽんから上がる。
男之助は若干声が細いかな、とも感じるが、
荒事らしい底抜けた雰囲気は悪くない。仁木もまあ良かった。

仁木は宙乗りで去っていくが、やはり宙乗りは面白い。
ただ、一度すっぽんから上がって、それからロープを付けて宙乗り、という流れが
少し間延びするように感じられるので、
可能であればすっぽんの底でロープを付けて
そのままフワフワといつの間にか宙を歩いていくようになると
尚良いのでは、と思う。

4幕目は、足利の国家老が管領である山名に仁木やらの罪状を訴え出るが、
山名は仁木らと結託しているのでこれを取り上げようとしない。
ここに海老蔵の細川勝元がやってきて捌いて見せる場面。
これも声に少し難があるが、爽やかな雰囲気は流石。

数日後正式な裁断がある、ということで
問注所の表でのやりとり、
裁断の後での問注所の中での会話や仁木の大立ち回りになる。
表のやり取りでは与右衛門と
駕籠から出てくる勝元の早替わりは見事だった。
立ち回りでは仁木がネズミの妖術を使う、ということで
やたら大きなハリボテのネズミが出てくるスペクタクル。
ネズミの妖術は、与右衛門が子の年月が揃っているということで、
その男の血が付いた鎌(これが元々赤松満祐を殺した鎌)で切ることで
仁木の妖術が破れることになる。
仁木はもう少し「国崩し」の底知れぬ不気味さがあると良かった。

最後は細川勝元が出てきて大団円。

単に「早替わりを楽しむ」と考えれば悪くないが、
早替わりの中のそれぞれの役(特に女形系統)の演技はイマイチだと感じた。
「ついさっきまで出ていた人が」「よく替われるな」と感嘆するのは確かなのだが、
個人的にはさらに「同じ役者が全く異なる事柄を演じてみせる」
点も楽しみたかった。
声が変、と失笑を買うようではマズいだろう。

20時半頃終演。

【おまけ】
初代雁治郎と白井松次郎のレプリカ。


今までは何とも思っていなかったのだが、
渡辺保の「明治演劇史」を読んだ後だと
松竹の全国統一における南座の役割や雁治郎の役割が連想され、
興味深く感じた。
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国立文楽劇場4月公演(第1部)

2013年04月16日 09時44分47秒 | 歌舞伎・文楽


金曜は文楽劇場へ。
「竹本義太夫300回忌」と銘打たれた4月公演。
11時からの第1部を見た。
目当ては久し振りの住大夫。

二等席はほぼ満員の入り。
平日ということもあり、一等席は半分程度の入りか。
前の方はそれでもけっこう埋まっていた。


「伽羅先代萩」

「竹の間の段」
悪人方の八汐と善人方の政岡・沖の井との絡み。
若君鶴喜代の政岡に対する信頼がよく出ているところ。
悪人方が様々な罠を仕掛けて政岡を若君から引き離そうとする
比較的派手な場面で楽しめた。

人形はあまり印象に残っていない。
床では政岡の松香大夫、八汐の津國大夫が良かった。


「御殿の段」
「飯炊き」など、
鶴喜代君や千松が空腹であり、
鳥や犬に掛けて食べられることを羨ましがるのに対して
政岡が「大名が鳥獣を羨ましがっている」と嘆く、といった場面。
ここはドラマもあまりなく、ちとしんどい。

津駒大夫と寛治で、
やはり寛治が素晴らしい。
いつもより上手(床に近い)側にいたためでもあるが、
三味線の揺り返す、トロッとしたとも感じられる響きが良かった。

「政岡忠義の段」
栄御前という悪の親玉が
「鶴喜代君へ」と毒菓子を持ってやってくる。
それを横から千松が横取りして毒で苦しむところ、
口封じのために八汐が刺し殺してしまう。
我が子を殺されながら顔色を変えない政岡を見て、
栄御前が「子どもを取り替えている、自分たちの仲間だ」と勘違いして
計画を打ち明ける。
その後一人になった政岡が千松を抱いて掻きくどくのが見もの。

床はまあまあ、かなあ。

政岡が「よく死んでくれた」と言いつつ、自分の子どもが死んだ悲しみ、
或いは結局殺すような指示をしてしまった自分を嘆く、というあたりで、
この悲しみが少し不足しているように感じた。
最初から子どもが死んだ悲しみはベースにあり、
「よく死んでくれた」と言っている、という印象が個人的にはあったのだが、
最初は鶴喜代を乳母として必死に守ろうとしている立場から
本当に「悪人の正体を暴くことに役立ってくれた」と喜んでいるが、
その後死んだのが自分の実子であることを思い出して悲嘆にくれる、
と構成されているように感じたが、
そこで思い出しての悲しみが不足している印象。
抑え付けて「よく死んでくれた」と言っている、という方が、
後でバネが効いて悲嘆が大きくなるのでは、と思うのだが。

最後八汐が入ってきたところを仇を討つのだが、
ここはなくても良い、或いは後でも良いのでは、とも感じた。

「床下の段」
前段での「縁の下に何かいる」という話から道具がセリ上がって床下を見せる。
ネズミは歌舞伎同様、人が中に入った着ぐるみなのだが、
やはり文楽だったらこれも人形でやるものでは?と思った。

煙が上がって仁木弾正。
「雲の上を歩くように」という口伝通り実際に歩いて見せ、
最後はせりあがって幕。

まあ、別にどうってことはない段。


「新版歌祭文・野崎村の段」

久松と一緒になれる、と喜ぶおみつ。
そこに久松が帰されてくるが、主家の娘で恋仲のお染も付いてきた。
久作の咎めに対して
口では「諦めます」「おみつと一緒になります」と言いつつ、
実際には心中の覚悟を決めるお染と久松。
それに気付かない久作と、気付いてしまった以上身を引く決意をして
尼になったおみつ。
最後はお染と久松はおみつに義理を立てて
一緒にではなく、駕籠と舟で別れて川を下っていくのだが、
その際の節が(恐らく、義太夫の全ての節の中で最も)有名な節。

「余所事」のお夏清十郎の話がポイントになってくるんだな。
これが主家の娘と奉公人の心中話であり、
床本売りが語っているのが
久松を待っているおみつにとって不安を掻き立てるものであり、
この買った床本を見ながらお夏清十郎にかけて久作が
主家の娘であるお染と、その奉公人で自分の義理の息子である久松を
咎める、という道具立てになる。

「野崎」という土地は、
大阪から三里(これが灸の三里と繋がる?)の距離で1日で往復できる田舎、
駕籠と舟が並行して走れる、という意味で使われていた。
また、お染は野崎観音のお詣りを口実に野崎村にやってきており、
それを口実と気付いたお染の母もやって来れる距離感。

全体には、勘十郎のおみつが素晴らしかった。
最初の「これから一緒になれる」と喜ぶ田舎の娘、
やってきたお染と悋気からの絡み合い。
それに比べると少し薄いが、
尼になる感情やその後のお染久松との話も良い。
蓑助のお染は流石綺麗だが、それ程良いとは思えず。

ただこれは主遣いよりも、左や足遣いのレベルの問題なのかも知れない。
以前に比べて人形にアラを感じてしまうことが多いのだが、
それは主遣いだけの問題ではなく、
顔の全く出ない左遣い、足遣いのレベルが低下している方が
重大な問題なのではないだろうか。

床は文字久大夫と清志郎、
源大夫の代演である英大夫と藤蔵、
切が住大夫と錦糸、後で寛太郎のツレ三味線。
文字久大夫は昔テレビで住大夫に叱られていた印象が強いのだが、
うーん、まだ不足感が強いなあ。
英大夫は行儀良く。
藤蔵はいつもに比べると声が少なく、まあ、マシだった。

で、住大夫。
やや呂律が廻らないところがあるが、特に気になる程ではなく。
節と登場人物の台詞がはっきり区別される大夫が多いのだが、
同じような声音で表現されている。
しかも特に久作は台詞すら節であるかのような、
義太夫の登場人物の話し方はかくあるべし、と感じる融通無碍さが
新鮮で良かった。
人形も義太夫に乗って芝居をしており、調和しているように感じた。
ただ駕籠と舟で下っていく場面の名調子は声も出なくなっており、
ここは聞いていて少し辛かった。

テキストとしては、おみつに済まない、と言いつつ、
久作にしてもお染・久松にしてもそこまで悪いと思っていないのでは?
と感じてしまった。
救いがない印象。


最後景事の「釣女」が付くのだが、
「野崎」で満足、感慨深くなったので見ずに帰った。


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南座春の特別舞台体験

2013年03月22日 09時16分20秒 | 歌舞伎・文楽
一昨日は朝から京都に行ってきた。
南座の「春の特別舞台体験」。



【参考】「南座 春の特別舞台体験」スタート | 歌舞伎美人(かぶきびと)
4月16日(火)まで1日9回。
但し木曜は休館。

朝10時半の回に参加した。
鳥屋口から花道を歩いて舞台に上がり、
実際に廻り舞台や、上がり下がりする大ゼリを体感。
最後に緞帳を下ろして、「お楽しみ」が一つ。

【鳥屋口から花道】


【大ゼリに乗る】



さらっと書いたが、非常に興味深かった。
客席から舞台は遠く感じるのだが、
舞台からはけっこう近く感じるもの。
3階の一番後ろの客の表情も見えそうな感じ。

【舞台から南座全景】



あと、照明の強さや、実際にセリや廻り舞台を動かした際の音など、
普段客席からは感じられないものを体感できたのも面白かった。

舞台は平らに見えるが、実際にはかなり磨り減って凹凸がある。
このあたりに歴史を感じる。

【檜舞台】



後で「歌舞伎ミュージアム」として「まねき」や「絵看板」も見られた。
馬や駕籠、効果音の体験も出来る。

【絵看板】


【馬】


【波音】



これでトータル1,000円は安い。
事故防止のために社員の方に立ち会ってもらっているし、
かなりコストもかかっているだろう。足が出ているのではないかなあ。

この「舞台体験」は去年のGWにもやったものを、
日数を増やし、内容も追加してやっているとのこと。
この調子で、来年再来年とさらに追加してやって欲しい。
そのためにも客として、舞台を見ることで還元していきたい。
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京都南座顔見世興行(夜の部)

2012年12月19日 10時50分14秒 | 歌舞伎・文楽


月曜は京都南座へ。
年末吉例の「顔見世興行」。

今年は六代目中村勘九郎襲名披露を兼ねている。
そんなこともあり、最後列から見る限り、空席なしの入り。
(1階の後ろの方は分からないのだが)


「仮名手本忠臣蔵(五段目・六段目)」

勘平は仁左衛門だが、江戸風の演出。

五段目、幕が開くと勘平が座っている。
笠を取って声がかかり、ここに千崎弥五郎が出てきての絡み、
返って与市兵衛の出、独り喋り、
藁から腕が出て定九郎が与市兵衛を殺し、
「50両」の一言のみ。

花道で猪に遭遇し、本舞台に戻ってきたところで撃たれて倒れる。
そこへ勘平がやってきて猪でなく人を殺してしまったことに気付き、
「薬はなきかと懐中を」探る内に財布に触れ、
それを持ち帰ってしまう。

特に何かある、という場面でもないのだが、
仁左衛門と弥五郎の愛之助の絡み、
糸に乗った動き・台詞回しで良い調子。

橋之助の定九郎は綺麗で良いが、
この演出、与市兵衛の藁前の独り喋りがちと長く感じる。
蚊を追う定九郎の前で繰言を言っている方が、
長さは感じずに済むかな、と思う。

六段目も江戸風の演出で、
濡れて帰った勘平がその場で礼服に着替えてしまうし、
こちらを向いて切腹する形。
個人的には、この型で良いかな、と思う。
礼服に着替えるのも「二人侍が後で来る」心持があるので良いし、
この際に財布を落として縞柄を義母に見られてしまう流れも自然。
また、この着物の色合いがおかる、義母、お才、女衒などの周囲と全く異なるのだが、
これが勘平が周囲の会話から浮き、「義父を殺してしまった」と思い悩むずれを
表現しているように感じられた。
切腹する時の驚きが強くなるので、
向こうを向いての切腹よりもこちらを向いて切腹する方が良いと思うし。

仁左衛門の勘平は、義父を殺してしまった、という思いからの
のた打ち回る様子など、よく出ていたし、何と言っても綺麗。
殺してしまったことを義母に詰られ、
金を断られ、さらに二人侍に罵られ、
結局腹を切らざるを得ないことになるが、
この当たりの衝撃が重なっていく様子がよく描写されていて良かった。
切腹せざるを得ないだろう、と感じられた。

時蔵のおかるは最初に連れられていくあたりまではイマイチ満足できなったのだが、
勘平と二人になってのクドキは流石。
このあたりは仁左衛門と良い調和になっていたと思う。

竹三郎のおかやが秀逸で、
手強いがそれが不自然でない。
与市兵衛の死骸を受けての愁嘆が激しいので、
元々穏やかな人が衝撃を受けて全力で、
「裏切り者」の勘平を責めている感じがよく出ていた。

女衒と秀太郎のお才は、まあ、普通に満足できるもの。
武士と百姓の家に踏み込んだ祇園の商人らしさが出ていた。

二人侍は、左團次の数右衛門の落ち着き、
より勘平に近い愛之助の弥五郎の勢いや裏切られた憤り、といった
違いも出ていて良かった。
ただ二人での台詞の声が少し小さくなっていたように思う。
お互いに対する遠慮があるのかも。

台詞で一つ気になったのが、
与市兵衛が「水呑百姓」だ、と言っていたところ。
(本人だったか、おかやだったか)
勘平は「田畑を売って」と言っていたように思うのだが。


「口上」

勘九郎襲名口上。
歌舞伎の口上って、本当に客に対してへり下った表現をするんだなあ。

ほとんどの役者が先日亡くなった勘三郎に触れる中、
その話をせずウケを取ろうとする左團次は貴重と思う。


「船弁慶」

勘九郎の襲名披露演目。
前半の静の舞と後半の知盛の暴れを一人の役者が踊り分ける、という点に
ポイントがあるのだろう。

全体にシャープな動き、という印象。
決まり決まりはきちっとしているのだが、
全体に「細さ」を感じた。
体格だけの問題ではなく、静であればゆったりとした匂い、
知盛であればこの世のものでない存在から吹き上がる骨太な存在感のようなものが
必要なのでは、と思う。

團十郎の弁慶はまあまあ。
最低限の仕事はしていた、という印象。
独特な声色がこの役に合っている、と言えなくもないが、
基本的に単調であり、深みはない。

藤十郎の義経が、如何にも貴種流離譚の主人公らしく、
貴族の薫りと侍の芯の強さが感じられた。

ご馳走で左團次の舟長、扇雀と愛之助の舟子が付く。
左團次があまり踊っていない人らしく、
踊りの仕草としての足さばきは良いが、
仕草として付いている訳ではない間の動きが、
役者の地に戻っているように感じられた。


「関取千両幟」

この芝居は初めて見たかな。

稲川と鉄ヶ嶽という二人の関取の旦那が太夫を巡って鞘当を繰り広げているのだが、
稲川は金がなく、このままでは負けてしまう。
鉄ヶ嶽が八百長相撲をするよう謎を掛け、
稲川が八百長をするかどうか悩む、という話。
その後の角力場の場面でどんでん返しがあるのだが、
何がなんだかよく分からない芝居ではある。

稲川の女房は孝太郎だが、これが非常に良い。
まだ若いが、これだけ糸に乗って女房役が出来るところが素晴らしい。
髪を「結う」に掛けて「言うように」働きかけるまで、
稲川に対する情愛がよく現れている。

翫雀の稲川と橋之助の鉄ヶ嶽はまあまあ。


【絵看板】






終演21時過ぎで満腹。
昔(22時頃までかかったこともあるらしい)程ではないにしても、
やはり顔見世は長いな。
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中村勘三郎死去

2012年12月05日 08時52分20秒 | 歌舞伎・文楽
時事ドットコム:中村勘三郎さん死去=歌舞伎俳優、57歳-幅広い役柄で人気をけん引

悪い、という話はちらっと聞いていたが、
あまりにも急。

私の記憶に残っている最初の歌舞伎は、
学生時代の京都南座顔見世。
孝夫(現仁左衛門)の由良之助と勘九郎(現勘三郎)の力弥が
本蔵に渡された絵図面を見て戦略を語る場面は、
マスコミでも売れた人気者の顔合わせで、凄いな、と思った覚えがある。
その後に見た「身替座禅」の山陰右京や「高坏」などが
特に印象に残っている。
あとは歌舞伎座で「髪結新三」や「研辰」などを見ているかな。

正直言うと、特に好きな役者、ではなかった。
勿論非常に上手い・達者とは思うのだが、
くぐもる声、サービス過多でクサい、と感じてしまうところなどは
あまり好みではなかった。
ただ、平成中村座やコクーン歌舞伎など、
裾野を広げたり様々な演出家を歌舞伎に引き込んだり、といったあたりは
勘三郎でなければできない積極性だろう、と思う。

役者は60代から、と考えると、50代での死は惜しい。
勿体ないにも程がある。
蒔いていた種が実るのを見ずに亡くなってしまった。
また、まだ勘三郎しかできなかったことはあったはずなので、
今後その欠落は歌舞伎界に効いてくる恐れがある。
まあ、言っても詮無きことではあるが…。

合掌し、冥福を祈るのみ。
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「仮名手本忠臣蔵」第二部

2012年11月19日 19時13分01秒 | 歌舞伎・文楽
先週金曜は、前の週に引き続いて文楽劇場へ。
「第二部」ということで七段目以降。
(※第一部の感想は「「仮名手本忠臣蔵」第一部」参照。)

この日も8割程度の入り。


七段目(祇園一力茶屋の段)

一力茶屋外の九太夫+伴内、三人侍のやり取り、
茶屋内の場面、とフルに。

登場人物の入れ替わりに合わせて、各担当太夫が入れ替わり立ち替り語るのだが、
その入れ替わりが煩雑で集中力を削がれるところがある。
個人的には全員床に残り、たとえ舞台にいなくとも交互に語る方が好み。
途中で下手に仮床をしつらえ、平右衛門が三人侍を止めるところで英大夫が出てくる。
この部分については本床の三人侍と仮床の平右衛門の掛け合いになって
面白い、と思うけど。

三味線で、燕三が藤蔵のように声を掛けるのが鬱陶しく感じられる。

平右衛門の勘十郎が勢いも良く、左や足との連携も良く良かった。
蓑助演じるおかるの柔らかさは流石で、
この師弟の絡みが綺麗で良い。
落語「七段目」を思い浮かべながら聞いていたが、
刀を抜くところで特にタメはないんやね。

平右衛門が九太夫を実際に抱え上げられるところは力感が出ており、
歌舞伎に比べて文楽の良いところではある。


八段目(道行旅路の嫁入)

東海道を下っていく場面で、
大名行列を見て「あんな風に輿入れできるはずだったのに」という感慨を持ちつつ、
若い義母娘が回って見せる華やかな景事。
実は睦事やら、隠語やらを言っているのだが、
字幕も音読みでかなだけで書かれると分からんわな。


九段目(雪転しの段、山科閑居の段)

歌舞伎では「通し」と言いつつ出さないこともある「九段目」だが、
文楽では重い場の一つ。
「四の切」になるのかな。

「雪転し」は「山科閑居」の前に付く、端場と言えば端場だが、
華やかな七段目からの繋がりや由良助の「敵討」の心根が見えて面白い。
お石の重みが「山科閑居」とけっこう異なっているのでは、と
感じるところはある。
また、八段目がせいぜい晩秋の場面なのにこの九段目が厳冬なのは、
考えたら無茶な話かも。

普通切戸は下手側にあるところ、
この場面は上手に切ってあるのだが何故なんだろう。
本蔵の虚無僧が上手側に出、「御無用」の声を下手の室内から掛ける形になり、
これはこれで悪くないが「上手から入る」違和感を覆す程絶対的に良いとも思えないし。

お石・戸無瀬の言葉の斬り合いが良い。
ここが明確なので戸無瀬が為さぬ仲の小浪を斬る心に繋がり、
本蔵も出易くお石の「御無用」を導き出せる、と
緊張感を持ったまま進んでいく。
ここでも勘十郎の本蔵が硬く重く、良かったと思う。


大詰(花水橋引揚の段)

討ち入りが終わり、亡君塩谷判官の菩提所に向かう途中に
若狭助が現れる、という場面。

「仮名手本忠臣蔵」では討ち入りはどうでも良いところなので、
(十段目の「天河屋義平」は要らないが)
九段目で終わっても良いのでは、と思っていた。
しかしヘビーな「山科閑居」でハネるのではなく、
軽くこんな段をデザートのように付けるのは手なんだな、と感じた。
この段がどの程度本行に則っているものなのか、よく知らないのだが。


21時前終演。
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「仮名手本忠臣蔵」第一部

2012年11月13日 10時18分06秒 | 歌舞伎・文楽


先週金曜は文楽劇場へ。
今月は「仮名手本忠臣蔵」の通し狂言。

勿論初めてではない。恐らく3回目ではないかな。
ただ、以前に比べて体力が落ちているので
第一部と第二部を別の日に見ることにした。
学生時代は1日通しで見ても楽しめ、感動できたのだがなあ…。

休演情報が幾つか。
皆若くないから仕方はなかろう。
無論、いろいろ心配ではある。

平日だが、ほぼ満員くらいの入り。
開場してすぐ入り、三番叟を見る。
「忠臣蔵」の役者を読み上げていく操り人形はなし。
あれは歌舞伎だけなんやね。

先日読んだ橋本治の「浄瑠璃を読もう」が時々頭に浮かぶ中、
眠気と共に見ていた。
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大序(鶴が岡兜改めの段、恋歌の段)

良い詞章から「兜改めの段」の名乗り。
判官と若狭助って立っている位置が違うんだな。

若狭助の真っ直ぐさ、師直の憎々しさ、
判官の納め方など、それぞれの登場人物の性格が出ている。

新田義貞の兜、
歌舞伎に比べて「見たら分かるがな」という程の違いはないんだな。

顔世御前を見ての高師直の反応、
その後の「恋歌の段」まで中年のスケベさが出ていて良かった。


二段目(桃井館本蔵松切の段)

若狭助と本蔵の絡み。
本蔵の世慣れた感じがポイントか。

文字久大夫、声も聞きやすくなったし、
深みも出てきたように思う。


三段目(下馬先進物の段、腰元おかる文使いの段、殿中刃傷の段、裏門の段)

伴内の「エイヤバッサリ」がなかったように思うのだが、
あれは歌舞伎だけなのかな?

おかると勘平が発情している、という目で見てしまったのは
橋本治の本のせいだろう。

「下馬先進物」「文使い」は門外、「刃傷」で殿中、「裏門」でまた門外を見せる
構成が良く出来ていると思う。
自らの過ちと、「刃傷」という外部要因が相俟って
おかる勘平が落ちていかざるを得ない流れ。
こう見ると確かに、「忠臣蔵」は仇討物語ではなく、
刃傷と仇討という外部要因を受けて、
そこに巻き込まれた者の悲劇を描く物語なんだと思う。

「刃傷」は、師直が若狭助に心ならず頭を下げる部分の屈辱感が若干弱かった気がする。
そのため、判官に向く鬱憤が少なくなり、
判官が「この人は何を言っているんだろう」と感じてしまう理不尽さが
弱くなったように思う。

「その手は何だ」「この手を付いて謝ります」も歌舞伎だけなんだな。

本蔵が止めたことから九段目につながる訳だが、
陰で見ていた
(高師直に勧められて同道し、若狭助が無茶をしないか見守って、
そのまま陰に留まっている、という設定)本蔵が出てくるのって結構遅いんだな。
最後の最後は確かに直接制しているが、別に本蔵だけで抑えている訳でもないから、
切腹の時に判官に「本蔵に抱き止められ」と言われるのは、少し気の毒な気もする。

あと、この辺りの人形の動きがギクシャクして感じた。
左遣い、足遣いが主遣いときちんと息を合わせなければ、
人形に生気を吹き込み、人間のように表現することはできない。
橋下のせいだけでなく、人形浄瑠璃を支える足腰が弱っているのでは、と気がかり。


四段目(花籠の段、塩谷判官切腹の段、城明渡しの段)

「花籠」は十三代目仁左衛門が書いていた「花献上」かな。
初めて見たように思う。
九太夫と郷右衛門の性格の違いを描く、
顔世御前が「自分が夫判官に何も言わずに断る歌を送ったのが悪かった」と
省みる様子を見せる、
といった役割があるのだろうが、
今回の公演では三段目と四段目の間が25分の昼食休憩なので、
いきなり「切腹」ではなく、途中で入っても構わない「花籠」を入れたのかも。

九太夫は「現実主義的」というより、
自分から辞めたら自己都合で失業給付が不利になるから
倒産・会社都合を期待しているサラリーマン、のような印象。
悪し様に社長や嫁さんを罵ったり。

郷右衛門がそのまま残って「切腹」。
いい場面なんだけど、咲大夫の穏やかな声でうつらうつら。

「城明渡し」は主に人形と背景を見せる場面で、
歌舞伎では面白いが、今の人形のレベルの文楽ではイマイチ楽しめず。


五段目(山崎街道出合いの段、二つ玉の段)

勘平と弥五郎の出会い、
確かに「金を渡す」話は勘平からしているんだな。
「主の仇を討ちたい」というより、
侍に戻り、失われたアイデンティティを回復する手段として
「仇討に参加したい」思い。
しかし、「義父が田地を売ってくれるだろう」は、確かにムチャな話だ。

2人が去って与市兵衛、そこに定九郎。
定九郎は東京歌舞伎風。
与市兵衛を殺すところもいろいろ喋っている。


六段目(身売りの段、早野勘平腹切の段)

母子の会話、勘平が帰ってくる、
おかるを連れて行かせるために「与市兵衛に会った」と言ってしまう、
その後与市兵衛の死骸が運ばれてくる。
このあたり、「マスオさん」状態だが
「この環境から抜けて真の姿である武士に戻りたい」勘平と、
義父母の双方に遠慮があり、信頼関係がなく、
コミュニケーションが取れていない家庭の様子が描かれている。
「撃ったら人で、その懐から財布が出てきた」と言ってしまえば良いのに、
腹を割ってそう言えない関係だから、
その後義母が(結果的には)勘違いから責め、
二人侍に訴え掛けられて
二人侍からは「犬畜生」と罵られる。
アイデンティティを取り戻せず切腹せざるを得ないことになるが、
死を覚悟して本当のことを言うと、結果無実が判明し、
それどころか「親の仇討」を果したことが分かって血判を許され、
命は失うがアイデンティティを取り戻す。
よく出来た話、だと思う。

これも東京歌舞伎風で、
二人侍が入る時に着替え、腰の大小を差して出てくる。
若干間が空くが、特に違和感はないレベル。
ただ、ここは人形浄瑠璃で人形ごと替えてしまえば済むから、かも知れない。
人間だともう少し時間がかかるだろうし。
切腹もそのまま正面向いて。

「腹切の段」(よく見ると、判官は「切腹」で勘平は「腹切」なんだな)は
源大夫と藤蔵の予定だが、
源大夫体調不良につき代演。はっきり聞き取れなかったが、恐らく津駒で、
特に悪くなかった。
藤蔵は相手が父でなく最初は遠慮していたのかも知れないが、
その内に声を掛け出して宜しくない。
声が大夫の邪魔になる、というのもあるが、
最大の理由は「三味線弾きは三味線の音色で表現するべき」と思うから、
掛け声の多過ぎる藤蔵を私は嫌う。
声を出すことで、三味線に込めるべき気合や念が洩れてしまうと感じる。
表現の密度が上がらないから、三味線弾きとしての芸も伸びないだろうし。
寛治や清治、或いは錦糸なんて人々は声を出さないだろ?


16時頃終演。
満腹は満腹だが、
三業全てに不満・不安をいろいろ持ちつつ。
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中村勘九郎襲名披露興行「瞼の母」@松竹座

2012年09月16日 22時00分09秒 | 歌舞伎・文楽




昨日は松竹座へ芝居を見に行った。
昼の部3幕目「瞼の母」。
土曜日でそこそこ混むだろう、と思ったので、
10時過ぎに幕見席を取りに行った。
おかげで、12席中9番目を確保。

結局12席とも埋まっていたが、
前の3等席はかなり空いていた。
やはり3等で6,000円はちと高い印象なのだろう。

「瞼の母」は長谷川伸が自分の経験を反映した作品、と聞いた覚えがある。
広く言えば股旅物、やくざ物にあたるのだろうが、
「幼い頃生き別れた母を探す子の物語」そのものは、
(やくざ者であることは一つの重要な要素になってくるにせよ)
特殊な人の特殊な物語、と言わなくてもよいストーリーだと思う。

「番場の忠太郎」が新勘九郎、
その母親である「水熊のおはま」に玉三郎。
おはまの娘(忠太郎の妹)「お登勢」が勘九郎の弟である七之助、という配役。

忠太郎の弟分である「金町の半次郎」は実家に匿われている。
半次郎の母は忠太郎が訊ねていってもやくざ者であり、
倅がまた巻き込まれるのでは、と思って会わせようとしない。
忠太郎は、その半次郎の母の情を見て、羨ましく感じることになる。
やくざ者であると、堅気の母親から忌避される、というのは、
後でおはまが、尋ねてきた忠太郎を倅として拒否する仕込になるのだろう。

勘九郎の忠太郎はごくあっさり、やくざ者の爽やかさを見せる、という程度。
半次郎の母親は竹三郎で、少し台詞の間や強弱に違和感はあったが、
母親の情がそれなりに出て悪くなかった。

次の場は料亭岩熊の裏。
突き出されてきた夜鷹を助け、
自分の母親ではないか、と尋ねて
その身の上を聞き、金を恵んでやる忠太郎。
この夜鷹、チラシでは名が出ていなかったが誰なんだろう。
ここまで身を落とすに到った悲哀などが出ていて良かった。

次が「岩熊」の中。
おはまとお登勢の母子が話している幸せそうな場面。
お登勢が座敷に出た後、表の喧嘩の声を聞き、
おはまは忠太郎を呼んで帰らせようとする。
そして忠太郎が入ってきて、おはまに「おっかさん」と呼びかけ、
おはまは「番場にいたことはいたし、忠太郎という子がいたのは確かだが、
もう死んだ、お前がその忠太郎であるはずがない」と拒絶する。
「金をたかりに来たのか」というおはまに対して
忠太郎は「おっかさんが貧しかったらいけないから、と金は持っている」と
金を出して見せる。
おはまは「母を探しているんだったら、何故堅気であってくれなかったのか」と言い、
忠太郎は「両親に死なれて堅気になれ、と言うのは惨いこと」と嘆く。
そして「自分で瞼の母を消してしまった」の名文句を残し、
忠太郎はお登勢とすれ違いつつ、出ていってしまう。

入ってきたお登勢におはまは泣き伏し、
忠太郎を呼んで一緒に暮らそう、と探しに出る。
自分を殺そうとする浪人ややくざ者を斬った後、
隠れていた忠太郎は2人に呼ばれているのに気付いたが、
一緒に暮らすことは出来ない、と2人の前に顔を出すことなく、
また旅に出て行く。

この芝居、忠太郎に感情移入すべきなのかも知れないが、
個人的にはおはまの側に感情移入して見てしまった。
お登勢への告白では直接は言っていないが、
おはまとしては「ようやく死んだと思って自分を納得させたのに、
今になって出てこられても気持ちの整理がつかない」がメインなのではないか、と思う。
それは「こないだまで泣いて暮らしていた」というところからも伺える。
仮に忠太郎がやくざでなく、
堅気の人間としておはまの前に顔を出したらどうなったか?と考えた時、
やはり目の前の忠太郎の親である、と認めなかったのでは、と感じる。
やくざ者であったので、
「ゆすりではないか」「お登勢に迷惑がかかる」と考えやすかったのは確かだろうが、
それが本筋ではないように感じた。

そう考えたからか、個人的には
「おはまが泣き伏す」とか「探しに行く」といったところが、
饒舌であり、蛇足である、と感じてしまった。
「自分で瞼の母を消してしまった」悲しみを湛えたまま、
忠太郎が花道を去っていく、で終わってしまって良いのではないか、と思う。
確かに最後に忠太郎が若干の未練を見せつつ、
旅に出ていくのは良いのだが、
そこに到る探す場面、
或いは「探してくれ」と言われたことを利用して忠太郎を斬ろうとする
浪人者ややくざ者の登場など、
芝居としての濃度が下がってしまうように感じる。
それ位ならば、余韻や引っ掛かりを残しつつ、
探したりせずに幕切れを迎えた方が良いのでは、と思った。

メインの「母子」の対面、
勘九郎と玉三郎の感情のずれ、ぶつかり合いは良かった。
個人的には玉三郎ってあまり好きではないのだが、
特に玉三郎の憂い、「岩熊」の女主人としての風格、といったものが大きく、
勘九郎の芝居を充分に受けていた印象。
後で歩くところは、女形としてやけに不安定に感じてしまったが。
勘九郎も大きく、
突っかかったり落胆したりする動きを見せていた。
七之助のお登勢は可愛らしさと、
母親の正直な気持ちをぶつけ、受け止める強さが出ていた。
このテキストの好き嫌いは兎も角。

2時間近くの芝居で、
金町の場面では少し眠くなることもあったが、
全体には若干クサめではあるにせよ、分かりやすい芝居だった。
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「豊竹古靱太夫名演集」など

2012年08月10日 21時14分44秒 | 歌舞伎・文楽
今日は注文していたCD、本などが纏めて届いた。

※画像をクリックすると「楽天」のページに飛びます


●豊竹古靱太夫(山城少掾)義太夫名演集


CD9枚+DVD1枚。
CDは大正から昭和初年の吹き込み。
ニットーレコードなどから出たSPをCD化したもので、
「寺子屋」「勘平腹切」「又助住家」「合邦住家」「阿古屋琴責」
「引窓」「壺坂」「袖萩祭文」「二月堂」といったところが収録されている。

ちょうど渡辺保の「豊竹山城少掾」を読んだ直後で、
その内容を思い返しながら聞けそう。
最初の「寺子屋」を聞いたところだが、
現代よりも演奏は速く克明であり、力に満ち溢れた義太夫。
山城少掾と言えば義太夫の近代化を図った人、であるらしいのだが、
その後継者に比べると前近代の空気を纏っているように感じる。
他のものも聞いていきたい。
三代目清六、四代目清六など、三味線の違いも興味深いし。

DVDはフランスにフィルムがあったものらしく、
無音ではあるが、大正から昭和頃の文楽座や舞台の様子が伺える。
山城少掾は温厚で、陽気に喋っているように見えて興味深い。
人形は近年に比べて人間らしくなく、能面のように見えた。
人形の遣い方も、近年に比べて荒いように感じる。
ただ、複数の人形の動きの調和は、近年よりもとれていると思った。


●オーウェル「一九八四年」(新訳版)


これは未着。
いろいろ取り上げられる機会が多い本であり、
昨今の社会の状況などを意識しながら読んでいくのが良さそう。


●桂こごろう改メ二代目桂南天襲名披露公演


サンケイブリーゼの襲名興行の録音。
昼夜の「阿弥陀池」「野崎詣り」に襲名披露口上(恐らく夜の部)が付く。

口上のみ聞いてみた。
師匠南光の弟子に対する誇らしさ、自信に満ちた言葉が素晴らしい。
米朝が後から上がって喋っているのだが、
喋り方、周囲の気の使い方がちと辛い。


●文藝別冊[総特集]いしいひさいち40th 仁義なきお笑い


デビュー40周年を迎えたいしいひさいちの特集ムック。
作品の舞台であり、生活地でもあった玉野市・下新庄を歩いたり、
単行本未収録のマンガの収録、
マンガやエッセイの特別寄稿、
著書目録や年譜、資料と盛り沢山。
個人的には秋月りすが大学の後輩で、その4コマが載っているのが興味深い。

まだ読めていないが、かなりお腹一杯になりそう。
これものんびり読んでいきたい。


「当たり」が多いが、一遍に見ていくと消化不良を起こしそうなので、
ぼつぼつ見ていこう。
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