昨日は例月の如く「雀のおやど」の雀三郎の会へ。
開場10分くらい前に着いたのだが、既にかなりの待ち。
講談の会とはえらい違いだ。
結局ほぼ満員。
「兵庫船」(小鯛):△+
前のとま都かな。
名前が変わったことを特に言わなかった。
それはそれで一つの見識だが、まだ改名して1ヶ月くらいなのだし、
もっとアピールしていって良いと思う。
この人を見るのは初めてだと思う。
声が大きく、聞き取りやすい。
表情付けで不自然にクサい(変化が大き過ぎる)ところが少しあったが、
全体には悪くなかった。
前半やけに仔細にやり、謎かけで切ってしまう構成。
「足を交互に入れていく」とか「蛇が逃げた」とか、けっこう珍しい気がする。
船に上がる前や、このあたりの応酬で、
表情や科白の強弱を上手く付けて、細かくウケをとっていった。
「卯の日詣り」(雀三郎):○+
20年ぶりらしい。
マクラは、何故か小米朝のスカタン話で盛り上がる。
まあ、珍しいだけのことはあるネタだな。
この日はよくウケていたが、
一つ間違えばドッチラケになりかねないネタだと思う。
背虫の旦那が風流人であるところ、雰囲気がよく出ている。
この「風流人」であること、背虫であることをそこまで苦にしていない設定が、
その後の遊びの気色悪さを緩和する重要なポイントだろうな。
背虫は背中を曲げ、少し重心を後ろに置いていた。
磯七が瘡を作っていく所作がやけに細かく、丁寧。
糊の器に梅干を解き込んだり、顔に付けていたりするところなど。
うーん、そこまで丁寧にやらんでも、と感じなくもないが、
作り事なだけにリアルにやった方が良いのかも知れない。
住吉さんへの道中の乞食や放し鳥、客引きの女中、
さらには顔を洗う際の板場の男など、
周囲の人間の反応を丁寧に(それぞれの人物の違いも含めて)描写して
「かったい」の気味悪さを表現する。
このあたりが非常に上手い。
上がって酒を飲む。
仲居さんが旦那の方にだけ行くところ、
それを受けての旦那の満足げな様子や磯七の不服げなところが
きっちりと描写されていた。
磯七が膏薬をとって食べるところは、個人的には気色悪さが先に立った。
仕込みとしては必要だと思うのだけどねえ。
頬ずりも、ちょっとしんどい。
磯七が板場と話をし、顔の瘡をとっていく。
このあたりの板場とのやりとり、「犬に宜しく」まできっちりと。
このネタの磯七、
旦那と応対するときは幇間っぽいが、
仲居や板場など、お店の人とのやりとりは幇間っぽくないんだな。
確かに「客」ではあるからなあ。
騙された仲居が照れ隠しも込めて、
旦那を軽く叩いてサゲの科白を言う流れ、
切れがあって良かった。
「足上がり」(八天):○
マクラは「成り切る」話。
やけに焦っている感じがして、聞いていて不安になった。
間投詞が多いのと、妙なタイミングで息を吸うからだろう。
犬を踏み付ける「ああら、怪しやな」の所作が非常に大きく、声も大きく派手で良い。
後の「芝居心のねえ犬だ」も、きちんと世話に砕けて演るのが流石。
ネタは丁寧に演っている。
最初、丁稚の口調が少し女々しいかな、と感じた。
後は特に気にならなかったが。
「あるある」に至るまでの独り喋り、少し科白が多いかも知れない。
旦那は少し若い目だが、店を心配して尋ねる気がよく出ている。
丁稚が羊羹を摘んでしまうまでの独り喋りが自然で、
「何で羊羹を食べる」でよくウケる。
丁稚が言われてもなお口を動かしているのも面白いな。
「足が上がる」の言い換えもいろいろ考えられていた。
「クビになる」を(一度だが)入れるのは手だな。
番頭が丁稚を呼んで芝居の真似事。
もう少し芝居っぽい動き、クサさがある方が好みだが、
お岩が子どもを渡すところの上下の振りや体重移動など、丁寧に描写していた。
# 最初から石仏を渡しているように見えたのだが、
個人的には、「渡すときは子どもだが受け取ると石仏に変わる」設定だと
思っているのだが。
サゲまでトントンと運んでいた。
「天狗裁き」(雀三郎):○-
夢の話のマクラからネタへ。
全体に漫画的な作りではあるなあ。
隣の男や家主など、「どうでもいい」から「夢を聞きたい」に変わる際に、
徐々に変化する、というより、スイッチが入り転換する感じ。
また、夢を見た男の変化も、あまり明確でない。
まあ、(サゲから考えて)全て夢の中の出来事、とすれば、
それはそれでありなのかも知れない。
おかみさんとの絡みは、如何にも夫婦らしい日常のやりとりが
いつの間にか大喧嘩に発展する感じ。
少し唐突に感じたのは、夢を見た男の変化がよく分からなかったからかな。
止めに入った隣の男の
「それで「さあ殺せ」までいくんかい」の唖然とした言い方が良かった。
転換は夢を見た男を見ていない時に表情が変わり、
「で、ホンマはどんな夢…」に入っていく。
ここが少し漫画的かな、と感じたところか。
喧嘩に入っていくが、
個人的には少しクドくなる気がするので、
「3年前」云々は入れない方が良いと思う。
家主が止めるところが少し早いかな。
もう少し掴み合うくらいの動きがあってからの方が良いと思った。
これも隣の男と同様、男を見ていない時に表情を変えて
「けど面白そうな…」と言っていく。
奉行はちと違和感があった。
転換後「奉行」にしては少し崩し過ぎかな、と感じた。
次の天狗との差を付けるためかも知れないが、
逆に家主との差が小さくなる(下手するとそれ以下になる)ので、
奉行は奉行の矜持を持ったままで聞きたがるようにして欲しいなあ。
天狗は良かった。
羽団扇を引っ繰り返すあたり、自然で良い。
最後「ちょっとあんた」でウケが来なかった。
天狗とおかみさんの差があまり付けられていなかった、ということなのかなあ。
米朝のように、気張ってウケを引きずり出すものでもないだろうが。
20時半前に終演。
1時間半足らずとあまり長くなかったが、けっこう満腹。
何か、サゲの調子がよく似たネタが続いた気がする。
良いサゲではあるんだけどね。
開場10分くらい前に着いたのだが、既にかなりの待ち。
講談の会とはえらい違いだ。
結局ほぼ満員。
「兵庫船」(小鯛):△+
前のとま都かな。
名前が変わったことを特に言わなかった。
それはそれで一つの見識だが、まだ改名して1ヶ月くらいなのだし、
もっとアピールしていって良いと思う。
この人を見るのは初めてだと思う。
声が大きく、聞き取りやすい。
表情付けで不自然にクサい(変化が大き過ぎる)ところが少しあったが、
全体には悪くなかった。
前半やけに仔細にやり、謎かけで切ってしまう構成。
「足を交互に入れていく」とか「蛇が逃げた」とか、けっこう珍しい気がする。
船に上がる前や、このあたりの応酬で、
表情や科白の強弱を上手く付けて、細かくウケをとっていった。
「卯の日詣り」(雀三郎):○+
20年ぶりらしい。
マクラは、何故か小米朝のスカタン話で盛り上がる。
まあ、珍しいだけのことはあるネタだな。
この日はよくウケていたが、
一つ間違えばドッチラケになりかねないネタだと思う。
背虫の旦那が風流人であるところ、雰囲気がよく出ている。
この「風流人」であること、背虫であることをそこまで苦にしていない設定が、
その後の遊びの気色悪さを緩和する重要なポイントだろうな。
背虫は背中を曲げ、少し重心を後ろに置いていた。
磯七が瘡を作っていく所作がやけに細かく、丁寧。
糊の器に梅干を解き込んだり、顔に付けていたりするところなど。
うーん、そこまで丁寧にやらんでも、と感じなくもないが、
作り事なだけにリアルにやった方が良いのかも知れない。
住吉さんへの道中の乞食や放し鳥、客引きの女中、
さらには顔を洗う際の板場の男など、
周囲の人間の反応を丁寧に(それぞれの人物の違いも含めて)描写して
「かったい」の気味悪さを表現する。
このあたりが非常に上手い。
上がって酒を飲む。
仲居さんが旦那の方にだけ行くところ、
それを受けての旦那の満足げな様子や磯七の不服げなところが
きっちりと描写されていた。
磯七が膏薬をとって食べるところは、個人的には気色悪さが先に立った。
仕込みとしては必要だと思うのだけどねえ。
頬ずりも、ちょっとしんどい。
磯七が板場と話をし、顔の瘡をとっていく。
このあたりの板場とのやりとり、「犬に宜しく」まできっちりと。
このネタの磯七、
旦那と応対するときは幇間っぽいが、
仲居や板場など、お店の人とのやりとりは幇間っぽくないんだな。
確かに「客」ではあるからなあ。
騙された仲居が照れ隠しも込めて、
旦那を軽く叩いてサゲの科白を言う流れ、
切れがあって良かった。
「足上がり」(八天):○
マクラは「成り切る」話。
やけに焦っている感じがして、聞いていて不安になった。
間投詞が多いのと、妙なタイミングで息を吸うからだろう。
犬を踏み付ける「ああら、怪しやな」の所作が非常に大きく、声も大きく派手で良い。
後の「芝居心のねえ犬だ」も、きちんと世話に砕けて演るのが流石。
ネタは丁寧に演っている。
最初、丁稚の口調が少し女々しいかな、と感じた。
後は特に気にならなかったが。
「あるある」に至るまでの独り喋り、少し科白が多いかも知れない。
旦那は少し若い目だが、店を心配して尋ねる気がよく出ている。
丁稚が羊羹を摘んでしまうまでの独り喋りが自然で、
「何で羊羹を食べる」でよくウケる。
丁稚が言われてもなお口を動かしているのも面白いな。
「足が上がる」の言い換えもいろいろ考えられていた。
「クビになる」を(一度だが)入れるのは手だな。
番頭が丁稚を呼んで芝居の真似事。
もう少し芝居っぽい動き、クサさがある方が好みだが、
お岩が子どもを渡すところの上下の振りや体重移動など、丁寧に描写していた。
# 最初から石仏を渡しているように見えたのだが、
個人的には、「渡すときは子どもだが受け取ると石仏に変わる」設定だと
思っているのだが。
サゲまでトントンと運んでいた。
「天狗裁き」(雀三郎):○-
夢の話のマクラからネタへ。
全体に漫画的な作りではあるなあ。
隣の男や家主など、「どうでもいい」から「夢を聞きたい」に変わる際に、
徐々に変化する、というより、スイッチが入り転換する感じ。
また、夢を見た男の変化も、あまり明確でない。
まあ、(サゲから考えて)全て夢の中の出来事、とすれば、
それはそれでありなのかも知れない。
おかみさんとの絡みは、如何にも夫婦らしい日常のやりとりが
いつの間にか大喧嘩に発展する感じ。
少し唐突に感じたのは、夢を見た男の変化がよく分からなかったからかな。
止めに入った隣の男の
「それで「さあ殺せ」までいくんかい」の唖然とした言い方が良かった。
転換は夢を見た男を見ていない時に表情が変わり、
「で、ホンマはどんな夢…」に入っていく。
ここが少し漫画的かな、と感じたところか。
喧嘩に入っていくが、
個人的には少しクドくなる気がするので、
「3年前」云々は入れない方が良いと思う。
家主が止めるところが少し早いかな。
もう少し掴み合うくらいの動きがあってからの方が良いと思った。
これも隣の男と同様、男を見ていない時に表情を変えて
「けど面白そうな…」と言っていく。
奉行はちと違和感があった。
転換後「奉行」にしては少し崩し過ぎかな、と感じた。
次の天狗との差を付けるためかも知れないが、
逆に家主との差が小さくなる(下手するとそれ以下になる)ので、
奉行は奉行の矜持を持ったままで聞きたがるようにして欲しいなあ。
天狗は良かった。
羽団扇を引っ繰り返すあたり、自然で良い。
最後「ちょっとあんた」でウケが来なかった。
天狗とおかみさんの差があまり付けられていなかった、ということなのかなあ。
米朝のように、気張ってウケを引きずり出すものでもないだろうが。
20時半前に終演。
1時間半足らずとあまり長くなかったが、けっこう満腹。
何か、サゲの調子がよく似たネタが続いた気がする。
良いサゲではあるんだけどね。