小寄道

日々生あるもの、魂が孕むものにまなざしをそそぐ。凡愚なれど、ここに一服の憩をとどけんかなと想う。

「リスボンに誘われて」を見る

2016年01月16日 | 芸術(映画・写真等含)

 

映画「リスボンに誘われて」をネットでみた。リスボンという地名と、主演がジェレミー・アイアンズ。それだけで見てみようと思った。(原作ジョン・ファウルズの「フランス軍中尉の女」の映画化で見たとき、いい俳優だと確信)
最近ほとんど映画をみないから、なにか勘みたいなものが働いたのであろう。最初のシーン、蔵書に囲まれた初老の男(J.アイアンズ)が一人チェスをしている。孤独を楽しむしかないのか・・。
撮影が綺麗だ。シークエンスの間が申し分ない。
橋から身投げしようとする女性。間一髪助ける。その女性を伴って、生徒が待つ教室に入る。二人ともずぶ濡れ。赤いコートをあずかる。
主人公はスイス、ベルンの高校で古典文献学や哲学を教えている先生。連れてきた女性を教室の傍らに座らせ、先生は生徒たちにいう。
「アウレリウスが哲学者であり、皇帝であったのは・・ローマ帝国では・・思考と行動が一致していたからだ」
ここまで約10分。これで全編みようとおもった。(金を払った映画でも、駄目な映画は途中で失礼することもある)

 

原作はスイスの作家パスカル・メルシエの「リスボンへの夜行列車」。世界で400万部も売れたらしいが、私はまったく知らなかった。
ポルトガルの文豪フェルナンド・ペソアの影響をうけているらしく代表作「不安の書」からの引用は多いらしい。が、私としては両方とも読んだこともないので、何をかいわんやである。
但し「不安の書」は読んでみたい本のリストにはのぼっていて、積んどく本にならないよう購入は自戒している。

    

また、ポルトガルとスペインは以前から外国旅行に行くいちばんの候補地。国際情勢・スケジュール・懐具合などの折合がつきしだい行く予定であるが・・・。それゆえ、リスボンの風景とかポルトガルの人々のなりわいを見るような映画を渇望していたわけである。

映画を見終って、作品としての感想はまあまあかな、だが好印象といっていい。

ポルトガルは1930年代から約40年に亘って独裁政権に支配され、その圧政のもとで自由を求める人々はパルチザンとして活動していた。
映画でもその時代(1974年、軍事クーデターにより民主化。これをカーネーション革命という)を中心に、政府の最高判事の息子であるアマデウ・デ・プラド(映画中主人公)をめぐる物語といえよう。
彼は「真実と自由」を求める医者になったが、学生時代からパルチザン側のために生き、人を愛し、一冊の本を遺して死んだ。ネタばらしは本意ではないので・・。

原作も読んでいないので確実なことはいえないが、このアマデウ・デ・プラドとパルチザンの美しい女性との愛を骨格に、プラドの遺本(100冊の私家版)を糸口として、発作的にリスボンにまで誘われてしまった初老の高校教師の、リスボンの街並みが堪能できるミステリアスな探索行がメインの映画である。

映画は全体として二組の男と女の愛に収斂されていく雰囲気でしめくくられるので、ちょっと甘ったるい印象があり残念な気がした。原作がもっている思索的というか、ポルトガルの歴史・文化などの重厚な雰囲気がもっと伝わってくればと思う。しかし映像は美しく、見ごたえはある。配役もよく、なかでもシャーロット・ランプリングの演技はけたが違う。ドラキュラのクリストファー・リー(90歳をこえるだろう)もちょこっと出ている。

 

パスカル・メルシエの「リスボンへの夜行列車」では、国家とは、政治とは何か・・、人間とは、個人とは・・そして、自由、正義、さらに愛や友情などが織り込まれ、精密に表現されているだろう。そう思いたい。もちろん内省的な登場人物たちの心理描写も読みどころだろう。なんといっても気に入ったのが、冒頭にも紹介したマルクス・アウレリウスの「自省録」からの言葉。パスカル・メルシエの原作では、ペソアほどでもないが、けっこうアウレリウスも引用されているらしい。

ネットで調べたら以下の翻訳の違い、その比較が個人ブログに掲載されていた。

「原作に、マルクス・アウレリウスの「自省録」から引用されている一節があります。

反乱せよ、私の魂よ、お前自身に反乱し、暴力を加えるがいい。
だがその後には、お前自身を尊重し、尊敬する時間はもう残っていないだろう。
なぜなら、誰の人生も、ただ一度きりなのだ。お前の人生はすでにおおかた過ぎ去ってしまった。・・・(略)・・・
だが、自身の魂の動きを注意深く追わない者は、絶対的に不幸なのだ

岩波版では若干訳が違って

せいぜい自分に恥をかかせたらいいだろう。
恥をかかせたらいいだろう、私の魂よ。自分を大事にする時などもうないのだ。
めいめいの一生は短い。君の人生はもうほとんど終りに近づいているのに、
君は自己にたいして尊敬をはらわず、君の幸福を他人の魂の中におくようなことをしているのだ。」以上

この翻訳を読むかぎり、このメルシエの原作を読みたいという興趣が薄れた。残念。神谷恵美子のほうが文章が練れていて、分かりやすく平明かつ深遠である。

この映画を見た動機は、ひょんなことからアマゾンのプレミアム会員になって、最近いろいろな無料動画を見だしたからだ。
映画は「ノーカントリー」に次いで2本目。これは以前見たとき驚愕し、再見したかった映画。コーエン兄弟を見るきっかけとなった映画でもある。アマゾンビデオには「ファーゴ」のテレビ版もあり、映画とは違う面白さとストーリーに惹きつけられた。コーエン兄弟が監修したらしいが、私にとって2作目のTVドラマ。以前みたデヴィッド・リンチ監督のTVドラマ(タイトル失念)よりも秀逸であった。

蛇足になるが、アマゾンのプレミアム・ビデオで大発見したのは、古今亭文菊と雷門小助六。
特に古今亭文菊は噂に聞いていたが、未来の「名人」となるべく資質あり。古今亭一門にはない端正な佇まいで、あたかも先代の文楽のような計算された語り口、間合いに魅了された。
ともあれ、家にいて暇なときは、落語と映画にかぎるなあ。いかんいかん。

追記 ペソアの「不安の書」(初版の思索社のものはアマゾン古書で5000円ほどもする) 改訂された平凡社ライブラリーがお得か・・。読んだこともない本を紹介するなんざ、ちと焼きが回ったか。

             

 

 

           

 


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