ウン十年ぶりに早稲田松竹にいく。学生時代、毎週というわけにはいかなかったが、2,3週に1度くらいのペースでよく行った映画館だった。当時は名画座の冠はなく、公開されてしばらく経った高評価の映画を2本上映していた。
よく行った名画座といえば、池袋の文芸坐、板橋の人生座、渋谷の全線座だった。次に、飯田橋のギンレイ、自由が丘の?(忘れた)、馬場ではパール座が名画座として有名だった。ほとんどが2本立で、日本映画は文芸坐でたまにやるが、ほとんどの映画館は洋画であり、それぞれ特長があったはずだ。たとえば、全線座では戦後まもなくのアメリカ映画しか上映しなかった。ハンフリー・ボガードやヒッチコックものはほとんど渋谷で観た思い出がある。
早稲田松竹には独身時代にもたまに出かけ、『バンデットQ』を観た強烈な記憶があり、観客はやはり早大生が多かった。現在はすっかり様変わりして、観客席もゆったりとゴージャスになり、老若男女バラエティ豊かな観客層になった。
料金設定もニーズに応えるべく、様々な観客に配慮した工夫がされていた。たとえば夫婦で観る場合、50歳以上は2000円、60歳以上になると二人で1800円の割安。きめ細かく、とても良心的でよろしい。
▲前回の上映作品が『暗殺のオペラ』(ベルトルッチ監督作品)とイエジー・スコリモフスキの幻の名画『早春』だった。『早春』こそ愚生の本命作品で、これを見逃したのだった! 暫くは見ることができない。
さて、この日の映画は、2本立てであることは言うを待たない。
ウディ・アレンの『女と男の観覧車』(原題:WonderWheel)と、トッド・へインズの『ワンダーストラック』(原題:WonderStruck/奇跡の飾り棚)の二本を観た。共に、2017年の公開で映画祭にノミネートされている。撮影の背景も共にニューヨークで、原題に「Wonder(奇跡)」がつくのが2作品の共通点だ。まだありそうだが、早稲田松竹のスタッフはみな若手で映画好きらしく、そのセレクションも秀逸といって良いだろう。
『女と男の観覧車』は、相変わらずのウディ・アレン節というか、男と女の感情のもつれ、コミュニケーションの齟齬から生まれる人間(家族)の相剋ドラマだ。舞台は、ニューヨークにある伝説の遊園地「コニーアイランド」。その華やかな1950年代が時代設定となっている。
はじめて観た『アニーホール』以来、アレンのテーマは一貫している。というより、そのことだけが彼のライフテーマらしく、内心「またか」と思いつつも、俳優陣の卓越した演技、特にモノローグのロングカットシーン、そのカメラワークに見惚れてしまう。
女優志望だったが端役もつかめずに迷走する中年のウェイトレス。半ばあきらめ結婚し子供を産んだが、女優への夢は捨てきれない。それが災いしたか、離婚した元亭主が自殺して、そう仕向けた原因は自分にあると思い込んでいる。
みんな何かしら脛に傷をもち、依存し、なんとかしたいのだが空回り。そこにウディ・アレンの映画は特色をもち、すべての作品で女優が主体的に物語を紡いでゆく。
子持ちのくたびれかけたウェイトレス役を演じたのはケイト・ウィンスレット。小生にとって初めての女優で(※追記)。この人の演技は素晴らしく、かつて女優をめざしたが今や崩れる一方の中年女性、しかしまだ女性としての色香を絶やさない。その難しい課題をすべてクリアしている。さらに、カメラに対峙しながらの長回しのショット、迫真のセリフ語りにはグングン引きこまれた。
映画の話をすれば、トラウマがあるのか小学生の息子は火遊びが止められず、ときに放火の疑いをかけられる札付きの不良児になっている。しかたなく、コニーアイランドの遊園地のメリーゴーランドの管理・修理をするうだつの上がらない男(ジム・ベルーシ!)と再婚し、自分は園内のレストランでウェイトレスをやりながら・・日々の生活に四苦八苦。と同時に、脚本家志望の若者とちゃっかり不倫していて、恋多き女の性はいまだ衰えない。
そんななか、亭主の、会ったこともない25歳ぐらいの娘が出戻りというかギャングの追手から逃げてくる(夫は親分らしい)。それからすべての歯車が狂ってくる・・・。
ウディ・アレンの映画は前述したように、好いた惚れたの男女の愛憎劇が多く、観てる間はそのドタバタ加減に声を出して笑ってしまう。しかし、その裏腹には、裏切りと改心、老いの諦観と若さへの憧憬、自立と依存そのなかの家族間の軋轢など、現代社会のさまざまなテーマが伏流している。
観終るとなぜか古典的な悲喜劇、あるいはシェイクスピアの演劇にあるような、深みのある人間ドラマを鑑賞した思いに浸ってしまう。単なるハッピーエンドでも悲嘆にくれる破滅のドラマでもない。ほのぼのとしたユーモアもあれば、人生を生き抜くヒントもかくされている。好き好きはあろうが、名監督ではあるといっていいだろう。
『女と男の観覧車』本国オリジナル予告編(日本語字幕)