Kuniのウィンディ・シティへの手紙

シカゴ駐在生活を振り返りながら、帰国子女動向、日本の教育、アート、音楽、芸能、社会問題、日常生活等の情報を発信。

松井秀喜選手赤のユニフォームか!~エンジェルスへ移籍

2009-12-15 | メジャーリーグ
去就が心配された日本人メジャーリーガー松井秀喜選手。
やっと移籍先が決まったようだ。
アナハイム・エンジェルスとニュースに流れている。
息子と2人で、「赤のユニフォーム、似あわねえだろうなぁ・・・」とぼやく。
あのおなじみのヤンキースの濃紺のピンストライプのユニフォームから真っ赤かのユニフォーム。
全然ピンとこない。

以前、ホワイトソックスにいた井口選手が電撃トレードで、フィリーズに移籍したときの赤のユニフォームに違和感があった。
こい黒や紺色から赤って、着ている本人もすごい違和感を感じることだろうなあ。

エンジェルスっていうと、外野手兼指名打者のスラッガー、ブラジミール・ゲレロ。
変わった名前だけど、ドミニカ出身。
アメリカ駐在中、シアトルで、マリナーズ対エンジェルス戦を見た帰りに日本レストランの紅花へ寄った。
席があくのを待っていたら、メジャーリーガーの軍団がやってきた。
主人がいち早く、「ゲレ~ロが目の前にいるぞ!」とささやく。
イケメンの黒人が異彩を放っている。
メジャーリーガーのオーラが紅花にプンプンただよっている。

その日、ゲレロはホームランを打っていた。
すかさず、息子はゲレロに挨拶しに行った。
しかし、舞い上がっていた息子は、おつきの人とゲレロを間違えてしまう。
おつきの人はやさしく、「(奴は)あっちだぜ」とゲレロを指さす。
息子、緊張しながら、「今日はグレートなホームランでした!」と城島ティーシャツを着た姿でのたまう。
それでも、ゲレロは、「うん、うん」とうれしそうにうなずきながら笑顔を返してくれた。



そうです、この日は城島選手のデビューの日で、城島選手もホームランを放っていたのでした。
そのときの紅花の人の話では、エンジェルスの軍団はシアトルに行くと、必ず紅花に寄るんだそうだ。

そんな思い出のエンジェルスに松井選手が入る。
残念ながら、ゲレロは来季はエンジェルスにはいなくなるというから、松井選手との共演は望めない。
ごめんなさい、松井選手の話からゲレロに移っちゃって。

来年は赤のユニフォーム姿がしょっちゅうテレビ中継されるのね!


追伸

ちなみに、紅花で席に座っていたら、今度はいくつかのスパニッシュの家族軍団が横でテーブルを囲んでいた。
よーく見ると、中にその日の先発でそのときのサイヤング賞投手、コロンがいた。
みんな質素な格好で、とてもメジャーリーガーの家族にはみえなかったので、隣にいたアメリカ人にメジャーリーガーだと告げると、びっくりしていたようだ。
しかし、城島がコロンからホームランを打っていたので、城島ティーシャツをきていた息子たちは、さすがにコロンには挨拶に行けなかった。
「行ったら、コロンに殴られるぞ!」と主人に脅されていたからである。



松井秀喜選手、ワールドシリーズMVP受賞!~ヤンキースを9年ぶりのワールドチャンピオンに導く

2009-11-05 | メジャーリーグ
今日は、日本人として胸がスカッとする大ニュースをリポートしよう。ヤンキースの松井秀喜選手が、ワールドシリーズの立役者となり、日本人として初めてワールドシリーズのMVPに選ばれた。ヤンキースの本拠地、ヤンキースタジアムで、3安打6打点と大活躍し、7対3でフィリーズを破り、ヤンキースを9年ぶりのワールドチャンピオンに導くという大快挙を成し遂げた。イチローでもなしえなかったことである。

ヤンキースがワールドチャンピオンになるというのは、2003年からメジャーリーガーになった松井選手にとって、念願だった。ヤンキースに入団した2003年、松井選手は、ワールドシリーズでホームランを放っているが、ヤンキースはワールドチャンピオンをのがしている。井口選手、田口選手、松坂選手と日本人メジャーリーガーたちがチームをワールドチャンピオンに導いてきた中で、松井選手はひたすらこのときを待っていた。2006年、外野の守備で手首を骨折するという大怪我を負って以来、このところ怪我に泣き、来季メジャーリーガーとしてアメリカにとどまるのかどうか私たちが心配するほどであった。

しかし、大舞台に強い松井選手。このワールドシリーズでは、ホームランを3本も放つ。どんなコースもヒットにさせるような勢いであった。構えを見ると、手首を骨折したあとに変えた独特のがにまた打法だ。太ももの外側の筋肉がやや盛り上がってみえる。日々足腰をきたえてきたのだろう。袖をプルンとふりながら、身構える。何本か鋭いファールを打ったあと、ベテラン投手、ペドロ・マルチネスをとらえたホームランは完璧だった。


パーフェクトなホームラン 写真 ロイターより

私は、「なんで、ペドロは松井を歩かせないんだ!」と不思議に思ったほど松井選手絶好調。このときの1塁走者は、Aロッド。上の息子は、「Aロッドを1塁におくなんて、なんて贅沢な場面なんだ!」と叫んでいた。松井選手がホームランを打って、ベンチに帰ってきたときテレビに映ったAロッドが小さく見えたほど、松井選手は大ヒーローと化していた。

松井選手は、この後、シングルヒット、2塁打と続く。ヤンキースのこの日の得点、7点中6打点をたたきだしているから、まさに松井選手の力でヤンキースをチャンピオンに導いたといえよう。観客からMVPコールが湧き上がるほど見せつけた。今年でヤンキースの契約が切れるとあって、私たちファンも心配し続けてきたが、これで来季は大丈夫であろう。息子は、ずっと松井選手の大ファンだったので、今日は親子で喜びをわかちあった。

7年間メジャーでこつこつ努力したきた松井選手、MVP受賞、そしてワールドチャンピオンおめでとう!!

「努力することが才能である」 松井選手の印象深い言葉の一つ



イチロー史上初の9年連続200安打達成!~野球殿堂入りへの道

2009-09-15 | メジャーリーグ
昨日、またまたイチローがメジャー新記録となる9年連続200安打というとてつもない記録を達成した。1894年~1901年にウィリー・キーラーがマークした8年連続という最長記録を108年ぶりに破ったという。このキーラーの写真が新聞やテレビででてくるが、その昔ブラックソックス・スキャンダルで球界永久追放になった悲劇のヒーロー、シューレスジョー・ジャクソンになんとなく似ている。イチローもあの時代に生まれていたら、どんな感じだったのだろう。

昨日のNHKの「スポーツ大陸」では、記録達成日にイチロー特集を放映していた。おそらく事前にインタビューし、編集して、当日の映像を大急ぎで、編集したのだろう。NHKご苦労さまである。(私は、この「スポーツ大陸」のテーマ音楽がいたく気に入っている。最近、メジャーから帰ってきた井口選手のロッテでの活躍も特集されていた)イチローが毎年200安打を達成するまでの想像を絶する重圧や苦悩を映し出していた。その重圧やストレスによって、安打製造機と呼ばれるバッティングフォームを微妙に狂わせたり、しいては守備にまで影響するというから、いつものイチローの何事にも恐れない表情からは想像できない。

ただ、とてもうれしかった事実は、あのWBCでの打てなかった苦悩を乗り越えて、決勝での大活躍がその後の自信になったということ。あの瞬間の日本国中からのイチローにそそがれる視線の重圧というのは、はかりしれない。どんなドラマや映画の主人公を見るより、あのときのイチローの表情、そして一挙手一動にはかなわない!そして、絵に描いたようなあの見事なタイムリーヒットは、私たちの心にずっと刻まれていくだろう。

そして、これまでの道のりでは、あるときは、チームメートからも疎まれ、メディアからも非難されたときがあったというから、まさに孤高の人。今年、イチローの敬愛するケン・グリフィー・ジュニアが、マリナーズにもどってきて、(去年ホワイトソックスではイマイチだったよねえ)イチローの気持ちをなごませているという。グリフィーがイチローをくすぐって、励ましている映像が微笑ましい。あのいつも険しい表情のイチローが子供のようにゲラゲラ笑っている。グリフィーは、イチローのことを「イチ」と呼ぶ。息子と一緒にテレビを見ていて、「グリフィーだからイチローにあんなことができるんだねえ」と言っていた。同僚マリナーズの城島は、イチローのことを「イチさん」と呼び、その試合への取り組み方や体調管理のすごさを尊敬する。

シーズン200安打の回数は、イチローはこれでみんなに恐れられたあの最強打者、タイ・カップに並んだ。(血の気が多く、すごい形相でスパイク立てて盗塁してたという人)トップは10回のピート・ローズ。(ローズも野球賭博で球界永久追放で、殿堂入りしていない。でも殿堂博物館にはローズのグッズは飾ってあったけど)ローズの記録を抜くのは時間の問題だし、クーパーズタウンにある野球殿堂入りするのも間違いないようだ。殿堂入りするには、メジャーで10年以上プレーする必要がある。たしか、毎年何人かづつ選ばれて、その栄光をたたえられる。息子の話では、引退してから、何年と殿堂入りする資格が決まっているらしいから、イチローの殿堂入りはまだまだずっと先のことだ。私たちが去年訪れた偉大な野球殿堂博物館に、今回の記録で、またイチローのスパイクやバットなどが展示されるのだろう。殿堂入りした選手たちは、金色のプレートに顔を彫られて、飾られているのだが、あの輝く金色のプレートにイチローの顔が出たら、クーパーズタウンをまたぜひ家族で訪れてみたい。去年アメリカ駐在中最後の年に、家族でクーパーズタウンを訪れたときのことは、一生忘れないだろう。イチローのプレートを見に再び訪れるのは、私たち夫婦の老後の楽しみってわけだ。(でも、各選手の金色のプレートの顔って、あまり本物に似てないんだよね。イチローってどんな風に彫られるんだろう?)

イチロー、メジャー通算2000本安打達成!~イチローがアメリカで存在する意義

2009-09-08 | メジャーリーグ
イチローが、メジャー通算2000本安打を大リーグに移籍して9年目で達成した。10シーズンかからずに2000本安打をマークしたのは、史上初。1402試合目での到達では、20~40代に活躍したアル・シモンズの1390試合に次ぐ史上2番目の早さと報道されている。あのジョージ・しスラーの1414試合を上回る早さ。このアル・シモンズという人が活躍した時代は、球場の状況やピッチャーの球速などさまざまな面で、現代のメジャー環境とかなり違うだろうから、イチローの記録の偉大さがわかる。

今回のイチローのコメントで面白いのは、マリナーズ入団1年目の2001年4月にこの記録を達成した同じ場所、敵地オークランド・コロシアム球場で、初めてプレーしたときのことを思い出したという。アスレティックスファンから、頭にコインをぶつけられたり、アイスクリームが飛んできたりと、過激な洗礼を受けたという。記録達成の日、敵地の16000人の観客は立ち上がり、この偉大な35歳の選手に大きな拍手を送った。「この球場でヒットを打って、観客から祝福を受けられたのは感慨深かった。」とイチローは言う。

まず、自分自身の記録の偉大さを誇るよりも、ファンの反応に体も心も真っ先に反応するとは、徹底的にプロに徹した人というか、常に客観的に自分自身を見ているというか・・・イチローは、8年間アメリカでプレーしてきて、アメリカ人が彼を日本人メジャーリーガーとしてではなく、偉大なメジャーリーガーの1人として認めてくれているのを心の底から喜んでいるのだろう。

去年、私がシカゴのハーパー・カレッジで「アメリカ野球の歴史」のクラスをとったとき、野球狂の教授も生徒たちもイチローを日本人としてまったく特別視していなかった。ベーブ・ルース、ジャッキー・ロビンソン、ピート・ローズなど球史に輝く偉大な選手たちを古びた映像とともに学んでいったのだが、イチローのこともなにげなくみんな語っていた。1人のメジャーリーガーとして。あたかもアメリカ人の1人として、自分の仲間を誇っているかのように・・・そうなのだ、イチローはすでに日本が誇るイチローではなく、アメリカ人にとっても誇りなのだ。それも子供から年寄りまで。

そんな風に考えると、イチローがアメリカにいて活躍し続けることの意義ははかりしれない。ひょっとすると、日本の総理大臣よりもイチローがコメントしたほうがインパクトは強く、アメリカ人はよく聞くかもしれない。さて、次のイチローの目標の「9年連続のシーズン200本安打」まで後5本。

福留選手の交流会、シカゴ日本人学校訪問の記事、US新聞に掲載!

2008-10-28 | メジャーリーグ
昨日、やっとシカゴ・カブス福留選手の交流会、及びシカゴ日本人学校全日校訪問の記事がUS新聞に掲載された。前日深夜3時までかかって、仕上げた。なにしろ、引越しの準備、手続きがあったので、なかなか記事を書く時間がなかった。こんなに集中力がそがれた記事ってないかも。写真も納得がいくいいのが見つからず、時間がかかった。

http://www.usshimbun.com/childcare/childcare-fukudome2008.html

しかし、福留選手がせっかく日本人学校にきてくれたし、生徒たちの真剣なまなざし、そして、最後の応援エールを見たら、「絶対、なんとしても仕上げる!」と自分に言い聞かせて、5時間ぶっ通しで、作業をした。

最後の一丸となった応援エールは、みんなのいつもの日々の努力が一体となって、本当に素晴らしい応援となった。応援団長のオチ君の声が一段と大きく、体も大きいので、みんなの団長という貫禄も備え、その声に引っ張られ、みんなのエールが1つになり、心の中にまですうっと入ってくるほどの強いスピリットを感じた。私は、福留選手の後姿しか見てないけど、彼が体全身で、それを受け止めていて、とてもうれしそうな雰囲気が伝わってきた。本当に日々の全日校の生徒たちの一生懸命にみんなで取り組む姿勢がすべてあの場に結集されていたんだと思う。

校長先生の話では、練習は、当日福留選手が到着する直前に数回だけだったという。1週間前に急遽訪問されるのが決まったので、準備する間もなかったらしいが、運動会での集中的な練習の成果があらわれたのだと思う。

シカゴ滞在最後にみんなの素晴らしいエールが聞けて、ジーンとした。みんなご苦労さまでした。福留選手もきっとみんなの熱い思いを受け止めてくれたと思うよ!

シカゴカブス、福留選手と野球キッズたちとの熱い交流会!

2008-10-21 | メジャーリーグ
昨日は、シカゴカブスの福留選手と野球少年少女たちとの待ちに待った交流会が、ANAの主催で、アーリントン市のダブルツリーホテルであった。とてもきさくで、ユーモアたっぷりに話す福留選手に子供たちは、リラックスした雰囲気で、日本人メジャーリーガーとのめったにない交流を楽しんだ。



息子たちもカブスのユニフォームと帽子をまとい、はりきって出かけた。子供たちとの質疑応答では、上の息子は、真っ先に手をあげ、最初に福留選手に指名される。この日のために、チームのユニフォームを船便で送ってしまい、ユニフォームがなかったので、急遽カブスのユニフォームを探して買い、(この時期なかなかなかった)近所の業者に(全日校中学部がジャパンフェスティバルで、ソーランを踊ったときに注文したハイファイブ)無理矢理、名前と31番の背番号を入れさせた。作戦成功!(といっても、前を向いていたから関係ないか!他のお母さんが言うには、息子から「野球狂の僕をあててくれ」オーラがでていたらしい)

息子は、開幕戦でのカブスが0対3で負けていたときの同点ホームランの感触、感想をそのときのカウント、ボールのコースまで詳しく再現しながら、聞く。「新聞記者みたいなことを聞くなあ」と福留選手感心しながら、「打った瞬間に入ると思った。」とうれしそうに話す。でも、次の回に1点入れられて、結果的にカブスが負けたので、「ヒーローになれたのをのがして残念だった。」と本音を教えてくれた。ウーン、息子め、私が一番聞きたかったことを聞きやがった。

あのときのホームランは私達の目に焼きついている。たしか2人走者がでていて、息子が「ここで福留がホームラン打てば、同点だけど。」と言った瞬間、痛烈なライナーのような外野センターに突き刺さるホームラン。また、あの目の覚めるようなホームランを見たいよ、福留選手。

~この項続く








もうすぐカブスの福留選手に会える!We will see Kosuke Fukudome soon!

2008-10-18 | メジャーリーグ
シカゴ駐在残りあと2週間というときに、大きな大きなイベントが待っていた。シカゴ・カブスの福留選手が、野球少年たちとアーリントン・ハイツのホテルで、交流会を行うというのだ。時は、10月19日の日曜日、あさって。

ANAの主催で、あの福留選手をまじかに見られる。去年の今頃は、カージナルス時代の田口選手が野球教室をやってくれた。これまたANAの主催。ANAよ、ありがとう!野球好きの私達の要求をバッチリと満たしてくれる。

福留選手がどんな話を野球小僧たちにしてくれるのか。少年時代、また学生時代の福留選手はどのような練習をしていたのだろう?息子たちもどんなことを聞こうかとても楽しみにしている。

あの開幕戦の同点ホームランの感触はどうだったのだろう?鮮烈なイメージが残っている。初めてのメジャーリーグ、言葉も含めてさまざまな苦労があったろう。でも、カブスの同僚ととても楽しそうにウオーミングアップをしたり、勝った試合は、外野の選手同士でやる恒例の挨拶、「腰のぶつけ合い」は、とてもうれしそうだった。

福留選手、日本へ帰国する前の忙しい中、きていただき、ありがとうございます!


On Sunday, Kosuke Fukudome from Cubs will give a lecture in Arlington Hts to kids, who played in the baseball teams this season. This is the first time to have such an event for him in Chicago.

We are soooooo excited to see him.


シカゴ・ホワイトソックス、タンパベイ・レイズにやっと1勝!Go! Sox Go!

2008-10-06 | メジャーリーグ
今日は、悪天候の中、ホワイトソックス対レイズ戦のプレイオフがUSセルラーフィールドで行われ、ホワイトソックスファンたちの白いタオルが思い切り振り回される中、5対3とソックスが勝ち、このディビジョンシリーズを1勝2敗とした。まだ、シカゴチームが残ったということで、一安心。

今日は、下の息子のリトルリーグの試合が、小雨の中、12時半からレイク・ズーリックのステイプル・フィールドであり、雨のために体が冷え切ったほどの寒さ。応援する親たちは、ホワイトソックスのティーシャツやトレーナーを着ている人が多い。このレイク・ズーリックのプログラムは、みんな「LZ」とイニシャルが入ったブルーの帽子をかぶらなければならないのだが、息子のチームの1人は、黒のホワイトソックスの帽子で登場。お父さんも勿論ソックスの帽子とティーシャツ。ド派手な2005年のワールドチャンピオンの目立つティーシャツを着ているお母さんもいた。「カッコいいティーシャツね!」とほめたら、「カブスが負けて、もうシカゴには1チームしか残っていない!」と興奮気味。今日のホワイトソックスが崖っぷちに立たされているということを象徴しているほど、みんな気合が入っている。


このLZの帽子をかぶらないと この日は息子は先発 ストライクがそこそこ入り、好投 日曜だけの試合だが、秋の野球で自信をつける

来る途中、53の高速の道にカブスのマークつきの2つの風船がさびしく紐でくくられているのを見た。きっと、昨夜くやしくて、悲しくて、応援の風船を家に持って帰りたくなくなったのだろう。一夜にして、カブスは、およびでなく、みんなの期待と関心はソックスへ向かう。

私は、何も考えずに、その辺にあったマリナーズのトレーナーを着てしまい、あまりに場違いで恥ずかしいので、ジャケットの前をしめて、隠していた。ああ、こういう大事な日に、なぜソックスのトレーナーを着なかったか悔やまれる。勿論、シカゴの地で、レッドソックスや他のチームのティーシャツを着ている人もたまに見かけるが、この時期にカブスやホワイトソックス以外のチームのティーシャツや帽子はまとわないほうが身のため。「こいつバカじゃない」という目で見られる。逆にホワイトソックスのものを身につけていれば、「同士」ってことで、初対面でも会話がはずむ。

いつだったか、愛車シエナの後ろにSOXの大きな文字の黒いプレートをつけていた時期がある。これは、セルラーで誰かに盗まれてしまった。ヒンツとアーリントンとの交差点で、止まっていたら、大きなクラクションを鳴らされ、ビクッとした。私の車の横にその鳴らした車が並び、なんと車の横両方にソックスの旗をたなびかせている。「おおっ、同士よ!」というファン同士のうれしさの挨拶だったのだと一瞬でわかった。私も鳴らし返したかったが、間に合わなかった。残念だったなあ。

また、こちらに駐在してきた直後に日本に一時帰国して、シカゴに帰ってきた入国審査のとき、とてもこわそうな審査員おじさんが座っていた。ブスッとしていて、無事に通れるかどうか恐る恐る入ったら、そのおじさん、私のホワイトソックスのトレーナーを見て、「ソックスファンか、よし!」みたいなことをいって、突然ビッグスマイルで、態度がフレンドリーになった。「We love Sox! We love Iguchi because we are Japanese.(その頃井口選手がいた)」と思わずつぶやいたら、ひとしきりソックスの話になって、そのおじさんとハイファイをしそうになったほど。すぐに入国はパス。「郷に入れば郷に従え!」ということね。

しかし、今年は福留選手の加入でにわかカブスファンになり、「ホワイトソックスのファンでもある」と両方のファンであることを言ったら、「それは絶対に許されない!」とどちらのファンからも言われた。シカゴでは、ソックスかカブスがどちらかに決めないといけないらしい。私は、こちらに来た当初からホワイトソックスが好きだったので、やはりソックスだろうか。しかし、今年のペナントレースのカブスを見て、カブスも好きになったなあ。キュートなテリオ、ノーヒッターを記録した血の気の多いゾンブラーノなどなど。



カブス完敗!黒田の好投にて、ワールドチャンピオンの夢破れる!

2008-10-05 | メジャーリーグ
シカゴ・カブス対ロスアンジェルス・ドジャーズのプレイオフ3戦目が、3対0とドジャーズの快勝であっけなく終わり、ドジャーズが3連勝でカブスを楽々スイープし、カブスのワールドシリーズ進出への夢は消えた。黒田投手の素晴らしいきれと制球力のあるピッチングで、カブスの選手は抑えられた。セットアッパーの巨漢ブロクストンは、99~100マイルをズバズバ投げ込み、カブス打線をぶった切った!今日は、斉藤投手の出番なしで、ブロクストンがクローザーで締めくくった。

現在シカゴ時間で深夜12時24分。シカゴの町は、やけ酒を飲む人々で、ごったがえしているだろう。熱狂的なカブスファンの絶望的な表情が想像される。私たちのアメリカ人の友達、下の息子のチームの監督のアル、上の息子の友達のお父さん、マイク、そして、私にハーパーカレッジで、「アメリカ野球の歴史」のクラスを教えてくれたディパルマ教授。おいおい泣いている人もいるだろう。

カブスの選手たちのうなだれている姿が痛々しい。なぜカブスはプレイオフでいつもの調子がでないのだろうか?ファンのあまりにも熱狂的な期待によるプレッシャーから、プレーが堅くなるのだろうか。しょうもない多くのエラー、縮こまるバッティング。またしても、多大の期待を裏切られたファンたち。しかし、今年もカブスファンは「Tomorrow is another day!」と誓い合って、来年に思いをはせるのだろうか。誠にミステリアスなファンと球団の関係である。

今日は、プレイオフにはいって打てなかった福留選手が、黒田投手の球に必死にくらいついて、シングルヒットを打った。打席の福留選手の顔に悲壮感がただよっていた。シーズン最初の頃のふてぶてしさが消えていた。この場面では、福留選手を必死に応援した。よかった、最後に打てて。福留選手、この最後のヒットを来シーズンにつなげてください!長いシーズン、本当にお疲れさまでした。

さて、こうなると、レッドソックスの松坂選手対黒田選手の日本人投手対決を見たい!





祝・シカゴ・ホワイトソックス、地区優勝!

2008-10-01 | メジャーリーグ
ツインズ戦3連敗の崖っぷちに立たされたシカゴ・ホワイトソックスが、肝心の今夜のUSセルラーフィールドでの決戦でツインズから勝利をもぎとり、2008年の地区優勝を果たした。



ミスターナイスガイのジム・トーミイのホームランの1点のみの得点という息詰まる投手戦。今年2年目の若いダンクスの好投。そして、浅いフライでの3塁からの突入を防いだケン・グリフィー・ジュニアのいい送球とキャッチャー、ペルジェンスキーのガッツ溢れる迫力あるクロスプレーが、試合の流れを変えた。ぺルちゃん、やってくれたねえ。

写真は、大好きなホワイトソックスのCMの写真(アーリントンハイツ駅にて撮影)トーミイが、ファンが持つ赤い標的をホームランで狙うが、ファンがずらして、ボールが抜けた穴は横へずれてしまい、「動かしたね!」とトーミイ。

でも、私の一番好きなホワイトソックスのCMは、なんといってもペルジェンスキーが、バントのサインをコーチやオジー・ギエン監督からおくられても、やんちゃ坊主のように「いやいや」と首をふる。しかし、外野席のある人物が「バント」とゆっくりうなずきながら、ボードを持つと、うれしそうにうなずいて、バントを成功させる。この人物は、なんとシカゴのデイリー市長ではないか!まちがいない。このCMはサイコーの出来である。ぜひ皆さん注意して見てください!

まずは、優勝のうれしい速報まで!