仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

王様の新居3

2009年10月02日 17時02分00秒 | Weblog
 暖かな日差しが心地いい日だった。ヒロムは一人で散歩に出た。いつもなら、武闘派が必ず警護のためについて来た。ヒトミの事件以来、それがあたりまえになった。その日は一人で歩きたいと言い張り、武闘派の護衛を断った。ゆっくりとした歩調で、ヒロムは歩いた。世田谷通りを都心に向かい、砧公園まで歩いた。その頃のヒロムは、インド人のような格好をしていた。インドの霊能者に興味を持ち、彼が着ているのと同じような服を作らせた。
 公園のベンチに腰を下ろした。ヒロムは目を閉じた。さわやかな風が頬に当った。風はヒロムの顔から、身体の中を通過した。身体が揺れた。思考するのではなく、全ての意識から遠ざかることによって生まれてくる幻影を待った。夢でもなく、想像でもない、心の深い部分から湧き出る幻影を。身体の中を通過する風に任せて、意識を外に追いやった。脳の後ろのほうから、何かが見え始めるその前に足に何かが触った。柔らかい感触だった。吠えた。
「ワン、ワン。」
また、触れた。
「ワン、ワン。」
ヒロムはゆっくり目を開けた。
「ケビンちゃん。だめよ。」
毛むくじゃらの小型犬が足に絡まっていた。首輪は付いていた。ロープはなかった。顔を上げると三十代半ばの女性が立っていた。といっても、その時ヒロムは歳など判らなかった。女性は犬を抱きかかえながら言った。
「不思議なこと、男の人のところに行くなんて。この子ね、男性はだめなの。」
ヒロムは女性の顔を見ていた。女性もヒロムを見ていた。
「おとなりいいかしら。」
「ああ、どうぞ。」
女性はやわらかそうな生地のパンツとパンプス、光沢を抑えた藍色のティーシャツに白いカーデガンを羽織っていた。女性にはヒロムが同じ歳くらいに見えたのか、自然な感じで話してきた。
「よくいらっしゃるの。」
「えっ。」
「ここにはよくいらっしゃるの。」
「いえ、はじめてではないけれど。」
「そう。」