仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

星が見えるまで4

2009年10月27日 14時28分20秒 | Weblog
 窓から差し込む光が、街灯の明りに変わった。ヒロムは重さをさほど感じない女性を抱きかかえ、階段を上った。一つ目の部屋のドアを女性を落とさないようにしながら開けるときつい男性用の整髪料の臭いがした。隣の部屋のドアを開けた。そこは不思議と臭いがしなった。ベッドもなかった。
 次の部屋のドアを開けた。女性の甘い臭いがした。その彩を確かめることは夜になりかけた空気の中では難しかった。目が慣れるとそこは少女の部屋のようだった。出窓にはフランス人形が並んでいた。ベッドカバーにフリルが付いていた。やはり、アンティークの調度品で構成された部屋は貴族の令嬢の部屋、そんな感じがした。そう感じただけなのだが。
 ヒロムは女性をベッドに降ろした。セミダブルベッドのカバーを半分待ち上げ、女性が眠れるようにした。ヒロムはもう一度、女性を抱き、ベッドに寝かせた。羽毛の肌がけを掛けた。しばらく女性を見ていた。女性の脇にもぐりこんだ。女性は目を覚まさなかった。ヒロムは女性が目覚めるまで待とうか、と思った。が、ヒロムはベッドをでて、外に出た。
 新居に着く手前になって、鍵を掛けずに来たことが気になった。ヒロムは小走りで戻った。その家の明かりは全て消えていた。玄関に回り、ドアを開けようとすると鍵が掛かっていた。安堵の気持ちが拡がった。呼び鈴を鳴らすこともなく、ヒロムは新居に戻った。

 次の日、ヒロムは熱を出した。時ならぬ風邪に薬学部が跳んできた。
「宰、お加減はいかがですか。」
そういうと抗生剤や解熱剤、栄養剤と数種類のクスリをおいていった。ヒロムはうんざりしていた。常連に全部処分するように言った。
「困ります。私が叱られます。」
「全部飲んだといっておけ。」
ヒロムの熱は二日間下がらなかった。それでも、三日目には食事が取れた。ヒトミは新居には戻ったがヒロムの寝ている書斎に顔を出すことはなかった。その頃、ヒロムは深夜まで本を読み、書斎に用意した簡易ベッドで眠るのが習慣になっていた。身体のだるさはなかなか抜けなかった。
 一週間が過ぎた。
 その日は朝の目覚めも良かった。午後になって、ヒロムは久しぶりに散歩に出かけた。砧公園のおなじベンチに腰を下ろした。公園ではあの雨の日と同じような景色が繰り返されていた。本は持ってこなかった。しばらく、ボーっとしていた。ふと思い立ち、女性の家のほうに歩き出した。ヒロムの散歩道は女性の家の反対側から公園に入るコースだった。
 家が見えるはずの道路まで来てヒロムは目を疑った。新居とおなじ形の家がなかった。家の後ろに見えていた大きな家の外壁が見えた。家のあった場所に行くと綺麗に整地され、ロープが張られ、売り地の看板が立っていた。隣との境界線のあたりに水道の蛇口が一つぽつんと立っていて、その脇にダンボールが置かれたいた。行って見ると中にケビンがいた。一緒に入れられたドッグフードはほとんど空だった。ヒロムが手を差し伸べると愛らしく舐めた。ヒロムはケビンを抱きかかえ、新居に戻った。涙のあとを玄関の前でふき取って。