仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

やがて無言の時は過ぎ

2009年10月29日 16時59分19秒 | Weblog
闇の中で手さぐりをするように女は自分の下腹部を擦った。
その事実は口に出して言っていいものか、迷っていた。
もう、三ヶ月になった。
医者に行ったわけではなかった。
時々、嘔吐が女を苦しめた。
女にとって、それははじめての経験だった。
マサルとの戯れ。その時はその事実はやってこなかった。
今、飯場の賄い所で食用油の臭いを嗅ぐと必ずといっていいほど、吐いた。

女はその事実に気付いてからも、毎日の営みを拒みはしなかった。

その日はその現場があける日だった。
男は焼酎を飲んで帰った。
酔いのせいか、男は陽気だった。
女は今日ならと、思った。
「できたみたいです。」
その言葉だけで、男は感じた。
男の顔はこれ以上ないというくらいの笑顔になった。
きつく抱きしめようとして、パッと手を離した。
女はその手を取り、自分の下腹部に誘った。
男の手がやさしく触れた。
その手からは暖かく柔らかな波が女の身体全体に拡がった。
女は男の頭を抱え込んだ。
涙がこぼれた。