仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

王様の新居7

2009年10月08日 16時27分01秒 | Weblog
 カーテンがかかっていた。金物の棚があった。フランス製のシャンプーや石鹸があった。身体が冷えていた。シャンプーをとった。
 ヒロムはあわただしくここまで来たような気がした。視覚に残った記憶が頭の中に浮かんできた。入り口の駐車スペースにはタテ目のベンツがあった。リビングは骨董品のような調度品が置かれていた。ヨーロッパ、そう、欧州的な雰囲気がしていた。なぜ、という疑問が生まれそうだった。声がした。
「お背中、お流しします。」
ドアが開いた。目を閉じていた。
「あら、頭から・・・。」
ヒロムは目が開けれなかった。
「主人を洗うときは頭が一番、最後なんですよ。」
ヒロムの肩に手をかけた。
「お座りになって。」
腰を下ろすと腰掛が用意されていた。木製の感触がした。
「続きを、いいかしら。」
ヒロムの頭に柔らかな指先が触れた。ヒロムはことばを選んでいた。なんと言ったらいいのか、困った。どうして、と聞くのも、おかしな気がした。ただ、指の感触は気持ちがよかった。されるがままにしていると、タオルが手渡された。
「どうすればいいのですか。」
「顔に当ててください。流しますから。」
「はい。」
頭を流し終わると、合成繊維ではないスポンジに石鹸をつけて、背中から、洗い始めた。ぬるっとした感触もなく、痛さもなかった。下ろしたての新しいものであることが感じられた。ヒトミと渋谷のホテルで過ごした時のことを思い出した。その流儀は違っていた。背中が終わると女性が言った。
「こちらを向いて。」

王様の新居6

2009年10月07日 17時36分41秒 | Weblog
砧公園の北側の生垣を抜けて、道路を渡った。周りを樹木で囲まれた家があった。その奥にはその家を飲みこぬような大きな家があった。玄関先について、ヒロムは笑ってしまった。
「どうなさったの。」
「いえ、何でもありません。」
玄関の扉を開けて中に入った。ヒロムは笑いをこらえた。
「ねえ、どうなさったの。」
「驚いているんです。」
「何を。」
「僕が住んでいる家にそっくりなんですよ。」
「どちらの。」
「成城です。」
「ほんとに。」
「ええ。」
ヒロムはキッチンやバスの場所や二階の部屋数を女性に話した。
「この部屋は書斎ですか。」
ドアの前に立って、ヒロムは聞いた。
「主人の部屋ですけど。」
「同じなんですよ。ほとんど全てが。」
「そんなことってあるのかしら。」
女性はしばらく戸惑った。が、直ぐに気づいてヒロムのほうを見た。
「衣装が濡れてしまったでしょう。着替えを持ってきますわ。」
「そんな気になさらないでください。」
ヒロムの袖を取った。
「すごい雨ですね。ビショビショですよ。」
確かに濡れていた。
「シャワーを浴びてらして、お風呂は・・・。ご存知ね。」
そういうとヒロムをバスルームに連れて行った。紐の一箇所を引っ張ればスルンと脱げてしまう衣装だった。女性は脱衣所のドアを閉めるとヒロムの衣装を脱がせにかかった。
「そんな、自分でやります。」
「いいえ、いいのよ。いつも主人のを脱がせているから。」
そういったものの女性には構造がわからなかった。女性の手を取って、その紐の結び目に導いた。一緒に引っ張ると衣装はスルンと脱げた。下着を着けいていないヒロム。女性は一瞬、目をそらした。ヒロムの後ろに回ると肩に掛かった衣装を優しくほどいた。衣装が床に落ちた。スッとバスルームに消えるとシャワーの温度をあわせて戻ってきた。
「どうぞ。洗わなくてのいいかしら・・・。乾燥機をかけておきます。」
全裸のヒロムが立ち尽くしていると
「どうぞ、お入りになって。」
ハッとしてヒロムはバスロームに入った。シャワーの温度は少し熱めだった。
「私も着替えてきます。」
ドアの向こうで女性の声がした。

王様の新居5

2009年10月06日 15時56分57秒 | Weblog
 曇り空は、したためた雨の滴を今にも、吐き出しそうだった。ヒロムは女性と出遭った時刻より早めにそのベンチに腰を下ろした。広い公園を見渡すと平日の午後でもそれなりに人はいた。数台の自転車が置かれた向こうには子連れの集団がいた。小山の下のベンチには老夫婦がいた。体育系の学生らしきジャージの青年が走っていた。昨日はそれらの人々に気付かなかった。風の臭いも感じていた。犬と女性はいなかった。この空模様で今日は来ないのか、と思った。フーと溜息をついた。
 目を瞑り、幻想を待つ準備に入ろうとしたとき、後ろから首筋に何かが触れた。フワフワとした感触だった。振り向くと女性と犬がいた。
「驚かれないのね。」
女性はいたずらっぽい顔と、嬉しそうな笑みを隠そうともしなかった。
「来て下さったのね。嬉しいわ。」
そういうとヒロムの隣に、昨日とおなじ場所に腰を下ろした
「今日は昨日より、お話できるかも。」
ヒロムは何も言わなかった。
「ご迷惑かしら・・・・。」
「いえ、僕もあなたが来るのを待っていましたから。」
女性はまた、微笑んだ。
「どうして、僕に声をかけたんですか。」
「解らないわ。でも・・・・。あなたの顔が・・・・・。」
「あの、責めるつもりはないんです。僕は女性に声をかけられることなどなかったものですから。」
「何かね。鏡に映った自分の顔に似ていたの。あら、失礼よね。そんな言い方。」
「聞かせた下さい。」
というが早いか、大粒の雨が降り出した。
ヒロムは、もちろん、女性も傘を持っていなかった。
「ねえ、うちにいらっしゃらない。直ぐ、そこなの。聡子さんも今日は帰ったから・・・。」
「えっ。いいですか。」
「私、一人だから。」
「いいんですか。」
そういうが早いか、右手で犬を抱え、左手でヒロムの右手を握り、駆け出した。
ヒロムの腰はフーという感じで浮き、女性の手に導かれるまま、走った。

王様の新居4

2009年10月05日 15時46分37秒 | Weblog
居心地のいい沈黙がしばらく続いた。犬がヒロムの手を舐めた。犬の口元を見てから、フッと顔をあげると女性は遠くを見ていた視線をヒロムに向けた。
「あら、ケビン。」
犬を静止するわけでもなく微笑んだ。
「ねえ、面白いお衣装ね。なにか。お坊さんかと思ったわ。」
「はは、そんな感じかもしれません。」
「でも・・・。どうして・・・ふふ。」
「どうかしました。」
「いえ、なにか不思議な感じがして・・・・。私、この公園で人に話しかけたことはないのに・・・・。」
微笑みながら、視線が一度はなれた。
「あの。いいかしら。どうしてそんなに寂しそうなお顔をしてらっしゃるの。」
今度はしっかりとヒロムの目を見た。
「ふふ、そんな顔をしていますか。」
「ええ、ケビンが・・・。あなたのことを・・・・。わたしはいつもこの時間にここに来るのよ。あなたのことが・・・・。」
立ち上がった。
「今日は主人がめずらしく早く帰るの。だから、これから、お買い物に行かなくてはいけないわ。ねえ、明日はいらっしゃるの。」
「決めていません。」
「もしよかったら、明日、ここで・・・・。」
そういうと振り向いた。
「ご迷惑だったかしら。」
視線を合わせずに振り向き、軽く会釈をするとヒロムの来た方向とは反対の方向に歩き出した。ヒロムは女性の後姿を見た。柔らかい線。からだの線が綺麗だった。
「明日、ここにいます。」
女性は振り向くと、ヒロムの目を見た。
「ええ。」
視線をそらすことはなかった。頭を下げ、嬉しそうに微笑んで振り向いた。少しはやめのテンポで歩き出した。そして、何度も確かめるように振り向いた。見えなくなるまでヒロムはじっと女性の姿を見ていた。

「異常はありませんでした。はい。宰に気付かれることはなかったと思います。ええ、三十代くらいの女性と接触していました。いえ、ベンチで話をするだけでした。」
「はい、同行はお許しにならないと思いますが、お近くでお守りいたします。」

王様の新居3

2009年10月02日 17時02分00秒 | Weblog
 暖かな日差しが心地いい日だった。ヒロムは一人で散歩に出た。いつもなら、武闘派が必ず警護のためについて来た。ヒトミの事件以来、それがあたりまえになった。その日は一人で歩きたいと言い張り、武闘派の護衛を断った。ゆっくりとした歩調で、ヒロムは歩いた。世田谷通りを都心に向かい、砧公園まで歩いた。その頃のヒロムは、インド人のような格好をしていた。インドの霊能者に興味を持ち、彼が着ているのと同じような服を作らせた。
 公園のベンチに腰を下ろした。ヒロムは目を閉じた。さわやかな風が頬に当った。風はヒロムの顔から、身体の中を通過した。身体が揺れた。思考するのではなく、全ての意識から遠ざかることによって生まれてくる幻影を待った。夢でもなく、想像でもない、心の深い部分から湧き出る幻影を。身体の中を通過する風に任せて、意識を外に追いやった。脳の後ろのほうから、何かが見え始めるその前に足に何かが触った。柔らかい感触だった。吠えた。
「ワン、ワン。」
また、触れた。
「ワン、ワン。」
ヒロムはゆっくり目を開けた。
「ケビンちゃん。だめよ。」
毛むくじゃらの小型犬が足に絡まっていた。首輪は付いていた。ロープはなかった。顔を上げると三十代半ばの女性が立っていた。といっても、その時ヒロムは歳など判らなかった。女性は犬を抱きかかえながら言った。
「不思議なこと、男の人のところに行くなんて。この子ね、男性はだめなの。」
ヒロムは女性の顔を見ていた。女性もヒロムを見ていた。
「おとなりいいかしら。」
「ああ、どうぞ。」
女性はやわらかそうな生地のパンツとパンプス、光沢を抑えた藍色のティーシャツに白いカーデガンを羽織っていた。女性にはヒロムが同じ歳くらいに見えたのか、自然な感じで話してきた。
「よくいらっしゃるの。」
「えっ。」
「ここにはよくいらっしゃるの。」
「いえ、はじめてではないけれど。」
「そう。」