つれづれに

きままに書きます。
どうぞよろしく。

夜更かしと忙しさと

2005年10月27日 | Weblog
すっかり夜更かしがやめられなくなりました。
この夜の静かに流れる時間がたまらない魅力なのです。
この時間が、昼間の充実しているとはいえ、あまりに忙しい時間を生きることのストレスを和らげてくれます。

でもこのことはまた別の問題を生み出すのです。つまり結局のところ、睡眠不足になってしまうということです。

何を削り、捨てていくのか。

今日はやっと少し実行できました。
沈黙で自分を守るということを。

やっぱり、そう甘くはなかった。

2005年10月25日 | Weblog
最後の宿題を仕上げたのは21日の出かける1時間前。
1時間ちょっとしか眠れませんでした。これで帰ってきた時には印刷も終わっているはずだったのに。
行きは車の中で寝ていけば大丈夫と思っていたのだけれど・・。
話が弾んであまり眠れませんでした。
眠かったけれど、楽しい一日でした。
滝を眺め、影絵を楽しみ、温泉を楽しみ、夕食もおいしく食べました。
久しぶりに食べた馬刺しはお隣の先生の分までいただいたほどです。
露天風呂は気持ち良く、入った温泉でゆっくり疲れも癒せたはずでした。
だのに、朝方から猛烈な腹痛です。
出発までの間に病院にいって下痢止めの処置をしてもらわないことには、
みんなと一緒に行動するのは無理と思われました。
朝食は抜いて、先生が持ってきていた正露丸をのみ、少し休憩。
どうやら、一緒に動いても何とかなりそうと思えたのでした。
その後は、ポカリ以外は口にすることなく
行程をこなして夕刻に帰宅。
一番気になっていた印刷を確認しにいったら、なんと出来ていないのでした。
あんなに苦労して原稿を仕上げて行ったのに。言葉もありません。
でも連絡不十分だった私にも責任があるのです。そう思ったら諦めもつきました。
旅行の道すがら眺めた景色を写真にすることにも失敗しました。
でも失敗をいつまでも悔やまないでいられるようになりました。
失敗は取り返すしかない、そう思えばやらなくてはいけないことが、いっぱいあるからです。

あなたもですか!

2005年10月20日 | Weblog
本当に久しぶりで、元の職場の先輩同僚を訪ねました。直接家まで行ったのは、何年ぶりでしょうか。
同じ市内で、時々おいでよといわれながら、忙しさにかまけてなかなかいけませんでした。
私より一回り以上も上なのですが、とても元気でそんな年には見えない人でした。
それがパジャマ姿で出てきました。
ちょっと疲れているようなので帰ろうとしたのですが、「上がって、お茶でも飲んでいって」というのです。
帰るのも悪いようで、すぐ帰るつもりで上がりました。
肌にも艶があって、顔に疲れが見えることを除いては、病気のようには見えませんでした。
少し話をしているうちに、彼女の体のことになりました。
そして遠慮がちに『実はすい臓がんで、肝臓にも転移があって、手術は出来ない。
今日7クール目の抗がん剤に投与が終わって今帰ってきたところなの」と言われれました。
命を限られることのなんとも言いがたいつらさ、どんなに抗っても抗いきれない戦い。
もっと楽観的に「大丈夫よ、気力しだい!」という人もいるのだけれど。
私は夫のことを思うと、そんな風にはいえないのです。
4人に一人が、癌で死亡する現在、あまりに当たり前になった病気だけれど、手を打つことも無くなって、見守るしかないその残酷さは癌独特ではないでしょうか。
そして命がもぎ取られるように逝くと言う事は、他の病気とは違っているように思えてなりません。
あなたもですか!そう心の中で呟きながらお暇しました。

            

本焼き終了

2005年10月18日 | Weblog
久しぶりで、焼き物が出来上がりました。もう随分前に成型したものばかり。
向う付けが2つ。土は白土。もうひとつは目玉焼きつくりとお粥なべ。こちらは赤土。釉薬は両者とも透明釉。
それぞれに味のある色に仕上がったけれど、形の歪さはわれながら情けないほどでした。
かなりの人が、蓋が実にくっついてとれなくて、苦労をしていましたが、幸いそうならなくて済みました。
あまりぴったりでなかったのが良かったと級友は言っています。

流れた時はおなじだろうか?

2005年10月18日 | Weblog
夕方になって、お友達のところに野菜の苗をいただきに伺いました。知り合って1年半くらいになります。
年は彼女の方が5年くらい上でしょうか。
彼女が作っている畑は50坪。
そこから、のらぼうと水菜の苗をいただきました。雨を厭うことなく私のために採ってくれている彼女。
見渡すとサツマイモ、落花生が収穫の時期。
ブロッコリーとメキャベツは蝶が卵を産まないようにビニールで覆ってあります。
これから伸びていくのは大根、のらぼうと水菜、そしてイチゴ。
きっと野菜は自給自足でしょう。

作ることを楽しみ、人に分けてあげる、それも楽しいことのひとつに違いないでしょう。
 結婚して、3人の子育てをし、子ども文庫をやり、手作りが大好きで今でも機会があればすっ飛んでいく。折紙協会にまで入るほど折り紙をマスターし、高齢者や不登校の子どもたちに毎週ボランティアで教えに行っているのです。
近くの里山にいって稲つくりをしたり、パソコン教室に通ってもいます。

彼女の興味は尽きるところがないようです。手を使うことが大好きで、そして不便な里山近くにいて自転車であちこちに出かけています。きっと足腰も丈夫でしょう。

こんな風に生活を楽しんできた彼女に流れた時間は、働き続けて子育てをして慌しく生きてきた私と同じなんだろうかと考えてしまいました。

でも私は働き続けていたおかげで、夫を突然失った後も、困ることなく生活を送ることが出来ましたが。

働き続けている夫たちは、彼女のような豊かな時間を持てるのでしょうか。

私には まだ出口のみえない混沌とした思いが渦巻いています。