象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

いま、日本人が見るべき映画〜「オーダー」(2024)

2025年03月04日 04時25分10秒 | 映画&ドラマ

 久しぶりに、アメリカ映画の底力と本気度を感じさせる作品に出会う。と思いきや、アメリカを舞台にしてはいるが、日本では劇場未公開のカナダ発の映画である。
 てっきりハリウッド映画だと勘違いし、「オッペンハイマー」で裏切られたばかりだったので、いい意味で意外性を抱きながら思わず見入ってしまった。まるで、重厚なサウンドを聴いてる様で、心にズシンズシンと響く何かを感じてしまう。
 ただ難点を言えば、幕切れが少し呆気なかったかな・・が、それ以外は十分過ぎる程に堪能できた。

 ケヴィン・フリン著のノンフィクション「The Silent Brotherhood」(1989)を原作にした、80年代のアメリカで起きた実話から着想を得た映画で、過激派グループ”The Order”というアーリア系白人至上主義のテロリスト集団を描いた作品である。
 ジャンルで言えば、過激系クライム・サスペンスだが、深く考えさせられるヒューマン・ドラマでもある。
 シリアスな内容で、歪み偏った思想が如何に恐ろしいかを淡々と描く訳だが、これが実際のテロ事件に繋がってる事を考えると、末恐ろしくなる。
 事件の恐ろしさに焦点が集中し、展開自体は大人し目で淡々とし過ぎるとの不足もなくはないが、カナダ併合や20%の関税をチラつかせるトランプが再選したこの時期に、白人至上主義を敢えて題材にしたのは、監督のジャスティン・カーゼルもかなり勇気と覚悟が要った事だろう。
 確かに、淡々と無機質なまでに進行するが故に、何となく不気味な展開がこの作品に重厚さを醸し出す。


正義は誰がためにある?

 主演は、ベテランFBI捜査官テリー・ハスクを演じるジュード・ロウだが、お久しぶりでイケメンと薄くなった頭は健在であった。
 ハスクは、アメリカ国内で政府転覆を企てる過激派テロリスト集団の存在を突き止め、捜査を進めていく。が、組織の実態を知るにつれ、国家の安全と自らの信念の狭間で葛藤する。
 もうこの時点で、私の心は揺れっ放しだが、”The Order”と呼ぶ白人至上主義団体は単なる犯罪集団ではなく、アメリカ連邦政府の転覆を目論む(ナチスの血を引く)アーリア人系の過激派 であり、銀行強盗を繰り返しつつ資金源を確保し、アメリカ政府に対する武装蜂起を計画していく。

 一方、ニコラス・ホルト演じる組織のリーダーのボブ・マシューズだが、これもまたイケメンでクールでスマートで、テロリスト役には勿体無い程の存在感を終始醸し出していた。
 ”アーリア・ネイションズ”という白人至上主義のグループから独立・分岐した若きカリスマだが、冷酷かつ知的で多くの信奉者を抱え、銀行強盗や襲撃を指揮しながら、着実に勢力を拡大。また、FBIの内通者を利用し、政府の動きを先読みする戦略家でもある。
 この2人の共演に私はメロメロになるが、彼らの計画を阻止しようと潜入を開始するハスクは、次第に”正義とは何か?”という自らの問いに悩まされていく。
 気持ちは痛い程に解るが、”正義と復讐”という構図は単純な程に根が深い。だが、典型の冷静沈着なFBI捜査官ではなく、組織犯罪を追ううちに心が揺らぐ、情に脆く生身の人間を演じるジュード・ロウの存在は圧巻の一言に尽きる。

 つまり、正義の為に組織を追うが、手段を選べなくなる自分がいて、一方でテロリストの思想に対する嫌悪とある種の共感が入り混じる。が、情報を得るには道徳的な一線を超える必要に迫られる。
 ハスクのこうした複雑な心理状態に共感した人も多いだろうが、もし私がハスクだったら敢えてホルトを逃したかも知れない。
 一方、ホルト演じるマシューズは華奢でクールでありながら、強烈な存在感を放ち、静かにスマートに語りかける。が故に、異次元のオーラを持つ彼の演技には、世の中に不満を溜め込む最下層に生きる弱者らを惹きつけてやまない納得させる何かがある。

 実際のテロ事件を元にした作品は世界中でも数多く作られてはきたが、これ程スマートに描いた作品も珍しい。
 派手なアクションを最小限に抑え、淡々と静かに流れる緊張感が観る者を包み込む。更に、”善と悪だけでは単純に分けられない”複雑な社会の闇をリアリティを損なわずに描く、カーゼル監督の手腕にも頭が下がる。


最後に

 現代のアメリカ社会が抱える”分断”と”格差”と”過激思想”の問題を浮き彫りにした作品だが、なぜ人々はこうした極端で過激な主義や思想に引き寄せられるのか?テロを防ぐ為に、政府はどこまで介入すべきなのか?
 また、正義の本質とは何か?そして、正義とは誰が行使するのか?それは政府か?それともテロリストか?
 映画を観終えた後、これらの問いが脳裏を駆け巡る私がいた。
 事実、世界各地であらゆる理由と目的により、過激なテロ事件が繰り返されている。つまり、映画というフィクションとは言え、同じ様な事が現実に起こってる事を、我々日本人は他人事ではなく等身大に認識する必要がある。

 ただ、個人的には、”オーダー”のリーダーであるホルトの、その後の動向は暗に伏せてほしかったが、結果的には、白人テロ組織”オーダー”の全員が捕まるか死亡したが為に、FBI側の勝利となったが、もう一泡吹かせて欲しかった気もする。
 つまり、私も知らず内にホルトが率いる”オーダー”に魂を抜き取られてたのかも知れない。そう考えると、たかが映画とは言え、人間は洗脳され易い危険な生き物である事を再認識させられた。


補足〜「ターナー日記」とは

 実は、作中でも登場する「ターナー日記」だが、テロ計画の手引書となるこの本は実在し、白人至上主義団体”ナショナル・アライアンス”の創設者ウィリアム・ルーサー・ピアースが1978年に出版した小説である。
 その内容だが、近未来を舞台にし”何が起きたのか”を振り返る日記の様な構成をとる。
 以下、「ヘイト本では済まされない」を参考に大まかに纏めます。

 アメリカ連邦政府が国内の白人が所有する民間銃器を新たな法規制で全て没収した事で、それに抵抗する白人は組織化して地下に潜伏。政府相手にゲリラ戦を仕掛ける所から物語は始まる。この白人たちは自分たちを脅かす存在を”System”と呼称し、敵視する。
 やがて、白人ら組織の攻撃は激化し、FBI本部を強襲するなど、政府を次第に圧倒し、同時に非白人を強制移住させたり、処刑する事で壊滅させ、自らの地域を政府支配から解放する。
 更に、白人占有国家を樹立し、非白人に協力した白人は裏切り者として処刑。その処刑を”ロープの日”と呼んだ。
 世界中で壊滅的な戦争が起き始める中、自分らの白人占有国家は軍事独裁政権となったアメリカ政府に最後の戦いを挑み、神風特攻隊の様にペンタゴンに自爆突撃する事を決意。”この戦いは白人以外の人種が滅び、自分たちの組織が世界を慈悲深く統治していく”と締め括る所で物語は終わる。

 我ら日本人からしたら、奇怪な暗黒世界の物語の様に映るが、白人至上主義者の中には、この物語を理想郷とみなす者も現れた。
 ただ、従来の白人至上主義者らは聖書を心の拠り所としてはいたが、一部の白人らはより過激な”ターナー日記”に陶酔する様になっていく。更には、映画の中で描かれる様な”ターナー日記”を現実世界で実行しようと、実際にテロ事件を起こす者が多発し、一部の国ではこの本は発禁となった。
 これは小説が現実に悪影響を与えた最悪のケースだが、”フィクションで、表現の自由があるから・・”では済まなくなった極端な事件とも言える。
 映画の中でも”こんな日記を参考に政府を転覆させ、人種戦争を勃発させる奴がいるなんて・・”と、地元の保安官らがすっかり油断するシーンが描かれていたが、人間は一旦タガが外れれば、どんな悍しい事にも手を染める。
 改めて、人間の本性の恐ろしさを等身大に痛感するが、現実にも白人至上主義寄りのトランプ政権が誕生し、”ターナー日記”と同様に危険水域に突入したと言えなくもない。

 因みに、トランプ”大統領の就任式で、トランプと親交を深め、政治中枢に支配力を伸ばすイーロン・マスクが”ナチス式敬礼”を行った?として大きな批判を浴びたという。
 以前から極右を支持してきたマスク氏だが、今回の映画も極右寄りのトランプ政権を暗に危惧する視点として捉えれば、多少は穏やかな味付けになってると言えなくもない。

 という事で、久しぶりに酔えた映画でした。



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