象が転んだ

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神への挑戦か?生き物への冒涜か?それとも・・・”ES細胞捏造事件”の科学者は何をどう勘違いしたのか

2024年11月30日 04時41分07秒 | 映画&ドラマ

 韓国映画「提報者〜ES細胞捏造事件」(2014年)は、2005年に韓国で実際に起きた元ソウル大学校教授によるES細胞捏造事件を映画化した実録サスペンスである。
 名声の為に研究結果を捏造する科学者や、国益の為に真実から目を背ける国民など、様々な人々の思惑に阻まれながらも、自らの信念に従い真実を明らかにすべく奔走するジャーナリストの姿を描く。
 ヒトのES(胚性)幹細胞の作製に世界で初めて成功した事がイ博士(イ・ギョンヨン)から発表され、韓国国内は沸き立っていた。そんな時、TV局プロデューサーのユン(ユ・ヨンソク)は”博士の研究成果は捏造されたものだ”と告発の電話を受ける。
 ユンは証言を信じ、真実を明らかにする為に取材を始めるが、告発者こそがイ博士に捏造を頼まれた若き研究者であった・・・

 この映画を見た時、ブログでも紹介した「小保方」さんの”STAP細胞”の件を思い出した。
 彼女の場合は研修所の助手に過ぎなかったが、今回の件は犬のクローンを専門とする獣医である。だが、論文の偽造や捏造という点では両者とも多くが共通する。
 普通に良く出来た映画だが、この物語には情報提供者がいて、告発される側がいて、ジャーナリストがいて、その報道には様々な圧力が振り掛かる。
 勿論、実話とても所詮は映画であり、面白ければそれでいい。科学のあるべき姿や倫理的課題、それにジャーナリズムやメディアなどのあり方なども描かれてはいるが、全てを2時間以内に満遍なく詰め込む事は不可能である。

 
真実か国益か?それとも富と名声か?

 映画では、”真実か国益か”で揺れ動く告発者の失望とためらいに加え、”真実こそが国益である”と彼に説く記者の熱量が等身大に描かれ、スマートに好感が持てたのは見てて納得でもあった。
 一方、韓国学会だけでなく学界からも追放された研究者の黄禹錫(ファン・ウソク)は、今でも論文の不正捏造を認めず、未だ係争中だ。また”キング・オブ・クローン”とも揶揄され、騒動から20年を経た今もクローンへの情熱は衰えず、UAE(アラブ首長国)でラクダやペットのクローンを作っている。
 因みに、毎日新聞のメール取材に応じた黄氏は”ヒトのクローンには強く反対しており、作る可能性は全くない”と述べたとされるが、これじゃ、”神への挑戦”と言うより、クローンを夢みるバカな獣医と何ら変わりはない。
 結局はヒトのクローンで失敗し、ラクダやペットに舞い戻ったという悲し過ぎる獣医の物語でもある。

 ただ、”普通によい”次元の作品に仕上がってはいたが、最後にどんでん返しがあってもよかった。つまり、”真実や正義は常に勝利する訳ではない”事を描いても面白かったのではないか。事実、ウソが莫大な国益になる事は大国アメリカが実証してる事でもあり、正義が勝利する確率は今や限りなく少ないのだから・・その上、黄氏はヒトのクローンでは失脚したが、動物のクローンでは未だ第一人者でもある。
 故に、”嘘つき”博士に多少の逃げ道を映画上でも用意しても、バチは当たらんだろうし、博士には同情できる部分もなくはない。事実、映画の中では、ヒトのES細胞を使って難病を抱える人たちを救おうという気概を見せるシーンは感動には値する。

 が、不正を犯し倫理を無視してまで、やり遂げる必要がどこにあったのだろう。
 実際には、貧困の出で努力だけで立身出世しようとする獣医が名声と莫大なカネを目当てに、世界でも注目を浴びる斬新でウケの良い論文を捏造するというのも無策すぎるし、子供じみてはいる。

 因みに、Netflixのドキュメンタリー「キング・オブ・クローン」(2023)では”捏造研究者は倫理観なき世界で今なおクローンを作り続ける”というフレーズで黄氏が紹介されている。
 中国では2019年にペットのクローンが実用化され、お金さえ払えばクローン犬や猫を飼う事が可能で、少なくとも500匹以上が誕生しているという。価格は19年当時500万円以上したが、現在は200万円代から可能らしい。だが、価格が下がったとはいえ、金に胡座を掻いた”命の生産工場”には代わりはない。
 事実、09年の時点ではクローン1匹当り、卵子提供犬と代理母犬12匹が必要とされたが、韓国では犬肉に回されるとの疑惑もある。
 愛犬を失った飼い主が犬のコピーを求める気持ちは解らないではないが、そのエゴの陰で多数の犬が苦しめられている現実。その一方で、殺処分され、劣悪な環境で野垂れ死んだり、犬肉にされる犬たちが数多く存在する。
 つまり、クローン犬に大金を払う人々の愛情とは、そんな偽善で安っぽいものなのか?お金で愛情を買おうとするエゴこそが、黄氏の様な不正研究や捏造論文を生む背景を作り出してるのではないか。

 このドキュメンタリーで黄氏は、UAEで競走用や品評会用のラクダのクローンを作っていたが、彼は今もエゴや欲望丸出しの世界で生きている。
 特に、品評会で最も美しいとされたラクダのクローンが12頭も作られた事は衝撃的にも映るが、希少性こそが美の本質だとすれば、クローンを作って何が有り難いのか?
 一方、愛犬を失った医者がクローン犬を手にするエピソードもあるが、この犬はかけがえのない1匹として愛されるではなく、死んでも心痛める事なく別のコピーを作り、自己満足を満たすのだが、何と虚しい人生だろう。
 最後は黄氏のホラー味のコメントで幕を閉じるが、このドキュメンタリーがクローンを正当化する黄氏のの言い分を支持するのか?科学の醜悪な側面を見せつけただけなのか?
 ただ、どんな悪どい人間にも”拾う神はいる”と言う事なのかもしれない。
 

そもそもES細胞捏造とは

 確かに、アホ臭な捏造事件でもある。だが、クローンを使って難病が克服できれば、世界的に画期的な研究とも言える。
 ただ、専門的で堅い事はヌキにして、ES細胞捏造事件の内幕を不正研究者の視点と、その不正を勇気を持って指摘した告発者の声を元に大まか振り返る事にする。
 ソウル大学の黄禹錫が2004年2月に発表した、体細胞由来のヒトクローン胚から胚性幹(ES)細胞を作製する事に世界で初めて成功したとの衝撃の論文は世界中を驚愕させた。
 つまり、ヒトの細胞をクローン化し、そこからES細胞を作製する事に成功したのだ。それまで羊や牛など哺乳類では体細胞由来のクローン技術はある程度確立されていたが、サルなどの霊長類ですらクローンの成功例はなかった。
 翌年5月には、患者の皮膚組織から”ES細胞11個を作製した”と発表し、様々な難病を抱える世界中の患者に希望の光を与えた。更に、この際に使用した卵子が184個に過ぎないという異常な効率の良さも脚光を浴び、クローン技術の実用化への可能性が高まったとされた。
 韓国メディアは空前絶後の研究成果に大騒ぎし、国民は熱狂し、ノーベル賞候補と期待された黄氏は国民的英雄として称えられる。

 しかし同年11月、韓国国内でクローンに必要な人卵子の売買や不法卵子での人工授精手術や代理母など、ブローカーの存在が明らかになり、警察の捜査が入る。更に、卵子の違法入手やES細胞の水増しや虚偽が論文の共著者から告発され、論文は全て撤回された。
 その後、犬のクローン以外は全て捏造である事が判明し、クローンによるES細胞製造の研究は灰燼に帰す。だが再び、幹細胞と再生医療の研究に光が射し始めたのは、山中伸弥ら日米の研究者らがヒトiPS細胞の樹立に成功・発表した2007年の事であった。

 一方で、韓国社会は黄氏に熱狂し、再生医学の世界的中心が韓国になり、経済効果や韓国初のノーベル医学賞への期待が大きく膨らみ、国民の支持や政府企業からの支援が増大。更に黄氏は”最高科学者”の第1号に韓国科学省から認定され、記念切手にもなり、小中高の教科書にも載った。
 民間からは(報道界認定の)”韓国人大賞”が、大韓航空の1stクラス10年間乗り放題の権利が与えられ、5m超の巨大石像も建立され、ネット上では数々のファンクラブも生まれた。更に、数々の出版社からは黄氏の伝記や漫画が発売されるに至る。
 こうし熱狂渦の中、韓国国民は黄氏の卵子入手などの倫理問題を指摘したMBC(韓国文化放送)の報道番組「PD手帳」に対し、”国益を損じた”と糾弾し、ネット上ではMBCを”非国民”と断じた。結果、「PD手帳」は放送休止になる。 
 結局、真実を調査し、疑惑を正すべきメディアだが、黄氏の不正研究をMBCの報道と取材手法の非に掏り替え、”黄禹錫に対する批判は許さない”との風潮が作り上げられていく。 

 但し、問題点が卵子入手の倫理問題から論文の捏造、更に全ての業績に疑惑が及ぶに至り、黄氏を支持する声も急落し、徹底的に黄氏擁護を展開したメディアも反省文を掲載。
 全く、冷静さに欠ける世論と理性を欠いた韓国メディア。更には世間の誤解を追い風にノーベル賞受賞振興教育を目論んだ政府の大恥を国内外に曝け出し、事件は終息したかにみえたが、その後も捏造事件を”陰謀”として信じようとはせず、黄氏を擁護する韓国人も未だに多く、抗議の焼身自殺をする者まで現れた。
 この様な一連の熱狂は、黄禹錫が”貧乏な家に生まれ、親孝行をしつつ苦学して大成する”という朝鮮民族の英雄像にピタリと当てはまる為であるとの声もある。
 以上、ウィキから大まかに纏めました。


内部告発者は語る

 結局は、MBCが報道した内部告発等を機に、卵子提供に関する倫理手続き等の不正や論文の写真、DNA指紋など様々なデータのねつ造が指摘され、”ES細胞自体が存在しなかった”事が明らかになった。
 以下、「内部告発者が語る韓国”ES細胞ねつ造事件”の経緯とその後」より一部抜粋です。

 告発者は、当初は黄氏の研究室に所属していたが、治療の可能性に対し、次第に疑問を感じる様になる。更に、徹底した成果主義に強い抑圧を感じ、また黄氏の婉曲的な圧力にも強いストレスを感じて、やがて彼は研究職を離れ、臨床医となる。
 その後も、”11個のES細胞が作製された”という黄氏の衝撃な研究発表を知り、彼は強い疑問を持つに至る。だが、不正を確信しつつも行動を起こす事はなかった。
 やがて、そのES細胞を使って治験が始まる事を聞き、更にその治験の対象者が、彼もよく知る当時8歳の脊髄損傷患者の少年だという事が告発の決め手となる。
 彼は研究成果が捏造である事を確信し、臨床医として治療の危険性も十分にも理解していたのだ。

 MBCの報道番組で”圧力により真実を隠蔽されるべきではない”とのキャスターの言葉に心が揺れ動いた彼は、所属と氏名を明かし、番組HPに不正の事実を書き込む。
 だが、告発当初はこれといった物証がなく、そんな時、廃棄される筈の実験用のES細胞を入手し、それを機に番組による取材が始まる。
 ただ、国民的英雄の不正を白日の元に晒すのだから、TV局と告発者に対する韓国社会からの激しいバッシングは容赦なく、番組はスポンサーの撤退を始め、多くの圧力を受けた。 
 黄氏の不正を擁護する動きが大勢を占める中、若手研究者のコミュニティサイトに画像の改ざんやねつ造の証拠を示して不正を指摘する投稿がなされ始める。やがて日米からも研究不正を疑う声が上がり、国外からも不正を示す証拠が出始めた。

 これらを機に、韓国内の学会やメディアの中にも研究不正を疑う者が増え、中止されてた報道番組も再開され、ついにソウル大学が調査委員会を立ち上げ、黄氏の研究不正を認定した。
 ただ、熱狂的支持者は調査結果を受け入れず、黄氏が検察から起訴されても暫くは混乱が続く。事実、事件から10年以上が経過した今でも、黄氏を支持する人々は存在しクローン研究は続けられている。また、最近ではヒトのクローン研究に関するニュースもあり、未だ韓国では終わった事件とは言えず、今でも後を引いている。
 因みに、告発者は現在、某国立大の教授職に就いているが、事件の大きさを考えると極めて希な事だと言う。

 今回の告発者の講演は、内部告発を行う事のリスクの高さや難しさを改めて痛感するものであり、本事件にて研究不正が明らかになる過程で、TVやジャーナルなどの旧来のメディアが権力に押し潰される中、ネット(SNS)が大きな役割を果たした事も注目に値する。更に、過度な成果主義が研究不正を招く大きな要因の1つである事も再認識する事になる。
 以上、「研究ポータル」サイトからでした。


最後に〜愛情はコピーできない

 簡単に纏めるつもりでしたが、こうしたアホ臭な不正事件ほど大きな騒ぎや様々な問題を提示するものもない。
 ヒトのES細胞を不正に捏造する研究者も情けないが、愛犬のコピーを得て愛情を得るどころか、安っぽい自己満足に浸る金持ちもこれまた情けない。
 タイトルでも書いた様に、”神への挑戦か?生き物への冒涜か?”という倫理的な是非を問う大げさなテーマとも言えるが、愛情を金と履き違えたおバカな研究者と愚かな金持ちの過ちと偽善に過ぎない。
 つまり、不正研究者の黄禹錫は大金になる研究のテーマとして、動物のクローンを選択した。ペットを失った金持ちが群がる事は想定内でもあったのだろうが、それに飽き足らず、ヒトの世界でもクローンが作れないかと勘違いしてしまう。

 クローンとは聞こえは良いが、単なるコピーの事である。
 文字や単細胞のコピーなら劣化や変異とは無縁だが、複雑な細胞組織と高度な遺伝子構造を持つ霊長類やヒトでは、告発者が言う様に想定外の変異が起き、最悪は個体を死滅、或いは絶滅させる危険性もなくはない。
 一科学者が研究の過程で夢を追うのは構わないが、動物だけでなくヒトの命をも犠牲にしてしまえば、それは立派な殺人罪でもある。
 黄氏は、ヒトの命がコンビニでのプリントサービスの様に簡単にコピー印刷できると初歩的な間違いを犯した。
 だが、韓国社会が彼を英雄として持ち上げた事で、彼の研究が”神への挑戦”とみなされ、未だに少なくない支持を得ている。

 全くの茶番だが、国家が成熟しきれないと国民も成熟できない事の証明でもある。事実、黄氏の胚移植のアイデアは1995年代の動物研究を模したものだと噂されてもいる。
 日本も未だにノーベル賞の時期になると、メディアは大騒ぎするが、こういう風潮をなくさない限り、過度な成果主義の研究の現場は変わらない。 



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