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"Life is either a daring adventure or nothing at all"

1月23日OBK

2011年01月28日 22時32分15秒 | こども
OBK英語の先生研鑽の会二回目に参加しました。

パンテーラ車椅子が来て、リリカがよく効いて、ガバペンの副作用も減って、大丈夫かな?と思ったけれど、行きたい気持ちが勝った。

今回のお話も、前回に引き続き発達障害と英語教育。
私にぴったりのお話(笑)

前回に引き続き、村上加代子先生の講話。私、この先生のお話の進め方好き。(←大学の先生なんだからプロやっちゅうに)

今回は自分が持つ、子どもになってほしい将来像(価値観)と自分の教え方(テクニックなど)がかみ合ってるのか、考えさせられた。
私は教育者なんだろうか?
英語は教えていて、私の子どもたちは発達障害はないけど(むしろ自分)一人ひとり教え方違うしね。少人数って言うのも恵まれてる。

うん。私は教育者だわ。

学習障害や発達障害の知識については、私が日々抱えている車椅子で二分脊椎という障害の中で感ずるバリア以上に、バリアがあるらしいということが発見。
なんちゅう国やねん。

「成人ディスレクシアのひとりごと」というブログを紹介してくださったので、帰って検索して読んで見ると、日本って大変・・・。


うーん。
私は中高を私立一貫教育で過ごして、また母校がかなり柔軟性のある学校で、
そこからニュージーランドに飛び出して、
まわりに普通に発達障害や学習障害や身体障害や、
外国人(私が外国人なのだが)
移民(英語できない。スーパーの仕組みがわからない。電話かけられない。とか)
イスラム教徒、ゲイ、
売春婦のルームメイト(←これは特殊?)
兄弟がギャングとか
大学院生に弁護士、建築家・・・といろいろいて共存していたので、

ちょっと議論というか、そもそも話題になるのが不思議な気持ちがした。

でも、逆に、私が知っていることを知らない人がいる、その裏で大変な思いをしている人がいる・・・
ニュージーランドでは当たり前に小さい頃からサポートを受けて、それなりの進路が保障されている。
私の知り合いは国立高等専門学校のなかの洋服のデザインの学科に進み、起業した。

日本では・・・高校に行けるのか?
義務教育の学習内容、保障されていないじゃないか。
その義務教育に英語が入ってるんじゃないか・・・
責任重大・・・。

私が二分脊椎も学習障害(たぶん私は数学が意味がわからないタイプ)も発達障害も、いままで大して困らずに生きてこれたのは、とてもラッキーなこと。

日々いろいろあるけれど、私は英語があったから生き残れたんだと思う。
それを思えば、英語を教える仕事も悪くないなと思ったわ。











対話

2011年01月25日 00時07分26秒 | Sociology的
私は英語は「学んで」得た言語だし、ニュージーランドに行ったときにこういう場合はこう言う‥というルールも学んだので使いやすい。
また、文化も最初がホームステイだったので外国人の私には「行動指針ガイド」みたいな小冊子があって、やりやすかった。


ニュージーランドは多民族国家であり、先住民マオリもいるので「違うもの」に理解を示そうとする。理解はできなくても・しなくても・・・「黙認」はする。
批判がある場合はそれなりの理由がある。

他を受け入れるということは、以心伝心では無理。
私には、「ルールにのっとって言葉を尽くせば、理解はされなくても耳を傾けてもらえる」「筋が通っていれば、それが私にとって正しいと認めてもらえる」”英語”と言う言語と文化はとても心地が良かった。
だって暗黙の文化や「~べき」がないから。


最近、私の脳のアスピィ特性を知っている方に
「普通はクエスチョンでおいて置くんだよ」
「人生に納得できないことなんてたくさんあるよ」と言われて心底びっくりした。
私はクエスチョンなんかにおいておかない。
答えが出るまで求めるし、答えはいままでずっと出てきた。きっとこれからもそうだと思う。
それに、人生に納得できないことなんか、私には今まで一つもなかった。


最近、ある場所に苦情を申し立てた。
でも耳を傾けていただけなかった。
苦情(意見)は改善のための貴重な材料だと思っていたのに。

また別の方にmixiで
「自分の意見が否定されるのがいやだし、人の意見を批判するのも面倒だから、肯定肯定で話しを進めていくのが日本」と・・・
肯定肯定だとどこにも行き着かない気がするのですが、そういうことだったんだ・・。

また別の方に
「ずっと突き詰めて理論立てて相手に話すと、相手はしんどくなってあなたが孤独に陥るよ」
!!!

不当な扱いに対して意見を言うというのは自分の存在の証明だし、尊厳に関わると思うのだが、そうも行かないみたい。

突き詰めてるんじゃなくて、
私の意見を無理やり通そうとしてるんじゃなくて、
困ってるから意見を(苦情を)言っている。ちゃんと理由がある。
だからいっぱい言葉を尽くして伝えているつもり。

でも、よく考えたら、mixiでやり取りしてる方がおっしゃったように、日本人って
「社会学が好き」
「夏目漱石が好き」とか「言うだけ」型の発言って多いよな~。
私はいつも数秒待ってカクッとなって、心の中では
(だから?それで?続きは?because...??)って思うんだけど。
反応はしないし、期待もしてないんだろうか。

言うだけやったら対話ちゃうやん。
クリントンさんもいってたやん。妥協案のない批判は受け付けません、って。


英語みたいに、話が発展したら意外なところで解決が見出せるかも知れないのに。
あっちの友人なんか、「ハリネズミを踏んだ」だけで、すごく話が盛り上がっていて呼んでいて面白かったのに。

なかなか道は遠そうです・・・



チーン。

おしらせ

2011年01月18日 22時00分13秒 | Doll House
http://www8.plala.or.jp/dohouse/ フィリピンの手作りおもちゃなどなど。他に機会の無い貧しい地域の人々への、安定した就業の機会を作る事を目的としています。この先三ヶ月のバザーのお知らせ。



1月28日(金)10:30-15:00
ポートピアホテル南館16階 Japan American Women of Kansai 関西日米婦人会バザー



2月24日(木)10:00-15:00 
ホテルサンシャイン青山ガーデンプラザ4階5階 国際ソロプチミスト姫路西バザー



3月3日(木)!0:00-16:00 
千里阪急ホテル2階 国際ソロプチミスト大阪北バザー




お近くの方は是非お越しください。英語教室の教材、出産祝い、プレゼントにどうぞ・・・

最近の私

2011年01月18日 15時02分52秒 | Weblog
最近の私は、まとまりのない感じ。



読書は…
サンデル、
ロック×二冊
トリイ ハイデン×二冊←もう一回英語で読んでる
アオテアロアの人間発達
英語教師の会の課題図書(日本語で、学習障害・発達障害などについて)←これは自分のこともあるので結構すんなり。

こういうのを、読み散らすっていうんだろうな。


それから、教会の方でフィリピンのプロジェクトをなさってる方とのメールのやりとり。
久しぶりにフェアトレードについて考え、
ニュージーランドにあったフェアトレードのお店のホームページ読んだり。


三月にシンディ ローパーのライブがあるのでチケット買ったり。
一応、その頃には薬が効く予定で、私の中でいろいろ体力、痛みなど回復している予定なので買いました。



それから…
ニュージーランドにホームシック。
私を作るいろんな要素が『英語圏に留学したから』じゃなくて、
『ニュージーランドだったから』と気がついたから。

こんなコマーシャル
IPC陸上世界選手権


ニュージーランド航空国内線機内放送ラグビーバージョン


来年はニュージーランドに行きたいな。


その前に論文よ!

薬の話・・・

2011年01月14日 21時16分28秒 | 二分脊椎
私が二回入院・手術した脊椎係留手術。

インターネットで調べても子どもの情報しかなくて、二分脊椎って病気自体が日本では少なくて、ましてや大人の情報は少ないと思う。
人口比率的には多いのかもしれないけれども、ニュージーに比べて一般に耳にしない。
ためしに二分脊椎協会に一年入っていたけれど、私には文化的にあわなくてやめちゃった。
でも留学中はほとんどの人が二分脊椎を知っていたよ。

話を戻して、去年から私が加わったChristians with dissabilitiesというインターネット上の情報交換で、北米やイギリスの二分脊椎の方々からいろんなことを教わった。
英語ができてよかったと思った瞬間。

脊椎係留の痛みに関する薬も、あちらは10年くらい早く認可されている。
その中で、自分の痛みは、どうやら抗癲癇薬でコントロールできる可能性があるらしいとわかった。それがこの夏。



同時期、6月、近所の薬剤師の友人が知った新薬。
「いままでの作用機序と全然違うから、きっと効くよ!」と教えてくれた。
でも、去年の6月に認可されたばかり。
認められている病名は帯状疱疹後神経痛ともう一つものすごく全身が痛くなる病気。

まあ、友達には「帯状疱疹になってもおかしくないくらいシンドイよね・・・」なんていってもらってしまいましたが。ハハハ・・・
上半身はまあ大丈夫だけど、下半身痛いしね。
でも私は保険適用外。
だから言えずにいた。
アメリカ人の二分脊椎の人は使っていて、経過も良い感じだったんだけど。



そのころは、諦めモードで治療をしないでいようと思ってた。
暗闇にいて抜け出せる光が見えなくて、劇団に加わったのはやけくそっていうか、そういうのもあった気がするな。身体が動かなくて、自己実現の場がないんだもん。
それなりに日々楽しく、些細な幸せを頼りにに生きてたけれど、ニュージーランドなんていう国に5年も6年も住んでしまって、当然のように健常者と対等に生きていたら、今の生活があまりにかけ離れていて「どうでもいいや」って思い始めて。



そして同時期、8月、母校の同級生の弟さんがお盆休みで「お茶しましょ」って話になった。彼はお医者さん。
当然痛みの話になる。
彼はその薬のことも知っていたし、私に出してもらえそうにない仕組みも教えてくれた。
がんとかならホスピスでキツイ鎮痛剤出してくれるんだろうけど、私は生死に関わらないしね。
でもおかげさまで、彼と話した後、「また治療して痛みのない生活を取り戻したいな」と思ったよ。この時点で5年間痛みに振り回されてたから、いい加減疲れていたんだね。



次の日は主治医の外来日ではなく、最初の主治医の外来日。
この先生が海外の事例をご存知で抗癲癇薬を処方してくださった。友達が言ってた薬じゃないけど。
でもどんどん量が増えてって、2ヶ月たっても効果がなくて、12月に手術した。
手術したことはたくさんと話し合って、納得して決めた。
でもほとんど痛みが変わらず、あげくに今度は副作用に振り回されてきた。
前回の手術もあまり痛みは変わらなかったから、今回も変わらないかもしれないという可能性はわかってた。でも私には、この5年間のいろんな意味でのストレスから解放されるための手段として、大きな期待を寄せていた。



ニュージーランドから一緒に日本に来たDは癲癇持ち。
私が抗癲癇薬を飲み始めた当初から、いい顔はしなかった。
もちろん私が痛みと不便さ、無理解と差別に苦しんでいるのは知っているけれど、それでも癲癇薬を飲むことには難色を示した。
そして先日、Dとあの人権意識についてのディスカッションをしてるときの体調の悪さったら!
吐き気・ふらつき・めまい・・・
それでもしゃんとしてる頭。頭もボーっとしてくれたら苦しみも減るのに。
Dは「薬飲むのやめて欲しい」

それから毎日、心配してメールくれて再三薬をやめるように言う。
でも私は離脱症状(禁断症状)が怖かった。
ちゃんと手当てしないと短期間で死にいたるとか書いてあるし!
でもその薬出してもらえなかったら他に選択肢はあるの?
二分脊椎ってあんまり専門的に見てもらえるところ少ないのに。

でもDは「君はもうQOLの低い生活を5年も送ったんだ。痛みor痛み+めちゃめちゃな頭(副作用で)ならどっちを取る?鬱まで副作用で出るときもあるんだよ」

すぐに処置しないと死んじゃうかもしれないんだよ、といえば
「君はどうやって生きていたいの?」


うーむ。(鬱が入っていたので)もう精一杯頑張ったからいいかな。


で、に電話。

私「疲れた。痛いし、しんどいし、自由じゃないし、平等になれないし、役に立たないし(これはよく私が言う言葉)」
「またそんな事言ってる。明日、元々の主治医の先生に聞いてごらん。電話番号わかんないんだったら、(母校の)シスターにお願いしてごらん。それでだめなら、ほかのところで、どうにかして薬出してもらえるように考えましょう」
私「諦めたらだめなの?」
「うん」



そして翌朝受け取ったのが、川村義肢からのメール。
急いでチェックしたら、主治医の外来日。
言いたいことを整理して、診察券を通す前にまたに電話。
「前の主治医じゃなくて、今の主治医の診察に行くのね?じゃあ思う存分しっかり打ち明けてごらん。私は100%あなたの味方よ」



そして出た薬剤師の友人が言ってくれていた薬。
少々ややこしいこともあったようだけれど、やれるだけの事はやったので、これで効かなかったらしかたがない。
でも効いたら、もっとアクティブにパワフルになれる。


FacebookにもTwitterにも書いたけれど、が言うように「自立って言うのは尊厳と誇りと自信を持つこと」だと思う。それを取り戻すために、この薬にかけようと思う。














新車が来たよ

2011年01月14日 20時43分00秒 | 二分脊椎
パンテーラU2Light到着~~~。



かっこい~!←自画自賛(笑)


昨日取りに行ってきたんだけれども、今朝、教会で「かっこいいね~」「PRADAの車椅子みたい」と言われたよ。PRADAって、ハハハ。

本当は、24日の外来の日に取りに行こうかと思ったけど、昨日の朝「そろそろシャワー浴びなアカンな~」とベッドの中でメールを見たら、装具やさんが病院に持ってきてくれるって!
脳外科に薬の相談もしたかったし、あわてていきました。

あんまりにも痛いとか、気持ち悪いとか、QOLが下がったと訴える私。
クッションはバリライトのストレータに決めた。
三種類持ってきてくださったんだけど、緊急性があるのが伝わったのか、数年前の支柱つき短下肢装具の時の大変さが生々しいのか(=うるさい顧客と思われてるのか)デモ機を貸してくださった
川村義肢のKさんありがとう~

自分の感じではやっぱり姿勢が良い気がする。
ニュージーランド(とかオーストラリアとかアメリカとか)のユーザーみたいに。姿勢がしゃんとしてる気がする。

いや~、惚れ惚れする姿勢←自画自賛(笑)

(匿名性を保つためにうちわを使用。by アイデア)


後ろもね。


押し手ハンドルがないの、背中の横棒だけ。

バラバラにしたら、が感動していたよ。小3の彼女でも分解、組み立てが可能。


今朝、いつものようにミサに行くのにお迎えに来てくださった方は腰が悪いんだけど、問題なく2人でトランクに積み込めました。帰りもね。

そうそう。
病院からの帰り道、この車椅子はあんまり普及してないから(何せお高いので・・・クッション入れたら50万くらい)タクシーの運転手さんがひくかも・・・と心配になった。
だから川村義肢のKさんにタクシースタンドについてきてもらってばらばらにした。
その時の運転手さんの顔!!

40分くらいの道のり、ず~っと、ず~っと、ず~~~っと

車椅子のはなししてはった!

薬も変更してもらったし(とんでもない副作用)ちょっとはまたパワフルになれるかな。


P.S. パワフルって言っても、今、私が精神的に鬱になったり興奮状態になったり忙しいので、薬がどう効くかみて、春からジム開始&教習所は4月以降・・・

性格ばれてますね





笑顔

2011年01月12日 10時43分17秒 | 幸せ
入院と手術でできなかった、子宮ガン検診に行ってきた。

今は近くの商業施設内のフードコートで、テイクアウトのコーヒーに、ロックの人間悟性論(笑)

コーヒースタンドで忙しそうな店員さん。
私は特に急がないので眺めてた。スタンドは確かにカウンターが高くて、車椅子の高さの私の事は、店員さんには見えなかったかも。


コーヒーをカウンターで飲んでいた強面のおじいちゃんが、

店員さんに『おい、気づいたってくれ』と私を指差す。
私がおじいちゃんに『ありがとう』とにっこりしたら、おじいちゃんも満面の笑み!


素敵!

失礼だけど、あの強面からはあの素敵な笑顔がうまれるって思わなかったよ!
なんだか得した気分だし、一日中幸せになれそう。

人権意識

2011年01月11日 23時16分44秒 | Sociology的
私は某国営テレビの「クローズアップ現代」が好き。
ああいう社会問題を心底愛している。

今回は男女平等だった。

・・・正直、21世紀の先進国ニッポンで、こんな番組が成り立つのが、情けない。でも、これが現実。

(いわゆる健常の)女性でこうなのだから障害者がいくら頭がよくっも、埋もれた人材どころか、有償・無償に関わらず、社会への完全参加が遂行されていない現実は、当然っちゃあ当然。

で、番組内の「男女平等度」(何をもって平等というかという議論はおいておいて)

5位 ニュージーランド

さすが!!!

で、日本。

・・・100位以下。

違う意味で、さすが!!


そりゃ、障害者で女性だったら勝ち目ないわね・・・。
TOEIC900以上も意味ナシ。

・・・チーン・・・

えべっさん

2011年01月10日 17時22分20秒 | 海外
Dと私の会話・・・
Dも私もお互いの言語には不自由がないので、会話は英語がメインだがちゃんぽん。

私「で、大学(Dの職場)はどう?」

D “Today is public holiday. Today is Monday. I’m off”
訳:今日は祝日。月曜日。休み。
・・・あ。祝日だった。だからこの時間に喋れるのね。

気を取り直して、
私“Today is the last day of えべっさん, I think. You can watch that on the news.”
訳:今日は多分えべっさんの最後の日やで。ニュースでやるんちゃう?

そしてえびす神社の近所にDの家があるので
私「今日、あなたんちの近所、混雑だね」

D “What is えべっさん?”
私”I think it is a name of 神様”
訳:神様の名前ちゃう?
(違う気がするな)

“It's like 3 day event, like, Christmas eve, Christmas Day and Boxing Day. And guys runs to 神社 early in the morning, and the first winner get to be The Lucky Guy"
訳:クリスマスイブ、クリスマス、ボクシングデーみたいな3日間のイベントやよ。そいで朝早くに男性が神社にダッシュして、一位がラッキーみたいな?
(だいぶ違うな)

注)クリスマスの翌日、ニュージーランド(や他のキリスト教圏)ではクリスマスの翌日、26日にBoxing dayという日があってお休みです。

D“I think I've heard of that.”
訳:聞いたことがある気がする

私「この前私が言ったんだよ。I have found a sign of 神社 or something of えべっさん near your house」
訳:あなたの家の近所にえべっさんの神社だかなんだかの看板があったやん
D“あ~。”

私“Remember I told you about god of business, and people buy rakes, and like,
they star with wee ones, and change them to bigger ones every year?”
訳:商売の神様の話覚えてへん?小さい熊手買って、毎年大きくするねん
(これもうまいこと出なかったな~)

D ”Yeah...Strange story.”
変わった話やな

そりゃそう思うわね!!!

今年の研究

2011年01月09日 18時14分37秒 | Sociology的
手術のあと思ったより痛みが変わらず、生活を変えなければならなくなった。
痛みに振り回された5年。この5年、手術、薬、介護用品などで前の状態を取り戻し、アクティブにまた生活しようとがんばってきた。
座って友達とお茶もしたかったし、知的好奇心を満たす勉強も座って(集中できるので)したかった。ミサもみんなと同じように同じ方向を向いて受けたかった。
いろいろと前進して生きることを楽しむ事を覚えたけれども、なにか深いところで本来の自分を見失っていた。

痛みに耐えられなかったから手術したというより、もう一度みんなと同じ輪に加わりたかった。本来の私を取り戻したかった。だから手術をした。でも、あまり体調は変わらなかったので、年末年始は自分を振り返り、紙に書いて手放し、新しい生活に変更する心準備をした。もともと健常者とあまり変わらない生活をしてきたので、できない自分がとても悔しかった。



そして悲しすぎて、同じ大学出身で同時期に日本に来た友人のD(ニュージーランド人)の家に先日行った時に、日本で感じるバリアや私の悔しさについて話した。

私たちはニュージーランドでたくさんのマイノリティが「自立」して生活しているのを見ている。今はDが外国人、かつて向こうでは私が外国人。
そして私も彼も持病がある。
その事実は変わらないのに、日本ではふたりともとても苦しい。

私は帰国して、よく「自立」(職業の話ではない)を言われるけれども、ニュージーランドで自立なんていわれたことがない。だって私は自立していたから。
そういうシステムになっていて、サポートがたくさんあったから。

日本人はどうも「何事も一人でする」こと=自立、それを邪魔する人=甘やかし、という図式ができていると私は感じていた。
そしてDも日本には「おもいやり」という概念があるのにも関わらず「自分は人を思いやりすぎなのではないか」と思うことがある、と言う。
免疫に持病がある外国人の彼は、私がニュージーランドで二分脊椎を持って生活していたときに比べていろんな面で孤独だ。
私はそれこそ、留学時代「よってたかって」助けられた。with no strings attached.

私もDも9年日本にいるので、考え方が日本半分、ニュージーランド半分になってきている。しかし私たちは、日本の弱者への考え方はニュージーランドの30年は遅れていると感じる。

私にはアメリカ、イギリス、アイルランド、オーストラリアなどのヨーロッパ言語圏での生活経験がある友達がいるが、人権意識や、何が差別で差別でないかへの敏感さはニュージーランドは独特なようだ。
いろんな問題を抱えている現実はあるけれども、ニュージーランドは人権意識は私が予想している以上に世界的に高い気がする。
何がニュージーランドを人権意識の高い国にしたのか理由は私にはわからない。
でも、逆に言えばニュージーランドで5年も6年も生活したために、私は二倍苦しむし今の生活のバリアフルさが、30年以上前にタイムスリップした気分なんだろうな。
まるでバスに座ったままのアフリカンアメリカンの女子大生のような気分だ。

Dに「その答えを見つけるために研究して論文を書き、ニュージーランド学会に提出したら?」とすすめられた。今年の良いプロジェクトだ!
どっちみち痛いんだから、それを抱えてなんとか進まなきゃ。


取り掛かりだすと私はとても早い。
古い大学の社会学のGiddensの教科書を引っ張り出し、ジェンダーの社会学の読み物を読み漁り、サンデルの講義をYouTubeでみる。
ネットで調べてIndependent Livingという社会と障害を考察する哲学の学説を見つける。
ジョン・ロックに興味が出てアマゾンで本を購入・・・
An Essay concerning Human Understanding(人間悟性論)とTwo Treatises of Government(統治論)を購入。今「人間悟性論」を読んでいる。
どこまでも社会学が好きで、ジェンダーをはじめマイノリティ(障害者、外国人含め)からの視点で社会を分析するのを愛する自分を再発見!
わくわくする!しあわせ!

今年の目標の一つ。
「なぜニュージーランドが人権に敏感なのか」を解き明かす。



・・・しかし訳者には悪いけれども、ロックの著作、日本語になるとちっとも面白くなさそうなタイトルやな。
人間悟性論ってなんやねん・・・