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"Life is either a daring adventure or nothing at all"

一つの進歩

2012年09月30日 20時41分02秒 | Sociology的

西日本入管での、面会と面会の間の待ち時間。

用紙書いて、提出して、番号札もらって呼ばれるまで待つ。ほかのメンバーもロビーで待っていたので、喋りながら。


「本当にエレベーター、ないのかな?」と探しに行った方がいたり、一般的なバリアフリー論を喋ったり・・・


すると、突如、スタッフの方が「ちょっといいですか?」

私(ドッキーン!なんか面接で、私、なんかやばいこと言ったのかな??)

スタッフ「今日、どうやってここに(二階)上がって来られましたか?」


ああびっくりした。

そして、みんなで説明。

どうやらその方の子供さんが車椅子で、私がどうやって上がってきたのは不思議だったらしい。


「建物は古くて、車椅子の方がくることを想定せず作ったので、いまエレベーターを付けることは不可能ですが、どうすれば良くなると思われますか?」(←もっとちゃんとした日本語で)

だって!うれしいな!

だって、面会者の中には、ベビーカーがいるなら、骨折した彼氏とか、事故った彼女もいるかもしれないやん。


「スタッフが抱えて上がることは喜んでさせていただきますから、お声かけください」とのこと。

私「あ、では、どこが受付か入ってすぐはわかりづらいので、そういうお知らせを貼ったり立てたりしていただければ・・・」


そしてほかの面接のあと、またロビーでの待ち時間。

スタッフ「さきほどのサインですが、どこに置いたら一番わかりやすいですか?」


なんて迅速な行動!めっちゃ感動!

私は好きで入管面会に加わって、前回皆さんが手伝ってくださったから、卑屈にならず安心して、今回も参加できた。

私は少し歩けるし階段も上がれるから、車椅子を抱えてもらうだけで二階に行けた。

メンバーも素敵な方々だから、卑屈にならずに甘えられた。だからこれからも参加するつもりだった。

だけど、全く歩けない人もこれから来るかもやんね。

私みたいにフルタイムで働けず、また雇用がされにくい国で、隙間時間にいわゆるボランティアをする車椅子ユーザーも出てくるかもよ。

 

「ありがとう(すみません)」の心理は、Facebookでのコメントでも言ってたんだけど、

日本の場合はニュージーランドのThanksをよく言う習慣と違って

車椅子の場合「言っとけば安全。言わないとわがままと思われるから」という心理が働くように思う。

たくさん助けてもらったら、申し訳なくなって卑屈になってきて、

そんなんやったらお手伝いいらんわ、自分でやる!って頑張ってしまって、

人と関わるのが大変になって・・・


入管で二階にあげてくださった方は、話の文脈からは

「もしエレベータがあれば(”健常者が言わなくてすむほどの”数の「ありがとう(すみません)」を言わずに)自分でできるところを、言わなきゃならないなんておかしい。そんなに必要?」

って感じの言い方に聞こえた。

もちろん、私はたくさん「ありがとう」が言えて恵まれているのだけど、それは、私がありがとうっていう相手の数が、(すみません=卑屈)がほとんどゼロに近いから。

だから、普段はほとんど(+すみません=卑屈)がなく暮らしている。

入管メンバーの方々はすごく素敵な方々だけど、数回しか会ったことがないから、(+すみません=小さい気持ち・・・)が出たんだね。防衛反応だね。


それって、本当に一緒に生きていくには、対等な人間として生きていくには、実は相手にも失礼なんだろうなって思ったよ。

だから私は「ありがとう」っていうよ。



ありがとう(すみません)

2012年09月24日 21時36分26秒 | 二分脊椎

駅について、車に乗るとき、車椅子を積み込んでもらうのに「ありがとう(すみません)」。
皆様が乗ったら、ありがとう。
降りるときにパーツを持ってきてもらってありがとう。
組み立てを手伝ってくださるのに、ありがとう。

建物の階段を上がる前に、ありがとう。
上ったら(車椅子をあげてもらったら)ありがとう。
降ろしてもらうとき、すみません、ありがとう。
降りたら、ありがとう・・・ 

入管訪問のメンバーの方にそんなにありがとうって・・・必要?って言われた。

・・・確かになぁ。

以前、教会の人にも言われた。そんなことでありがとうっていうのって。

「ありがとう」は何回言ってもいいけど、そこに含まれる「すみません」の感情。
人として言わなさすぎるのも困るが、言いすぎて、気持ちが小さくなったらいかんよな。
気を付けよう。


すごいテレビの影響!

2012年09月19日 13時18分05秒 | 二分脊椎

ほかの方のブログで、9月16日(日)からのアクセスがアップした、という記事があったので、初めてアクセス数というものを見てみた。

 

確かに16日にいつもの倍くらいのアクセスが。(と言っても地味なもんだが)

ランキングにも参加していないし、知り合いか友達か、その友達・・・(くらいしか知られていないはず。)

でも、きっとNHKの出生前診断の番組と二分脊椎ね。

 

ここには私の底辺と、絶頂が書いてある。

 

こんな二分脊椎が日本にもいるんだということを知っていただき

出生前診断に関する一つの参考にしていただければ嬉しいな。

 

私が誇れるもの。それは友達です。

私自身は勝手に悩んでふさぎ込む日もあります。人間だから。

でも私の友達は、私がどういう状態になっても友達でいてくれるし、

そんな中で生きている私は、とても幸せ。

 

幸せって主観的であり、客観的でもある。

幸せって「それなりに」幸せってこと。

でも、それ以上望める?

 

この世の中に私の役割があって(それもいくつも)

それを支えてくれる友達が何人もいて、

私を信じてくれて。

 

一緒に素敵な時間を過ごして、

私には夢と目標があって

それに達成するための方法がいくつもあって。

 

恵まれてるね

感謝だね。

私はこの人生、なかなか好きだよ。


自分対策 2

2012年09月16日 16時52分45秒 | Weblog

見かけはアスピィっぽくない私。

小さいころの私は。。。忘れ物の天才で、時間割がわからなくて、絵の具なんてきれちゃったら、買ってっていう発想がないから朱色だけで描いたり、真冬にタンクトップで下校したり、ランドセル忘れてきたり。。。
学校もつらかった。

被昇天(中高)に行ってからは。。。
オリエンテーション合宿で時間割の説明、先生方との話し方などを教わったので、そのまま実行していました。購買部があったので、なくなったものは買えたし、行動範囲が広がったので文房具屋さんもあったしね。
月間スケジュールだか、なんか見通しがつくものが配られてた気がする。今考えたら、暮らしやすい学校だったかも。。。

(他の子には厳しい校則だったのかも)
いじめはなかったけど。なんとなく混沌としてて、なんとなく生きにくくて、しんどかったな。

留学したら異文化だし、ホームステイハンドブックみたいなのがあったから、そのまま受け止めてた。前もって言われると、受け止めるのは得意かもしれない。
個人主義で、異文化の集まりで、宗教も違って。。。アスピィっぽいひとはたくさんいたように思う。0から言わないとわかってもらえないから、そしてわからないから、言葉に頼って暗黙の了解がわからない私には、とても住みやすかったように思う。

私の帰国後の最初の「社会」は公園デビューだった。
そこからレッスンが派生した。
いろんな人がいて、寛容で、居心地が良かった。
一緒に泊まりに行く不安も、靴を買ったりおいしいもの食べたり飲んだり、人生について語ったり、「子供のママ」ってよりも「友達」になれた。
社会性が乏しいと言われているけれど、慣れた人だと不安がなくなり、よく話せると思う。

いろいろあって、テストを受けて、自分の特性を知って・・・
「言い訳」にするんじゃなくて、ツールにできた気がする。

連続性のない時間には記録。
私は記録魔だと思う。忘れてしまいそうな愛おしい瞬間をなんらかの形で残しておく。
そして、予定も書きこむ。忘れる自分との勝負。

愛用しているのはi phoneのスケジュールとタイマー。タイマーは、一日前と、二時間前と、一時間前と30分前になる。
そして見通しを付けるのは、フランクリン・プランナー。
一時期、もっと暇だったときは、カレンダーの読み方を覚えてからはカレンダー。今は、役割ごとに色を変えて書き込む。
英語の先生、子ども英語関係、ドールハウスの会計情報、教会の委員会、評議会、プライベート。病院、雑用。。。

本は好きなので(読むのはめちゃくちゃ速いと思う)それで想像力を養う。共感する言葉に自分の言葉を乗せて、理解したり伝えたりする。
だから試験も業法と約款が得意。世界人権宣言や、生存権やそれにまつわる本も、読むのは楽しい。
社会学には向いたスキルだったかもね。

私が怒りをコントロールできなくなるのは、人権。
それが危ぶまれたら、年功序列も、立場の上下も、先輩後輩もなくなってしまう。生活の困り感は、周りの方が理解してくださってほとんどないけれど(だいたい前もって、きちんと言葉で説明していただける。)これが私の唯一の未解決の対人的な問題。

見通しが立たないのが不安なので、プランAからCくらいまで、いつも立てる。それには慣れたよ。
でも、やっぱり待ち合わせとかはホントにその日だったのか、待ってる間、不安で何回もカレンダーを確かめたり、約束したメールを確認したりする。
結局、私は視覚に訴えられる方が得意なんだろうな。

何をどの範囲の、どの方々に言うかとか、言っちゃいけないとか、人間関係を踏まえて考えて話すのは非常に苦手。
そういうときは聞いちゃうか、私の意図を説明するか、あるいは止めるか。日本って難しいね。

こう考えると、自分で考えて物事をするのは得意だけど、やっぱり人の下で働くのは苦手かもねえ。。。有能なリーダーに恵まれてきたけれど、お勤めしてたらそうはいかんもんなぁ。

自分対策 1

2012年09月16日 09時32分56秒 | Sociology的

昨日のディナー。
喋りまくった!もちろん、ワイン3杯飲みました。どれもおいしかった!
そのうちの一杯は、友達が(適当に?)これ!って決めてくれたもの(笑)

私と友達は、パンテーラって車椅子に乗ってるの。

しばらくしたら、車椅子の男性もご来店、狭い店内なんだけど、雰囲気がいいの。

若いっていいわ~。(私が言うか!)
自分の若い時を見てるようだった。違うところは、にこにこしてることかな。
(私はかなり無愛想)

人に自分をゆだねること、自己決定をすること、お願いをすること、そしてその逆。
物事にはいろんな見方があるね。
久しぶりに社会学したような気分でした。

私はNZに住んだからか、ありがたく人様の好意は受け取ります。
そして、私ができることはどんどんする。自分のことも、ひとのことも。
そして、私がなにも物理的にしなくても、私の存在が誰かの恩恵になってると信じるし、
きっと私が、ものすごくありがたいって思ってるひとは、私がそこまでその方の存在に感謝してるって知らないと思う。

人の気持ちが読みにくいから、自分の体で精いっぱいになりがちだから、
ありがとうって受け取ります。
でも、自己研さんして、社会での過ごし方を研究中。
こんなやつもいていいと思ってる(笑)
せっかく生まれてきたんだから、よりよく生きたいよね。

では、今日はミサに行ってきます。
チャオ~♪

雇用

2012年09月12日 20時03分51秒 | 二分脊椎

新聞に生活保護の記事。

 

父「生活保護うんぬんより若い奴に仕事がないねん」

 

私、無言で自分を指さす。(障害者年金とレッスンだけど)

 

父「障害者年金の人は別やろ」

私「雇用が増えたらいいのよ」

父「健康な若い奴にも仕事がないのに。。。」

私「優秀な頭脳を無駄にしてるかもよ。国も公の機関もまず雇用を増やして欲しいわ」

父「公務員だらけになってギリシャになる」

私「そんな急激になんて言ってないよ。障害者枠一人を二人にしたら、倍の雇用率になる」

父「あのな、国のために戦った戦争の障害者の雇用もしない国やで」

 

 

・・・。


おわった~☆

2012年09月09日 20時47分49秒 | 旅行業管理者

120分国家試験終了。

わかったこと。この痛みとしびれと動悸、息切れの中でも試験は受けられる。


別室受験で、男女一名ずつの監督員さん。

大学のバリアフリートイレの近くの、講話室みたいな一室で、車いす用の中央がへこんだ机で受けました。

この机、大学で使ってた。めっちゃ懐かしい!日本の大学にもあるのね。

痛くなったら床へ移動。。。


マークシートだから、最初にバーッと読んじゃって、それから国内実務(パート3)から解きました。

運賃計算は2-3問しか出なかった。やってるうちに混乱したし、地理は徹底的にやられたわ。

約款と業法はOK.やっぱり準備をして素直に解く分には強いわ。。。私。

でも日本語が超ややこしいの。

「旅行業者が供託すべき営業保証金の額は、当該旅行業者の前事業年度における旅行業務に関する旅行者との取引の額(新規登録を受けた事業年度に営業保証金を供託する場合その他の国土交通省令で定める場合にあっては、国土交通省令で定める額)に応じ、業務の範囲の別ごとに、旅行業務に関する旅行者との取引の実情及び旅行業務に関する取引における旅行者の保護の必要性を考慮して国土交通省令で定めるところにより算定した額である。」

とか。句読点なさすぎ、一文が長いね。一瞬、ん?となって、二回ほど読んで、斜線なんかいれてね。

やっぱり本番も「ひっかけだ!」と疑ってゆっくり読んだらぎりぎりでした。


でも、面白かった。

大学も懐かしかった。私、大学が心底好きだと思う。住めるわ。

住みたいなぁ、大学。


一つ疑問。。。

駅から坂。門からも結構な坂。広いキャンパス。バス停はなし。

ビルの中はバリアフリー。

移動支援とかあるんかな?うちの大学は、ワゴンが走ってたんだけどな。

バス停もいくつかあったし・・・

まあその前に障害者サポートで、つめつめな時間割を組んだら、アドバイスがくるんだけどね。





どうも3点ほど足らない気がするが、初めて受けたので時間もカツカツだった。来年はよりよくできる自信がある。ダブル受験も可能、二分脊椎でも脊椎係留でも、アスペルガーでも。その自信がついたのは収穫だったな。


中絶のこと。

2012年09月02日 18時09分59秒 | Sociology的

 


この写真をさっきFacebookにアップしたら、留学時代(私は社会学のジェンダー専攻)の友人がショックを受けた。
「あなたがプロライフだと思ってなかった」
そのコメントに今度は私がショックを受けた。



プロライフもコンライフも私にはないし、カトリックもクリスチャンもフェミニストも何もないのよ。人生ってそんなシンプルじゃないって。


私は二分脊椎があって、生まれてきたこと、死ななかったこと、生きていることが幸せで、両親が私を中絶しなかったことを感謝している。
当時の技術で胎児診断ができなかったのも良かったかも?
そういう意味では、私は中絶反対かもしれない。
これは私がカトリックになるずいぶん前から変わらない。
だけど、今、妊娠中の両親が二分脊椎の胎児を中絶したとしても、私はなんとも言えない。


女性の妊娠を継続しない権利もわかってる。
今、私が妊娠したら、場合によっては(レイプや障害など)中絶するかもしれない。
カトリックだからって子供を産み育てる自信はない。そんなの誰にもわからない。


でも、今のところ、希望を失いそうにあることがあるとしても、全体的に見て豊かな生活を送っている。それを発信していくことで、二分脊椎の子や、障害がある胎内の子を「産み育ててもいいな」って思えるご両親が現れたら、それはすてきだなと思う。


今朝も話してたんだけれど、お金があって健康(五体満足)で、乏しく不幸せに、文句が多い人生より なんと豊かなことか。