本年度の映画ベスト15、本日は第05位から、いよいよベストワンまで。
自分の五指に入る映画は、これだ!!
第05位『ヤクザと家族 The Family』
平成の世に、ヤクザの存在がどのように変わっていったのかを時代の変遷とともに描く、藤井道人入魂の傑作。
構造は『グッドフェローズ』だが、物語そのものは『カジノ』にちかい。
99年、まだヤクザは昭和のヤクザのままで居ることが出来た。
しかし主人公が14年の刑期を終え戻ってきたシャバは、暴対法によりヤクザがかつてのヤクザで居られなくなっていた…。
観る前は「ド」ストレートに過ぎるベタなタイトルを「どうかな…」と思ったものだが、観終えると、これ以上のものは考えられなくなる。
綾野剛と磯村勇斗ばかり褒められるけれど、これといって映画の代表作がなかった(失礼!)ともいえる舘ひろしの名演にも触れておかねばなるまい。
第04位『プロミシング・ヤング・ウーマン』
信じられないことだが…
米映画で育った自分なのに、今年のベスト10のうち米映画は「たったの」2本、うち「劇」映画は本作のみ。
しかし。
ここ10年に発表された全世界の映画において、脚本(オスカー受賞)は最高の部類に入ると評価出来る。
明るい未来を約束された若い女性(=プロミシング・ヤング・ウーマン)のはずだったキャシーはしかし、不条理極まりない事件によって友人を失った過去を持つ。
彼女は友人を「壊した」男どもに復讐を決意し、やがてその刃は女どもにも向けられていく…。
ポップな語り口で映像も煌びやか、しかし投下される毒はスパイス強めで、男の観客をこれほど居心地悪くさせる映画も珍しいと思う。
しかしこの毒、病みつきになるよ。
男どもよ、心して観ようぜ。
第03位『アメリカン・ユートピア』
映画体験としては今年最高のもので、これは絶対にスクリーンで観るべきドキュメンタリー。
ドキュメンタリーというよりは、コンサート・フィルムと呼ぶほうが適切かもしれない。
デビッド・バーンのステージをひたすら追うだけの映画なのに、これがめっぽう面白い。
現代技術によりノンケーブルが実現したステージで、全21曲が披露される―音楽家バーンと映画監督スパイク・リー、夢のタッグ、、、にはちがいないが、どっちもすでにおじいちゃんだろう。
しかしこのおじいちゃんたちが、若きアーティストより「はるかに」刺激的でエッジな空間をプレゼンしてくれる。
それにしてもなぜ、リーが監督を? と思って観ていると、ブラック・ライブズ・マターをテーマとしたプロテストソングが流れ、なるほどと合点がいった。
第02位『空白』
万引きをとがめられた女子中学生・花音と、それを注意して追いかけてきたスーパーの店長・青柳。
逃げた花音は車に轢かれて即死、父親の充は花音に無関心ではあったものの、娘が非行に走るとは考えられず、彼女の無実を証明しようとする。
被害者と加害者が反転していくなかでモンスターと化していく充は、まるで『ケープ・フィアー』のマックス・ケイディのようだった。
デビュー以来、ハズレ知らずのキャリアを築きつづける吉田恵輔監督の、現時点における最高傑作。
マックスとちがうのは、喚き怒鳴りつづける充が花音との関係性における「空白」に気づき、少しだけ、ほんの少しだけ変わろうとする気持ちが芽生えた点だろう。
古田新太の熱演はもちろん、片岡礼子の泣きの演技も特筆モノだと思う。
もちろん褒め言葉だが、これほど不幸・悲運の似合う日本の俳優は居ないのではないか。
第01位『聖なる犯罪者』
神父になる夢を諦めきれない青年ダニエルは、前科があることを隠し、とある村で「司祭トマシュ」として働き始める。
数年前に起こった凄惨な事故により、多くの村人たちは傷ついていた。
トマシュを装うダニエルは、本気で村人たちを癒そうと模索を始めるが…。
「信仰と原罪」をテーマとする真摯な、それでいて映画的趣向も凝らすポーランド産の力作。
自分は宗教を語れるほどこの道に明るくない。
ないが、スコセッシやポール・シュレイダーはもちろん、ポール・トーマス・アンダーソンやラース・フォン・トリアーの映画に共感し、こよなく愛している。
『アマデウス』の深淵なるテーマに感銘を受け、観るたびに涙を流し、繰り返し遠藤周作の『沈黙』を読んで「神ってなにかね」と阿呆なりに考えてみたりする。
ヒトがヒトである以上、この一大テーマを避けることは出来ない、
結局、映画も文学も演劇も絵画も音楽も、それについて哲学するために生まれたのではないか…そんなことを思い出させてくれたこの映画を、今年のベストワンとした。
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明日のコラムは・・・
『観客が求めるもの、その変化~2021映画回顧④~』
自分の五指に入る映画は、これだ!!
第05位『ヤクザと家族 The Family』
平成の世に、ヤクザの存在がどのように変わっていったのかを時代の変遷とともに描く、藤井道人入魂の傑作。
構造は『グッドフェローズ』だが、物語そのものは『カジノ』にちかい。
99年、まだヤクザは昭和のヤクザのままで居ることが出来た。
しかし主人公が14年の刑期を終え戻ってきたシャバは、暴対法によりヤクザがかつてのヤクザで居られなくなっていた…。
観る前は「ド」ストレートに過ぎるベタなタイトルを「どうかな…」と思ったものだが、観終えると、これ以上のものは考えられなくなる。
綾野剛と磯村勇斗ばかり褒められるけれど、これといって映画の代表作がなかった(失礼!)ともいえる舘ひろしの名演にも触れておかねばなるまい。
第04位『プロミシング・ヤング・ウーマン』
信じられないことだが…
米映画で育った自分なのに、今年のベスト10のうち米映画は「たったの」2本、うち「劇」映画は本作のみ。
しかし。
ここ10年に発表された全世界の映画において、脚本(オスカー受賞)は最高の部類に入ると評価出来る。
明るい未来を約束された若い女性(=プロミシング・ヤング・ウーマン)のはずだったキャシーはしかし、不条理極まりない事件によって友人を失った過去を持つ。
彼女は友人を「壊した」男どもに復讐を決意し、やがてその刃は女どもにも向けられていく…。
ポップな語り口で映像も煌びやか、しかし投下される毒はスパイス強めで、男の観客をこれほど居心地悪くさせる映画も珍しいと思う。
しかしこの毒、病みつきになるよ。
男どもよ、心して観ようぜ。
第03位『アメリカン・ユートピア』
映画体験としては今年最高のもので、これは絶対にスクリーンで観るべきドキュメンタリー。
ドキュメンタリーというよりは、コンサート・フィルムと呼ぶほうが適切かもしれない。
デビッド・バーンのステージをひたすら追うだけの映画なのに、これがめっぽう面白い。
現代技術によりノンケーブルが実現したステージで、全21曲が披露される―音楽家バーンと映画監督スパイク・リー、夢のタッグ、、、にはちがいないが、どっちもすでにおじいちゃんだろう。
しかしこのおじいちゃんたちが、若きアーティストより「はるかに」刺激的でエッジな空間をプレゼンしてくれる。
それにしてもなぜ、リーが監督を? と思って観ていると、ブラック・ライブズ・マターをテーマとしたプロテストソングが流れ、なるほどと合点がいった。
第02位『空白』
万引きをとがめられた女子中学生・花音と、それを注意して追いかけてきたスーパーの店長・青柳。
逃げた花音は車に轢かれて即死、父親の充は花音に無関心ではあったものの、娘が非行に走るとは考えられず、彼女の無実を証明しようとする。
被害者と加害者が反転していくなかでモンスターと化していく充は、まるで『ケープ・フィアー』のマックス・ケイディのようだった。
デビュー以来、ハズレ知らずのキャリアを築きつづける吉田恵輔監督の、現時点における最高傑作。
マックスとちがうのは、喚き怒鳴りつづける充が花音との関係性における「空白」に気づき、少しだけ、ほんの少しだけ変わろうとする気持ちが芽生えた点だろう。
古田新太の熱演はもちろん、片岡礼子の泣きの演技も特筆モノだと思う。
もちろん褒め言葉だが、これほど不幸・悲運の似合う日本の俳優は居ないのではないか。
第01位『聖なる犯罪者』
神父になる夢を諦めきれない青年ダニエルは、前科があることを隠し、とある村で「司祭トマシュ」として働き始める。
数年前に起こった凄惨な事故により、多くの村人たちは傷ついていた。
トマシュを装うダニエルは、本気で村人たちを癒そうと模索を始めるが…。
「信仰と原罪」をテーマとする真摯な、それでいて映画的趣向も凝らすポーランド産の力作。
自分は宗教を語れるほどこの道に明るくない。
ないが、スコセッシやポール・シュレイダーはもちろん、ポール・トーマス・アンダーソンやラース・フォン・トリアーの映画に共感し、こよなく愛している。
『アマデウス』の深淵なるテーマに感銘を受け、観るたびに涙を流し、繰り返し遠藤周作の『沈黙』を読んで「神ってなにかね」と阿呆なりに考えてみたりする。
ヒトがヒトである以上、この一大テーマを避けることは出来ない、
結局、映画も文学も演劇も絵画も音楽も、それについて哲学するために生まれたのではないか…そんなことを思い出させてくれたこの映画を、今年のベストワンとした。
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明日のコラムは・・・
『観客が求めるもの、その変化~2021映画回顧④~』