留美子はそう言ってすぐに背を向けた
辰雄は立ち止まったまま、しばらく後ろ姿を見ていた
振り向け振り向け、と念じてみたが
届くことはなく雑踏に消えた
はじめから方向が違うのは分かっていたのだが
こっちから回っていこうよ、と
誘ったのは留美子の方だった
その言葉で5分ほど長く一緒にいることができた
こんなものなんだな、と
心のどこかで初めから期待はしていなかったのだろう
あっという間の5分間だが
嬉しかったのは確かだ
辰雄はその後彼女がどうするのか全く知らない
じゃぁね、と言ったらそれで今日は終わりなのだ
家に帰るのかも知れないし
買い物かも知れない
他の男に会いに行くのかも知れない
どこに帰るのかも知らない
会っている時は全てを知っているような気がする
だが実際は何も知らない
と言うより
何も分からない、と言った方がいいのかも知れない
ファミレスでドリンクバーのコーヒーを飲みながら
今日の全てを思い出してみる
約束した場所で
大体いつも同じ場所、同じ時間なのだが
いつものように約束の5分前に留美子はやってくる
そしていつものように
「はーい辰雄」
と左手を挙げる
「ねぇみてみて辰雄、これ可愛いと思わない?」
と話し始めるのもいつもと一緒だ
つづく