ヒトリシズカのつぶやき特論

起業家などの変革を目指す方々がどう汗をかいているかを時々リポートし、季節の移ろいも時々リポートします

ベンチャー企業は事業計画を練り続けます

2010年06月15日 | 汗をかく実務者
 「日本の大学発ベンチャー企業は技術シーズにこだわり過ぎる」と、しばしば指摘されます。
 ベンチャー企業は、これまでに無かった新しい事業を成立させるには、始めてみて分かった難問を解決するために、事業内容を強化する模索をし続ける努力が決め手になります。事業内容を局面ごとに組み直し続ける努力が不可欠です。「これは簡単なようで、実際に実行し続けることは困難なこと」と、ハイテク系ベンチャー企業の創業に詳しい芝浦工業大学大学院の工学マネジメント研究科長・教授の渡辺孝さんは指摘します。

 ジャスダック証券取引所(JASDAQ)NEOに上場している東京大学発ベンチャー企業のテラ(東京都千代田区)は、2010年6月1日に「北海道大学と共同研究契約を締結した」と発表しました。同社は、ガンのワクチン療法の事業化を図り、ある程度の事業規模を確立し、事業収支の黒字化を達成しています。テラはIPO(新規株式公開)に成功し、事業を本格化させる事業資金確保に成功したことと評価されています。この点で優等生の企業です。しかし、本当に評価すべき点は事業内容の強化を持続していることです。この努力が、今回の北大との共同研究の締結に現れています。

 テラの代表取締役社長を務めている矢崎雄一郎さんは、2004年6月に当時の自宅で、資本金1000万円をなんとか工面し、一人で創業しました。 東大医科学研究所の研究成果である「樹状細胞ワクチン療法」というガン治療技術を基に、矢崎さんは起業家として事業計画を立案し、大阪大学や徳島大学などの研究成果から産まれた要素技術と組み合わせ続けて、一層優れたガン治療技術群を育て上げ、事業計画の最適化を図っています。

 テラの事業化の基となったガン治療法を発見した研究者ではなく、起業家の視点で事業内容の強化を続けています。事業化の基になった研究成果は、ガン患者自身の免疫細胞を利用するために、「副作用がほとんど無いと考えられる点が優れている」と判断し、ガン治療技術の事業として成立すると直感したそうです。

 創業時にほれ込んだ研究成果に対して、多くの大学発ベンチャー企業にありがちな、研究者である創業者が自分の研究成果に固執し過ぎて、事業内容の強化方針を見誤ることがなかった点が成功要因になっています。矢崎さんは「創業後は何回も事業成立を左右する厳しい局面に直面しましたが、信じ合える仲間で構成した経営陣メンバーの知恵を結集して乗り切ることができましたた」と説明しています。

 創業時から事業計画を一緒に練り上げた経営陣メンバーとは、取締役の堀永賢一朗さん(左)、代表取締役社長の矢崎雄一郎さん、取締役副社長の大田誠さん(右)です。


 日本で新規事業を手がけるベンチャー企業が直面する難問は、想定ユーザー企業が採用実績が無い新規技術の採用をためらうことです。「採用実績があれば採用するのだが……」という矛盾する対応に苦しむ企業ばかりです。テラは、この難問を見事にクリアし事業化に成功しました。

 テラが病院などの医療機関に提供するガン治療技術を医療従事者に説明すると、決まって「まずは治療実績をみせてほしい」と言わたそうです。自分では判断できないので、他社や他人での採用実績によって、採用リスクを低減する日本企業・機関の多くが持つ保守的な姿勢に直面したのです。

 採用第一号となった医療機関は、以下のような独自の工夫で獲得したそうです。当該病院に、テラが持つ樹状細胞の培養装置などの設備やシステムを協力して利用してもらう貸与の仕組みを考え出したのです。これによって、樹状細胞のガン治療技術を導入する当該病院は、初期の設備コストを抑えることができ、ガン治療を始めやすくなりました。 この事業戦略の下に、2005年5月にテラは東京都港区白金台にあるセレンクリニックと、樹状細胞を利用するガン治療技術サービスを技術供与する契約締結に成功しました。

 その後にも、難問があることが分かりました。創業の出発点になった東大医科学研究所の臨床的研究成果では、ガン患者からガンの部分を取り出し、これを患者本人の樹状細胞に与えてガン抗体情報を覚え込ませる過程を用いていました。ところが、多くのガン患者は他の病院などの医療機関でガンを摘出した後に、追加のガン治療としてセレンクリニックを訪れる方が多く、摘出したガンの部分が廃棄されて入手できないケースが多かったのです。テラは樹状細胞に対象となるガンの抗体情報を覚え込ませる手段が無いという大きな課題に直面しのです。「この当時が企業存続の危機として一番苦しい時期だった」とのことです。

 難問の解決策は幸運な出会いによってもたらされました。ガン治療法の研究者人脈を通じて知り合った、当時、徳島大歯学部の口腔外科講師だった岡本正人さん(現在、テラ取締役)は樹状細胞を直接、ガンの部分に注入する技術を開発していました。直接注入された樹状細胞がガン抗原情報を覚え、ガン抗原情報をリンパ球に伝えるため、ガン患者のガン部分が必要なくなりました。ただし、直接注入できる身体の個所のガン対象に限るとの条件が残りました。

 幸運な出会いは続きました。徳島大の岡本さんから、大阪大大学院教授の杉山治夫さんの研究成果であるガンの人工抗原「WT1ペプチド」の有効性を教えてもらったことでした。2007年8月に、WT1ペプチドの研究成果から産まれた特許を所有する癌免疫研究所(大阪府吹田市)から、同特許を樹状細胞利用のガン治療に使用できる独占的実施権を獲得しました。この特許の実施権を得たことによって、大部分のガン患者のガン部分が入手できなくても、樹状細胞を有効に働かせることが可能になりました。 ガンのワクチン療法の事業化を強化する努力を続けて、局面ごとに新しい知恵や工夫を取り込んでいます。事業内容を見直し続けることが成功を呼び込んでいます。

 今回の北大の遺伝子病研究所の教授である西村孝司さんとの共同研究が新しい知恵や工夫をもたらし、事業内容の強化につながると予想されます。その内容は、ガン抗原に特異的なヘルパーT細胞を誘導するという、小難しい内容です。この努力がいずれ幸運を呼び込みます。ベンチャー企業は事業内容を進化させ続けることによってしか、成功の女神のほほえみを呼び込まないと思います。