前回、夏目漱石が近代小説の「文体」を発明したということを書きました。
その意味で「野分」の文体を見てみると、気になる表現がいくつか見られました。
八章、道也先生のセリフに次のような個所があります。(新潮文庫では216ページ)
「今日は一寸上野の図書館まで調べ物に行ったです。」
この中の「行ったです」は現在いいません。「です」の接続が不安定だったことがわかります。
十一章のセリフ。
「いやに睨めるじゃねえか。」
この「る」は古典文法で習う、完了・存続の助動詞「り」です。近代小説では使われなくなったものが、会話文では残っていることがわかります。
また、次のセリフ。
「この風にどうして出てきたろう。」
の「ろう」の接続も今と違います。
このようにまだ近代の口語文体が揺れていたことがわかります。ただし、これらはすべて会話文の中です。これをどう解釈すべきかはもっと考えてみる必要があります。