夏目漱石作『坑夫』を読みました。最初つまらない小説だと惰性で読んでいたのですが、よめばよむほど不思議な魅力に取りつかれる作品でした。
内容は上流階級だと思われる青年が、恋愛関係のもつれから着の身着のまま東京を飛び出した末に、坑夫になる流されるままに坑夫になってしまう姿を語っていく話です。上流階級のひ弱な青年が、下流階級の男になるような坑夫になって生きていくなんてできっこない、それをみんなからも言われながら坑夫になる決意を固めていく心の揺れが切実に伝わってきます。
現代人は肉体労働に耐えられる男なんてめったにいません。決して上流階級ではないけれど、明日の生活がままならないような昔の下流階級の人間なんかいないのです。そんな甘い生活をしてきた相当な地位を有つ家の子である19歳の青年が、プライドだけで坑夫になろうとする姿は滑稽です。滑稽ですが意地でそれを成し遂げようとする姿は理解でき、応援したくなります。
結局青年は健康診断で気管支炎と診断され、坑夫として働けないことが判明します。結飯場の帳簿付の仕事を5か月間やり遂げ、東京へ帰ることになるのです
この小説の大きな特徴は、語り手がほとんど省略することなく時間軸に従って語っていく語りです。こんなことまで書く必要があるのだろうかということまで語ります。だからさ伊予は面倒くさい。もっとストーリーが展開しないと退屈です。しかしこの語りに慣れてくると、こまかな心の動きがよく理解できるために逆に自分が本当に語り手の境遇になっているような気持になります。
小説家としての試行錯誤のひとつではあるのですが、しかし単なる実験作ではありません。とても重要な作品であるような気がします。