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福岡市埋蔵文化財センターで是非目にしたかったのが、次に紹介する磁竃窯の洗と云うか盤である。正確には洗と呼ぶのであろうが、ここでは盤としておく。
ここ博多湾岸では数点の磁竃窯盤が出土しており、上の2点は大きな破損もなく、その程度が良い方であろう。この磁竃窯の盤は、口縁が釉剥ぎされている点と鉄絵文様に特徴がある。磁竃窯の盤は写真のような直口縁と鍔縁が存在する。鍔縁の盤には重ね焼きの目跡が存在するが、直口縁の盤には目跡が無いようで、サンカンペーン同様に縁と縁、底と底の重ね焼きが行われていたであろうと想定する。時期は12世紀前後と思われ、北タイでの出土記録は見当たらないものの、北タイにまで流通していた可能性は排除しきれない。つまり北タイ陶磁に何がしかの影響を与えたであろうとも思われる。
窯址は福建省の晋江市に存在し、その窯は龍窯と云われているが、現地を訪問した訳でもないので詳細は分らない。グーグルアースの衛星写真を上に掲げたが、晋江市は中世の国際交易港・泉州と指呼の間である。磁竃窯の陶磁が泉州から船出し、安南経由でラオス越えし北タイに将来されたと想定している。
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