ある音楽人的日乗

「音楽はまさに人生そのもの」。ジャズ・バー店主、認定心理カウンセラー、ベーシスト皆木秀樹のあれこれ

古本屋にて

2019年04月27日 | 随想録

【Live Information】


 やっと行くことができた。
 雨の上がりきらない、薄暗い夕方の倉敷の町。
 美観地区と呼ばれる観光地のやや外れにある、白壁の町並みにひっそり溶け込んだ古本屋。


     
 

 一目で本好きなのが伝わってくる(少なくとも僕にはそう思えた)女店主が、物静かに、店を守っている。
 古本屋というと古書が乱雑に山積みされている印象があるけれど、さりげなく整頓された店内からは物静かな清潔感や微かな知性のようなものが 「あるのが当たり前」な感じで漂っているような気がした。
 そんな店内の空気が僕を控えめに歓迎してくれているような錯覚に陥りながら、本棚を見て回る。
 
 
 本棚のひとつに、CDが陳列されている。
 手に取ってみる。
 高柳昌行(guitar)、吉沢元治(bass)、豊住芳三郎(drums)という、日本のフリー・ジャズ草創期を担って奮闘したメンバーからなる、ユニークなトリオのライブ盤だ。


     


 これを買って今夜の演奏場所に戻ろうと店主に品物を差し出すと、小さいけれど涼しげなよく伝わる声で、
 「このCDは、制作の方が亡くなられたのでもう作られないのですよ。これが最後の一枚です」
 と教えてくれた。
 その言葉がイントロダクションとなって会話がはじまった。
 この店へ来たいとずっと思っていたこと。
 背表紙のタイトルを読むだけで楽しくて時間が経ってしまうこと。
 そのうちに、子供の頃の倉敷の様子をお互いに話しあって、「懐かしいですねえ」などと言い合ったり。
 
 
 店の外では、観光客だろうか、中年のちょっとお洒落な夫婦が中の様子を伺いながら、入ってみようかどうしようか迷っている。
 閉店時間も間際なので、店休日だけを聞き、また来てみたい気持ちを抱えながら店を出た。
 この古本屋は、ここに移転してくる前から通算すると開店25周年を迎えるそうだ。
 店主の田中美穂さんはエッセイストでもあり、苔や亀に詳しいことで知られているユニークな方だ。
 

 古本屋の名は、「蟲文庫」という。


      
 

 今夜の演奏場所に戻ると、さっきの中年のご夫婦が入ってきた。
 そして演奏後、ふたりはぼくたちに笑顔を向けながら、楽しそうに店を出て(たぶん宿へ)行った。


 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする