1977年10月、カルメン・マキ&OZは解散します。その2ヶ月後にリリースされたのが、OZの実質的なラスト・アルバム(翌年ライヴ・アルバムが発表されている)となった「Ⅲ」です。
「Ⅲ」は、前の2作に比べてややポップになっています。
最初に聴いた時は、1曲目の「南海航路」のイントロで多少肩透かしを食ったような気持ちになりました。ウェスト・コースト風のギター・サウンドに意表を突かれたんです。
しかし幾度か聴いているうちに分かったのが、やはりOZのサウンドは叙情性のあるハード・ロックをベースにしているということです。この「Ⅲ」は、独特の重さ・暗さを維持しつつも、単にハード・ロックに終わることなく、音楽的な世界をさらに広げることに成功していると思うのです。
全曲の作曲に携わっているのが、春日博文。彼の音楽的な幅の広さも評価されてしかるべきでしょう。
相変わらず冴え渡っている加治木剛の歌詞の世界は、OZのサウンドに奥行きを持たせているようです。
このアルバムで目につくのが、マキ自身の過去を振り返ったかのような内容を持つ歌詞の存在です。「26の時」「昔」などがそれです。「とりあえず…(Rock'n'Roll)」なども、無我夢中でロックし続けてきた自分について歌っているのではないでしょうか。あるいは、「空へ」などは、マキ自身がリスペクトしているジャニス・ジョプリンについて歌ったものだと推測できる曲です。
このように歌詞を見てみると、この時点までのマキ自身を総括している内容になっているということが言えるかもしれません。
マキ嬢のヴォーカルも健在です。時にはパワフルに、時には柔らかく、時には影のある彼女の歌声は貫禄充分で、自在に天空を駆け抜けてゆくような清々しささえ感じます。
「26の時」「街角」「昔」などのように切々と聴かせるかと思えば、「空へ」「とりあえず…(Rock'n'Roll)」などではパワフルで豪快な歌い回しとシャウトを聴くことができ、改めてマキ嬢の実力を知ることができます。
このアルバムの中でぼくが好きなのは、「とりあえず…(Rock'n'Roll)」~「26の時」~「空へ」の流れです。
「とりあえず~」は歌詞も曲も痛快なロックン・ロールの名曲です。
『ガガガガ学校行くよりも
タタタタタタタ旅に出よう』
この一節がいかに胸に響いたことか・・・。
名バラードの「26の時」に続くメロディアスなハード・ロックが「空へ」。この曲はのちに寺田恵子嬢(元SHOW-YA)がカヴァーしています。
『遠く聞こえるおまえの唄が いつも私をささえた
いつかはきっとおまえのように 飛んでみせるよ 私も』(空へ)
組曲風ヘヴィ・ロックの「昔」は、前作からの延長線上にある曲で、14分04秒もあるこのアルバム一番の大曲です。後半の、春日博文の重く粘るギター・ソロも聴きものです。
このアルバムの最後、つまりOZの最後を飾るのが「Age」。子守唄風の小品です。
今聴き返してみても、古びるどころか未だに輝きを失っていないカルメン・マキ&OZ、もっともっと再評価されてもいいのではないか、と思うのです。
◆カルメン・マキ&OZ Ⅲ
■歌・演奏
カルメン・マキ&OZ
■リリース
1977年12月
■プロデュース
カルメン・マキ&OZ
■収録曲
[side-A]
① 南海航路 (詞:加治木剛 曲:春日博文)
② Love Songを唄う前に (詞:加治木剛 曲:春日博文)
③ とりあえず……(Rock'n Roll) (詞:加治木剛 & 春日博文 曲:春日博文)
④ 26の時 (詞:加治木剛 & Maki A. Lovelace 曲:春日博文 & 来住野潔)
[side-B]
⑤ 空へ (詞:加治木剛 曲:春日博文)
⑥ 街角 (詞:加治木剛 曲:春日博文)
⑦ 昔 (詞:加治木剛 & Maki A. Lovelace 曲:春日博文)
⑧ Age(智水ちゃんに捧ぐ) (詞・曲:春日博文)
■録音メンバー
[カルメン・マキ&OZ]
カルメン・マキ(vocal)
春日博文(guitar, percussion)
川上茂幸(bass)
川崎雅文(piano, organ, synthesizer, mellotron, accordion, celesta)
武田 治(drums)
[ゲスト]
竹田和夫(guitar)
中嶋正雄(guitar)
甘糟澄子(accordion)
川崎智水(voice)
今夜はジャズを聴いている。
ぼくはピアノ・トリオが好きなのだ。
CDプレーヤーのトレイに載っているのは、レッド・ガーランド・トリオの「グルーヴィー」。
タイトル通り、とてもグルーヴィーな好演である。
レッド・ガーランドは1923年生まれ。
楽器を手にするようになってからはクラリネットやアルト・サックスを吹いていたようだ。ピアノを教わったのは軍隊時代で、その頃から音楽に夢中になったという。
除隊後の1945年にプロとなり、46年にビリー・エクスタインのバンドに入った。この頃チャーリー・パーカーやコールマン・ホーキンス、ソニー・スティットら多くの一流ミュージシャンと共演し、腕を磨いた。
1955年から58年まではマイルス・デイヴィス・クィンテットに加わり、スター・ピアニストとして活躍している。
ガーランドの特徴といえば、軽快なスウィング感、明快なアドリブ、鍵盤の上を指が転がってゆくような心地よいタッチ、タイミング良く入る左手のブロック・コード、などがあげられる。
カウント・ベイシーや、ナット・キング・コール、バド・パウエルらから影響を受けているようで、泥臭いけれどもどこまでもスウィングするブルージーなピアノを弾いている。
1曲目「Cジャム・ブルース」は、その快演で知られている。右手の魅力的なシングル・トーンでのソロ、それを支える的確な左手のブロック・コード、これらから生み出されるスウィング感はとても小気味良いものだ。
2曲目のしっとりとしたバラード「ゴーン・アゲイン」と、4曲目のブルージーな「柳よ泣いておくれ」はスローで演奏されている。ガーランドのフレーズはさらに丹念に、流れるように、紡がれてゆく。
「ウィル・ユー・スティル・ビー・マイン?」が3曲目。アップ・テンポの4ビートで、軽快に流麗にスウィングしているのが気持ち良い。
5曲目「ホワット・キャン・アイ・セイ・ディア」と、このアルバム唯一のガーランドのオリジナルである6曲目「ヘイ・ナウ」、この2曲のメロディー・ラインも明るく、ハッピーにスウィングしている。
ガーランドの適度な力の抜き加減が心地良いタッチとスウィング感を生み出しているのだろう。
脇を固めているチェンバースとテイラーのふたりのサポートも素晴らしい。
ベースのチェンバースはいわゆるウォーキング・ベース主体で、ぐいぐいとビートを出していて、それがガーランドにも好影響を与えているようだ。
テイラーは脇役に徹していて、堅実なプレイでバンドのグルーヴに大きく貢献している。
ビルの谷間の薄汚れたコンクリートの壁に白く書かれた落書き風の文字をあしらった有名なジャケットも、いかにも「グルーヴィー」。
このアルバムには全6曲が収録されているが、そのどれもが珠玉の好演だ。このCDをかけていると、いつのまにか部屋がジャズ・クラブにでもなったような、心地よい錯覚に陥るのである。
◆グルーヴィー/Groovy
■演奏
レッド・ガーランド・トリオ/Red Garland Trio
■リリース
1957年12月
■レーベル
プレステッジ/Prestige
■プロデュース
ボブ・ワインストック/Bob Weinstock
■レコーディング・エンジニア
ルディ・ヴァン・ゲルダー/Rudy Van Gelder
■収録曲
A① C ジャム・ブルース/C Jam Blues (Barney Bigard, Duke Ellington)
② ゴーン・アゲイン/Gone Again (Curtis Lewis, Curley Hamner, Gladys Hampton)
③ ウィル・ユー・スティル・ビー・マイン?/Will You Still Be Mine? (Matt Dennis, Tom Adair)
B④ 柳よ泣いておくれ/Willow Weep For Me (Ann Ronnell)
⑤ ホワット・キャン・アイ・セイ、ディア/What Can I Say, Dear (Walter Donaldson, Abe Lyman)
⑥ ヘイ・ナウ/Hey Now (Red Garland)
■録音
1956年12月14日④⑤、1957年5月24日⑥、1957年8月9日①②③
ヴァン・ゲルダー・スタジオ (ニュージャージー州ハッケンサック)
■録音メンバー
レッド・ガーランド/Red Garland (piano)
ポール・チェンバース/Paul Chambers (bass)
アート・テイラー/Arthur Taylor (drums)
1998年にデビューしたMISIAは、5オクターブという驚異的な広音域を持つ、実力派シンガーです。
彼女は、子供の頃に通っていた教会でゴスペルに触れたことがきっかけで音楽に目覚め、黒人のヴォイス・トレーナーに師事して基礎を作ったそうです。デビューしてからは、日本人離れした圧倒的なヴォーカル・パワーとパフォーマンスでたちまち人気をさらい、ヒット曲も次々と生み出します。彼女の成功は、「女性R&Bブーム」の火つけ役となりました。
MISIAが2000年に第7弾のシングルとして発表したのが、フジテレビ系のドラマ「やまとなでしこ」の主題曲である「Everything」です。
根強い人気を獲得していたMISIAが、高視聴率を誇る人気ドラマの主題曲を歌ったことがミリオン・セラーの大ヒットにつながり、チャートでも1位に輝きました。
数多いMISIAのヒット曲の中で、ぼくが一番好きなのが、この「Everything」です。
実は何年か前に、あるライヴで「Everything」を演奏することになり、それまでMISIAの曲をほとんど聴いたことのなかったぼくは、徹底的にこの曲を聴いて、ベースのパートを完全コピーしようとしたのです。そして何度も何度も聴いているうちに、すっかりこの曲がお気に入りになってしまった、というわけです。
MISIAの歌声って、ソウルフルで表情がありますよね。高音部を歌っても声が痩せないし、もちろん歌そのものも非常に素晴らしいと思います。
部屋で「Everything」を聴いていると、そのパワフルな声に感化されて、知らず知らずのうちにCDと一緒になってついアツく歌ってしまうんです。
「Everything」は7分40秒を超える大曲です。
ストリングスがルバートで流れるイントロが雰囲気を高めます。ストリングスは、こういったバラードにはつきもので、この曲でも全編にわたってストリングスが効果的に使われています。
安定感と不安定感を行き来するようなコード進行に乗って、起伏に富んだ美しいメロディが歌われます。ゴスペル風のコーラスがとても優しい。
ゆったりとした16ビートを叩き出すドラムスが曲全体にメリハリをつけています。また、歌に寄り添うようにうねるベースは、コード感を支えながらとてもメロディックに歌っています。
後半、転調してからのハイ・トーン・ヴォイスは、さらに冴え渡ってゆきます。
MISIA『MARVELOUS』
彼女の歌は女性たちからも厚い支持を受けていて、今や「Everything」は、女性が歌うカラオケの、熱唱系ソングの定番にもなっているといってもいいでしょう。
また、結婚式で歌われることも多いようです。でも、人によっては、「これは片思いの歌だ」と解釈する場合もあるらしいのですが、さていったい本当のところはどうなんでしょうか。
[歌 詞]
◆Everything/エヴリシング
■歌
MISIA
■シングル・リリース
2000年10月25日
■作詞
MISIA
■作曲
松本俊明
■編曲
冨田恵一
■チャート最高位
2000年オリコン週間チャート 1位(計4週 2000.11/6, 11/13, 11/20, 12/4)
2000年オリコン年間チャート 14位
2001年オリコン年間チャート 12位
■CDシングル売上
187万8千枚(その他 アナログ盤3千枚)
■収録アルバム
MARVELOUS (2001年)
最近ではブラッド・ピットが出演したソフトバンクのCM曲に起用されたり、日本テレビ系「踊る!さんま御殿」のエンディング・テーマとして耳馴染みがあるのが、エアロスミスの「ウォーク・ディス・ウェイ」です。「お説教」という邦題がついています。
アメリカが生んだ最高のロックン・ロール・バンド、と言われるエアロスミスが結成されたのは1970年です。1973年にアルバム「野獣生誕」でデビューすると、その後3年足らずでトップ・バンドにのし上がりました。
不良っぽい雰囲気と、ラフな音楽スタイルで、かのローリング・ストーンズと並び、ロック少年の憧れの的となります。そういえば、スティーヴン・タイラーとジョー・ペリーのコンビは、ストーンズのジャガー&リチャーズを髣髴とさせる雰囲気を持っていますね。
1970年代に全盛期を迎えたエアロスミスですが、1980年代に入るとドラッグ問題やメンバー間の不和などで低迷するようになりました。
エアロスミス『闇夜のヘヴィ・ロック』(1975年)
「ウォーク・ディス・ウェイ」は、サード・アルバム「闇夜のヘヴィ・ロック」に収録されています。この曲は、1975年にシングル・カットされましたが、当初は単なるローカル・ヒットに終わりました。しかし、1976年11月にバンドの第11弾シングルとして再発されると、これがチャートをじわじわと昇ってゆき、最終的には全米10位の大ヒットとなりました。
強烈なインパクトを持っている「ウォーク・ディス・ウェイ」、R&Rにファンキーなリズムを採り入れた、「これぞハード・ロック」な曲です。
一度聴いたら忘れられないシャープなギター・リフ、重厚なバンド・アンサンブル、思わず体が動き出すファンキーなグルーヴ、スティーヴン・タイラーによる研ぎ澄まされたリズム感による歌い回しと、バンドの魅力が詰まっています。現在のライヴでもクライマックスに演奏されることが多いようです。
けっこう卑猥な歌詞も、やんちゃなエアロスミスらしくっていいですね。
スティーヴン・タイラー(左)とジョー・ペリー
エアロスミスが低迷していた1986年、ヒップ・ホップ界の重鎮RUN D.M.C.がこの曲をカヴァーし、ビルボードの週間チャートで最高4位を記録する世界的大ヒットを記録しました。この現象に後押しされる形でエアロスミスは第一線にカムバックしたのは有名な話ですね。
オリジナルでのスティーヴンの歌い方がすでにラップに近かったわけで、もしかするとラッパーたちはそこにヒントを見出していたのかもしれません。「ウォーク・ディス・ウェイ」は、ロックとラップの融合の元祖と言っていいでしょう。
最近ではカナダ出身でドイツのバンド、ディック・グレイブ・アンド・ザ・バックビーツがこの曲を取り上げ、ハード・ロックとヒップ・ホップにロカビリーのスパイスをふりかけたようなニュアンスでカヴァーしています。
RUN D.M.C.
1998年に映画「アルマゲドン」のメイン・テーマを手掛けて大ヒットさせたエアロスミスは、2001年にはロックの殿堂入りを果たしました。
現在、ベーシストのトム・ハミルトンはガンの治療中ですが、バンドはサポート・メンバーを加えて活動を続けています。(追記:2011年にレーザー手術が成功して復帰した)
[歌 詞]
[大 意]
ビビって恋する奴もいて そういう奴はいつも服の下に
自分を隠しているのさ でも
自分がボロボロにならなきゃ なんにも分かりゃしないぜ
そうなってやっと君も 本格的に変わるのさ
俺がリードしてやってもいい なにせ今の俺はホンモノだからな
考えてもみろよ 妹や従妹とだって 愛はキスから始まって
だんだん行くとこまで行くんじゃないか こんな風に…
学校で男の子とシーソーに乗れば 君は両足を上げて
呑気に歌なんか歌っていても 君の体の真ん中の
可愛い子ネコちゃんが まる見えじゃないか
君は気がつかないの?
ところがその子ときた日にゃ 俺の手を取って
「こうやって踊るのよ」などと くだくだ始めやがった
キスだけでよかったのに こんな風に
かなり色っぽい番格の子がいて
その子がいるせいで相当にツッパったクラスだったぜ
なにしろその子のスカートなんか 膝の上までまくし上げてた
俺はある日三人の女に体育館のロッカー・ルームまで連れて行かれた
俺は劣等生だったからその時まで女の子を知らなかったし
それにちゃんとほかに好きな子がいたんだ
友だちは言ったね 「あいつらとキスはしなかったろう?」と
当然さ 俺が優しくキスするのは 俺を好いてくれるあの子だけ
こんな風に…
Aerosmith『Walk This Way』
◆ウォーク・ディス・ウェイ/Walk This Way
■歌・演奏
エアロスミス/Aerosmith
■シングル・リリース
1975年8月28日
1976年11月5日(再発売)
■作詞・作曲
スティーヴン・タイラー & ジョー・ペリー/Steven Tyler & Joe Perry
■編曲
エアロスミス & ジャック・ダグラス/Aerosmith & Jack Douglas
■プロデュース
ジャック・ダグラス/Jack Douglas
■録音メンバー
エアロスミス/Aerosmith
スティーヴン・タイラー/Steven Tyler (vocal)
ジョー・ペリー/Joe Perry (guitar)
ブラッド・ウィットフォード/BradWhitford (guitar)
トム・ハミルトン/Tom Hamilton (bass)
ジョーイ・クレイマー/Joey Kramer (drums)
■チャート最高位
1976年週間シングル・チャート アメリカ(ビルボード)10位
1976年年間シングル・チャート アメリカ(ビルボード)90位
ぼくが最初に好きになったアメリカン・ロック・バンドが初期のシカゴと、ドゥービー・ブラザーズです。
ロサンゼルスのイーグルスに対するサンフランシスコの人気バンドとして、1970年代のウェスト・コースト・サウンドを代表する存在だったのが、ドゥービー・ブラザーズです。その彼らの初期の傑作が「キャプテン・アンド・ミー」です。
サイケデリック・ロックの発信地であるサンフランシスコで生まれたバンドながら、サイケな部分は微塵もなく、フォークやブルースなどの伝統的音楽を下地にした豪放磊落なロックを聴かせてくれます。
バンド名は、まだ彼らが売れていない頃、マリファナ(カリフォルニアの俗語で『ドゥービー』)を回しのみしていた時に、誰かが言った「まるでオレたちはドゥービー・ブラザーズだな」という言葉がその由来となっています。
バンドの柱は、ブルースやロックン・ロールをルーツとするトム・ジョンストンと、フォークに根ざした音楽を追求していたパット・シモンズのふたりです。好対照の音楽的指向を持つトムとパットが、ドゥービーズをリードしているんですね。このふたりは、お互いに影響を及ぼし合いながら、自分のカラーを存分に発揮しています。
豪快でソリッドなトムと、繊細でアコースティックなパットの対比をうまくまとめたプロデューサーのテッド・テンプルマンの手腕も光ります。
アメリカ西海岸の乾いた空気の香りと肌ざわりが感じられるところがドゥービーズの魅力です。ハード・ドライヴィンなギターのカッティングと分厚いコーラス・ワークがとても印象的。疾走感あふれる演奏に乗った軽快なメロディと、美しいハーモニーは、まるでハイウェイを車で突っ走る時のような爽快感を味あわせてくれます。
収録されているのは全11曲。うちトムの作品が6曲、パットの作品が3曲です。
ギターによる16ビートのカッティングと、疾走する汽車を連想させるようなハーモニカ・ソロがカッコいい「ロング・トレイン・ランニン」、耳に残るギター・リフを持つ、勢いのあるハード・ロック「チャイナ・グローヴ」、なんといっても目立つのが、ヒットしたこの2曲です。
底抜けに明るいハード・ロック「ウィズアウト・ユー」や、ブルージーな「イーヴル・ウーマン」、パットの個性がよく表れているアコースティック・ナンバー「サウス・シティ・ミッドナイト・レディ」なども、とても印象に残ります。
建設中の近代的なハイウェイの下、ドゥービーズの面々が開拓時代を思わせるいでたちで4頭立て馬車に乗っている、というユニークなジャケット・デザインは、アメリカのルーツ・ミュージックであるフォークやブルースなどを携えつつコンテンポラリーなロックを展開するドゥービーズの音楽を示唆しているようにも見えますね。
このアルバムは、春の陽気に誘われてドライヴに出かけようとする時など、良き相棒になってくれると思いますよ。
◆キャプテン・アンド・ミー/The Captain And Me
■歌・演奏
ドゥービー・ブラザーズ/The Doobie Brothers
■リリース
1973年3月2日
■プロデュース
テッド・テンプルマン/Ted Templeman
■収録曲
A① ナチュラル・シング/Natural Thing (Johnston)
② ロング・トレイン・ランニン/Long Train Runnin' (Johnston) ☆全米8位, 全英7位
③ チャイナ・グローヴ/China Grove (Johnston) ☆全米15位
④ ダーク・アイド・ケイジャン・ウーマン/Dark Eyed Cajun Woman (Johnston)
⑤ クリア・アズ・ザ・ドライヴン・スノウ/Clear As The Driven Snow (Simmons)
B⑥ ウィズアウト・ユー/Without You (Hartman, Hossack, Johnston, Porter, Simmons)
⑦ サウス・シティ・ミッドナイト・レディ/South City Midnight Lady (Simmons)
⑧ イーヴル・ウーマン/Evil Woman (Simmons)
⑨ オコーネリー・コーナーズ/Busted Down Around O'connelly Corners (James Earl Luft)
⑩ ユカイア/Ukiah (Johnston)
⑪ キャプテン・アンド・ミー/The Captain And Me (Johnston)
☆=シングル・カット
■録音メンバー
【Doobie Brothers】
トム・ジョンストン/Tom Johnston (guitars, harmonica, synthesizer, vocals)
パット・シモンズ/Patrick Simmons (guitars, synthesizer, vocals)
タイラン・ポーター/Tiran Porter (bass, vocals)
ジョン・ハートマン/John Hartman (drums, percussion, vocals)
マイケル・ホザック/Michael Hossack (drums, percussion)
【guests】
ビル・ペイン/Bill Payne (piano, organ, keyboards)
ジェフ・バクスター/Jeff 'Skunk' Baxter (guitar, pedal-steel-guitar, steel-guitar)
テッド・テンプルマン/Ted Templeman (percussion)
■チャート最高位
1973年週間チャート アメリカ(ビルボード)7位
1973年年間チャート アメリカ(ビルボード)17位
ジャニス・ジョプリンから放出されるエネルギーはやはりライヴ・アルバムから浴びたいものです。
スタジオ・アルバムでも感じることのできる熱気が、より強烈に押し寄せてくるからです。
「チープ・スリル」は、1968年3月から5月にかけてニューヨークとハリウッドで行われた、ジャニスとビッグ・ブラザー&ホールディング・カンパニーのライヴの模様をピック・アップしたものです。
ジャニスは1943年1月にテキサス州ポートアーサーで生まれました。
これといって不自由のない中流家庭に育ったジャニスですが、孤独とコンプレックスを抱えた青春時代を送りました。保守的な地方都市に住んでいたため、両親からは枠にはめられたような窮屈さも感じていたようです。また自分の容貌などに対するさまざまな劣等感を持っていましたが、それは彼女が死ぬまで消えることはなかったといいます。
自分には歌がある、ということを知ったジャニスは、ステージで存分に自己表現することに没頭します。
それは、もしかすると劣等感の裏返しだったかもしれません。型破りなジャニスの言動も一種の強がりだったかもしれません。
ジャニスは孤独感や劣等感と戦い続け、ステージではあらん限りのエネルギーを振り絞って自己表現・自己主張し続けたのでしょう。
このアルバムを聴くと、ジャニスの鬼気迫るパフォーマンスに触れることができます。実質的なジャニスのデビュー・アルバムと言われるこの作品は、全米アルバム・チャートでも1位を獲得するヒットを記録しました。これはレコード会社のプロモーションによるものではなく、1967年のモンタレー・ポップ・フェスティヴァルなどで見られたジャニスのライヴ・パフォーマンスの凄まじさがクチコミで広がっていったことが大きく作用しているとも言われます。
収録されているのは全7曲。とくに「サマー・タイム」が出色の出来だと思います。ぼくは今までにいろんな「サマータイム」を聴きましたが、もっとも好きなのがこのジャニスの「サマータイム」です。これほどエネルギッシュで胸をかきむしられるような「サマータイム」にはなかなか出会うことができません。とにかく、素晴らしい。
「ボールとチェーン」、このヘヴィなブルースも見逃せません。「ボールとチェーン」、つまり錘と鎖、これは人生における愛という名の重荷のことです。ジャニスが自分のことのように切実に歌うこの曲は、重苦しいムードの中にも強烈なパワーを感じ取ることができます。
そして、「ふたりだけで」から始まり、「愛する人が欲しい」、「サマータイム」、「心のかけら」と続く流れは、ぼくを興奮の波の中に押しやるのです。
演奏は粗っぽいのですが、とても熱がこもっています。だからこそジャニスのブルージーでソウルフルなヴォーカルにマッチするのでしょうね。
このアルバムで聴くことのできるジャニスのヴォーカルは、信じ難いほどのブルース・パワーに満ちています。そしてその叫びからは一種のせつなささえ感じ取ることができるのです。
ジャニスは「チープ・スリル」の成功で一躍ロック・クィーンの座を手に入れましたが、それは彼女の孤独を癒すことには繋がらなかったようです。
むしろ、さらに孤独感はつのってゆき、それを紛らすためなのでしょう、以前にも増してドラッグにのめり込んでいったと言います。
いずれにしても、この「チープ・スリル」は1960年代後半の雰囲気を象徴し、またジャニスというシンガーの凄さを今に伝える重要な作品だと言えるでしょう。
◆チープ・スリル/Cheap Thrills
■歌・演奏
ビッグ・ブラザー & ホールディング・カンパニー/Big Brother & The Holding Company
■リリース
1968年8月12日
■プロデュース
ジョン・サイモン/John Simon
■録音メンバー
[Big Brother & The Holding Company]
ジャニス・ジョプリン/Janis Joplin (vocals)
サム・アンドリュー/Sam Andrew (lead-guitar, bass, vocals)
ジェームス・ガーリー/James Gurley (guitar, vocals)
ピーター・アルビン/Peter Albin (bass, lead-guitar⑥, vocals)
デヴィッド・ゲッツ/David Getz (drums, vocals)
[Additional Personnel]
ジョン・サイモン/John Simon (piano)
■収録曲
[Side-A]
① ふたりだけで/Combination of the Two (Sam Andrew)
② 愛する人が欲しい/I Need a Man to Love (Sam Andrew, Janis Joplin)
③ サマータイム/Summertime (George Gershwin, Ira Gershwin, DuBose Heyward)
④ 心のかけら/Piece of My Heart (Bert Berns, Jerry Ragovoy)
[Side-B]
⑤ タートル・ブルース/Turtle Blues (Janis Joplin)
⑥ オー、スウィート・マリー/Oh, Sweet Mary (Peter Albin, Sam Andrew, David Getz, Janis Joplin)
⑦ ボールとチェーン/Ball and Chain (Big Mama Thornton)
■チャート最高位
1968年週間チャート アメリカ(ビルボード)1位
1968年年間チャート アメリカ(ビルボード)57位
1969年年間チャート アメリカ(ビルボード)23位
小曽根真の音楽は、北川潔、クラレンス・ペンと組んだトリオでひとつのピークを迎えた、と言えるかもしれない。
この「Three Wishes」というアルバムは、『Good Music』という、同じ到達点に向かった三人の感性のぶつかり合いによって生まれた作品である。
北川とペンのふたりを得た小曽根は、まるで水を得た魚のように生き生きと、そして自在にピアノを鳴らしている。それをサポートするふたりも、小曽根を支えながらちゃんと自己主張している。三人が拮抗しながらもひとつの方向を目指して収束していると思う。
小曽根真は、父・小曽根実の影響を受けてジャズに興味を抱き、6歳の時に初めてテレビで演奏するという早熟ぶりを見せている。幼い頃の小曽根真は、マイナー調の曲を聴くと、部屋にこもって泣いていたそうだ。父の実が「なぜ泣くのか」と訊ねると、「悲しいメロディだから涙が出てきたんだ」と答えたという。感性の豊かさを物語るエピソードではないか。
12歳の時に、オスカー・ピーターソンのソロ・ピアノを聴いて衝撃を受け、自分もジャズ・ピアニストとなる決意をする。
15歳でプロ・デビュー。その後バークリー音大に進み、83年には同大の作・編曲科を主席で卒業した。同年、日本人として初めて米国CBSとレコード専属契約を結び、アルバム「OZONE」で全世界デビューを果たした。
この「Three Wishes」、全10曲すべてが小曽根真のオリジナルである。ラテンからファンキーなものまで幅広い音楽性とアイデアを持っていることが分かるラインナップだ。はっきりした輪郭のメロディを持つ曲ばかりで、どれもとても親しみ易い。
トランペットのウォレス・ルーニーが3曲に参加して華を添えている。ウォレスがフロントで吹いている時の小曽根はサイドに回り、ウォレスの演奏を見事に生かすような弾き方に徹している。
1曲目の「スリー・ウィッシズ」で、三人の緊張感の高いコラボレーションに早くも耳を奪われる。
トランペットをフィーチュアした2、6曲目はストレート・アヘッドな4ビート。ウォレスがここぞとばかりに表に出てきて熱いプレイを披露してくれる。
5曲目「オンリー・ウィ・ノウ」は、ベースがテーマを弾く極上のバラードだ。北川のみずみずしいプレイがまぶしい。
8曲目「ノー・シエスタ」はリズムがきらびやかなラテン・ビートが楽しい。しかしベース・ソロになると一転リリシズムが漂う。
10曲目「B.Q.E.」はエネルギッシュでハードなナンバーだ。俄然張り切るペンのドラムが爽快である。
小曽根のピアノはとても音色がクリアーだ。確かなテクニックに裏打ちされたそのフレーズの数々は力強いながらもスマートで、そのうえゆとりとか洒落っ気のようなものさえ感じる。
現在の小曽根はジャズの範疇にとどまらず、演劇のために曲を書いたり、クラシック音楽の分野でも演奏活動をしている。昨年は自己のビッグ・バンドを結成し、好評を得た。
年齢的にも脂の乗り切った小曽根の活躍はまだまだ続きそうである。
◆スリー・ウィッシズ/Three Wishes
■演奏
小曽根真トリオ
■アルバム・リリース
1998年
■録音
アヴァター・スタジオ(ニューヨーク) 1997年11月15日~17日
■プロデュース
小曽根真
■レコーディング・エンジニア
ジム・アンダーソン/Jim Anderson
■収録曲
① スリー・ウィッシズ/Three Wishes
② 53丁目のブルース/53rd st. Blues
③ ミスト/Myst
④ ケリーズ・アザー・チューン/Kelly's Other Tune
⑤ オンリー・ウィ・ノウ/Only We Know
⑥ ドント・セイ・モンク/Don't Say ”Monk"!
⑦ スティンガー・ダブル/Stinger Double
⑧ ノー・シエスタ/No Siesta
⑨ エンブレイス/Embrace
⑩ B.Q.E./B.Q.E.
※All tunes composed by Makoto Ozone
■録音メンバー
小曽根真 (piano)
北川潔 (bass)
クラレンス・ペン/Clarence Penn (drums)
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ウォレス・ルーニー/Wallace Roney (guest:trumpet②③⑥)
■レーベル
VERVE
■翼をください
■1971年
■作詞…山上路夫
■作曲…村井邦彦
■赤い鳥
☆後藤悦治郎(g,vo)
☆平山泰代(pf,vo)
☆山本俊彦(g,vo)
☆新居[のち山本]潤子(vo)
☆大川 茂(b,vo)
「翼をください」を知ったのは、中学時代の音楽の授業だったと思います。たしか、教科書に載っていたんです。でも、「赤い鳥」の歌う「翼をください」のオリジナルを聴いたのはそれからずっとずっと後になります。あるオムニバス・アルバムに収録されていたのですが、聴いてみるとすぐに大好きになりました。
「翼をください」は1971年に発売され、それから3年で100万枚を超す大ヒットになりました。合唱曲としても有名になり、70年代後半からは学校教育の場でもよく採り上げられるようになりました。
1991年には川村かおりによるカヴァーがスマッシュ・ヒットしています。97年11月には山本潤子自身のリメイク盤が発表され、98年のサッカー・ワールド・カップの際には日本代表チームの応援歌として広く歌われました。
「赤い鳥」は1968年に兵庫県で結成されました。後藤悦治郎が「ピーター・ポール&マリー」のハーモニーを再現するべくメンバーを集めたのです。新居潤子と山本俊彦は、当時谷村新司のグループに在籍していましたが、新居嬢が後藤氏によって引き抜かれたのを契機に山本俊彦も「赤い鳥」に加わったとのことです。
グループ名は、鈴木三重吉の童話雑誌「赤い鳥」にちなんだものだそうです。メンバー全員がソング・ライティングをこなし、またそれぞれがリード・ヴォーカルをとることができる、美しいハーモニーが魅力のグループです。
メッセージ・ソングが主流だった当時の関西フォーク・シーンの中にあって、純粋に音楽を追求していった「赤い鳥」は、少々異色の存在だったと言えるでしょう。
1969年のヤマハ・ライト・ミュージック・コンテストに出場、グランプリを獲得します。ちなみに、この時の2位が「オフ・コース」でした。
1970年6月、シングル「人生」でメジャー・デビューします。同年10月の合歓ポピュラー・ソング・フェスティヴァルにも出場し、初めて「翼をください」を歌って新人賞を受賞しました。この時、赤い鳥の面々のところに曲が届いたのが出演30分前だったという話が残っています。
ピアノだけによる伴奏で始まる「翼をください」、ゴスペル風の前半では徐々に緊張が高まってゆきます。コーラス・ワークがとてもきれいなんですね。そしてサビでテンポが倍の16ビートに変わるのがまたカッコいいんです。グルーヴするドラムス、よく歌っているベース、ロックしていますね。「大空を飛びたい」という願いが爆発したかのような盛り上がりを聴かせてくれる後半部です。
「赤い鳥」は音楽的方向性の違いから1974年に解散しました。後藤・平山夫妻は「紙ふうせん」を結成し、アコースティックで素朴なフォークを追求しています。山本・新居・大川の三人(新居は山本と結婚)は、「ハイ・ファイ・セット」を結成、都会的センスにあふれた、ファッショナブルで斬新なコーラス・グループとして活躍しました。
『赤い鳥ベスト・翼をください』
「翼をください」は川村かおりをはじめ、紙ふうせん、小田和正、徳永英明、平原綾香、渡辺美里、Skoop On Somebodyら、多くのミュージシャンによってカヴァーされています。これからも多くの人によって歌い継がれてゆくことでしょう。
【翼をください】
今 私の願いごとが
かなうならば 翼が欲しい
この背中に 鳥のように
白い翼 付けてください
この大空に 翼をひろげ
飛んで行きたいよ
悲しみの無い 自由な空へ
翼はためかせ 行きたい
いま富とか 名誉ならば
いらないけど 翼がほしい
子供の時 夢見たこと
今も同じ 夢に見ている
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ぼくが中学生の頃、友人のS君と一緒にレコード店に行ったことがありました。
S君には欲しいレコードあって、それを買いに行くというので、一緒について行ったんです。
S君が何を買ったのかは覚えていませんが、ともかくレコードを持ってレジへ行きました。ちょうど年末のセールかなにかだったんでしょう、店員さんから「クジをひいてください」と言われました。
S君は「オレ、クジ運弱いから、お前代わりにひいてくれない?」とやけに弱気な発言。そこてぼくが満を持して(?)代わりにクジをひくと、見事に「当たり」だったんです。
景品は「レコードをもう1枚」。そして貰って帰ったのが、この「ラバー・ソウル」というアルバムでした。
もっともぼくが貰ったわけではなくて、S君が持って帰ったんですけどね。
「ラバー・ソウル」は、ビートルズの6枚目のアルバムです。
ライヴ活動からレコーディングに比重を移しつつあったビートルズが、初めて充分な制作期間をかけて作り上げた作品です。
このアルバムによって、ビートルズは「アイドル」から「アーティスト」へと変貌をとげたと言ってもいいでしょう。
この作品は、ロック史上初のトータル・アルバムだと言われています。
サウンドはもちろん、ジャケットからタイトルに至るまで、アルバムをトータルな芸術作品と捉えるメンバーのコンセプトに基づいて制作されており、収録曲も、初めて全曲をオリジナルで固めました。
それまでの、「シングル曲を寄せ集めたものがアルバム」という概念を変えた作品だとも言えます。
ビートルズは、当時まだ珍しかったシタールの導入、社会問題を取り込んだ歌詞、複雑化した曲の構成、意識的に凝った曲作りなど、さまざまな新しい手法を試みました。
こうして生まれた「ラバー・ソウル」という作品は、ビートルズのひとつのターニング・ポイントとなりました。
音楽的実験の色合いが濃くなったため、この作品からステージで演奏されたのは「恋をするなら」と「ひとりぼっちのあいつ」だけだそうです。もはや四人だけでステージ上で曲を再現することが難しくなってきたんですね。
全体的に落ち着いた雰囲気が漂っています。
とくに目立つのが、ジョンの内面的世界が表面に現れてきたことでしょうか。「ひとりぼっちのあいつ」や「イン・マイ・ライフ」などでそれが顕著に現れています。
もちろん佳曲ぞろいです。R&B風で、ハード・ロックのはしりとも言われる「ドライヴ・マイ・カー」、イントロのギターから風景が見えてくるような気分にさせられる「ノーウェジアン・ウッド」、アカペラのコーラスによるイントロと多重録音によるコーラス・ワークが素敵な「ひとりぼっちのあいつ」、「イエスタデイ」と並ぶバラードの傑作「ミッシェル」、これも旋律が美しい「ガール」、中間部のバロック風ピアノ・ソロが際立っている「イン・マイ・ライフ」などなど・・・。
しかしビートルズのアルバムって、同じ場所にとどまっているものがひとつとしてないんですね。改めてそんなことを思いました。
もはや「どのアルバムが好きか」ではなく、好きなアルバムの順番はどれなのか、が問題なのです。
◆ラバー・ソウル/Rubber Soul
■歌・演奏
ビートルズ/Beatles
■リリース
1965年12月3日(イギリス)
1965年12月6日(アメリカ)
1966年3月15日(日本)
■プロデュース
ジョージ・マーティン/George Martin
■収録曲
[side A]
① ドライヴ・マイ・カー/Drive My Car (Lennon=McCartney)
② ノルウェーの森(ノーウェジアン・ウッド)/Norwegian Wood (This Bird Has Flown)(Lennon=McCartney)
③ ユー・ウォント・シー・ミー/You Won't See Me(Lennon=McCartney)
④ ひとりぼっちのあいつ/Nowhere Man(Lennon=McCartney)
⑤ 嘘つき女/Think For Yourself (George Harrison)
⑥ 愛のことば/The Word(Lennon=McCartney)
⑦ ミッシェル/Michelle(Lennon=McCartney)
[side B]
⑧ 消えた恋/What Goes On(Lennon=McCartney=Starkey)
⑨ ガール/Girl(Lennon=McCartney)
⑩ 君はいずこへ/I'm Looking Through You(Lennon=McCartney)
⑪ イン・マイ・ライフ/In My Life(Lennon=McCartney)
⑫ ウェイト/Wait(Lennon=McCartney)
⑬ 恋をするなら/If I Needed Someone (George Harrison)
⑭ 浮気娘/Run For Your Life(Lennon=McCartney)
■録音メンバー
[Beatles]
ジョン・レノン/John Lennon (electric & acoustic-guitars, organ⑤, percussion, lead-vocals①②④⑥⑨⑪⑫⑭, harmony & backing-vocals)
ポール・マッカートニー/Paul McCartney (bass, electric & acoustic-guitars, piano①③⑥, percussion, lead-vocals①③⑦⑩⑫, harmony & backing-vocals)
ジョージ・ハリスン/George Harrison (electric & acoustic-guitars, sitar②, percussion, lead-vocals⑤⑬, harmony & backing-vocals)
リンゴ・スター/Ringo Starr (drums, percussions, organ⑩, lead-vocals⑧)
[additional musicians]
ジョージ・マーティン/George Martin (piano⑪, harmonium⑥⑬)
マル・エヴァンス/Mal Evans (organ③)
■チャート最高位
[オリジナル盤=パーロフォン盤]
1965年週間アルバム・チャート イギリス1位
1966年週間アルバム・チャート イギリス1位
[アメリカ盤=キャピトル盤]
1966年週間アルバム・チャート アメリカ(ビルボード)1位
1966年年間アルバム・チャート アメリカ(ビルボード)4位
♪お気に入りアーティスト56
ふと耳にした音楽がとても気に入って、すぐショップに買いに走ることってありますよね。たとえば、TOTOの「ホールド・ザ・ライン」を聴いた時のぼくがそうでした。ラジオから流れてくるそのサウンドのカッコよさに惹かれたぼくは、すぐ彼らのデビュー・シングルだった「ホールド・ザ・ライン」を買って何度も聴いていたものです。
TOTOはロサンゼルスのスタジオ・ミュージシャンとして活躍していたデヴィッド・ペイチとジェフ・ポーカロが中心になって結成されたバンドです。
結成時のメンバーは
☆スティーヴ・ルカサー(G,vo)
☆デヴィッド・ペイチ(keyb,vo)
☆ステイーヴ・ポーカロ(keyb,vo)
☆デヴィッド・ハンゲイト(b)
☆ジェフ・ポーカロ(drs)
☆ボビー・キンボール(vo)
の6人。メンバー全員腕利きのセッション・マンばかりです。
TOTOはいわゆる「AOR」や「産業ロック」の代表格のように揶揄されることもありますが、果たしてそうでしょうか。
確かに聴きやすいメロディーのヒット曲を多く持ち、商業的にも成功していますが、TOTOのサウンドを聴くと演奏能力の高さ、その音楽の質の高さ、スキのないアレンジなど、音楽的にも傑出していることが分かりますね。
メンバーそれぞれがスタジオ・ミュージシャンとして優れていただけあって、ロックをはじめ、ジャズ、フュージョン、ハード・ロック、リズム&ブルース、ソウルなどを消化し、そのうえでモダンでポップな作品を次々と作り上げていて、その音楽的要素は非常に幅広いものだと言うことができます。
『TOTO/宇宙の騎士』
デビュー作「宇宙の騎士」ですぐに高い評価を得たTOTOが1982年に発表したのが「TOTO Ⅳ」です。これは、バンドの代表作とされるばかりか、80年代のロックを代表する作品、とまで言われる質の高いアルバムです。
「Ⅳ」は、1982年度のグラミー賞で6部門、シングル「ロザーナ」の「レコード・オブ・ジ・イヤー」を含めると、7部門を獲得するという栄誉に輝きました。
『TOTO Ⅳ/聖なる剣』
非常に緻密に構築されているTOTOサウンドですが、ジェフ・ポーカロのドラムがその基礎となっていると言っていいでしょう。彼の叩き出す音はうねり、グルーヴし、バンド・サウンドに命を吹き込んでいるのではないでしょうか。
あるいはスティーヴ・ルカサーのギターです。彼のギターは決してテクニックに溺れることがなく、主張すべきところでははっきり音を出す、メリハリのついた演奏を行います。
もちろん、多彩な音色と的確なバッキングのキーボード群の活躍も見逃せません。
ジェフ・ポーカロ
スティーヴ・ルカサー
「TOTO」という一風変わったバンド名の由来には諸説があります。ヴォーカリストのボビー・キンボールの本名「トトーズ」をもじったものだとか、日本ではどこのトイレに行っても「TOTO」の文字が見られるため、日本では有名な単語だと思ったから、などと言われていますが、これらはどうやらメンバーによるジョークだそうです。
最も真相に近いとされるのは、映画「オズの魔法使い」に出てくる犬の名「toto」の意味を調べたところ、ラテン語で「Total」を意味することがわかり、これは数多くのセッションに参加し、どのような音楽にも対応できるバンドの能力にぴったりであることから、「TOTO」をバンド名にした、という説です。
TOTOももう結成30年になろうとしているベテラン・バンドになりました。現在のメンバーは、
★ステイーヴ・ルカサー(g,vo)
★デヴィッド・ペイチ(keyb,vo)
★グレッグ・フィリンゲインズ(keyb,vo)
★マイク・ポーカロ(b)
★サイモン・フィリップス(drs)
★ボビー・キンボール(vo)
の6人に変わっています。
昨年は久しぶりにスタジオ録音盤を出し、来日も果たしましたね。まだまだこれからも優れたアルバムを出し続けてほしいものです。
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「処女作にはその作家の本質が現れる」という言葉がありますが、大西順子嬢のデビュー作である「WOW」を聴くと、「なるほどなあ」と思ってしまいます。
このアルバムからは見事に順子嬢の本質が伺えるのです。
中低音を駆使した力強いタッチ、ダイナミックなスウィング感、クリアーな音色、黒っぽさ、ゴリゴリした疾走感。それらには、聴いているこちら側の体が思わず揺さぶられるような、強いエネルギーがあります。
全8曲中、順子オリジナル4曲、カヴァーが4曲です。
オリジナル曲のできの良さには瞠目させられます。とくに1曲目の「The Jungular」。テーマのあと、ピアノの中低音を中心としたソロが続き、次第にヒート・アップしてゆくのが実にカッコいい。ハードボイルドなピアノです。3曲目の「B・ラッシュ」のクールさにも惹かれます。
カヴァーはデューク・エリントン、セロニアス・モンク、エデン・アーベス、オーネット・コールマンの曲を選んでいますが、それらのイディオムを「大西順子の個性」で消化しているので、まるでオリジナルであるかのような、「大西順子の香り」に満ちたものに仕上がっています。
大西順子の世界って、濃いですね。
そこには性別も体格の差も年齢の差も存在しません。ただ自分の世界を表現するためにわき目もふらずピアノと格闘している順子嬢が存在しているだけです。
そういえばこのアルバムには珍しくベース・ソロもドラム・ソロもありません。文字通り大西順子のリーダー・アルバムです。ひたすらピアノが音を紡いでゆきます。
そして、その迫力に押されながら音を浴びる自分がいます。
女性ピアニストの進出が目覚しい昨今です。山中千尋、上原ひろみを筆頭に、アキコ・グレース、川上さとみ、安井さち子、早間美紀、白崎彩子ら、枚挙にいとまがありません。その先鞭をつけたのが、この大西順子だと言っていいでしょう。
そういえば、4月16日が順子嬢の誕生日だったんですね。長い間消息を絶っていた彼女ですが、2005年の4月あたりからマイ・ペースで再び活動をはじめています。
そろそろ彼女の新作を聴いてみたい、と思っている人、たくさんいるのではないでしょうか。もちろんぼくもその中のひとりです。
◆WOW
■演奏
大西順子トリオ
■リリース
1993年1月20日
■録音
1992年9月3日~5日(サウンド・シティ スタジオⅠ 東京)
■プロデュース
大西順子
■レコーディング・エンジニア
飯田益三
■収録曲
① ザ・ジャングラー/The Jungular (大西順子)
② ロッキン・イン・リズム/Rockin' In Rhythm (Duke Ellington)
③ B・ラッシュ/B-Rush (大西順子)
④ プロスペクト・パーク・ウエスト/Prospect Park West (大西順子)
⑤ ポイント・カウンター・ポイント/Point-Counter-Point (大西順子)
⑥ ブリリアント・コーナーズ/Brilliant Corners (Thelonious Monk)
⑦ ネイチャー・ボーイ/Nature Boy (Eden Ahbez)
⑧ ブロードウェイ・ブルース/Broadway Blues (Ornette Coleman)
■録音メンバー
大西順子(piano)
嶋友行(bass)
原大力(drums)
■レーベル
somethin'else
洋楽ロック指向だったぼくの耳を日本のロックに向けさせたのが、カルメン・マキ&OZでした。
独特の重さと暗さをたたえたファースト・アルバムを聴いて、すぐそのサウンドとマキ嬢の大ファンになったんです。「ああ、日本にもこんなオリジナリティを持ったバンドがあったんだ」と感動さえしました。
このアルバムは何度も何度も繰り返して聴きましたね。でも飽きることはありませんでした。飽きるどころか、マキ&OZのサウンドにもっと浸りたい、という思いで次に買ったのが、マキ&OZのセカンド・アルバム「閉ざされた町」でした。
「閉ざされた町」はロサンゼルスで4ヶ月かけて制作されました。OZのサウンドは前作に比べてよりヘヴィになっています。すでに貫禄さえ感じるくらい。
曲はすべて春日博文によるもの(「崩壊の前日」のみ川上茂幸との共作)です。彼の書く曲は、ハード・ロックの枠にとどまらず、どこか和風というか、和製フォークの香りと暗さが漂っているのが特徴だと思うのです。
歌詞はすべて加治木剛のペンによって書かれています(「火の鳥」のみ栗原祐子との共作)。不思議な雰囲気を醸し出している叙情的な世界は、歌詞というより「詩」と言った方がぴったりくるのではないでしょうか。
それにしてもマキ嬢の歌は凄い。前作に比べてさらにスケール・アップしている感じがします。素晴らしいミュージシャンは皆そうなんですが、マキ嬢の歌声が響くと、聴いているぼくの周りは、独特の暗さを持つ「マキ色」に染められてゆくような気がするんです。
相変わらずシャウトはカッコいいけれど、彼女の歌ってもちろんシャウトだけが魅力なのではなくて、伸びやかに響きわたるその声はまるで翼を生やして大空を駆け巡るかのような飛翔感さえあります。
このセカンド・アルバム全7曲のうち、1曲目と7曲目は、いわば「挨拶代わり」の小品です。
1曲目の「イントロダクション」に続く2曲目の「崩壊の前日」は、スピード感のあるハード・ロックです。日本のロック史上に残る、存在感のある曲と言っていいでしょう。その後、3曲目から6曲目まではミディアム、あるいはミディアム・スローのとてもヘヴィな大作が続きます。とくに印象に残るのが、タイトル曲の「閉ざされた町」。10分以上ある力作で、春日博文のギターが重苦しいムードを高めています。マキ嬢の歌からは重くて暗い世界が見えてきます。
「Lost Love」の中盤で聴かれる重厚なリフや、オルガンの音色が印象的なバラード「火の鳥」などもカッコいいですね。
唯一無比の個性を持ったカルメン・マキ&OZ。彼女らのスタジオ・アルバムは3作しかありません。その3作目のアルバムもぼくの好きなものなので、また後日紹介させて頂きたいなあ、なんて思っています。
◆閉ざされた町
■歌・演奏
カルメン・マキ&OZ
■アルバム・リリース
1976年8月
■プロデュース
金子章平 & Erik Scott
■収録曲
① Introduction
② 崩壊の前日 (詞:加治木剛 曲:春日博文&川上茂幸)
③ 振り子のない時計 (詞:加治木剛 曲:春日博文)
④ 火の鳥 (詞:栗原祐子&加治木剛 曲:春日博文)
⑤ Lost Love (詞:加治木剛 曲:春日博文)
⑥ 閉ざされた町 (詞:加治木剛 曲:春日博文)
⑦ Epilogue
■録音メンバー
カルメン・マキ(vocal)
春日博文(guitar)
川上茂幸(bass)
川崎雅文(keyboards)
久藤賀一(drums)
■スペイン(Spain)
■1972年
■リターン・トゥ・フォーエヴァー
☆チック・コリア(ep)
☆ジョー・ファレル(fl)
☆スタンリー・クラーク(b)
☆アイアート・モレイラ(drs)
☆フローラ・プリム(vo)
ほとんどテレビを観ないぼくですが、それでも時には観たい番組もあったりして、テレビのスイッチを入れます。
この間、テレビをつけていた時に、キリン「新・生茶」のCMを観ました。松嶋菜々子さんが出演している、「ありがとう北大路魯山人」ってやつです。このCMのバックに流れていた曲が、ストリングスにアレンジされたチック・コリアの「スペイン」でした。
この「スペイン」、今やフュージョンのスタンダードになっています。
『ライト・アズ・ア・フェザー』(リターン・トゥ・フォーエヴァー)
「スペイン」は、チック・コリアの結成したフュージョン・バンド「リターン・トゥ・フォーエヴァー」の2枚目のアルバム、「ライト・アズ・ア・フェザー」に収録されています。
「リターン・トゥ・フォーエヴァー」のスペインの冒頭には、「アランフェス協奏曲」の第2楽章がバース(前奏)風に演奏されています。「アランフェス協奏曲」は、スペインの作曲家、ホアキン・ロドリーゴが1939年に作曲したもので、3楽章から成っています。とくに第2楽章は、ポピュラー・クラシックとして編曲されており、「恋のアランフェス」「我が心のアランフェス」などのタイトルで非常に有名です。
『ザ・ベスト・オブ・チック・コリア』
チック・コリアは「アランフェス」の部分をエレクトリック・ピアノで哀愁たっぷりに演奏しています。バックにはアルコ(弓)で弾かれるウッド・ベースが流れています。
ジョー・ファレルの吹くフルートで、スパニッシュなテーマが始まります。
そしてジャズやフュージョンを演る人なら一度は弾いてみたことがあるであろう複雑な「キメ」が、フルート、エレクトリック・ピアノ、ウッド・ベースのユニゾンで奏でられます。この部分、ぼくはウッド・ベースで弾くと冷や汗モノなんですよ。キマればカッコいいんですけれどね。
この後は、フルート、エレクトリック・ピアノ、ウッド・ベースの順にソロが回されます。エモーショナルで躍動感あふれるソロばかりです。バックで鳴っているラテン風16ビートがとてもスリリング。
チックがエレクトリック・ピアノを弾いている「フュージョンな曲」にもかかわらず、人間の体温を感じることのできる演奏だと思います。
『チック・コリア・アコースティック・バンド』
「チック・コリア・アコースティック・バンド」で演奏されている「スペイン」には冒頭の「アランフェス」がありませんが、ピアノ・トリオというシンプルな構成だけに、また違ったスリルを味わうことができます。
そしてこの曲、チック自身がカヴァーしているのをはじめ、それこそいろんなミュージシャンに取り上げられています。チックのもの以外だと、アル・ジャロウが歌う「スペイン」なんかも好きかな。
日本茶に「スペイン」の取り合わせ、ミスマッチなようでいて面白いですね。
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シカゴ。結成からすでに40年がたとうとしている、アメリカン・ロックを代表するバンドのひとつです。
ぼくがシカゴの音楽に出会ったのは高校の時です。シカゴはその時すでにロック界の大物バンドのひとつに数えられていました。
今はAOR路線、いわばオトナのシティ・ポップ・ロック・バンドとして活躍していますが、ぼくは、真のシカゴの姿はデビューした1969年からの数年間だと強く思っています。
そのデビュー・アルバムが「シカゴ・トランシット・オーソリティー」です。これは当時のバンド名でもあったのですが、シカゴ交通局からクレームがついたために、すぐバンド名を「シカゴ」に改めました。
デビュー・アルバムにして2枚組の大作で、そのことからもバンドの自信が伺えます。ただ、まだ学生だったぼくに2枚組レコードのための出費はかなり大きかったので、代わりにサード・アルバムまでの主な曲をピック・アップした日本編集のベスト・アルバム「栄光のシカゴ」を手に入れてよく聴いていました。
『シカゴの軌跡』 (Chicago Transit Authority)
大胆にホーン・セクションを導入したシカゴのサウンドはブラス・ロックと呼ばれ、ブラッド・スウェット&ティアーズやバッキンガムス、チェイスらとともに一世を風靡しましたね。
シカゴのホーン・セクションは決して効果音的なバッキングではなく、ロックとしか言いようのない歯切れの良いソリッドなサウンドで、ぼくの大好きなものです。
1曲目の「イントロダクション」にシカゴのサウンドが集約されていると言ってよいかもしれません。ぶ厚いホーン・セクションが大々的にフューチャーされていて、場面展開が劇的な豪快な曲です。
テリー・キャスの弾くブルージーかつジャジーなギターも大好きです。「イントロダクション」や「アイム・ア・マン」などの切れ味鋭いギターを聴くと、荒々しさと分かり易さが同居しているのが聴こえるような気がします。「フリー・フォーム・ギター」ではタイトル通り、フリー・フォームでジミ・ヘンドリックスばりのインプロヴィゼーションを展開しています。
リード・ヴォーカリストが3人いることもシカゴの大きな特徴でしょう。どちらかといえばバラード、ポップス向けのピート・セテラ、ソウルフルなロバート・ラム、そしてブルージーなテリー・キャス。
「クエスチョンズ67&68」や「ビギニングス」などのヒット曲以外に、政治的なメッセージや、バンドの主張を曲に込めていることでも有名ですね。「一体現実を把握している者はいるだろうか」や「アイム・ア・マン」では当時の社会に対する疑問を投げかけていますし、「1968年8月29日シカゴ、民主党大会」では、民主党大会におけるデモ隊と警官が衝突した際に、群集からおこったシュプレヒ・コールを録音、編集しています。これに続く「流血の日」はそれをテーマにしたパワフルでメッセージ色の濃い曲です。
ラブ・ソングからメッセージ・ソング、ジャジーな曲からハード・ロックまで、実に幅広い音楽がこのアルバムには詰め込まれています。
今聴いても斬新なシカゴの世界が広がっていると言えるでしょう。
◆シカゴの軌跡/Chicago Transit Authority
■歌・演奏
シカゴ・トランジット・オーソリティ/Chicago Transit Authority
■リリース
1969年4月28日
■録音
1969年1月27~30日
■プロデューサー
ジェイムス・ウィリアム・ガルシオ/James William Guercio
■収録曲
[disc-1]
A 1 イントロダクション/Introduction (Kath)
2 いったい現実を把握している者はいるだろうか?/Does Anybody Really Know What Time It Is? (Lamm) ☆全米7位 (1970)
3 ビギニングス/Beginnings (Lamm) ☆全米7位 (1970)
B 4 クエスチョンズ67/68/Questions 67 and 68 (Lamm) ☆全米71位 (1969)、全米24位 (1971)
5 リッスン/Listen (Lamm)
6 ポエム58/Poem 58 (Lamm)
[disc-2]
C 7 フリー・フォーム・ギター/Free Form Guitar (Kath)
8 サウス・カリフォルニア・パープルズ/South California Purples (Lamm)
9 アイム・ア・マン/I'm A Man (Jimmy Miller, Steve Winwood) ☆全米49位 (1971)、全英8位 (1971)
D10 1968年8月29日シカゴ、民主党大会/Prologue, August 29, 1968 (James William Guercio)
11 流血の日(1968年8月29日)/Someday (August 29, 1968) (Lamm, Pankow)
12 解放/Liberation (Pankow)
☆=シングル・カット
■録音メンバー
【Chicago Transit Authority】
テリー・キャス/Terry Kath (guitars, lead-vocals, backing-vocals)
ロバート・ラム/Robert Lamm (Keyboards, lead-vocals, backing-vocals)
ピート・セテラ/Peter Cetera (bass, lead-vocals, backing-vocals)
ウォルター・パラザイダー/Walter Parazaider (saxophone, tambourine)
リー・ログネイン/Lee Loughnnane (trumpet, claves)
ジェイムス・パンコウ/James Pankow (trombone, cowbell)
ダニエル・セラフィン/Daniel Sersphine (drums, percussion)
■チャート最高位
1969年週間チャート アメリカ(ビルボード)17位、イギリス9位
1969年年間チャート アメリカ(ビルボード)29位
1970年年間チャート アメリカ(ビルボード)23位
ジョン・ロードのオルガンによるインプロヴィゼーション風のイントロ。
それに被さってくるイアン・ペイスのど迫力のドラム。
興奮した聴衆の大歓声で始まる1曲目の「ハイウェイ・スター」からこのアルバムは超ハイ・テンションで飛ばしまくります。
1972年8月15~17日にかけて行われたディープ・パープルの日本公演の模様が収録された「ライヴ・イン・ジャパン」、ライヴ・アルバムとしてはロック史上ベスト5に入るであろう素晴らしい演奏です。
ぼくはもともとあまりハード・ロックが好きではなかったし、ロックのライヴ・アルバムはスタジオ録音盤に比べて演奏が拙い、あるいは粗っぽいものが多いと思っていたので、あまり聴いてみようとは思ってなかったんです。
しかしディープ・パープルの「メイド・イン・ヨーロッパ」を聴いてその迫力に惹かれ、次にこの「ライヴ・イン・ジャパン」を手に取ってみたわけです。
一聴してその凄まじいパフォーマンスに興奮してしまいました。おかげでハード・ロックやライヴ・アルバムに対する偏見を消すことができたのです。
このアルバムは、そもそもは日本側から制作を申し出たようです。それに対し、ライヴでのできが良くなかったらアルバムにはしない、というディープ・パープル側の意向があったようですが、日本公演のテープを聴いたパープル側はライヴの出来の良さに大満足、無事レコード化されました。
全7曲が収録されていますが、1~3、5、7曲目が大阪厚生年金会館、4、6曲目が東京の日本武道館でのライヴです。
ライヴだけあって長尺の曲ばかりなのですが、全然たるみがありません。
イアン・ペイスのスピード感満点のドラムが曲を引き締めていると言っていいでしょう。リッチー・ブラックモアは、何か神がかったような凄まじいギター・プレイを聴かせてくれます。ジョン・ロードのオルガンは、バッキングに回った時とソロの時のメリハリがはっきりして、バンドのサウンドの均整化に貢献しています。ロジャー・グローヴァーのベースはドラムスと一体化して激しいビートを出しています。そしてイアン・ギランのヴォーカル、ど迫力ですね。強烈なシャウトがまたカッコいいんです。
メンバー全員のテンションが異常なほど高くなっていることが、激しくて素晴らしい演奏につながっているのでしょうね。
疾走する「ハイウェイ・スター」、劇的な「チャイルド・イン・タイム」、貫禄さえ感じる「スモーク・オン・ザ・ウォーター」、ドラム・ソロが堪能できる「ミュール」、ヴォーカルとギターの掛け合いが面白い「ストレンジ・ウーマン」、オルガンとギターのインプロヴィゼイションが素晴らしい「レイジー」、バンドが一体となって実に19分にも及ぶ大熱演を繰り広げる「スペース・トラッキン」。
どの曲もスタジオ・テイクより迫力があり、またスタジオ盤では聴くことのできないインプロヴィゼイションが随所に出てきます。これらはライヴ・アルバムならではの醍醐味ですね。
このアルバム、当初は日本のみの発売でしたが、演奏内容、録音状態などは最高の状態で、あまりの評判の良さに世界各国でも発売されることになりました。
本国イギリスでのチャートは16位でしたがアメリカでは6位と大ヒット。ドイツとオーストリアでは1位を記録するなど、セールス面でも大成功を収めました。
後に3日分の全コンサートをほぼノーカット収録した3枚組アルバム『ライヴ・イン・ジャパン'72完全版』が発売されています。これも一度は聴いてみなければ。
◆ライヴ・イン・ジャパン/Made in Japan
■歌・演奏
ディープ・パープル/Deep Purple
■リリース
1972年12月(イギリス)
1973年4月(アメリカ)
■プロデュース
ディープ・パープル/Deep Purple
■収録曲
[side 1]
① ハイウェイ・スター/Highway Star
② チャイルド・イン・タイム/Child In Time
[side 2]
③ スモーク・オン・ザ・ウォーター/Smoke On The Water
④ ミュール/The Mule
[side 3]
⑤ ストレンジ・ウーマン/Strange Kind Of Woman
⑥ レイジー/Lazy
[side 4]
⑦ スペース・トラッキン/Space Truckin'
※All songs written by Blackmore, Gillan, Glover, Lord, Paice
■録音
1972年8月15日 大阪・厚生年金会館・・・③
1972年8月16日 大阪・厚生年金会館・・・①②⑤⑦
1972年8月17日 東京・日本武道館・・・・④⑥
■録音メンバー
イアン・ギラン/Ian Gillan (vocals, harmonica, percussion)
ジョン・ロード/Jon Lord (organ, piano)
リッチー・ブラックモア/Ritchie Blackmore (guitar)
ロジャー・グローヴァー/Roger Glover (bass)
イアン・ペイス/Ian Paice (drums)
■チャート最高位
1973年週間アルバム・チャート アメリカ(ビルボード)6位、イギリス16位
1973年年間アルバム・チャート アメリカ(ビルボード)26位