懐かしい昭和の情景を追って

過去に撮影したネガをフィルムスキャナーで電子化しています。蒸気機関車、古い町並み、茅葺民家を投稿します。

口を付けずに飲む

2016年05月03日 | 日記
外出した時に500mlのペットボトルを買うが量が多いので二人で飲む。
私は口をつけずに大口を開けて上からごくごく流し込む。
家内はこんな飲み方は出来ないので口を付けて飲む。
この前、ランニングクラブの男性二人がペットボトルの水を回し飲みするのに口をつけず口の中に流しこんでいた。
何で男の人はあんな飲み方ができるのかと聞いてきた。
なんでと言われても困る。
考えられるのは一つには水道水を飲むのに蛇口の下で口を開けてそのまま飲んでいた。
女性はこんな下品な飲み方はせすコップで飲むか両手に受けて飲む。
昔は水道水は泡が出るので鉄管ビールと呼んでいた。

それと職人のおじさんたちはヤカンの番茶の冷めたのを30センチくらいの高さから口のなかに一滴もこぼさず飲んでいた。
あれを見て子供なりに真似をしていた。
鼻の中に水を入れたりの失敗もあったが小学校の高学年になるとヤカンから飲めるようになった。
30センチ離して得意げな飲み方もできるようになった。こんな時は何か大人になったような気がするものだ。

うちの息子ももう中年になったがこんな飲み方は出来るであろうか
ペットボトル世代には難しいかもしれない。

ペットボトルの話題
40代の女性が犬の散歩で止まって犬に水を飲ませていた。
動物専用の容器を見て「これペットボトルというのでしょう」といつもの親父ギャグを放った。
そうしたら「違います」ときつい返事が返った。
親父ギャグは相手を見て言わないと笑いが取れないとき、こちらが落ち込むだけ。
犬のシャンプーは何をつかってますか「マイペット」でしょうと用意していたギャグもバカの上塗りになるのでやめた。
ペットボトルのペットはポリ エチレン テレフタレート樹脂の頭文字 PETから日本ではペットボトルとよばれている。この樹脂は東レ帝人の商品名ポリエステル繊維の原料になる。回収したら繊維に再生できる。

ペットボトルが世に出たのはまだ新しく昭和50年代だったと思う。
成形する技術は弥生時代から銅鐸などをつくっていたので応用できたが環境問題がありなかなか許可されなかった。飲み終わったペットボトルが川や海に浮遊し自然環境を悪くするのが目に見えていた。

蒸気機関車 C5527

2016年05月03日 | 蒸気機関車
宮崎機関区にて撮影
C5527は吉松機関区所属で以前に吉松で撮影した同機を投稿したことがある。
C5527は1936(昭和11年製造) 1971,5(昭和46年)休車

C55で門鉄デフは格好良い人気の機関車である。
門鉄デフ(門司鉄道管理局内で改造されたデフレクターの略)
関東の人はこの門鉄デフを毛嫌いする人もいるが私はC55.C57につけると恰好いいと思う。

宮崎機関区へは吉都線、日豊線経由で来たものと思う。
吉松機関区にはC55機関車では27,33,34,57号機が門デフではなかったか。筑豊線にも門鉄デフが何台かいた。

蒸気機関車は一大ブームになったし団塊の世代が青春世代であったので数多く撮影撮影されている。何億枚の写真が残されていると思う。
撮るにしても薄く広く撮るのではなくC55.C57はすべて撮るとか一点豪華主義のほうがよかったと思う。

昭和も随分遠くなった。昭和歌謡や昭和の生活が再びブームになっている。唄を聞くと昭和の風景が浮かぶという。昭和の時代にはその良さに気付かないものだ。
随分無駄に生きてきた様に思う。
反省の意味も込め時代を記録するのには何が必要か
1.目的意識、何を何のためにどう撮りどう使う 
2.まず行動と挫折しない工夫 
3.継続する意思の強さ、いつか役に立つことがあると自分に言い聞かせる。