今日の新聞の川柳の欄に、私達、母親の気持ちを言い表してくれているような川柳が載っていました。
「うぶ声の 日から育てた 子に遠慮」
撰者の評に女性ならではの句で、寂しさがよく出ていると有りました。
我が家は息子が二人、家庭を持ち、子どもたちが子育ての時には、風邪をひいて保育園に行けないから、来て。等と呼び出されて良く行ったりしていたけれど。孫たちも大学生、高校生になると、そんな用事もありません。
それよりも親である私達が高齢になりお医者さんがよいなどになると頼りにしたくなります。
主人、まだ自分で運転をしていくからと、車の運転をしていますが、何時出来なくなるか、もう時間の問題です。
電話をしてくれれば連れて行くよとはいってくれても、いざ頼むと、仕事が忙しく休めないとか、タクシーで行けばと言われるのではないでしょうか。
一家の大黒柱になっている息子たち、親である私達はちょっと遠慮をしてしまいますね。
「うぶ声の 日から育てた 子に遠慮」
撰者の評に女性ならではの句で、寂しさがよく出ていると有りました。
我が家は息子が二人、家庭を持ち、子どもたちが子育ての時には、風邪をひいて保育園に行けないから、来て。等と呼び出されて良く行ったりしていたけれど。孫たちも大学生、高校生になると、そんな用事もありません。
それよりも親である私達が高齢になりお医者さんがよいなどになると頼りにしたくなります。
主人、まだ自分で運転をしていくからと、車の運転をしていますが、何時出来なくなるか、もう時間の問題です。
電話をしてくれれば連れて行くよとはいってくれても、いざ頼むと、仕事が忙しく休めないとか、タクシーで行けばと言われるのではないでしょうか。
一家の大黒柱になっている息子たち、親である私達はちょっと遠慮をしてしまいますね。