日々雑感 ~写真と思い~

今日と言う日は、二度と来ない。 
だから今日を大切に・・そんな私のデジカメ散歩 

* 新緑の候 84歳にて携帯電話を携帯す *

2010年05月08日 | 雑感

結婚する一年前まで、夫は神戸の社長さん宅に下宿していた。 私は京都だったので、デートは神戸か京都。
和の京都も大好きだけど、異国情緒たっぷりそして上品な神戸の街は最高のデート場所だった。

震災後の復興住宅があちこちに出来た頃、仮設住宅の賑わいと違って街に人はあまり見ることはなく、
静かで寂しい街だったのに、今や学校、日赤や美術館大型店舗がいっぱいで、この辺までくると車窓風景に、
「変わったよね~」埋め立ての街なのに、こんなに変化するんだ・・と、人間力、復興の力を感心している、いつも。

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夫は半ドン展君も仕事、次女が難波へなつめと”プリキュア”の映画に行ったので私はかんたの子守。
上海万博へ展示される”遣唐使船”のセレモニーが1時からと、正午のTVで大阪港の状況を映し出していた。 
イベント好きな夫は見たいだろうなぁと思いながら、行こうか迷いながら断念した。

夫が帰宅しシャワーを終えるなり、神戸の婦人のところに出向いた。 
日曜夫は中央体育館で卓球の市長杯に、港区代表の1人として出場するので行けないので、
一日早い母の日を過ごす予定なのだ。 新しい街も、緑が溢れ陽にきらきら輝いていた。 



婦人の同級生で近所にいた親友の方が、「一度回転寿司なるものに行こうよ」と言いながら、3年前急死された。
婦人は回転寿司に一度も行ったことがないと言われていたので、今日のお昼はそれにと決めていた。
近くに灘のスシロー、2時前なのですいていた。 ご自分でもとれるように、レーンのそばに座ってもらった。
お安いお寿司など失礼かと思い今まで誘えなかったのに、もっと早く連れて来てあげたら良かった。
105円であろうが専門店であろうがこれだけ流行った今、回転寿司なるものを一度食べて見たかったと言う。
お皿をとるのもなんだかとても嬉しそうで、食べながら話もはずんだ。

「おかん、前の家の方走ったろか」 震災前に住んでおられた灘区の大石北町はすぐそばだったので夫が言う。
家並みは新しくなっていたが、陸路では無理なので船でこの地へ来た時に見たあの時の衝撃は忘れられない。
まるでドミノ倒しのように崩れた住宅、婦人のアパートも同様で、お隣のお寺や墓地も無残なものだった。 
生存者救助優先の為に亡くなられた方が並べられていた小さな公園には、驚くほどの花が溢れ咲いていた。 
亡くなられた方たちへの鎮魂歌のようで、鮮やかだけどちょっと胸が詰まりそうだった。
倒壊した婦人のアパートから近いのに、被害の少なかった親友さんの一戸建てはそのままだったが、
他の人が住んでおられた。 忘れられない震災だが、遭わなければもっと、ご近所の人との繋がりで、
そのまま暖かくて過ごせていたのに、チリジリに離れ親友さえこの世からいなくなってしまった婦人。 
思い出は断ち切って、新しい街での生活の中で友達もちらほら、その繋がりを貴重に思う。

淡路島へ行く時に高速道路から見えていたクレーンに吊られた鯉のぼりが、麻耶海岸通にあった。

以前から、持とうかと言っておられたが「携帯なぁ」と口にされたので「見てあげましょう」近くの大型電気店へ行く。
ちょうど母の日までのキャンペーン中で、携帯が4800円、基本料金980円、5ヶ月間基本料金無料、
それに一番電話をかけるお隣さんが○フトバンクさんなので、かけても無料と言うことでそれに決めた。

夫は買って帰ったとき「15分で済ませよ、車に乗って待っとくから」そう言った。 (なんでやのん!)
自分は夕方早く帰りみんなでUSJへ行き、新しいアトラクションに乗りパレードを見たい一心だったから。
15分で?馬鹿なことを言う、自分だって登録出来るのかどうなのか、娘にしてもらってるのに。 
登録しても本人が使えるようにならないと、なんの意味もないのだからそう簡単にはいかないのに。

娘の方から気をきかせて「ちゃんと教えてあげて、今日はUSJやめる」電話が、車で待機中の夫にあった。
電話番号を登録してあげた、短縮設定1は夫、2は私、身内と言っても年配者、登録件数の少なさ、
一番大事なかかりつけの日赤や、日赤の救急なども洩れなく入れた。 
なんだかこれでいっそう私たちしか、もう頼れる人がいないんだなぁと言う実感がしないでもなかった。

なんたってお年もお年、かけるとき、かかってきたら、番号検索は・・理解していただくのも大変である。
住宅のお友達にもかけたり、かかったり練習もしたり。 しかやっと持てたと何か嬉しそうである。
と言うより、今は公衆電話さえ中々ない。 外出先で何かあっても、携帯なら夫にだってかけられるし、
携帯を見て人さまにかけてももらえるし。 

忘れていたが母の日プレゼント、娘たちと選んだカーディガン、爽やかでお似合いぴったりだった。  



新緑の候、母の日の前日84歳にして携帯電話を携帯す、「おかん、おもちゃにして練習しいや」 
「これは脳の活性化になるやろうなぁ」 「お友達と電話は有料だけど、携帯なら無料やから毎日携帯でね」
いつもよりいっそう嬉しそうに見える婦人が、ベランダからいつまでも手を振っていた。 
母の日、神戸の母の娘となりし一日、携帯へこれからかけてあげよう・・私も安堵感で嬉しくなった。
高速道路に入って「おい、おかんの番号、登録しとってくれい」夫はポケットから携帯を取り出した。 (え!?)