アルツ・ジェンギンス夫婦の記録

重症アルツで亡くなった父の記録と現在100歳の母と高齢者みるきーの記録。

命日

2008-02-14 02:03:32 | 介護
2008年 平成20年 2月14日 バレンタインデー



朝 8:00 病院より電話あり。 
       急変したのですぐ来て欲しいと。
       先生も病院に向かっている所だという。
  8:30 チョコパンと2人でタクシーで病院へ向かう
       ジェンギンスに着せる、下着セットと着物を持参。
   私が着るコートは外出用にする。
       車内で、マクドウウェルにしらせ、姉に知らせ、
       姉の子供に、
       一人残してきた婆さんの所へ行くよう指示。
  8:45 病院到着
       婦長さんに、部屋まで付き添ってもらう。
       いつもの病室だった。 個室じゃなかった。
       生きてますか?の問いかけに、
       曖昧な返事が返ってきた。

       ジェンギンスの目が開いている。
       機械のモニターが一直線になっている。
       顔は暖かい。 体も暖かい。 
       死んでいるみたい・・・
  
  8:55 当直の医師により、死亡確認

  9:15 ジェンギンスの実家に電話して知らせる。
  9:17 予定していた葬儀社に連絡。
       葬儀の日取りがすぐ決まった。
       2月は亡くなる人が多いので、
       3箇所の斎場はどこもいっぱいで
       1週間先の葬儀となった。
  9:20 ワタシが電話連絡のあいだ、
       チョコパンが担当医と話しをする。
       入院と退院はすべて孫のチョコパンが
       面倒を見ているのだ。

  9:25 マクドウウェル到着。 死亡を知る。
       葬儀屋のゆっくりの話しに時間を取られ、
       死亡通知メールをだれにも 
       出していなかった。
       母には、ギリギリまで知らせない。

  9:30 ジェンギンス着替え。
       顔に白いハンカチをかぶせられ、
       とうとう死体となる。

 10:00 介護士のお兄さんが、
       ジェンギンスを抱きかかえ、
       ベッドから移動用のベッドに移し、
       地下の霊安室へ。
       途中、
       前夜から当直していた優しい看護婦さんが、                   一緒に地下まで降りてきてくれた。 
       もう17時間も労働してることになる。
       チョコパンに、
       頑張って!とジェスチャーして去った。

 10:10 霊安室に病院付きの葬儀やさんがいて、
       世話をしてくれている。
       俗に言う、病院に附いている葬儀屋さん。
       まったく意味不明の葬儀屋さん。

 10:20 お焼香を3人でする。
       1年間入所してお世話になった3階認知病棟の
       ケアマネージャーが
       最初にお焼香に来てくださった。
       あまりの突然で、涙が出てこまった。
       すごく懐かしかった。
       
       ジェンギンスが亡くなったことで、
       涙はまだでないけれど
       ケアマネが来てくれたシーンを思い出すと
       悲しくなる。

       次に、認知病棟の婦長さん、
       よくお世話してくれた看護婦さん、
       チョコパンと仲良しだった若い看護士さん、

       そして、
       今回お世話になった2階の看護士さんが2人来て
       皆さん丁寧にお焼香をして、
       ジェンギンスの顔を見てくださった。

       3階のみなさんは、
       ジェンギンスの顔を久しぶりに見て
       声をだして驚いていた。
       目を閉じてくれたりした。

       あとから葬儀屋さんと話しをした時
       どうして、
       介護士さんたちが声を出したのかが
       不思議だったけれど
       ジェンギンスの顔をみて、納得したそうで、
       ここまでやせこけている人は、
       滅多に居ないそうです。

       そして、
       最後に今回の担当医だった医師の
       お焼香があり、
       大勢の暖かい人たちで見守られながら
       ジェンギンスは、
       私が呼んだ葬儀社のエルグランドに乗って
       妻と長女と最後に生まれた孫がまつ、
       自宅へと帰っていったのです。


       自宅では、孫の男の子がお婆ちゃんにかわって
       ジェンギンスを寝かせる布団やシーツを用意し、
       エルグランドから
       ジェンギンスを部屋に安置するとき
       葬儀屋さんと一緒に
       ジェンを抱きかかえるようにして
       連れてきてくれたそうです。

       姉は仕事先から緊急に帰宅し、
       コタツの置き場を移動し、
       母の暖かい居場所を
       作ってくれました。

       病院でジェンギンスに付き添った家族と
       家でジェンギンスの帰りをまつ家族が居て
       ジェンギンスがもたらせてくれる
       家族の絆を深く感じた1日でした。

       
~~~~~~~~~~

 11:20 一方、ジェンギンスを見送り、
       残された私達は急いで
       タクシーに乗りたいのですが、
       環8の大通りはタクシー
       なんて1台も通らず、歩いて甲州街道へ出て
       やっと、乗れた。
       タクシの中でメールが来た。
       となりの部屋のSSさんのご家族が、
       ジェンギンスの事を知ったのだ。
       SSさんの方が、やばかったけれど、
       SSさんは胃ろうのあと、
       高カロリー点滴をしているので
       ずっといきていて、
       たびたびの肺炎を乗り切っています。

       ジェンギンスに相当遅れて家に到着。
       思いがけず片づいたお部屋に
       堂々とジェンギンスは眠っています。

       母が、ほっぺたを触って、
       「 おとうさん、お帰り、やっと帰ってきたね 」
       とかなんとか言うし・・

12:00  順番にお焼香。

       私と姉と葬儀社で打ち合わせ。
       お腹がグーグー鳴った。 空腹でした。

       私がネットで探し出した葬儀社は
       棺や祭壇のランクがありません。
       もう、適当に良いものがパックになっています。

       となりの部屋では、
       ジェンギンスの孫が全員集合し
       たいへん賑やかです。
       パーティみたいでした。
       
       だれも泣いてません。
       涙が出たのは私だけです。
       ケアマネがお焼香したとき、
       懐かしさで一瞬泣けたという
       私だけです。

14:00  葬儀社解散。

       ジェンギンスを洗うか洗わないか話しあった。
       わたしは事前に数万円必要だと聞いていたので
       乗り気じゃなかった。
       葬儀社には断って、
       
       顔直しは私が担当した。
       痩せすぎて
       口も目も開いているジェンギンスの口に
       脱脂綿を詰めた。頬のこけたところへは
       綿は入らないので、口元の上下に詰めたら、
       きりっとして、口が閉じて、
       ちゃんとした顔になった。

       目玉の瞼の中にも脱脂綿を入れれば
       目が閉じると思われたが、
       それは恐くてできない。

       小さい目のジェンギンスでしたが
       目頭が切開したようにひらいて
       とても大きな目になっています。

       顔色がだんだん真っ黄色になってきたので
       下地を整えた後、
       濃いめのファンデーションを全体に付けました。
       とても綺麗です。
       チョコパンがお得意のチークを付けました。
       一番最初に生まれた孫のMMが、
       まゆ毛を描きました。
       
       どんな顔になったかというと、
       マイケルジャクソンです   
       マイケルジャクソンの蝋人形となりました。

       目玉がだんだん渇いてきて、
       堅くなっています
       チョコパンが、たびたび涙の目薬を差します。

       ジェンギンスは、愛用のパンツ、シャツ、
       ズボン下の下着を付け、
       長襦袢、着物、さんじゃく、という
       素敵なおじさまです。

       寝ているお布団の上には
       刀が置いてあります。
       カッコイイです。

       なんか、ご自慢の姿です。

16:00  この良き日に
       わたしは仕事で中座。

19:30  石川県のジェンギンスの実家に電話。
       家族だけで葬儀をするときめたなら
       そうしてくれていいし、よろしく頼むと
       言われ、葬儀に来ないことになった。
 
20:00  数軒となりの、従兄弟の家に行って
       従兄弟を呼んできた。
       グレーのジャージを着ていたのに、
       黒のジャージに着替えてきた。
       
       家族以外の初訪問者だ。
       他の従兄弟の分として3回お線香を
       あげて拝んでいた。

       話し込んでいたら、義兄が来た。
       二人目の訪問者だ。
       1月6日に会った時は、髪の毛が長かったそうで、
       髪の毛を切ったんだね 
       と目の付け所がちがかった。


22:00  夕飯少したべた。
       ジェンギンスにバレンタインデーのチョコを
       あげた。

       
23:00  一晩中火のついているお線香に火を付け
       電気を付けて、
       母の寝室との境の襖は閉めずに
       2階に上がった。

       母が襖を閉めないで って言ったのには
       深い意味を感じた。

       50年連れ添った夫婦が別れ別れになって
       1年4ヶ月。
       
       今夜が最後の夜です。 

こうして、2008年2月14日の記念すべき1日は終わって行きました。
ジェンギンスの顔も体も氷のように冷たかったです。
    
     

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9 コメント

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Unknown (よつば)
2008-02-16 14:25:47
みるき~さん、ご家族の皆様
ジェンギンスさまのご冥福を心よりお祈り申し上げます。もう苦しまれることはないのですね。バレンタインデーがご命日とは、みるき~さんのご家族らしいって思いました。うちの父は節分が命日なんですよ。もう12年前のことですが。。。
ずっと介護や看護なさってこられたみるき~さんとご家族の皆様がこれまで以上に一致団結してお母様とお健やかに過ごされますように、お祈りしております。
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Unknown (kappa)
2008-02-16 17:05:29
ジェンギンスさん、亡くなられたんですね。
心から、お悔やみ申し上げます。
ご葬儀まで1週間、ちょっと長くて大変ですね。無事にご葬儀が終わられますように。
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Unknown (ババママ)
2008-02-16 17:57:55
ジェンギンス氏のご冥福を心よりお祈りいたします。
長い介護の期間でしたね。でも、それも終わってしまえば一瞬の幻のようです。
明るく送って差し上げてくださいね。
お疲れが出ませんように。。。
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Unknown (hiro)
2008-02-16 20:11:50
みるき~さん、良く頑張り通しましたね。
みるき~さんが倒れないうちに、お父様は旅立たれたような気がしてなりません。とことん頑張られる娘さんの気持ちをしっかり受け止められて・・・穏やかな良い旅立ちの日を迎えられました。
バレンタインデーが訪れる度に、ご家族揃って、お父様との永久の別れの日のことを懐かしく思い出されることでしょう。
頑張り続けたみるき~さんの日記は、私の日々の励みでした。
本当にありがとうございました。
お父様のご冥福を心よりお祈り致します。
少しゆっくりなさって下さいね。
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Unknown (kaze)
2008-02-16 22:35:39
お父様のご冥福をお祈りいたします。
皆さん本当によく頑張りましたね。
みるき~さんの体も心配です。
ゆっくり休んでください。

合掌
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Unknown (nouhad)
2008-02-21 23:10:10
ババママさんの記事を読んで、ジェンキンス氏のご逝去を知りました。そして、検索でようやくここにたどり着きました。

ジェンキンス氏のご冥福をお祈りいたします。また、ご家族の皆様に心から
哀悼の意を捧げます。皆さん、本当に良く頑張られました。葬儀のことなど
まだまだ頑張らねばなりませんが、どうぞお疲れを出されませんように。
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Unknown (みるき~)
2008-02-22 01:12:44
★よつばさん、ロビマムさん、kappaさん、ババママさん、hiroさん、kazeさん、nouhadさん、ジュニタさま、 ご自宅でできる限り頑張って介護されているみなさまと頑張った後お見送りされた経験をお持ちの皆さまに応援していただき、皆さまはわたしの介護の支えになってくださって居ました。

後悔のない介護にするために、ここでいろいろ宣言しながら、目標に向かいました。
応援ありがとうございました。

あす、ジェンギンスの姿と永遠のお別れです。
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Unknown (よつば)
2008-02-22 10:18:00
みるき~さん、いよいよお別れなのですね。
寂しいです。私の父はあちらではジェンギンスさまの先輩になりますから、娘たちの出会いのようにどこかで巡り合ってたらいいな~なんて思います。
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Unknown (hiro)
2008-02-22 11:50:21
いつもジェンキンスさまのお写真入りの日記を拝見していて、たくさんの元気を頂いておりました。「みるき~さんに会わせて下さってありがとうございます。」とお父様への気持ちをお送りします。
よつばさんのおっしゃったように、
あちらの世界でのめぐり逢いがあったらうれしいですね。(87歳の背高おじいちゃんでした・義父)
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