アルツ・ジェンギンス夫婦の記録

重症アルツで亡くなった父の記録と現在100歳の母と高齢者みるきーの記録。

10/31聖闘士聖矢

2005-10-31 18:12:17 | 介護




ジェンはご飯をこぼすので
ジェンの座るところだけ布を特別に掛けてあります。

今まで、リンゴの絵でしたが、
どうしても絵をつまむので
今日、布を取り替えました。

引き出しの奥から
昔の布を出してきて
コタツに掛けました。

セイント聖矢です。
それも、ただの布切れじゃなくて
枕カバー用の布です。

長年いつか縫おうと思って
とうとうそんな面倒なことはしないで
月日が経ったようです。

で、

これを敷いていたら、

マクドウウェルが

「 高く売れるんじゃないの~
 早く、はずした方がいいよ~」
っていうのです。

いまや、ビックリまんのシールも高いそうじゃありませんか
で、
セイント聖矢の布切れ未使用はいかがでしょうか?

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ジェンギンスは無事にデイサービスにも行き、(2時間半)
夜は昨日ほどの錯乱もなく、・・・

しかし、

夜10時、部屋を覗くと、
ジェンはスーザンの布団に斜めに入って
掛け布団がゴジャゴジャに滅茶苦茶に丸かっていて
ひどい姿で寝ていた、
ねて、ビッグな目を開けてこっちを見ていた。

布団の寝方が最近分からないとは思っていたが
ひどい、滅茶苦茶や!




一言コメント (全 1 )




ジュニタ(jyunita@gaiax)

あはは・・・それって、うちの次男の寝方にソックリ!若い方が寝相が悪いと聞きますが、もしかして若返ってたりして~







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10/30 悪いボケ復活

2005-10-30 18:09:41 | 介護



今日は母の久しぶりの舞台で
お洒落してお出かけした。

父の介護のため母は、仕事のお師匠さんを
2年くらい前にやめました。
でも、今日は大きな舞台で歌うそうです。

大きな会の時は、私も父も必ず舞台を見に行っていましたが
もう、父はいけなくなりました。
そして、私も父に付き添って介護ですから
見に行ってあげれません。



玄関でお見送りするだけの
むなしい舞台です。

~~~~

父と二人っきりでお留守番は、会話もありません。
質問されれば答えますが
私は元々無口ですから、とくに話題の提供はありません。

だから、父にとったら、老健に居るのと同じように
じっと座っているわけです。

母の話しかけたり、説明したりする事がどれほど
父に良い影響を与えているかが、思い知らされます。

わたしも、自分の部屋にいるなら、パソコンしたり、Ukulele弾いたり、いろいろ忙しくすることがあるのですが、階下で介護に集中となると、これと言ってする事がありません。

専業介護は退屈です。

犬をシャワーに入れて、
台所のダンボールを片付けて、
コタツの下にカーペットを敷きたくても
ジェンギンスが居るから大事はできません。
でも、コタツ敷きを洗濯してコインランドリーで
乾燥して・・・

テレビを見たら、
親が亡くなるまで自宅で介護したという
ドキュメントをやっていました。

親から受けた愛にたいして、お返しすると言っていました。
感動しました。
わたしも、そんな気持ちで最後まで父を見てあげたいと、思いました。
テレビでは今の父とは、かけ離れるほど痩せて、骨ばかりになって、床ずれが沢山出来て、そして、亡くなりました。
うちの父は、まだ元気な方だと思いました。

わたしも、最後まで見てあげるぞ!と
こんな言葉は嫌いだけど、
《元気をもらって》心を新たにしたんだけど・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ちょっと、ちがうんだな~
夜、
ジェンギンスは、ひどい大ボケで困った。

これじゃ、今日、テレビで見た
寝たきりのおじいさんとは大違いだよ!!
あの、やさしいばかりの、苦しんで辛い思いを
しているおじいさんとは、かけ離れて
うちのジェンギンスは
家族に迷惑がかかるほど、寝ないで、
風呂に入らないで、長時間にわたって訳のわからない世界に居て、その世界の中で困って困って
私達に質問攻めで、でもその答えは聞いていなくて、ずっと訳のわからない世界のままだから、

とうとう

スーザンが爆発だ!!

スーザンは今日疲れて帰宅して、目も痛いし、
ふらつくというので、
しばらく私が、ジェンギンスの相手をするから
布団に入って寝てもらった。

わたしは隣の部屋でジェンギンスの妄想の世界にゆったりと付き合った。

「 ここに、来る女の人はいつ来るんだ?」
「 出て行けっていわれたら、わしは、出て行かなきゃならない」
「 いつまでもここには居られないだろう、出ていくようにいわれるだろう」
「 ここに居た女のひとは何処に行ったんだ」
・・・・・
永遠に自分の身を案じる不安な会話が
続きました。
いくら、何を言っても、
同じ心配が繰り返されました。
わたしは、きわめてあいまいに答えたり
安心させたりしましたが、聞いてくれません。

そのうち、

スーザンが、おきてきて、

私はクビになりました。ジェンギンスのお相手のお役目がクビになりました。


「 もう、あんたは、犬の散歩に行ってよ!」

  ガミガミガミガミ

わたしの、のんびりチャンに
母は寝ながらイラついたようです。

父が眠くなるまで
とことん付き合ってあげるつもりだったのに~~

ガガガガッ~~って怒るから、
長年歌ってなくても、いい発声練習になっているようで、今日は舞台で、上手く歌えたそうですよ!


1時間後に犬の散歩から帰ったら、
ジェンは寝ていました。

さすが、15年のキャリアです。
脅威のカツ!! で
寝かせてしまいました。

恐怖です。


一言コメント (全 1 )




洋ちゃん(asdf1@gaiax)

無理をなさらずに~~・



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10/29 土曜日

2005-10-29 18:06:15 | 介護


今日は家族に何の用事もない土曜日です。

朝は気がついたときに起きればいいし
時間を気にしなくて良い日なので
安心です。

わたしは、気楽ですが、母は夜中に付き添っているので
おちおちしていられない夜中があるので気の毒です。

午前にパンを食べて、私はお昼のオニギリを作って、三鷹の老健へ出かけました。

もう、ひと月も荷物を置きっぱなしなのです。
全部のお洗濯を老健にお願いしてあったので
ほとんどの荷物が洗濯に回っていて
退所日にいただけませんでした。

紙袋一つ持って出かけましたが、
荷物を見てびっくりです。
たいそうな洗濯物でした。

ふた袋に分けて持ち帰りました。

三鷹の商店街は物価が安くて
買いたいものが沢山ありましたが
とにかく荷物がいっぱいで
帰ってきました。

老健のお年よりは、今日もおとなしく
椅子に座っていました。
みんな、どうしてそんなにおとなしいのですか?

こんなに環境がよくて、良いスタッフに囲まれて
楽しい企画も沢山あって、リハビリもしてくださるのに、うちの父は、2週間滞在すると、すっかりボケて放尿の嵐でした。

ひと月家に居て、父はやっと、呆けの嵐から立ち直った。
今回は、体の衰弱もあったから、立ち直らないだろうと誰もが思った。

今週5日間デイサービスを再開して
父の頭は混乱している。

~~~~~
今日、夕飯の時

「 わしは、何処から来たの? 」
っていうから、思わず笑った。
「 まさに、記憶喪失だ」 といって笑った。

分からない事が、分かっているのです。
ちょっと、正常。

きっと、最近ギンコとレシチンとビタミンEを飲ませてるから、正常化してるのかもしれません・・・
海馬が崩壊していたら、何をしても無駄でしょうか?
・・・いいえ、このひと月で、放尿、夜尿無くなったし、もう、ポータブルトイレも片付けたし、リハビリパンツも終わって普通のパンツに戻ったし。

攻撃性の怒りさえなければ
父の残りの人生
最後まで 家で
面倒見させていただきたい気持ちです。

怒らなかったら!です。






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タイトル | 10/28 老衰状態脱出だ

2005-10-28 18:03:01 | 介護



昨日の写真。
自転車を押して歩いてもらった。
結構、自転車を支えて歩くのは楽なのです。

夜中に何回もおきている物音を聞いていましたが
一晩中寝たりおきたりしていたようです。
どうして、眠れないのでしょうか?
どうして、トイレに何回も行くのでしょうか?
それなのに、どうしてトイレへ行く薬を飲まなきゃならないんでしょうか?

したがって朝良く寝ていました。
11時起床。
ご飯と味噌汁とおかずをいっぱい食べて
( 朝ごはんを抜かす事になったから)
12時半デイサービスへ連れて行く。

今日はバスの走行がとっても遅い運転手さんで
4つ目のバス停なのに30分もかかりました。
自転車で一緒にスタートしたのに
バスが来なくて事故かと心配するくらいでした。

デイサービスでは、風呂を拒否したようで
でも、体を拭いてくださったとのことで
たいへん!ありがたいです。
10月にたった1回シャワーに入っただけですから。

4時に玄関に帰って来たのが分かったので
わたしは玄関にでて、「 お帰り!! お疲れさん!」と元気にお迎えしました。
勢いで、部屋に入ってもらいました。

まず、家に入ることが第1難関です。

そのあとは、かかりつけの医者に行ったみたいです。 どういうわけか、1週間分しか薬をくれない医者で1週間ごとに行かなきゃならないわけなのですよ。

父はいつものようにジョークを飛ばしたらしく、
「 治ってよかった~、もう、治らないかと思った」
と、先生の奥様に言われたそうです。

病院さえも父がもうだめだと思っていたらしいです。

しかし、この父の復活は、すごいことです。

これは、母のパワーの賜物です

夜8時に、「 もう寝る 」と言って
母の布団に入りました。
母は、自分の布団で父に寝られるのがいやだと言います。
老人臭がして嫌だそうです。
夜中にトイレに起きて、母の布団に入りそうになるととても嫌だそうです。

母の布団に寝たとしたら、母は父の老人臭極まりないベッドに寝なくてはならないのです。

「わたしは、他人だからね 」と母が言ってました。

「 私だって、いやです」 とわたしも言い張りました









一言コメント (全 5 )




みるき(milkie@gaiax)

お世話になった父だから、やっぱりいつまでも生きていて欲しいです。 父には、家に居ることが一番いいみたいですが、そうも行かないのが現実です。  



kappa(kapparumba@gaiax)

お父様良かったですね。人間の生命力ってすごいなと思います。やっぱり家にいるのがお父様にとって普通のことなんですね。みるき~さんも体を壊さないように頑張ってくださいね。



トコロ(moria-1206@gaiax)

ほんと生きているだけでいいと思う~亡き父はいきなり倒れてそのまま~だもん・・・みんなで仲良く幸せに~



みるき(milkie@gaiax)

ありがとうございます、実の父だしね、 生きてるだけで



ジュニタ(jyunita@gaiax)

あ~、何かいい感じの会話!家族っていいですよね。お父様、回復なさって本当に良かったですね。



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10/27 両親の結婚記念日

2005-10-27 17:37:49 | 介護


10月27日はジェンギンスとスーザンが結婚した日です。
どうして、今回私も一緒に写真に写ったかというと、
わたしの誕生日でもあるわけです。
『 きょうは、長女の誕生日だわ』と母が言ってましたが
ちがいます、 次女の私の誕生日だよ!!


今朝は10時半過ぎにジェンが起床。
11時に食事をして、12時半にデイサービスに連れて行く。
雨も丁度上がって、わたしは昨日と同様、自転車でバスを追いかける。
お昼は道がすいているから、結構いい運動になるくらいチャリを漕いだ。

バス停から15分の道のりは、ジェンに自転車を持ってもらった。
最初は、自転車につかまっていいよ! って言ったんだけど、支えて持ってくれたから持ってもらったわ。
こういう仕事はよく出来るし、喜んで手伝ってくれるんだ・・・機嫌のいいときは。

4時に帰宅してからが大変だったそうだ。

まず、家に入らない。・・とうとう40日前と同じだ。
仕方が無いから、母はバスで新宿へジェンギンスを連れて行ったというのだから、驚いた!!

衰弱間もないジェンを、新宿へ連れて行くとは!!

おまけに、トイレに行きたくなったらしく、デパートの男子トイレの中までスーザンは一緒に入ったけれど、
ジェンギンスは、用を足せなかったらしい。

だから、女性トイレへ連れて行って、
車椅子用の個室があったのでそこへ入って
やっと上手くいった様だ。

母一人が、ジェンを連れて歩くことは、もう無理があるというのに、分かってない!!
母は、この40日間の父の老衰状態を忘れているようだ。というより、呆けていることを未だに理解できない事が見ている私達にはたまらないのです。

ジェンの呆け復活により、母の怒りも復活。
この40日間は、今思えば静かで穏やかな月日でありました。

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さて、今日は両親の結婚記念日。
自分の誕生日でもあるので、
じぶんから、祝うわけにもいかず、毎年
どうしたらいいもんかと悩んでいましたが、
ことしも、マクドウウェル博士がケーキを買ってきてくれました。

誰に買って来てくれたのかは知りませんが、
『 おじいちゃん!マクドウウェルが、結婚記念日のケーキを買ってきてくれたよ!』と
この家に、幸せがもたらされたのでした。

チョコパンは、数日間の犬の散歩で息もできない
アレルギーとなって、今日は夜遊びしてて帰ってきません。

皆でケーキをいただいて喜びました。

そのあと、トイレでズボンを脱がないまま
座っているジェンを母が怒っていました。
たぶん、椅子に座っているつもりみたいです。

ジェンギンスが『 どうすればいいの?』
って優しくたずねているのに、
スーザンは、恐ろしく怒っていました。

また、今後、恐怖のバトルが始まるのでしょうか・・・




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アルツ・ジェンギンス夫婦の記録

16年間アルツハイマーと戦った父ジェンギンスは2008年2月14日に亡くなりました。壮絶介護→施設入所→胆管癌による死。大切な父の最期の介護記録をここ残しました。 そして、夫を亡くした母は初期認知が進行中です。 年寄りと暮らす苦労を記録中。