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水星磁気圏探査機“みお”が金星スイングバイを実施。気になるのは“あかつき”と“ひさき”を加えた3ミッション共同観測。

2020年11月08日 | 金星の探査
JAXAとヨーロッパ宇宙機関それぞれの周回探査機で、水星の総合的な観測を行う日欧協力の大型ミッション。
それが、国際水星探査計画“ベピコロンボ”です。
今回、JAXAとヨーロッパ宇宙機関が発表したのは、2020年10月15日に実施した金星スイングバイが成功したこと。
2つの探査機の軌道の計測と計算を行ったところ、目標としていた軌道上を順調に航行していることが確認できたそうです。

2機の探査機で行う水星の観測ミッション

国際水星探査計画“ベピコロンボ”は、JAXAとヨーロッパ宇宙機関それぞれの周回探査機で水星の総合的な観測を行う、日欧協力の大型ミッションです。

集会探査機は、JAXAが担当する水星磁気圏探査機“みお”とヨーロッパ宇宙機関担当の水星表面探査機“MPO”の2機。
この2機をを搭載したアリアン5型ロケットが、フランス領ギアナの宇宙センターから打ち上げられたのは2018年10月19日のことでした。

ロケットは予定通り飛行し、打ち上げから約26分47秒後に両探査機を正常に分離。
2機の周回機は、水星遷移モジュール“MTM(Mercury Transfer Module)”に搭載されているイオンエンジンを使い、減速するように水星を目指しています。

これは、地球よりも内側の惑星に行くには、加速ではなく減速が必要なため。
水星の周回軌道に入るのに必要なエネルギーを、もし地球の外側にに向けて使ったとすると、太陽の重力圏を脱出できてしまうぐらいになってしまいます。

そう、距離としては近い地球と水星ですが、到達するためのエネルギー的には遠い存在になります。

このため用いられるのが、燃料消費の無いフライバイという飛行方式です。
惑星の近傍を通過するとき、その惑星の重力や公転運動量などを利用して、探査機の速度や方向を変えることができる。燃料を消費せずに軌道変更と加速や減速ができ、このような飛行方式をフライバイあるいはスイングバイという。

“ベピコロンボ”は1回の地球フライバイ、2回の金星フライバイ、そして5回の水星フライバイを実施することで、これらの惑星の重力を使って徐々に減速するんですねー

そして、打ち上げから約7年かけて水星に到達し、世界初となる2機の探査機を周回軌道へ投入することになります。

まず、役目を終えた水星遷移モジュール“MTM”を分離。
この状態で“みお”そして“MPO”の順で水星周回軌道への投入が行われ、ここから約1年の科学観測が始まります。

金星スイングバイ

“ベピコロンボ”は、2020年10月15日に1度目の金星スイングバイを実施。
12時58分31秒に金星に最接近し、高度10,721.6キロを通過しています。

“ベピコロンボ”は、スイングバイにより金星の重力を利用して約3.25km/sの減速を行い、目標としていた数値を達成。
ヨーロッパ宇宙機関深宇宙ネットワーク局の探査機運用により、現在“みお”の状態は正常であることを確認しています。
金星スイングバイ前後の“ベピコロンボ”および“あかつき”、“ひさき”の位置関係。(Credit: JAXA)
金星スイングバイ前後の“ベピコロンボ”および“あかつき”、“ひさき”の位置関係。(Credit: JAXA)
“ベピコロンボ”は金星スイングバイの前後に、搭載されている多くの装置で観測を実施。
水星遷移モジュール“MTM”に搭載されたモニタカメラ“MCAM”は、再接近中に金星の姿を撮影しています。
スイングバイによる最接近直前に水星遷移モジュール“MTM”に搭載されたモニタカメラ“MCAM”がとらえた金星の姿。(Credit: ESA/BepiColombo/MCAM)
スイングバイによる最接近直前に水星遷移モジュール“MTM”に搭載されたモニタカメラ“MCAM”がとらえた金星の姿。(Credit: ESA/BepiColombo/MCAM)

日本の“あかつき”と“ひさき”を加えた3ミッション共同観測

“ベピコロンボ”の金星スイングバイに合わせて実施された共同観測があります。

それは、現在金星を周回する唯一の人工衛星になる金探査機“あかつき”および、地球を周回する惑星分光観測衛星“ひさき”との金星共同観測です。
日本の宇宙機3ミッション共同による惑星同時観測の実現は初めてのことでした。

“あかつき”の観測が行われたのは“ベピコロンボ”による金星スイングバイの前後。
撮影に用いられたのは“あかつき”に搭載された紫外線イメージャおよび中間赤外カメラでした。
これらの装置による金星の撮像が1~2時間おきに実施され、太陽に照らされた雲の構造(紫外線)や雲表面の温度分布(中間赤外線)が観測されています。

さらに、“ひさき”による金星高層大気の極端紫外線での分光観測が前後1週間にわたり実施されています。
“あかつき”搭載の紫外イメージャおよび中間赤外カメラが、2020年10月15日13時頃(日本時間)にとらえた金星の姿。(Credit: Planet-C Project Team)
“あかつき”搭載の紫外イメージャおよび中間赤外カメラが、2020年10月15日13時頃(日本時間)にとらえた金星の姿。(Credit: Planet-C Project Team)

“みお”による太陽風および金星周辺プラズマ環境の観測

“みお”に搭載された科学観測装置で実施されたのは、太陽風および金星周辺プラズマ環境の観測でした。

プラズマ粒子観測装置で観測されたのは、電子の分布が太陽風中と金星周辺で異なる様子や、金星由来とみられるイオンの存在(プラズマシート)でした。

プラズマ波動・電場観測器では、水星到達までの限定的な観測制約のもとで、信号をとらえられることが確認されています。

金星は、地球と異なり磁場を持たないので、太陽風が惑星に直接作用して、衝撃波面や電離圏尾部領域を形成しています。

電子のエネルギー分布を見ると安定した太陽風中に比べて、衝撃波面より内側では金星との相互作用により複雑な分布を示していることが分かります。

また、イオンは太陽風中では、ほぼ直線状に進みます。
なので、“みお”を覆う太陽光シールドに遮蔽されて検出されることはありません。
ただ、衝撃波面より内側では複雑な運動を見せるので、一部がシールド内に入り検出されています。

こうした金星電離圏尾部領域でのプラズマ観測はまだ例が少ないので、磁場を持たない天体における太陽風の影響を理解する上で貴重な観測結果といえます。

プラズマ波動・電場観測器で得られた現象は、衝撃波面や境界領域の通過に伴って発生している可能性があり、今後の解析で、その起源などを明らかにするそうです。
“みお”搭載のプラズマ粒子観測装置及びプラズマ波動・電場観測器が、2020年10月15日3時~6時にとらえた金星スイングバイ時の観測結果。(Credit: JAXA)
“みお”搭載のプラズマ粒子観測装置及びプラズマ波動・電場観測器が、2020年10月15日3時~6時にとらえた金星スイングバイ時の観測結果。(Credit: JAXA)
今回の3ミッション共同観測により実現できたのは、金星の大気から周辺のプラズマ環境の同時観測でした。

今後、それぞれの観測データを組み合わせた解析がさらに進むことで、金星の新たな知見を得られることが期待されます。

“ベピコロンボ”は、今後定期的な機能確認に加えて、惑星スイングバイ時や惑星間空間巡行時の科学観測運用を実施していく予定です。

次回のスイングバイは2021年8月10日ころ。
2回目になる金星スイングバイを実施予定で、最接近高度は約550キロになるようです。


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金星の大気には微生物が存在している? 検出されたリン化水素は生物由来のものかもしれない。

2020年09月16日 | 金星の探査
英米日の研究者からなるチームが、アルマ望遠鏡とジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡を用いた観測で、金星にリン化水素を検出しました。

このリン化水素の起源として、金星大気中における太陽光による化学反応、あるいは火山からの供給などの可能性を検討するのですが、いずれも観測された量のリン化水素を説明することができず…
そこで、研究チームが考えているのは、リン化水素が未知の化学反応によって作られた可能性でした。
地球上にはリン化水素を排出する微生物が存在するので、生命由来の可能性も捨てきれないとも考えています。

リン化水素は、太陽系外惑星における生命存在の指標の一つと考えられている分子です。
なので、今回の発見はその妥当性を検証するために非常に重要な材料になり、今後の金星大気の詳細観測の重要性を示す結果にもなるようです。
金星の中に見つかったリン化水素のイメージ図。(Credit: ESO/M. Kornmesser/L. Calçada & NASA/JPL/Caltech)
金星の中に見つかったリン化水素のイメージ図。(Credit: ESO/M. Kornmesser/L. Calçada & NASA/JPL/Caltech)

地球とは全く異なる金星の大気や環境

地球の内側を公転し、その大きさや質量が地球と似ていることから、しばしば地球の双子星と呼ばれる金星。

でも、その大気や環境は地球とは全く異なっていて、金星には二酸化炭素を主体とする非常に分厚い大気があるんですねー
地上で90気圧にもなる二酸化炭素の大気は強烈な温室効果をもたらし、金星の表面温度は460度にもなっています。

さらに、金星は大気も含めて非常に乾燥していて、地球上に生きているような生命が存在する可能性は低いと考えられています。

ただ、気圧も温度も下がる高度50キロ付近では、微生物が存在できるのではないかとして、一部の研究者は検討を続けてきました。

生命の指標となる分子“リン化水素”

惑星において生命の存在の有無を判断する方法の一つに、大気の成分があります。

例えば、ある分子が生命体によって排出されるものであり、同時に大気での化学反応などで作られにくい性質を持ったものであれば、その分子は生命の指標となりえます。

そして、近年注目されている生命指標の一つにリン化水素(PH3)があり、地球ではリン化水素は生命活動と関連することが分かっています。

金星大気のように酸素原子が多く存在する環境では、リンは水素原子よりも酸素原子と結合する可能性が高くなります。

また、塩化物イオンなどが大気中に存在すると、リン化水素は破壊されてしまいます。

そのような環境で安定的にリン化水素が存在するためには、これを絶えず供給し続けるメカニズムが必要になります。
リン化水素は、木星と土星の大気ではすでに検出されている。木星や土星のリン化水素は、大気の奥深くの高温高圧の場所で作られ、大気循環によって上層帯に運ばれると考えられている。ただ、金星は岩石惑星なので同様の科学反応でリン化水素が作られることはないと考えられている。

電波望遠鏡により金星大気にリン化水素の兆候を検出

今回、イギリス・カーディフ大学を中心とした研究チームが進めたのは、太陽系外惑星におけるリン化水素の調査でした。
ただ、研究チームでは、この調査を行う前に太陽系の惑星大気でリン化水素探しをしています。

まず研究チームは、ハワイのジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡を使って金星を電波で観測。
すると、波長約1ミリの電波でリン化水素の兆候が検出されます。
ジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡は、ハワイ島マウナケア山頂天文台群にある電波望遠鏡。口径15メートルのパラボラアンテナによってミリ波・サブミリ波を観測することができる。

この観測結果をさらに確かなものにするため、アルマ望遠鏡を用いて金星を観測、やはりリン化水素を検出しています。
南米チリのアタカマ砂漠(標高5000メートル)に建設されたのが、アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array = ALMA:アルマ望遠鏡)。高精度パラボラアンテナを合計66台設置し、それら全体をひとつの電波望遠鏡としてミリ波・サブミリ波を観測することができる。

金星のスペクトルにリン化水素の兆候が見えたのは、とても驚くべきことでした。
検出されたリン化水素は、大気分子10億個に対して20個程度の割合で存在していることも分かります。
アルマ望遠鏡が観測した金星の画像に、リン化水素のスペクトルを重ねた画像。グレーの線がジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡、白線がアルマ望遠鏡で観測したスペクトルを表す。より高温の低層部から強い電波が発せられていて、中層大気にある低温のリン化水素が特定の波長の電波だけを吸収するため、スペクトルがへこんだ吸収線になっている。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Greaves et al. & JCMT (East Asian Observatory))
アルマ望遠鏡が観測した金星の画像に、リン化水素のスペクトルを重ねた画像。グレーの線がジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡、白線がアルマ望遠鏡で観測したスペクトルを表す。より高温の低層部から強い電波が発せられていて、中層大気にある低温のリン化水素が特定の波長の電波だけを吸収するため、スペクトルがへこんだ吸収線になっている。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Greaves et al. & JCMT (East Asian Observatory))

どうやってリン化水素は作られたのか

リン化水素の成因を調べるため研究チームが検討したのは、太陽光や雷による金星大気の化学反応、地表から風によって吹き上げられる微量元素、火山ガスによる供給など。
その結果、分かったのは、観測された量のせいぜい1万分の1程度のリン化水素しか作ることができないことでした。

次に研究チームが行ったのは、地球上の微生物を参考に、金星大気に微生物がいた場合のリン化水素供給量の見積もりでした。
地球の微生物には、岩石や別の生物由来物質からリンを取り出し、水素を付加させてリン化水素として排出するものがあるからです。

研究チームは、同様の微生物が金星大気にもいた場合、検出された量のリン化水素は説明できると考えています。
金星の大気へとズームインするアニメーション映像。(Credit: ESO/M. Kornmesser/L. Calçada & NASA/JPL/Caltech)

今回の研究では、大気内での化学反応などでは十分な量のリン化水素が作り出せないと結論付けています。
ただ、生命由来でない化学反応によってリン化水素が作られている可能性が無いわけではありません。

改めて金星を観測し、今回の結果を検証することも含めて、結論に達するまでにはまだまだ課題が残されているんですねー

今回の研究でリン化水素が存在していると考えられた高度50~60キロ付近の大気は、0~30度程度と地球生命にとっても生息しやすい温度になっています。
でも、この高度領域に存在する雲は濃硫酸が含まれる極めて酸性の高い環境… 地球の微生物が生きていくには厳しすぎる環境になります。

アルマ望遠鏡をはじめとする地上の大型望遠鏡による追加観測に加え、金星大気の詳細観測や大気成分のサンプルリターンなどの探査機計画が立案・実現されれば、謎に満ちた金星大気をより詳しく理解できるのかもしれませんね。
アルマ望遠鏡の夜間タイムラプス映像。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)/Y. Beletsky (LCO)/ESO)


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探査機“あかつき”が発見! 金星の高速風スーパーローテーションよりも速い巨大な波動“雲の不連続面”

2020年08月14日 | 金星の探査
雲が全球を覆う金星で探査機“あかつき”が見つけたのは、巨大な“雲の不連続面”でした。
高度50キロ付近を移動する“雲の不連続面”の速度は時速330キロ。
同じ高度で吹いている高速風スーパーローテーションよりも速いので、大気そのものの移動とは考えにくいんですねー
これは太陽系内で初めて観測された現象で、35年もの間気付かれていなかったそうです。


他の惑星では見られない大気現象

その大きさや質量が地球と似ていることから、しばしば地球の双子星と呼ばれる金星。

でも、その大気や環境は地球とは全く異なっています。

金星の地表は太陽系の惑星の中で最も暑く、465度と鉛を溶かすほどの高温に達しています。

さらに、90気圧にもなる大気のほとんどが二酸化炭素で、その中に浮かんでいるのが硫酸の液滴からなる分厚い雲。
惑星全体で常に吹いているスーパーローテーションと呼ばれる東風は、高度約70キロの雲頂では4日で金星を一周するほどの速さを持っています。

そう、太陽系の他の惑星には見られない様々な現象が、金星の環境で観測されているんですねー


金星の下部雲層で発生している惑星規模の波動現象

金星大気では、紫外線で見えるY字模様や、長波赤外線で見える10,000キロにも及ぶ弓型の地形固定重力波模様などの巨大パターンが現れることが知られています。

これらは、いずれも雲頂付近に見られる現象。

一方、今回見つかったのは、金星の全球にわたり高度48~56キロの下部雲層で、光を透過する割合や雲粒子の分布といった大気の性質が大きく変化する境界“雲の不連続面”です。

この現象を見つけることができたのは、中・下部雲層における諸現象を観測することを主目的とした“あかつき”搭載の赤外線カメラ“IR2”による観測データのおかげでした。
2010年5月に打ち上げられたJAXAの“あかつき”は日本初の金星探査機。金星の大気を立体的に観測するため観測波長の異なる複数のカメラを搭載。主な目的は、スーパーローテーションと呼ばれる惑星規模の高速風など、従来の気象学では説明ができない金星の大気現象のメカニズムを探ること。

金星の赤道をはさみ、ときには南北の緯度およそ30度まで7000キロ以上に及ぶほど大きく発達する“雲の不連続面”。
金星を5日で一周する速さ、時速約330キロで移動していることも分かりました。
2016年3月~2018年12月の長期にわたって“あかつき”がとらえた“雲の不連続面”の画像。(Credit: PLANET-C Project Team, NASA, IRTF)
2016年3月~2018年12月の長期にわたって“あかつき”がとらえた“雲の不連続面”の画像。(Credit: PLANET-C Project Team, NASA, IRTF)
“雲の不連続面”が見つかった高度における高速風スーパーローテーションは、およそ7日で金星を一周する速さになります。
なので、スーパーローテーションより速い“雲の不連続面”の移動速度は、大気そのものの移動とは考えにくいんですねー

以前、“IR2”カメラで発見された赤道ジェットは、5日で一周するほどの速さになることもありましたが、永続的な風ではありませんでした。

つまり今回の発見が示唆しているのは、5日で一周するような速さで伝わる何らかの波動であるということ。
金星の雲頂以外の低い大気中で、惑星規模の波動現象が見つかるのは初めてのことでした。

中・下部雲層や大気は、金星地表を加熱する強い温室効果に大きく寄与しています。
その領域における惑星規模の波動の発見は、いまだ謎に包まれている金星地表と大気の相互関係の理解に貢献すると期待されています。


“雲の不連続面”は何十年にもわたって存在していた現象

“雲の不連続面”の発見は、下層大気から運動量とエネルギーを運んでくる波が雲頂へ達する前に消散する、その証拠をついにとらえたといえます。

これが事実であれば、波が運んできた運動量は、その場所の大気に与えられることになります。
そう、長年の謎であった金星のスーパーローテーションに寄与し得る現象ということです。
巨大な“雲の不連続面”が高度50キロ付近の“下部雲層”を駆け巡っている様子。2016年8月25日~28日に取得された画像から作られた“雲の不連続面”の動画。(Credit: J. Peralta, JAXA)
巨大な“雲の不連続面”が高度50キロ付近の“下部雲層”を駆け巡っている様子。2016年8月25日~28日に取得された画像から作られた“雲の不連続面”の動画。(Credit: J. Peralta, JAXA)
さらに、意外だったのは、過去に得られた画像を1983年までさかのぼって調べてみると、同じような構造が認められたこと。
この巨大な構造は、何十年にもわたって存在していた準永続的現象ということになります。

では、どのようにしてこの準永続的現象は発生しているのでしょうか?
これまで誰も、そしてほかの惑星においても見たことのない新しい気象現象です。
コンピュータシミュレーションも行われていますが、まだ分からず… さらなる観測・研究が必要なようです。

ただ、現時点で有力な説はあります。
それは、ケルビン波がこの巨大な“雲の不連続面”に関与しているのではないかというもの。

ケルビン波は大気重力波の一つで、赤道地方で大きな振り幅となり流れの下流(スーパーローテーションと同じ向き)へ伝わるという特徴を持っています。
この特徴が、今回見つかった“雲の不連続面”と一致しているんですねー

ケルビン波が存在すると他の波(たとえば、中緯度で流れの上流へ伝わるロスビー波)と相互作用し、その時生じる不安定を介してスーパーローテーションの運動量を赤道へ運びます。

金星の気象現象を理解するのに興味深い存在といえるケルビン波。
“あかつき”の紫外線カメラのデータから見出された熱潮汐波によるスーパーローテーションの維持メカニズムに加え、ケルビン波も重要な役割を果たしている可能性がありそうです。

現在、ハワイにあるIRTFやカナリア諸島のNOTを用い、金星を周回している“あかつき”と連携した追観測が行われています。
金星の観測データが集まることで研究も進むはず、様々な疑問の解決が期待されますね。
IRTF(Infrared Telescope Facility)はマウナケア山頂にあるNASAの3メートル赤外線望遠鏡。NOT(the Nordic Optical Telescope:北欧光学望遠鏡)はラ・パルマ島のラ・パルマ天文台に設置された2.56メートルの望遠鏡。


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なぜ、金星では自転速度をはるかに超える風“スーパーローテーション”が吹いているのか?

2020年05月19日 | 金星の探査
金星では自転速度をはるかに超えるような風“スーパーローテーション”が吹いでいます。
この“スーパーローテーション”は、どうやって維持されているのか? が長年の謎になっているんですねー
今回、探査機“あかつき”のデータから“スーパーローテーション”を維持するメカニズムが解明されています。
系外惑星の大気循環や、それが表層環境に与える影響の探求に役立つと期待されているようです。


自転速度の60倍にも達する風

金星の自転周期は地球時間で数えて243日、公転周期は225日です。
ただ、その自転と公転の向きが逆なので、金星の一日の長さは地球の117日に相当します。

一方、ゆっくり自転する金星自身を軽々と追い越してしまうほどの速度で回転しているのが、金星の分厚い大気です。

この現象は“スーパーローテーション”と呼ばれ、一番速度が大きい雲層の上端付近(高度約50~70キロ)では、自転速度の60倍にも達しているんですねー

“スーパーローテーション”が発見されたのは1960年代のことでした。

ただ、そのメカニズムは謎のまま…

過去に長期にわたって金星を周回したNASAの探査機“パイオニア・ビーナス・オービター”やヨーロッパ宇宙機関の“ビーナス・エクスプレス”でも、“スーパーローテーション”に関する仮説を確かめるための観測は行えませんでした。

日本にも、謎の多い“金星の気象”を幅広く解明することを目指した探査機があります。
2010年5月に打ち上げられ、2015年12月に金星の周回軌道に投入されたJAXAの金星探査機“あかつき”です。

“スーパーローテーション”がどのように維持されるのかを解明すること。
それが“あかつき”の最大の目標になっています。
“あかつき”のイメージ図。(Credit: 池下章裕、ISAS/JAXA)
“あかつき”のイメージ図。(Credit: 池下章裕、ISAS/JAXA)


“あかつき”による紫外線と赤外線を使った観測

“あかつき”は、紫外線や赤外線といった複数の波長で金星の雲の写真を撮り続けています。

今回、北海道大学の研究グループは風速を求めるため新たな手法を開発しています。
それは、紫外線カメラで得られた画像に写る雲を追跡するものでした。

これによって達成できたのは、これまで不可能だった風速の微細構造を明らかにすること。
さらに、“スーパーローテーション”に対する大気の波や乱流の効果を見積もることもできるようになりました。

研究グループは、“スーパーローテーション”がどのように維持されているのかを調べるため、赤外線カメラで計測した温度を使用しています。

地球がそうであるように、太陽からのエネルギーが一番効率良く届くのは金星の赤道付近で、極付近が受けるエネルギーは弱くなっています。
そのため、熱い低緯度から寒い高緯度へと大気が南北方向にゆっくり循環することで熱は運ばれています。

このとき、角運動量(回転の勢い)もいっしょに運ばれてしまいます。
そう、このままでは赤道における“スーパーローテーション”を維持できなくなってしまうんですねー

詳細な分析を行ってみると、昼に加熱されて夜に冷却されることで大気が動いて生じる“熱潮汐波”が赤道領域へ角運動量を運び、低緯度での大気の加速を引き起こすことが明らかになります。
熱潮汐波とは、大気の温度が1日を周期として変化することが原因となってつくられた、潮汐と同じような大規模な気圧の波のこと。

これまで、大気中に存在する潮汐波以外の波や乱れも加速を担う候補として考えられていました。
でも、低緯度の雲頂付近では、弱くはあるが潮汐とは逆に働いていることも、今回新たに判明したことでした。

ただし、それらは赤道を離れた中高緯度では、角運動量の運搬に貢献していると考えられています。
今回明らかになった金星の“スーパーローテーション”の維持機構の模式図。(Credit: Planet-C project team)
今回明らかになった金星の“スーパーローテーション”の維持機構の模式図。(Credit: Planet-C project team)


地球を含む惑星の大気運動を調べる

現在も観測を続ける“あかつき”ですが、これまでに取得されたデータの分析も活発に続けられていて、観測とシミュレーションの融合といった研究も進んでいます。
今後も金星大気に関する様々な発見がもたらされ、理解が進むと期待されています。

また、可能性として示唆されているのが、地球でも極端な温暖期には、ある程度のスーパーローテーションがあったということ。
地球とは大きく異なる金星大気の研究から、地球型惑星における大気の循環に関するより広い理解が得られるかもしれません。

さらに、現在発見されている4000を超える系外惑星の中でも、恒星の近くを回っている系外惑星の多くは、潮汐力によって恒星にいつも同じ面を向けて公転していると考えられています。

この状態は、非常にゆっくりと自転している金星の状態に似ているんですねー
なので、今回明らかになったシステムは系外惑星でも成り立っている可能性があります。

あまり知られていませんが、ほとんどの太陽系の惑星には大気が存在しています。
こうした地球を含む惑星の大気運動を調べるのが惑星気象学という学問です。

金星の“スーパーローテーション”は、地球では考えられない大気現象ですが、火星では数年に一回起こる大砂嵐という不思議な現象があります。
地球でも砂漠で砂嵐が起こりますが、火星では惑星全体を覆うような規模で起こっています。

木星の縞模様は東西風の流れが作り出しています。
一つ一つの縞は、東に向かう流れと西に向かう流れに対応していて、縞ごとに風の吹く方向が交互になっています。
土星の縞模様も同様です。

17世紀に発見された木星の大赤斑は巨大な高気圧ですが、300年以上消えずにいます。

“ボイジャー”などの探査によって海王星や天王星にも、秒速数百メートルの非常に速い風が吹いていることが分かっています。
太陽から遠く、外部から受け取るエネルギーが少ない惑星で、なぜそのような激しい大気現象が起こるのでしょうか。

このように地球の気象学を、そのまま当てはめても分からない現象はたくさんあります。
今回の研究成果は、系外惑星の大気循環やそれが表層環境に与える影響の探求にも応用できるようですよ。


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2020年03月24日 | 金星の探査
質量や大きさが地球とよく似ているので、地球の双子星と呼ばれる金星。
これまで金星大気の温度構造は、ごく限られた場所でしか測定されなかったので、金星大気で起こっている様々な現象や、雲の構造を理解するのは難しい状況でした。
今回、金星探査機“あかつき”を用いることで、地球の大気構造とは真逆の傾向があることが分かってきたようです。


金星は地球の双子星だけど大気や気候が全く違っている

金星は地球の双子星と呼ばれるほど、その質量や大きさが地球に似ている惑星です。
でも、金星と地球の大気や気候は全く異なっているんですねー
金星探査機“あかつき”の赤外線カメラ“IR2”がとらえた金星の夜面(疑似カラー画像)。“IR2”では夜面の雲を透過してきた赤外線を観測しているので、雲は影絵のように暗く写るが、画像では明暗反転して雲を明るく表示している。
金星探査機“あかつき”の赤外線カメラ“IR2”がとらえた金星の夜面(疑似カラー画像)。“IR2”では夜面の雲を透過してきた赤外線を観測しているので、雲は影絵のように暗く写るが、画像では明暗反転して雲を明るく表示している。(Credit:PLANET-C Project)
金星大気の成分は主に二酸化炭素です。
このため金星では温暖化が進んでいて、金星地表の気温は約460度、気圧は90気圧にも達しています。

そして、雲の主成分は濃硫酸… 金星全体はこの雲で覆われています。

さらに、金星では、自転スピードの60倍もの速さで大気が回転しています。
これは“スーパーローテーション”と呼ばれる現象で、なぜこのような大気の高速運動が起こっているのかは分かっていません。

太陽系の中で地球と隣り合った公転軌道を持ち、惑星そのものの質量や大きさが似ている金星。
なぜ、地球と金星では気候や大気の状態がこれほど違うのでしょうか?

この謎の解明に必要なのは金星の大気を調べ理解すること。
そうすれば、金星大気やそこで起こる現象を地球のものと比較ができ、地球の大気をより深く理解することにもつながります。


必要なのは全球的な温度の高度分布

金星の大気データを集め、大気で起こる様々な現象を理解すること。
このために打ち上げられたのがJAXAの金星探査機“あかつき”です。いわば金星の気象衛星なんですねー
“あかつき”による観測の概念図。
“あかつき”による観測の概念図。(Credit:PLANET-C Project)
異なる波長で金星を観測すると、様々な高度での大気の情報を得ることができます。

たとえば、撮像観測装置(カメラ)が得意とするのは、特定の高度(主に雲頂あたり)における大気の水平構造を明らかにすることです。
すでに、金星大気の大規模な弓状構造や極域のS字構造など、特定の高度で見た雲の構造を見つけています。

でも、水平方向の情報だけでは大気を理解することできません。
地球の場合もそうですが、大気が高さ方向にどのような構造になっているかを知ることは、金星の大気の変化を明らかにするために重要な情報になります。

また、地球では地形が大気の変化や雲の発生に影響していることも知られています。

では、金星でも地形によって大気は影響を受けているのでしょうか?

これを明らかにするのに必要なのが雲の下の大気を調べることです。
特に大気の温度分布は、雲の発生や雲の変化を知るために重要な情報をもたらしてくれます。
なので、惑星大気や気象現象を理解するのに不可欠なデータといえます。

ただ、金星には分厚い雲があるんですねー
観測波長を変えたとしても、撮像観測で雲の中や下を観測するのは難しい状況です。

もちろん、これまでに着陸機などを用いた観測では温度の高度分布が測定されています。
これは特定の地点における観測であり、観測数も少なく、緯度60度より高緯度のデータはありませんでした。

限られた場所での分布ではなく、全球的な温度分布が、金星大気を理解するために必要になります。


電波掩蔽(えんぺい)観測により金星全球のデータを取得

今回の研究では京都産業大学のチームが、電波掩蔽観測データを用いた金星大気の高度方向気温分布の調査を実施しています。

電波掩蔽観測とは、地上から見て探査機が惑星の背後に隠れるとき、または背後から現れるときに探査機から電波を発し、地上のアンテナで電波を受信。このときの周波数変化から、惑星大気の温度を測定する手法です。
電波掩蔽観測の概念図。
電波掩蔽観測の概念図。(Credit:PLANET-C Project)
探査機から送信された電波は、探査機の軌道運動と通過した大気の屈折によって周波数が変化します。

探査機の軌道運動は、電波掩蔽観測とは独立したデータがあります。
一方、大気の屈折率は大気の温度によって変化するので、電波の周波数変化によって大気の温度が推測できるわけです。

さらに、探査機は軌道上を動いています。
なので、違う時刻に探査機から送信された電波は、金星大気の違う場所を通過して地球に届くことになります。
そう、違う場所(具体的には高度)の大気の温度を見積もることができるんですねー

研究チームが用いた電波掩蔽観測データは、“あかつき”とヨーロッパ宇宙機関の金星探査機“ビーナス・エクスプレス”によるもの。
これにより、雲層の下になる高度40キロ~85キロにおける温度の高度分布を、金星全球で取得することに成功しています。
電波掩蔽観測によって得られた温度の緯度-高度分布(パネルa)と大気安定度の緯度-高度分布(パネルb)。
電波掩蔽観測によって得られた温度の緯度-高度分布(パネルa)と大気安定度の緯度-高度分布(パネルb)。(Credit:PLANET-C Project)
今回の研究で得られた温度の緯度-高度分布から分かるのは、高度60キロより低い領域では、温度が緯度とともに単調に下がっていること。
逆に、高度60キロより上空では、温度は緯度と共に上昇していました。
  緯度65度付近に局所的に冷たい領域が存在していることも分かっている。

過去のデータがある場所については、今回の研究で得られたデータと過去の観測結果が整合していることを確認しています。


大気安定度は金星と地球では真逆の傾向にあった

次に、大気構造をより詳しく調べるため、研究チームが注目したのは大気安定度でした。

大気安定度は気流やどのような雲が発達するのかを知るための重要な指標。
大気安定度が低いと上昇気流や下降気流が発生し、積雲や積乱雲のように垂直方向に雲が発達することになります。

今回の観測結果から見積もられた緯度70度よりも低緯度の大気安定度は、高度50~55キロでは大気安定度が低く、高度55キロより上空では高安定、逆に高度50キロより下では弱安定でした。

これらの特徴は過去の観測結果と一致しているので、金星大気が長年にわたって構造を維持していることを示しています。
  1961年と1984年に行われたソビエト連邦の金星探査機“ベネラ”や、1978年から1992年まで行われたNASAの金星探査機“パイオニア・ヴィーナス”で実施された観測結果と一致していた。

一方、緯度が70度よりも高緯度の領域で初めて明らかになったことがあります。
それは、大気安定度の低い領域が高度40キロまで広がっていること。
金星の高緯度上空では、大気の不安定な領域が低緯度よりも広く存在していることを示していました。

地球では、大気安定度の低い領域は赤道上空が最も広く、高緯度に行くに従い大気安定度の低い領域は狭くなります。

つまり、金星と地球は大気安定度という観点から見ると、真逆の傾向を持っていることになります。

金星の極域で大気安定度が低い領域が広がっているということは、そこで強い上下方向の大気の運動が発生していることになります。

このような大気の垂直方向の運動が、下層から水蒸気や硫酸蒸気などの雲の材料になる物質を速やかに上空へ運び、分厚い雲の生成や維持につながっている可能性があります。

実際、金星の雲は極域で最も分厚いことが観測により示されています。
金星の大気安定度の緯度分布の概念図。
金星の大気安定度の緯度分布の概念図。(Credit:京都産業大学)
これまでのモデルは、着陸機などによるわずか数回の直接観測データに基づいて作られていました。

でも、今回の研究で用いられたのは、金星全球にわたり均一に取得したデータで、より信頼性が高く、不定性が低いもの。
金星の大気で起こる気象現象を理解するための新しいモデルの構築や、モデルにより観測結果を解釈するときに大いに役立つはずです。


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