宇宙のはなしと、ときどきツーリング

モバライダー mobarider

アンモニア分子の広域観測で発見! 生まれたての若い大質量星によって周囲の分子ガス雲が暖められている現場

2023年06月15日 | 宇宙 space
今回の研究では、野辺山45メートル電波望遠鏡を用いて、天の川の“わし座”と“たて座”の境界付近にある赤外線バブル“N49”に対して、アンモニア分子“NH3”の広域観測を実施しています。
この研究は、名古屋市科学館の河野樹人学芸員、鹿児島大学、ノースウェスト大学(南アフリカ)、国立天文台、名古屋大学などのメンバーからなる国際研究チームが進めています。
解析の結果、この領域で3つのアンモニアガスの塊“クランプ”を検出し、分子ガスの温度分布を得ることに成功。
その中でも、特に中央のクランプで温度上昇がみられることが明らかになりした。

この温度上昇は何を意味しているのでしょうか。
ひょっとすると、ガス塊に埋もれた生まれたての重たい星によって、周囲の分子ガスが暖められている現場を見ているのかもしれません。

赤外線バブルの中心には大質量星がある

夜空に輝く星には、太陽のような小質量星もあれば、ベテルギウスに代表されるような太陽の約10倍以上の質量を持つ巨大な星“大質量星”もあります。

いずれも、宇宙に漂うガスやチリの雲を材料にして生まれます。

特に太陽よりも10~20倍以上の重さを持つ星は大質量星と呼ばれ、膨大なエネルギーを放出し、周囲の星間ガスに大きな影響を与えるので、その形成過程や影響範囲を調べることはとても重要なことになります。

2006~2007年にかけて、NASAの赤外線天文衛星“スピッツァー”によって、赤外線でリング状の構造を持つ“赤外線バブル”(図1右)が天の川銀河におよそ600個見つかりました。
“スピッツァー”は、“ハッブル宇宙望遠鏡”や“X線天文衛星“チャンドラ”、“コンプトンガンマ線観測衛星”と共に、様々な波長の電磁波で宇宙を観測する衛星群“グレート・オブザーバトリーズ”の1機として、NASAが2003年8月に打ち上げた赤外線天文衛星。広い波長範囲や高い感度で赤外線を観測し、暗黒星雲に埋もれた多くの原始星を発見してきたが、2020年1月31日に機体はセーフモードに移行、すべての科学運用を終了している。“スピッツァー”が投入されたのは、地球から距離を置いて、追いかけるような位置関係で太陽を公転する軌道。これにより、地球から出る熱放射の影響を避けることができ、より口径の大きな地上望遠鏡を上回る感度を達成していた。
その多くは中心に大質量星があり、その強い紫外線放射によって周囲の星間ガスを電離して作られたと考えられています。

特に赤外線バブルの縁にはしばしば若い星が存在し、それらはバブルの膨張運動が引き金になって形成されたのではないかと、これまで言われてきました。
図1(左):FUGINプロジェクトによって得られた一酸化炭素分子“13CO”の強度分布。黄色の枠で示したのが、今回の研究で野辺山45メートル電波望遠鏡を使ってアンモニア分子の観測を行った範囲。中心の白い点線で囲った場所に赤外線バブル“N49”が位置している。黒く太い等高線でフィラメント状分子雲を示している。図1(右):赤外線天文衛星“スピッツァー”によって得られた赤外線バブル“N49”の3色合成画像。それぞれ青が3.6μm、赤が24μmの強度分布に対応している。(Credit: Nobeyama Radio Observatory)
図1(左):FUGINプロジェクトによって得られた一酸化炭素分子“13CO”の強度分布。黄色の枠で示したのが、今回の研究で野辺山45メートル電波望遠鏡を使ってアンモニア分子の観測を行った範囲。中心の白い点線で囲った場所に赤外線バブル“N49”が位置している。黒く太い等高線でフィラメント状分子雲を示している。
図1(右):赤外線天文衛星“スピッツァー”によって得られた赤外線バブル“N49”の3色合成画像。それぞれ青が3.6μm、赤が24μmの強度分布に対応している。(Credit: Nobeyama Radio Observatory)

若い大質量星の周辺で起こる分子ガス雲の温度上昇

今回の研究で対象となったのは、天の川の代表的な赤外線バブル“N49”(図1)。
野辺山45メートル電波望遠鏡を用いて、アンモニア分子“NH3”の反転遷移(図2左)によって放射される電波の広域観測を行っています。

その結果、一酸化炭素分子“CO”の観測でとらえた細長いフィラメント状の分子ガスに沿って、3つのアンモニアガスの塊“クランプ”があることを初めて突き止めました。(図2右)

アンモニア分子の特徴として、回転の速さが異なる2つのエネルギー準位からの電波を同時観測可能なことがあります。

回転の速さは分子ガスの温度に依存するので、異なるエネルギー準位間での電波強度の比を計算することで、分子ガスの温度を精度よく推定することができるんですねー

この分子ガスの温度分布を見て分かったのは、特に中央のクランプ内部にある年齢10万年以下の若い大質量星の周辺、およそ10光年以内の限られた範囲で、高密度分子ガス雲の温度が上昇していることでした。(図3左)

この結果は、生まれたての若い大質量星によって、周囲の高密度分子ガス雲が暖められた現場を見ていると考えられます。

大質量原始星はフィラメント同士の衝突によって誕生する

今回の観測はKAGONMAと名付けられたプロジェクトの一環。
これまで調べられていなかった赤外線バブルの縁にある大質量原始星周辺の温度分布を得ることに初めて成功しています。
KAGONMAプロジェクトは、2013~2019年にかけて、野辺山45メートル電波望遠鏡を用いて、天の川銀河内の様々な大質量星形成領域を、アンモニア分子で広域観測を行ったプロジェクト。主に鹿児島大学の研究者や卒業生、大学院生を中心としたメンバーで構成されている。
そして、その結果が示していたのは、赤外線バブルの縁であろうとも、天の川銀河の他の大質量星形成領域の観測から得られた結果と変わらないということ。

つまり、大質量原始星は周囲の星間ガス雲を加熱しますが、その影響範囲はどこでも変わらず、わずか10光年程度と限定的であることが分かってきたんですねー
図2(左):本研究で観測したアンモニア分子の反転遷移の様式図。窒素原子“N”が3つの水素原子“H”で作られる平面をすり抜ける際に生じるエネルギー差によって、波長1.3cm(周波数23GHz)の電波が放射される。図2(右):野辺山45メートル電波望遠鏡によって観測されたアンモニア分子の空間分布。カラーと等高線で電波強度の違いを示している。(Credit: Nobeyama Radio Observatory)
図2(左):本研究で観測したアンモニア分子の反転遷移の様式図。窒素原子“N”が3つの水素原子“H”で作られる平面をすり抜ける際に生じるエネルギー差によって、波長1.3cm(周波数23GHz)の電波が放射される。
図2(右):野辺山45メートル電波望遠鏡によって観測されたアンモニア分子の空間分布。カラーと等高線で電波強度の違いを示している。(Credit: Nobeyama Radio Observatory)
さらに、今回のアンモニアの観測結果と、FUGINプロジェクトによって得られた一酸化炭素分子の空間分布とを比較してみると、視線速度の異なるフィラメント状分子雲の重なった場所で、まさに高密度分子ガスが存在することが分かりました。(図3右)
FUGINは、2014~2017年にかけて野辺山45メートル電波望遠鏡を用いて、天の川銀河の分子ガス雲の広域観測を行ったプロジェクト。2018年にデータが公開され、世界中の研究者によって研究が進められている。
このことは、この領域の先行研究で提案されている2つの分子雲の衝突によって高密度分子ガスが作られ、そこでバブルの縁にある若い大質量星が形成されるというシナリオを支持する観測結果でした。

このことから予想できるのは、フィラメント同士の衝突によって大質量原始星が誕生し、周囲の10光年程度の狭い範囲の星間ガスを加熱するというシナリオ。

研究チームでは、バブルの縁にある若い星の形成には、バブル自身の膨張運動による影響は効きにくいと考えているようです。
図3(左):アンモニア分子の観測データを解析することで得られた赤外線バブル“N49”周辺の分子ガスの温度分布。十字が若い大質量星の位置を示している。図3(右):FUGINによって得られた13COの2つの視線速度成分(88km/s, 95km/s)の強度分布に、赤い等高線でアンモニア分子の分布を重ねている。(Credit: Nobeyama Radio Observatory)
図3(左):アンモニア分子の観測データを解析することで得られた赤外線バブル“N49”周辺の分子ガスの温度分布。十字が若い大質量星の位置を示している。
図3(右):FUGINによって得られた13COの2つの視線速度成分(88km/s, 95km/s)の強度分布に、赤い等高線でアンモニア分子の分布を重ねている。(Credit: Nobeyama Radio Observatory)
今回の研究では、天の川の赤外線バブル“N49”に対して、野辺山45メートル電波望遠鏡を用いたアンモニア分子の広域観測を行い、その温度分布を明らかにしました。

今後、期待されるのは、SKAやngVLAといった次世代の低周波をカバーする電波望遠鏡による高分解能観測が行われること。
これにより、星間ガスからの大質量星の誕生と、その後周囲の星間ガス雲に与える影響範囲を、さらに詳しく調べることができるはずです。


こちらの記事もどうぞ